第32話 演説、その後

 その後ローベルト国王は熱を出し、自室で眠りについた。


 熱にうなされている様子を心配したキリルたち四人はずっと側についていたかったのだが、ユリウスとエリオットにはまだやることが残っていた。


 まずはルアールの中心部にある噴水広場に御触れを出すことだった。


 簡単な内容は次の通りだ。


『税金を元に戻し、これまでに多く取り上げた分はきちんと返還する。そして今回の件で捕まえた者をすべて牢から出し、そのお詫びもする。もちろん公開処刑は取り消す』


 そしてその内容をデルニード国内すべての街や村に伝えることも残っていた。これは馬を全速力で走らせても、国内全域に渡るまでどうしても数日以上かかってしまうのは仕方のないことだった。


 どちらもユリウスとエリオットは指示を出すだけだったが、それらは責任を持ってきちんと最後までやらなければならないので気の抜けない仕事だった。


 他にもやることはたくさんあり、できればキリルも手伝いたいと願い出たのだが、それはユリウスにあっさりと却下され、代わりにローベルト国王の看病をニールと一緒に任されることになった。


 確かに、政治というものをまったく知らないキリルにできるのはこれくらいのものだろう。


 慌ただしく部屋を出ていったユリウスとエリオットを見送った後、ベッドの前の椅子に腰を下ろしたキリルが不安そうにぽつりと呟く。


「……大丈夫かな」


 この場合、ローベルト国王の容態とノエルたち反乱軍のこと、二つを同時に差していた。

 それをわかっていたのだろう、隣にいたニールが頷いてみせる。


「国王陛下はゆっくり休めば大丈夫でしょう。反乱軍については日付が変わるのを待つしかないですが、きっと大丈夫だと信じるしかありません」


 ニールの言う通り、ローベルト国王は数日ゆっくり休めばまた元気に笑ってくれるだろう。


 だが、反乱軍はどうだろう。ノエルは『誠意』が見られなければ日付が変わると同時に行動を開始すると言った。


 行動、つまり反乱だ。


 ユリウスとエリオットは万一反乱が起きた時に備えて、城の外、そして城内にも騎士団を総出で配置していた。今もこの部屋の外には厳重な警備が敷かれている。


 後は日付が変わった直後に反乱軍の動きがあるかどうかにかかっていた。


 そんな状況をもどかしく思っていたキリルは、ニールの顔を覗き込む。


「あのさぁ……」

「だめです」


 しかしまたも心の中を見透かされていたらしく、ぴしゃりと言われてしまう。


「まだ何も言ってないのに」


 キリルは不満そうに頬を膨らませた。


「どうせノエルさんに会いに行きたい、とか言うつもりだったんでしょう?」

「うっ……」


 図星をつかれてキリルが言い返せないでいると、ニールは宥めるように言う。


「何もできなくてもどかしい気持ちはわかります。俺もそうですから。でも今行くと、もしノエルさんたちが反乱を起こそうとしている場合どうなるかわかりますよね?」

「……捕まるかもしれないってことだよね」

「そうです」


 捕まれば、当然ただでは済まないだろう。それはわかっているが、どうしてもここで黙っているだけというのはそれはそれでキリルにとっては辛いものなのだ。


 それに反乱軍が国王側の人間を捕まえるということは、反乱を起こすということを暗に指し示す。もし反乱を起こす気がないのなら、捕らえる意味はないからだ。だから、遅かれ早かれ死ぬかもしれないという事実は変わらないとキリルは思っていた。


 唯一救いなのは、どちらに転んでも祖父母は無事だろうということだった。

 もし反乱が起きたとしても、さすがにノエルは老人を前線に出すようなことはしないだろうし、祖父母もキリルの無事を知った今、自ら進んで反乱軍に加わろうとはしないだろう。


 それだけでもキリルは少し安心することができた。


「とにかく、今の俺たちの任務は目の前の陛下を看病することです。もし陛下が動ける状態であれば、陛下だけでも逃がす準備ができたんですが……」

「……うん」


 ニールの言葉にキリルが頷く。結局ニールに言いくるめられてしまったが、自分がユリウスたちに任されたのはローベルト国王の看病だ。


 いざという時はローベルト国王だけでも国外へと逃がす計画を立てていたが、本人に話す前に寝込んでしまった。

 もしローベルト国王にこの計画を話したとしても、本人は頑として首を縦に振るようなことはしなかったとは思うが。


 当然、ユリウスとエリオットもこの城に残ると言い張ったし、キリルとニールも逃げるつもりは毛頭なかった。


 そんな状況で一体誰が自分だけ逃げると言うのか。それこそ、そんな国王ならいない方がいい。だがあいにくローベルト国王はそんなに器の小さな人間ではない。誰もが首を縦に振らないだろうことを知っている。


 結局は全員でこの城に残り、日付が変わるのを待つことになるのだ。


 そしてキリルは自分に何度も言い聞かせてきたが、後はノエルを信じるしかない。


「あと八時間か……」


 キリルが懐から出した懐中時計を見ると夕方の四時を回っている。気付けば窓の外からは斜陽が差し込んでいた。


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