第30話 国王に降りかかる難題

 そして。


「……『誠意』、か」


 ローベルト国王がぽつりと呟く。


「なかなかに難しい問題だ。しかし記憶がなかったとはいえ、確かに私はとんでもないことをした。この詫びは遅かれ早かれきちんとするつもりだった」


 その言葉にユリウスとエリオットが静かに俯いた。キリルとニールも目を伏せている。


 ローベルト国王は呪いがかかっている間に自分がどのようなことをしてきたのか、後からユリウスとエリオットから聞いたのだろう。


 ユリウスたちもできればこんな残酷な話をしたくはなかったのだろうが、これは一国の主として知らないふりをできるものではない。

 呪いがかかっていて記憶がなかったからわかりません、では済まない話なのだ。


「……申し訳ありません、父上。せめてもっと体調が戻られてから、と思っていたのですが」


 一度顔を上げたユリウスはそう言うと、また顔を俯かせた。もちろん他の三人はずっと黙ったままだ。


「何、そんなに気にすることはない」


 しかしローベルト国王はそんな暗い雰囲気のユリウスたちに向かって笑顔を見せる。それは四人をこれ以上心配させないためのものだろうことは全員がわかっていた。


「明日の昼、演説を行う。ユリウス、準備を頼めるか?」

「……わかりました」


 ユリウスが口を引き結び、しっかりと頷く。


 きっとローベルト国王はノエルの言う『誠意』の答えをもうほぼ見つけているのだろう。それが正解なのかはまだ誰にもわからないが、ここはローベルト国王とノエルの言葉を信じるしかない。


 キリルたちは何もできない自分に揃って歯噛みしながらローベルト国王の部屋を後にし、眠れない夜を過ごしたのだった。



  ※※※



 昨日の雨が嘘のように、今日は清々しく晴れ渡っている。


 昼前に城門が大きく開かれると、広い中庭はあっという間に大勢の民衆でいっぱいになった。


 その様子を演説が行われる三階の部屋から眺めていたキリルは、物憂げにひとつ溜息をついた。


「キリル様、大丈夫ですか?」

「……うん」


 心配そうに声を掛けてきたニールに小さく頷いてみせる。


 正直、あまり大丈夫な状態ではなかった。キリルは演説をする側ではなく裏で見ている側だったが、それでも心は不安で押しつぶされそうだった。


 おそらくキリルだけでなく、この部屋にいる誰もが同じだろう。


 演説は昼にこの部屋のバルコニーで行われる。


 今部屋にいるのはユリウス、エリオット、ニール、キリルの四人と、実際に演説を行うローベルト国王だけだった。彼ら以外の人間は下がらせている。


 ユリウスはローベルト国王に言われた通り、前日のうちに急いで演説を行う旨の御触れを出すなど丁寧に準備を進めていた。

 エリオットもその手伝いとして騎士団の宿舎に赴き、警備の手はずを騎士団長と確認するなどの準備を行った。


 その甲斐あってか、今のところは特に問題は起きていないが、部屋の中は静けさに包まれていた。


「……ノエルさん、来てるかな」


 キリルが誰に言うでもなく呟くと、


「きっと来てくれていると思います」


 隣にいたニールが答え、微笑む。


 ニールは本当にできた人間だとキリルは思う。もちろんニールだけではないが、特に今の彼はとても落ち着いて見えた。きっと誰よりもローベルト国王を、そしてノエルを信じているのだろう。


 もちろんその心の中には不安だって少しくらいはあるはずだ。だが、それを表には出さない強さをニールは持っているのだと思った。


「……父上、時間です」


 ユリウスの言葉に、それまで椅子に座って俯いていたローベルト国王が顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。


「わかった」


 深紅のマントに身を包んだローベルト国王はバルコニーの前に立つと、大きく息を吸った。そして一歩前へと進み出る。途端に中庭から大きな怒声が上がった。


 ローベルト国王の斜め後ろに控えていたエリオットが目を伏せ、同じくユリウスは小さく首を左右に振った。


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