風光る




 昼食を食べ終えてから少し時間を置いて。

 家族サービスなんて珍しい、なんて驚いていたが、この男はこの男でなにやら魂胆があったようで。


(大人げないのか、大人げがありまくるのか)


 梨響はソファーの縁に肘を立てて掌で頬を支えながら、お姫様抱っこをしたいと願い出たはいいものの、神路を持ち上げられずにいた凛香と僅かに笑みを浮かべる神路を見た。


「持ち上がらないー」


 凛香が持ち上げやすいようにとソファーに仰向けの状態で寝転んでいた神路は、自身の背中と膝の下に腕を入れて持ち上げようと頑張っては顔を真っ赤にさせている凛香を見て、もう止めるかと尋ねた。

 途端、凛香は眉尻を下げた。


「神路、やることがあるのか?」

「いや。もう少し。そうだな。あと十五分は大丈夫だ」

「ならあと十五分付き合ってくれないか?」

「ああ」

「ありがとう」


 ぬおおおお。

 気力体力を振り絞りながら持ち上げんとする凛香を見てから、神路へと視線を送った梨響。神路は視線に気づきながらも、なんの反応も示さなかった。


(あーあ。ありゃあ、少しは親心を見せようなんてこれっぽっちも考えてないな)


 半眼になった梨響はやる気のない声で凛香に向かって、がんばれーがんばれーと応援したが、梨響の予想通り、結局、凛香は神路をお姫様抱っこできなかったのであった。






「少しは持ち上げさせりゃあよかったのに」


 十五分後。

 凛香にちょっと待ってろと言っては自室へと戻る神路の後を追った梨響は、彼の背に向かって話しかけた。

 神路は振り返らずに歩を進めながら口を開いた。


「まだまだ敵わないと思わせてこその親代わりだろう」

「はあ。真面目と言うかなんと言うか」

「なんとでも言え。俺は俺のやり方で凛香と珊瑚に付き合って行く。おまえはおまえのやり方で付き合っていけ」


 梨響は後頭部で手を組みながら、へえへえと言った。


「じゃあまあ俺も。お姫様抱っこさせない。かなあ」

「そうか」

「そうそう」


 タタタっと軽やかに走って、神路の肩に手を添えた梨響。

 ようやく歩を止めて振り返ってくれた神路に、これでもかと胡散臭い笑みを向けた。


「俺の初お姫様抱っこはおまえに捧げたいから」

「………」


(うわー。予想通りの極寒の眼差し)


 けれどまったく寒くはなかった。

 前もって備えていたおかげだ。

 と、自身を讃えて所為で反応が遅れてしまった梨響。

 ふわりと浮遊感が襲って来たかと思えば、神路の顔が至近距離にあったので、石化してしまった。


「おめでとう。俺がおまえにほどこす最初で最後のお姫様抱っこだ」


 石化が解けたのは、神路の吐息を嫌と言うほど感じてしまった所為で。

 梨響は神路の凶悪とも取れる笑顔を認識した途端。

 あ、なんかやな予感。

 と思ったが最後、魔界に、しかも祖父である鉤羅の住処の近くに飛ばされていた。




 なんとかかんとか死に物狂いで鉤羅に見つからないように家に戻って来た梨響は、宣言通り、凛香にお姫様抱っこさせないように、気を抜けば飛んでいきそうな身体でなんやかんや踏ん張ったのであった。











(2022.3.26)



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刻つ風とかける雪柳 小噺(お姫様抱っこ) 藤泉都理 @fujitori

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