第31話 出した答え

 当然のことだった。この数か月のことを考えれば歓声なんて上がるはずもない。例え怒声を浴びせるためだろうと、これだけ集まってもらえただけでも御の字だろう。


 さらに数歩ローベルト国王が前へと出ると、それに続いてユリウスとエリオットもバルコニーへと踏み出した。

 三人がバルコニーに揃うと、さらに怒声が荒くなった。


 そんな中庭の様子を窓越しに見ていたキリルが強く唇を噛む。


 悔しくて堪らなかった。ローベルト国王に呪いをかけた奴を呪い返してやりたい程憎いと思ったのは今が初めてだった。


 ローベルト国王は好きでこんな目に遭っているわけではない。むしろ今回一番の被害者だ。そして本来ならば大きな歓声で迎えられるような名君なのだ。それを呪いなどというもので勝手に操り、その名声を地の底に叩きつけるような真似をした犯人が憎くて仕方がなかった。


 そんな怒りや苛立ちにも似たような気持ちでキリルがローベルト国王たちを見守っていると、ようやく少しだけ怒声が収まる。


 そこでローベルト国王が静かに口を開いた。


「本日は忙しい中集まって頂き、本当にありがとうございます」


 まだ体調が戻りきっていないせいか声は少し掠れ気味だったが、それでも精一杯に声を張り上げて、まずは丁寧に感謝の意を伝える。そして深く一礼した。


 ローベルト国王の左右にそれぞれ控えているユリウスとエリオットもそれに倣い、頭を下げる。


 ややあって三人が顔を上げると、中庭は水を打ったように静まり返っていた。皆が次の言葉を待っているのだろう。


「今回、私は何者かに呪いをかけられていたとはいえ、皆さんにとんでもないことをしてしまったと思っています」


 ローベルト国王の言葉に中庭がざわめく。


「呪い……?」

「そんな嘘みたいな話、信じろって言われても」

「そうよね、呪いがかけられてたって証拠があるわけでもないし」


 民衆の言うことはもっともだった。


 ここに呪いをかけた犯人がいれば証拠になったのかもしれないが、それはまだわからないままだ。もし、これから探して捕まえると話したところで誰も信じてはくれないだろう。


 キリルが悲痛な面持ちで両の拳を握り、怒りを押し殺していると不意に肩に温かい手が置かれた。振り向くとニールが側にいて、まるで『大丈夫だから』とでも言うようにキリルの肩を優しく二回叩く。


 キリルは大きく深呼吸をすると、握っていた拳の力を少しだけ抜いた。


 ローベルト国王はさらに言葉を続ける。


「もちろん、簡単に信じられるような話ではないのはわかっています。そして私が行った悪政の数々はとても許されるものではないこともよくわかっています。ですが、これまでの平和なデルニード国を取り戻すために、私は今ここで皆さんの許しを請わねばなりません。それですべてが許されるとは思っていませんが、せめてお詫びをさせて頂きたい」


 言い切ると、ローベルト国王はゆっくりとその場に両膝をついた。そしてさらに両手をその前につくと深々と頭を垂れる。


 そんなローベルト国王の行動に、また中庭が大きくざわめいた。


 予想だにしていなかった事態にユリウスとエリオットも揃って目を見張るが、すぐに二人も膝をつくとローベルト国王と同じように頭を下げた。


 後ろから見守っていたキリルとニールも息を呑む。


 これがローベルト国王の出した答え、『誠意』というものだった。


 どこかで見ているであろうノエルが、これを『誠意』と認めてくれたかどうかはわからない。他に彼の求める答えがあるのかもしれないが、今の自分たちにはそれを知る術はない。


 ただ、できる精一杯のことはやった。

 あとはノエルと反乱軍の判断に委ねるのみだ。


 数分してようやくローベルト国王は顔を上げ、黙ったままで静かに立ち上がる。その際に眩暈でも起こしたのか、少しふらつくような様子をみせると、慌てて立ち上がったユリウスにその身体を支えられた。


「父上! これ以上は……」


 顔色が少し青白くなっていることに気付いたユリウスが、これ以上は無理だと止めようとするが、


「……すまない」


 ローベルト国王は小声でそれだけを言うと、残った力を振り絞って自力でしっかりとその場に立った。そしてまた中庭にいる民衆に向けて声を張り上げる。


「これが私の『誠意』です。後の判断は皆さんにお任せします」


 最後の言葉、これはきっとノエルたち反乱軍に向けたものだ。後は反乱軍で判断してくれ、そういうことなのだろう。


 こうして演説はどうにか無事に終了したが、ローベルト国王は民衆の最後の一人が中庭を後にするまで、ずっとバルコニーから離れようとはしなかった。それはユリウスとエリオットも同じだった。


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