第5話 デルニード城にて

 城に到着するとキリルは辺りを見回す間もなく、フードの付いた濃紺のマントを羽織らされた。フードをしっかり深く被るようにと言われ、渋々それに従う。


 室内でフードまで被る理由がわからなかったので、なぜかと騎士の一人に問うと、


「お前は国の最重要人物だから、他の人間に姿を見られては困る。そうユリウス様が仰っていた」


 ただそれだけの素っ気ない答えが返ってきた。


 だから街の中を通らなかったのか、と納得はできたが、自分のどこが最重要人物なのか。その説明もないまま、キリルはニールと共に数人の騎士に囲まれたまま連れられて行く。


 深く被ったフードのせいで周りの様子もよくわからない。かろうじてわかるのは足元の石畳の床と、自分の前を歩く騎士の甲冑姿の背中くらいのものだ。


 捻った足首の痛みはまだ引いていなかったが、かばいながらであれば何とか歩ける程度だったので、あえて何も言わずに我慢して歩く。それに言ったところで治るものでもない。


 ニールはそんなキリルの様子を心配そうにちらちらと見ていたが、今はどうすることもできずただ黙っていることしかできないでいた。


 しばらく城内を歩いて、ようやく騎士たちの足が止まる。ほっと一息ついたキリルがわずかに顔を上げて見ると、どこかの部屋の扉の前だった。


「この中でユリウス様とエリオット様が来るのを待つように。くれぐれもおかしな真似はするなよ」


 騎士のひとりは強く念を押すようにそう言うと、扉を開けてキリルとニールを部屋に通す。そして二人が部屋に入ったのを確認すると、ゆっくりと扉を閉めた。


 甲冑の音がだんだんと小さくなっていくのを聞きながら、キリルはもういいだろう、とフードを脱ぐ。少し乱れてしまった髪の毛を両手で簡単に直すと、改めて部屋の中を見回した。


「ここは……?」


 毛足の長い絨毯じゅうたんに、部屋の中央には大きなテーブルとソファー。壁際に配置された棚には多くの調度品が綺麗に並べられていた。そのどれもがとても高価そうに見える。もしこの中の一つでも壊してしまったら、などとうっかり想像してしまい、キリルは眩暈めまいを覚えた。とりあえず、ここが応接間らしいことはどうにか理解できた。


「キリル様、こちらに座って下さい」


 不意に掛けられた声に振り返ると、ニールがソファーのところに立っている。


 促されるままソファーに腰を下ろしたキリルだが、どうにも身の置き所がない。家には木でできた粗末な椅子がオフェリアを含めた家族四人分あったくらいで、このような大きくてふかふかのソファーというものは初めてなのだ。


 そんなキリルを特に気にするでもなく、ニールは隣に腰を下ろす。


(そういえば……)


 キリルはふと思い出した。


 騎士たちは『ユリウス様とエリオット様が来る』と言っていたが、一体どんな人物なのだろうか。


 祖父母に教わった記憶では確か、ユリウス様が第一王子でエリオット様が第三王子、あとは第二王子のロラン様と王女様が一人いたはずだ。


 ユリウス様は次期王位継承者で、眉目秀麗びもくしゅうれいかつ責任感の強い人物だと聞いた。

 エリオット様はユリウス様と母親が同じで、とても知的な人物らしい。

 ロラン様は現在隣国に留学中で、名前は憶えていないが、王女様はとにかく可愛らしいと聞いている。


 いくら国の偉い方々とは言え、顔を見たこともないし自分には縁のない人だから、とあまり記憶にめていなかったことが今になって少しだけ悔やまれる。


 ひとつずつ指を折りながらそんなことを思い出していると、ニールに声を掛けられた。


「多分、ユリウス様から話があるんだと思います。詳しい内容はわかりませんが、いざという時は俺が守りますから」


 そう言って強く拳を握る彼の言葉に、キリルはわずかに逡巡すると小さく頷いてみせる。


 いまだにニールの真意はわからないでいるが、本当に母オフェリアの知り合いなら信用できるのではないか、とキリルは少しずつではあるが、そう思い始めていた。


 そしてもう一つの大事なことを思い出す。


(そうだ、今のうちに母さんのことを聞いておこう……!)


 これもとても重要なことではあったのだが、正直なところ、このデルニード城に入ってからはそこまで考える余裕がなかったのだ。


「あのさ……」


 思い切って切り出そうとした、その時だった。


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