第21話 ユリウスの出迎え
日が暮れて数時間が経った頃、キリルたちは無事にデルニード城へと帰ってくることができた。
帰り道も特に問題なく順調だった。だが、日の出ている間は少しだけ馬を走らせるペースをゆっくりにしていた。
それはユリウスの言った通り、【アウローラの鏡】に少しでも太陽の光を浴びさせようとしたからである。そうすれば城に着いてすぐに次の、つまりローベルト国王の呪いを解くという行動に移せると考えたのだ。
エルデの洞窟からビレンナ村へ向かう道でもそうだったし、ビレンナ村では村長の家で話をしている間に窓際を借りて、そこに少しでも太陽の光を集められるようにと【アウローラの鏡】を置いていた。
馬に乗っている時はニールと一緒に乗っていたキリルが【アウローラの鏡】を抱え、できるだけ太陽の光を受けるようにしていた。ビレンナ村からデルニード城に向かう道中では、途中で日が暮れるまでは夕日でも太陽の光だから念のために、とずっと抱えたままだった。
これは、手綱を握るわけではないし、後ろにはニールがいるからとキリルが自ら提案した。
最初は、危険だからそんなことはさせられない、と大反対したニールとエリオットだったが、ならば馬をゆっくり走らせてくれればいいとキリルが粘り、結果二人は渋々頷くしかなかった。
二人には『だから反対したのに』と怒られるだろうからキリルは絶対に言わなかったが、正直に言って、かなり怖かった。
馬に乗ること自体が不慣れだったし、ゆっくりだとしても馬の上とは思ったよりも揺れるのである。だが、のんびり歩かせているとあまりにも時間が掛かってしまう。日が暮れてから全速力で走らせたとしても、とてもこの時間には帰ってはこれなかっただろう。
城に着くと、キリルたちはまっすぐにユリウスの自室へと向かった。
三人の顔を見たユリウスは、
「無事で何よりだ!」
心底安心したように大きな息をひとつ吐くと、喜んで出迎えてくれた。
半日ぶりに会っただけなのに大袈裟な、とは三人共思ったが、誰も口にはしなかった。キリルたちがいない間はずっと心配で仕方なかったのだろう。それは全員がわかっていたことだった。
「今、紅茶を淹れるからゆっくりしていてくれるかな」
背を向けたユリウスに、慌ててニールが駆け寄る。
「俺がやります!」
しかし、ユリウスはやんわりとその申し出を断った。
「君たちはとても疲れているだろう? だから遠慮することはないよ」
エリオットもなかなかに頑固で自分のことは自分でやってしまうタイプだが、その兄も同様の血を引いているとニールは思っている。本人はまったく似ていないと思っているようだが、傍から見れば結構似ているのだ。
しかもユリウスの場合、それにプラスして優しさというものがもれなくついてくる。もちろんエリオットに優しさがないと言っているわけではない。ユリウスの優しさははっきりと目に見えるもので、エリオットのそれは一見してわかりにくいものなのである。
その気遣いを無下にするわけにもいかず、ニールは静かに頷いた。そしてキリルたちのところへと戻ると、
「断られてしまいました」
頭を掻きながら苦笑してみせた。
「ひとまず、座っていましょう」
エリオットに促され、ソファーに揃って腰を下ろす。この部屋のソファーも相変わらずふかふかで、やはりキリルは落ち着かない。馬の背に乗るのと、このソファーに座るのとどちらがいいかと問われれば、当然後者を選ぶが、どうにも性に合わないような気がしていた。
キリルがそんなどうでもいいようなことを考えていると、ユリウスが四人分の紅茶を淹れて戻ってきた。それぞれの前にティーカップを置くと、彼はエリオットの隣に腰を下ろす。初めてきちんと会って話をした、昨日のことが思い出された。
「さて、じゃあ話を聞かせてもらえるかな?」
ティーカップを手にしたユリウスの言葉を皮切りに、エリオットが切り出す。
「結論から言えば、【アウローラの鏡】は兄上の言った通り、エルデの洞窟にありました」
「本当かい!? で、それは今どこに?」
ユリウスはティーカップをテーブルに置くと、今にも立ち上がりそうな勢いでエリオットに詰め寄った。その振動か、四つのティーカップの中の紅茶が揺れる。
「今は僕ではなく、キリルが持っています」
少々たじろぎながらエリオットが返すと、今度はユリウスの視線がキリルの方へと向けられた。
「えっと、これだけど……」
大事そうに抱えていた荷物から皮袋を取り出し、さらにその中から【アウローラの鏡】を出してテーブルの上に置くと、ユリウスは好奇心旺盛な子供のように瞳を輝かせた。
「これが【アウローラの鏡】……。なるほど、本に書かれていたものと同じ形状をしているね。ちょっと持ってみてもいいかい?」
キリルが快く首を縦に振ると、ユリウスは両手でそっとフレームに触れ、そのまま持ち上げる。そして様々な角度から【アウローラの鏡】をしばし眺めると、ようやく満足したようにそれをテーブルの上に戻した。
「もし、本当に父上に呪いがかかっているのだとしたら、これで解くことができるのかもしれないね」
まだ視線を鏡に落としたままで、期待に満ちた目をしたユリウスが言う。そこでエリオットが口を開いた。
「そういえば、父上の様子は?」
「ああ、今晩も謁見の間でぼんやりしているようだったよ」
さしあたって今のところ変わりはないようでエリオット、ニール、そしてキリルの三人は安心する。
しかし、今晩も、ということはいつもそのような感じなのだろうか。キリルが疑問に思い、率直に問うとユリウスとエリオットは一度顔を見合わせ、同時に頷いた。
「父上に異変が起きてからはずっとあんな感じだよ」
「自室にはあまり戻られていないと思います」
ならば、ほとんどの時間を謁見の間で過ごしているということか。逆にあちこち動き回られるよりは探す手間が省けていい、とキリルは考える。
「だったら、すぐにでも元に戻した方がいいんじゃないかな」
キリルの提案にはすぐにその場の全員が同意した。
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