第10話 第四の王子・2

 ユリウスの話によれば、【アウローラの鏡】とは手のひらより少し大きいくらいの八角形の鏡で、それに太陽光を蓄積させて呪いを解くものらしい。


「かなり前に読んだ本に書かれていたことだから、本当にあるかどうかもわからないけれど、探す価値はあると思うよ」


 最後に彼はそう付け加えた。


「だったら、それを探せば……!」


 先程までとは打って変わって表情が晴れたキリルは、早速行動に移そうとしたが急にぴたりと動きが止まってしまう。周りが注目する中、ゆっくりと口を開いた。


「……どこに探しに行けばいいですか?」


 そんなキリルの一挙一動に、ユリウスたちが揃って笑みを零す。


「キリル、そこまで急がなくても。これからちゃんと説明するから」


 ユリウスの目尻にはうっすらと涙が滲んでいた。


「は、はい……」


 顔を赤く染めたキリルが静かに姿勢を正すと、改めてユリウスが説明してくれる。


「本には、ビレンナ村の近くにあるエルデの洞窟という場所にある、と書かれていたよ」

「ビレンナ村だったら、ここから結構近いのでは?」


 ニールがわずかに驚いたような声を上げる。おそらくもっと遠く、もしかしたら国外である可能性も考えていたのかもしれない。


「じゃあ、その村に行ってみます!」

「もちろん、俺も一緒に行きます」


 キリルとニールが顔を見合わせて力強く頷く。そこにエリオットの凛とした声が入ってきた。


「僕も同行します。今回の件はデルニード王家に関わることですし、キリルとニールだけでは心許ないですから。兄上はどうされますか?」


 エリオットに問われたユリウスは、少し思案するような素振りを見せる。


「一緒に行きたいのは山々だけれど、王子が揃って城を空けるのはまずい気がするんだよ。父上の様子を見ている必要もあるだろうし、私は城に残ろうと思う」

「そうですか。本当は兄上も一緒の方が戦力的にもっと安心できるんですが……」


 ユリウスの言葉に、エリオットがそれなら仕方がないと首を縦に振った。


「戦力ならニールがいるし、そもそも戦闘が起きるような事態にはならないと思うけどね」


 キリルは自分が戦力に数えられていないことに少しだけショックを受けながらも、今は剣も持っていないし、と心の中でそっと自身を慰める。


 普段は短剣を腰に装備しているのだが、今日は昼食の時に外したままで騎士団に追われる羽目になってしまったのだ。魔法は使えない、剣も持っていない。となれば、戦力外にされるのは当然のことだろう。


 だが、まだここにいる三人には実力を見せたことはないが、剣の腕は村でも大人顔負けで、時には大人を唸らせることだってあった。


 祖父母にはまだ話していなかったが、デルニード国の騎士団に入ることが夢だった。正直、今回のことで騎士団というものが少しだけ怖くなってしまったというのが事実ではあるが。


 もちろん魔法だって、勘を取り戻せば皆が驚くようなすごいものが使えるはずだ。


 そんなことを考えながら、キリルが自身を鼓舞していると、


「これも、第一王子である私の仕事だからね」


 ユリウスがエリオットだけでなく、自身をも納得させるかのように言った。


「さすが、次期国王になられる方です」


 ニールは思わず感嘆の声を漏らすが、ユリウスは目を閉じ、かぶりを振る。


「そんなことはないよ。本当に自分が国王としてやっていけるのか、いつも不安で仕方がないんだ」

「ユリウス様のような優しい方でしたら、きっと大丈夫だと思います」


 今度はキリルが励ますようにそう言って笑ってみせると、ユリウスは同じように笑みを返してくれた。


「ありがとう」


 しかし、にこにこと笑い合う、そんな二人の微笑ましい雰囲気を突如ニールの大声が切り裂く。


「そうだ! エリオット様、キリル様の怪我を治すことはできませんか!?」


 思い出したように叫ぶと、エリオットに詰め寄った。


「じゅ、重傷でなければ治せると思いますが……。キリル、どこか怪我していたんですか?」


 あまりの勢いにエリオットが思わずのけぞるが、ニールはそんなことを気にすることもなくそのまま続ける。


 キリルはそんな彼の様子にただただ驚くだけだった。心配されていたのはわかっていたが、さすがにここまでだとは思っていなかったのだ。


「今すぐ! 早く! 診てください!」

「わ、わかりました。では見せてください」


 両手でニールの顔をガードしているエリオットに言われ、キリルは騎士団に追われている際に汚れてしまったズボンの裾を少し上げると、まだ痛む左足を出して見せた。


「えっと、足首を捻ったみたいで……」

「少し腫れてはいますが、この程度なら問題ありません」


 キリルの足を軽く持ち上げ、怪我の具合を診たエリオットが言う。


 そして彼は自身の右手を患部にかざし、口元だけで何かを呟く。ヒールという治癒魔法の術詠唱だった。詠唱が終わると手のひらから白く柔らかな光が溢れ出し、それはキリルの足首を包み込むようにして優しく癒していく。


 生まれて初めて見る治癒魔法に思わずキリルは見入った。幼い頃、少女に火傷を負わせてからずっと羨んでいた魔法だった。もし自分にこの力があれば、とどれだけ願っただろうか。


 そんなことを思い返しながら、徐々に痛みが引いていくのを感じる。


 ユリウスとニールも身体を乗り出して興味津々に眺めていた。どうやら彼らも治癒魔法はあまり見たことはないらしい。城にいると怪我をすることもあまりないだろうから、治癒魔法を使う機会もほとんどないのだろう。


「……これで大丈夫だと思います。立ってみてください」


 静かに足を下ろしたエリオットに言われ、キリルはその場にゆっくりと立ち上がる。これまでの痛みが嘘のように消え去っていた。


「エリオット様、ありがとうございます!」


 お礼を言いながら深々と頭を下げると、エリオットは表情を特に変えることもなく眼鏡の蔓を少しだけ持ち上げた。


「別に大したことはしていません。あと、母親が違うとは言え血の繋がった兄弟なんですから、そんなに他人行儀にならないでください。他人行儀だとそれはそれでこちらも困ってしまいます」


 彼の発した意外な言葉にキリルは目を瞬かせる。不躾だとは思いながらもエリオットの顔を見つめると、その双眸は最初に会った時よりもずっと優しいものに見えた。


「では、私にも他人行儀はなしでお願いするよ」


 すぐさま便乗したユリウスまでもが楽しそうに言う。彼らの言葉にキリルは戸惑いを隠せなかったが、少しだけ考え込むと意を決した。


「えっと、じゃあ、ユリウス兄さん……と、エリオット兄さん……?」


 照れくさそうに小声でそれぞれの名前を口にすると、うんうん、と二人は満足そうに頷いてみせる。ユリウスは特に嬉しそうだ。そんな彼らをニールは微笑ましく見守っている。


 しかし笑顔の溢れる空間は、次の瞬間すぐに壊された。


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