第22話 ローベルト国王

 深夜、もうすぐ日付が変わる頃。


 キリルたち四人は【アウローラの鏡】を持って、ローベルト国王がいるという謁見の間へと足を踏み入れた。


 もちろん最悪の事態のことを考えて装備も万全にしてきているが、できる限りそのような事態にはならないことを全員が願っていた。


 一番奥にある玉座では中年の男が一人、肘をついてぼんやり何かを考えているようだった。


「あれが、父さん……」


 キリルの胸がぎゅっと締め付けられる。


 ローベルト国王の顔には生気がなく、考え事をしているというよりも、うつろな目でどこか遠くを見ているようにも見えた。正直、とてもではないが国王と呼べる人物とは思えなかったのだ。


 様子がおかしいとは言っても、さすがにここまでだとはキリルは思っていなかった。確かにこの状態では呪いがかかっているのではないかというのも頷ける。


「少しは話ができた頃もあったのだけど、今は残念ながらあのような状態だよ。……さて、始めようか」


 細く紡がれたユリウスの言葉に、キリルは緊張した面持ちで唾を飲み込む。


 もしこの【アウローラの鏡】で元に戻すことができなければ、また他の方法を考えなければならない。しかし、それを探している間にさらに異変が起きたら、これ以上はもうどうすることもできないかもしれない。


 言葉では言い表せない程の不安がキリルの心の中を満たしていく。緊張するのも当然のことだった。それはきっと他の三人も同じだろう。


 四人でできるだけ慎重にローベルト国王に近づく。あまり音を立てて刺激を与えることはなるべく避けたいと考えたからだ。


 目の前まで来ても、ローベルト国王の色を失った瞳は誰も見ていないようだった。ただそこにあるのは空虚だけ。


「父上……」


 エリオットが悲痛な表情を浮かべる。この数ヶ月、まともに目を合わせたこともなかったのだろう。もちろん会話らしい会話なんてものもなかったのではないかと考えると、キリルの心も痛んだ。


「キリル、鏡を」


 ユリウスに言われ、キリルは皮袋に入った【アウローラの鏡】を慎重に取り出す。それをユリウスに両手で手渡すと、半歩後ろに下がった。


「父上、この鏡を覗いてみてください」


 玉座の前に立ったユリウスが声を掛けるが、ローベルト国王の身体は微動だにしない。そんな様子にユリウスは目を閉じると、無言で小さく首を左右に振った。


 そして玉座の横に回り片膝をつくと、今度はローベルト国王を覗き込むようにして【アウローラの鏡】を目の前に差し出す。生気のないローベルト国王の顔が鏡に映し出された。


 と思った途端、【アウローラの鏡】から柔らかな橙色の光が溢れ出してくる。それはローベルト国王の顔をまばゆく照らした。


 あまりの眩しさにキリルたちは思わず目を閉じ、顔を背ける。瞼の裏からでもはっきりと光を感じられるほどだった。


「う、あ、ぁぁああ……」


 ローベルト国王の口から呻きのような声がわずかに上がる。


 ほんの少しの時間が経った頃、ようやく強い光が収まり、それぞれがそっと目を開ける。

 そして揃ってローベルト国王に視線を向けると、そこには彼の呆然とした顔があった。


 まだ顔は青白いままだったが、その双眸にはしっかりと光が戻っているようだ。


「……私は、一体……」


 掠れた声で呟かれた言葉に、キリルたちは歓喜の表情を浮かべた。


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