第4話 死の予感

 キリルがニールの乗ってきた馬に一緒に乗せられてから数時間が経った。


 ゆっくり歩くニールの馬は、相変わらず騎士たちの乗る馬に囲まれたままだ。デルニード城に着くまでずっとこのような厳戒態勢で行くのだろう。


 知らない人間、しかも自分がまだ不信感を抱いている人間と一緒に馬に乗せられて、キリルは何となくそわそわと落ち着かないでいた。だが、後ろで手綱を握っているニールにはどこにも気にする様子は感じられない。


 移動中に母のことを聞いてみたかったが、彼はきっと騎士団がいる今は何も話してはくれないだろう。漠然とそう思ったキリルは、ただ黙って馬の進んでいく方向を眺め続けていた。


(そういえば、昼ご飯の途中だったなぁ……)


 とめどないことを考える。


 逃げる気はとっくに消え失せていた。

 祖父母が言った、『殺されるかもしれない』という言葉がずっと頭の中でぐるぐると回っている。もちろん、まだこの若さで死にたいとは思わない。だがこうして騎士団に捕まってしまった以上、自分にはもうどうすることもできないということもわかっていた。


 これから死ぬかもしれないというのに、心の中は不思議と落ち着いている。もしかしたら、死ぬ前の人間というものは意外とこんな感じなのかもしれない。


 そんなことを考えている時だった。


 遠く前方に大きな街を取り囲む外壁が見えてきて、その立派さにキリルは目を瞬いた。そんなキリルの様子を知ってか、後ろのニールが肩越しに声を掛けてくる。


「あれが王都ルアールです」


 キリルの住んでいる村は比較的ルアールに近いとは言っても、実際に見たこともなければ行ったこともなかった。


「あれがルアール……。あの中にデルニード城があるんだよね?」

「はい。街中をまっすぐに行った一番奥にあります」


 興奮した様子で思わずキリルが振り返って尋ねると、ニールが頷く。これから初めて見るであろう大きな街を前に、心が少しだけはやる。この間だけは『死』から逃れられたような気がした。


 しかしその後、ニールや騎士団の馬はルアールの街の中に入ることなく、外壁を反時計回りに迂回うかいするようにして近くの森の中を抜けて行く。そしてデルニード城の裏手へと回ると、小さな城門らしきものの前で馬が止まった。


「城の者しか知らない、裏口みたいなものです」


 キリルが訊く前に、ニールが簡単に説明してくれる。どうしてまっすぐに街中を抜けて城に向かわなかったのかはわからないが、どうやらここが終着点らしい。


 最期にルアールの街を見られなかったのは残念だが、仕方がない。少しの間だけ忘れることのできていた『死』の予感が再びキリルの心に芽生えてくる。


 城門をくぐる前に見上げた空は橙色に染まっていて、もうすぐ夜のとばりが下りようとしていた。


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