第18話 キリルの落胆
数か月前に何者かがこの洞窟にやってきた気配がした。
久しぶりに身体を動かせると喜んだのだが、どうやらその人物はこの広間の隣にある細い脇道の方へと向かったようで、ここへは来なかった。
自分はここから動けないから、性別はおろか、どんな人物かもわからない。
脇道へはここを出てすぐの分かれ道を右に行けばいい。
※※※
「明らかに怪しい人物ですね」
ラウラの話を聞いたエリオットが腕を組んで、うーんと唸る。
「もしかしたら、その人物が【アウローラの鏡】を置いていった可能性もあるのでは?」
ニールの言葉にエリオットはさらに深く唸った。
「でも、兄上は昔からここにある、というような話をしていましたから違う可能性も……」
「その人物が元々この洞窟にあったのを移動させた、とかっていうのはどうでしょう?」
「それなら話はわかりますね。どうしてそんなことをしたのかは謎ですが、確認だけでもしてみましょう」
エリオットとニールの間で話がまとまり、明るい表情を見せる。キリルはそんな二人とは対照的に、暗い顔で二人のやり取りをぼんやり眺めていた。
そんな晴れない表情のキリルに気付いたのか、ニールが心配そうに声を掛ける。
「キリル様、どうかしましたか? どこか具合でも……」
キリルはニールの言葉を遮るようにして、静かに首を横に振った。怪我はすでにエリオットのヒールで治っているが、心の傷まではやはり治らなかった。もしそんな万能な魔法があれば、今頃は世界中の人々から悩みや苦しみというものがとっくに消え去っていることだろう。
「……役に立てなくて、ごめん」
か細い声で謝罪の言葉を紡ぐ。
「そんなことは……!」
すぐにニールが慌てて否定するが、
「確かに足手まといに近かったですね」
エリオットは腕を組んだままで、冷静にそう言い放った。
「……っ」
思わずキリルは息を吞み、そして悔しそうに唇を噛んだ。
自分でもよくわかっていたことではあるが、こうもはっきり言われてしまうとこれ以上はもう何も言えない。
今にも泣き出してしまいそうな顔を隠すように黙って俯くと、エリオットは意外な言葉を口にした。
「……今回は、ということです」
「……?」
キリルが静かに顔を上げる。エリオットの言っていることの意味がわからずにいると、これまでのやり取りを眺めていたラウラが横から口を挟んできた。
「キリル君……だっけ? 後方支援が二人いたから今回はあえて後ろの方ばかり攻撃させてもらったけど、キミは確か
「?」
ラウラの言葉にキリルは首を傾げた。
確かに自分は魔法を使う時に詠唱というものをしたことがない。先程の物理障壁も詠唱なしで瞬時に発動させたものだ。自分ではそれが当たり前だと思っていたのだが、違うのだろうか。
そういえば、エリオットはヒールの時も物理障壁の時も術詠唱をしていた。今まで周りに魔法の使える人間がいなかったから知らなかっただけで、普通は術詠唱をするのが当たり前なのだろうか。
「……はい」
まだよくわからないが、キリルが素直に事実を肯定すると、ラウラはキリルの目の前までやってきて、にっこりととても可愛らしく笑ってみせた。
「君の魔法がまだまだ未熟で、ちゃんと使いこなせていないことはすぐにわかった。でも、無詠唱で魔法を使える人間なんてほとんどいない。それは本当にすごいことなんだよ。だからさ、これからもっとちゃんと訓練すればいいだけの話なんだ」
「そういうことです」
ラウラの励ましにエリオットも頷いて、目を細める。
「……うん、ありがとう」
ラウラとエリオットの激励は本当に嬉しかったし、ありがたかった。魔法については、まだまだこれから伸びる余地があるということがわかった。
だが、剣はどうだろう。もうこれ以上は無理ではないのか。
「キリル様……」
まだ少し意気消沈した様子のキリルの肩に、ニールは背後から手を掛けようとしたが途中でその手を止めた。きっと、今はどんな励ましや謝罪の言葉をかけてもだめだろうと思ったからだ。
エリオットは気付いていないようだったが、キリルが魔法だけでなく、剣のことでも落ち込んでいるのではないかということは、薄々感づいていた。
おそらく自分がキリルを前線に出さなかったせいだろう。
もちろんキリルの剣の腕を信用していないわけではない。これまで訓練してきたという話も聞いていたし、それなりに使えるだろうことはわかっていた。ただ自分がキリルを大切に思うあまり、危険な目に遭わせたくない、とそう思っただけのことだ。
それが自分のエゴだったということは百も承知している。だが、そのせいでここまでキリルを傷つけ、追い込むとは思ってもみなかった。
ニールは誰にも気付かれないように、小さく首を振ると嘆息した。
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