第9話 第四の王子・1
「本当に申し訳ありませんでした!」
今回の騎士団派遣事件の事情を知ったニールが勢いよく立ち上がり、腰を直角に折る。
「知らなかったことは仕方ないよ。エリオットが古書を見つけるまでは、私だって知らなかったのだから」
そんな彼に対し、ユリウスはにこにこと笑顔をみせた。どうやら責める気はないらしい。
「とても信じられませんが、おれはこの国の王子様だった……ってことですか? でも、母さんはカーミス村の人間のはずです」
呆然と呟くキリルに、ユリウスが問う。
「キリル、左肩に痣はあるかい?」
「えっと、これですか?」
羽織っていた濃紺のマントを翻し、袖を上まで捲って左肩を見せる。そこには四つ葉のクローバーによく似た痣があった。
「ニール、この痣に見覚えは?」
「キリル様が生まれた時、オフェリア様に見せて頂いたものと同じです。『可愛いでしょう?』と言ってとても嬉しそうに見せて下さいましたからよく覚えています。今回もこの痣を持った少年を探してカーミス村に辿り着いたんです」
「私もキリルがこの城から去る前に一度だけ会って、この痣を見たことがある」
なるほど、『初めましてではない』理由が今になってようやくわかった。自分が生まれたばかりの頃の話ではいくら頑張っても思い出せるわけがない、とキリルは納得した。
ユリウスは続ける。
「要するに、そういうことだ。そして君の母上はオフェリア様で合っているね?」
「……はい」
ここまで話のつじつまが合ってしまうと、キリルはもう認めざるを得なくなる。まだ信じられないが、自分はどうやらこの国の第四王子だったらしい。しかも【救国の王子】という大層な肩書までついてきた。
だが自分はともかく、どうして母はカーミス村で暮らしていたのか。それがわからず、疑問を素直に口にすると、やや曇った表情のニールがキリルに向き直った。
「この話はあまりしたくはなかったのですが、仕方ありません。……オフェリア様は【災厄の王子】を生んだとして、まだ生まれたばかりのキリル様と共にこの城を追われたんです。実家の方には『亡くなった』という報告をしたと聞いていますので、きっと実家に戻るわけにもいかず、カーミス村で暮らすことになったのでしょう」
「じゃあ、今のじいちゃんとばあちゃんは……?」
「残念ながら、キリル様の本当のおじい様とおばあ様ではありません」
申し訳なさそうに俯いたニールを前に、キリルは内心驚きを隠せなかった。もちろん悲しくもなったが、あえて笑顔を作ってみせる。
「ううん、気にしないで。確かに村の人にはいつも、じいちゃんとばあちゃんに全然似てないねって言われてたし」
「でも……」
「一緒に暮らしてきた今までも、そしてこれからも、おれのじいちゃんとばあちゃんだってことは変わらないしさ」
そう、これまでの記憶が変わることはないし、これからだって祖父母との関係が変わるわけではない。これはキリルにとっての真実であり、願いでもあった。
「キリル様……」
大きく両手を広げ、気丈に振舞ってみせるキリルの様子に、ニールがほんの少しだけ安心したように顔を上げる。そんな二人のやり取りを見守っていたユリウスは目を細め、静かに口を開いた。
「キリルは本当にいい子に育ったね。……ところで」
キリルが小さく首を傾げると、ユリウスはさらに続ける。
「この国のために、君の力を貸してはもらえないだろうか?」
少し前から何となく予想していた言葉が飛んできた。キリルはそっと目を伏せると、しばし逡巡する。
正直、自分に国を救うだけの力があるとは思えない。だが、もし自分が動くことで少しでも事態を良くすることができるのなら。
「おれで力になれるなら……」
顔を上げ、真剣な眼差しをまっすぐユリウスに向ける。
ほんの少しだけでも力になれるなら、住んでいる国のためにも、大切な祖父母のためにも断るわけにはいかない。そう思った。
「それはよかった!」
キリルの了承の言葉に、ユリウスとエリオットが心底安心したように息を吐く。そこでニールが勢いよくテーブルに両手をつき、大きな声を上げた。
「それでしたら、俺にも協力させてください! キリル様を守ることが俺の使命ですから!」
「わかった、ではニールにも協力をお願いするよ」
ユリウスの即答に、今度はニールが安堵の溜息をついた。きっと、キリルが引き受ければニールもそう言うのではないか、とユリウスにはすでに予測済みだったのだろう。
「国を救うってことは王様を元に戻せばいいってことですよね? でも、どうやったらいいのか……」
承諾したまではよかったが、その方法がわからない。キリルは早速困り果てて肩を落とした。その気持ちが伝播したかのように、ニールも同じく落胆した様子をみせる。
しかし、そんな二人を救ったのはユリウスの言葉だった。
「……確か【アウローラの鏡】という、呪いを解く魔道具の話があると、何かの本で読んだことがあるよ。もし本当に呪いだとしたら、それで解けるかもしれない」
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