第8話 災厄の王子・2

「ええ。そうなる前に父上を元に戻すか、他に何か手を打たないと、と考えていた時のことです。偶然か必然か、図書室で隠し部屋を見つけたんです」

「隠し部屋?」


 キリルとニールが揃って声を上げる。


「あれは今から数週間前のことです」


 そしてエリオットは、隠し部屋を発見した時のことを話し始めた。


「僕はどうにかして父上を元に戻すことができないものかと、図書室で調べ物をしていました。まあ、図書室は僕の庭みたいなものなので毎日のように通っていますが。ですが、たまたま本を棚から抜いた時に気付いたんです」

「気付いた……とは?」

「その本を抜いた部分だけ、本棚の背がなかったんです」

「なかった……?」


 キリルとニールが首を傾げる。


「はい。普通は本を抜くとその奥の本棚の背が見えるはずですが、それがなく、壁が見えていたんです」


 エリオットは眼鏡のつるを持ち上げると、さらに続けた。


「そこだけ壁が見えていることを疑問に思った僕は何となく気になって、その壁に触れてみました。するとその壁が奥に引っ込んだんです」

「引っ込んだ!?」


 またもキリルとニールが揃って大声を上げ、お互いに気まずそうに顔を見合わせた。


「そうです。それで思い切って押してみたら、その本棚の隣、ちょうど本棚がないところだったんですが、そこに隠し部屋に続く階段が現れたんです」

「階段!?」


 今度は前のめり気味にキリルとニールがエリオットに詰め寄ると、彼はひとつ咳払いをした。

 その様子にキリルとニールが慌てて元の位置に戻る。


「ええ。階段も数段しかない上、隠し部屋もとても小さく、特に飾りがあるわけでもない質素な作りだったんですが、部屋の中央には真っ白な石でできた台座がありました。おそらく大理石……でしょうか。そしてその上には古ぼけた本が一冊、置かれていました。その本がこれです」


 エリオットがそれまで自身の横に置いていた本を、丁寧な仕草でテーブルの上に乗せる。


「随分と古そうな本ですね」


 その本を前にしたニールは拳を顎にやり、顔を近づけた。キリルも彼の横から覗き込む。


 あまり厚くない本の角はボロボロになってしまっていて、表紙にも何が書いてあるのかわからない。実際にはそんなことはないのだが、少しでも触れたら砂のように崩れてしまいそうに見える程だった。ニールの言う通り、相当古いものなのだろう。


「どういった内容なんですか?」


 ニールがさらに続けると、エリオットはまたひとつ咳払いをした。


「今から二百年近く前のことになりますが、この国が危機に陥ったことがあるそうです。しかし、それを当時の第四王子が救った。そしてその王子はその後、【救国の王子】と呼ばれるようになったそうです。彼の死後、この本の著者である宮廷魔術師兼、占星術師だった人物はその内容をこれに記し、隠し部屋に封印したという話のようです」


 そう言って、エリオットは本に視線を落とした。


「【救国の王子】、ですか。【災厄の王子】、ではなく?」


【救国】と【災厄】では意味がまったく異なってしまう。首を捻りながらニールが訊くと、エリオットがまた顔を上げた。


「そうなんです。どうやら元々は【救国の王子】として言い伝えられていたものが、いつからか【災厄の王子】となって伝わっていたようなんです。そして、古書の最後は『この本の封印が解かれる時こそが第四王子――【救国の王子】を必要とする時だろう』と、予言めいたもので締めくくられていました。まあ、封印というか、ただ隠し部屋に置かれていただけなんですが」

「要するに、キリル様は【災厄の王子】ではなく、国を救う【救国の王子】だったということですか?」


 久しぶりに出てきた自分の名前に、キリルが驚いて目を見張る。


 これまでのニールとエリオットの話を聞く限り、とりあえず自分が殺されることはなさそうだ、と安堵した。が、だんだんと複雑になっていく内容に目が回りそうだ。


 そして自分の知らないうちに勝手に話が進んでいくことに不安を覚えながらも、キリルは何も言えずにいた。


「そういうことです。古書が見つかったということと、父上に異変が起きているということを合わせて、今が【救国の王子】であるキリルの力を必要としている時ではないかと考えました。そして、僕はすぐさまその内容を兄上に伝えたんです」


 エリオットがユリウスの方に視線を向けると、今度はそれまで黙って話を聞いていたユリウスが口を開いた。


「エリオットの説明を聞いて、【救国の王子】の力を借りようということですぐに話がまとまってね。私も父上のことは何とかできないものかと思っていたから。そして私が自分の騎士団にキリルの捜索を命じたんだ。正直、生きているのかはわからなかったから、捜索に費やした数週間が無駄になるかもしれないと思ったのだけど。でもこうして無事に会うことができた」


 ユリウスはそう言うと、嬉しそうに微笑んでキリルを見やる。とても上品で穏やかな笑顔にキリルはどうしていいかわからず、照れくさそうに頬を掻くのが精一杯だった。


 そこにニールの震えた声が割ってくる。


「つまり、すべて俺の勘違いだったということですか……?」


 そんなまさか、と頭を抱える彼に、エリオットが追い打ちをかけるように言った。


「つまり、そういうことです」


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