あるパーティの誤算

於田縫紀

あるパーティの誤算

 第11階層、ラグアール迷宮ダンジョンの最下層。

 ここの最奥部にある地底湖から黄金の古代魚を捕えて持ち帰る。

 これが今回の依頼だ。


 黄金の古代魚を活かして持ち帰る為の魔道具アイテム、ブクブク機能付き冷却箱クーラーボックスも持ってきている。

 

 ラグアール迷宮ダンジョンはそれほど難易度が高い場所ではない。

 広さもそれほどではない。

 既に第10階層まではクリアし、現在は第11階層に入ってすぐの安全地帯。

 ミリアの地図作成魔法マッパーで既に此処の全容もわかっている。

 

 しかし俺達は行き詰まっていた。

 問題は魔物。

 ここ第11階層、オキスデルシスが大量に出てくるのだ。


 オキスデルシスはハゼに似た魚の魔物で全長は50cmくらい。

 飛び跳ねて突撃攻撃をしかけてくる。


 それほど強い魔物ではない。

 HPヒットポイントは30程度。

 ATK攻撃力だって15程度だ。


 しかし全身に纏っている粘膜のせいで攻撃魔法も遠距離攻撃も効かない。

 攻撃魔法主体のパーティにとっては天敵に近い存在だ。


 俺達のパーティは光魔導士、魔法騎士、盗賊、それに俺、闇魔導士という組み合わせ。

 せめて近接攻撃に優れた戦士や騎士が2人程度いれば楽なのだが……


以前まえは魔法で楽勝だったのでしたけれどね」


 アリアの言う通りだ。

 以前ここにいたのは同じ魚系の魔物でもボレオフィスという、火属性魔法に弱い魔物だった筈。

 しかしそう言っても仕方ない。


 魔法騎士のサリッサは盾役タンクで重装備。

 動きの速いオキスデルシスを倒すには向いていない。


 盗賊のエルダは敏捷性は高いが紙体力。

 オキスデルシスの突撃を3発も食らったらあの世行きだ。

 魔道士2人も紙体力なのは同じ。


 一応俺は闇障壁バリアを使える。

 だから魔力がある間は全員を守る事が可能だ。

 しかし闇障壁バリアを使うと接近戦が出来ない。

 つまりオキスデルシスを倒せない。


「どうする。一度戻って戦士をスカウトしてくるか」


「でもここまで来るのに4日かかったよね。勝手がわかっているとは言え、戻るのには2日はかかるよ。そしてまた此処で戻るのに更に3日。それじゃ納期に間に合わないよ」


 確かにエルダの言う通りだ。

 納期に間に合わなければ依頼失敗。


 そして俺達のパーティは2回ほど続けて依頼を失敗している。

 今度失敗したらランクがC2からC3に落ちてしまうのは確実だ。

 そうなると駆け出し冒険者らが中心のランクDまでたった1段階。 

 万が一ランクDまで下ったら受けられる依頼も得られる報酬もぐっと減ってしまう。


「それにしても最近運営かみさま、魔法使いに厳しいよね」


「魔法使いパーティが圧倒的に有利だったからバランス調整だろ」


「調整される方は辛いですわ」


 愚痴を言っても仕方ない。


「どうする? 行くか、諦めるか」


 この世界ゲームに死に戻りや復活はない。

 死ねばそこでおしまいだ。

 無茶をする訳にはいかない。


 つまり冷静に考えると戻る一択。

 ランクを落とされても消滅するしぬよりましだ。


 光魔法使いのアリアがふっとため息をついた。


「仕方ないですわ。勿体ないですけれどアイテムを使いましょう」


「何かいいものがあるのか?」


 俺だけではない。

 全員がアリアの方を見る。


「折角闇市で見つけた掘り出し物だったのですけれどね」


 そう言って彼女は自在袋から腕くらいの長さの何かを出した。


「テレレレッテレー、にゃんにゃん棒!」


「何だそれは」


 茶色い毛が生えていて、先には爪と肉球がある。

 つまりは猫の手型の棒というかおもちゃだ。


「このにゃんにゃん棒、王足聖棒キングフットセントスティックとも言って、猫精霊の手を借りる希魔道具レアアイテムなのですわ。これを使うと猫精霊が大勢やってきて力を貸してくれますの。

 残念な事に使い切り魔道具アイテムなのですけれどね。仕方ないですわ」


「それでオキスデルシスを全部倒せるの?」


「問題無い筈ですわ。猫精霊は物理属性の爪攻撃メインですから」


「つまり猫の手を借りて倒すという訳だね」 


「そういう事ですわ」


 エルダに頷いて、そしてアリアは全員の方を見る。


「そういう訳で、行きましょう。先頭はいつも通りサリッサさん、御願いしますわ。私が2番目、エルダさんが3番目、イオタさんが殿を御願いします。

 安全地帯を出たらすぐにイオタさんに闇障壁バリアをかけていただきます。オキスデルシスが十分に出てきたところでにゃんにゃん棒を使用します。それでオキスデルシスは全滅できる筈ですわ」


「オキスデルシス、最大で60匹出てくるらしいよね。大丈夫かな」


「問題無い筈ですわ。猫精霊は魚系の魔物が好物らしいですから」


 何かひっかかる、見落としがあるような気がする。

 しかし他に手がないならやるしかない。

 このままここに留まっている訳にはいかないのだ。


「わかった。それでは行こう」


 サリッサが歩き始める。

 安全地帯を出たところで俺は防護魔法を起動。


闇障壁バリア


 オキスデルシスがそこら中から出現する。

 跳ねて体当たりをして、闇障壁バリアに跳ね返される。

 これでダメージを受けてくれれば倒すのは楽なのに。

 そう思うのだが残念な事にこの程度ではダメージ0の模様。


 あっという間に周囲はオキスデルシスに囲まれた。

 無論闇障壁バリアがあるから問題は無い。

 それでもあまりいい気持ちはしない。


「それでは行きますわ。にゃんにゃん棒、猫の手を貸して下さい!」


 ぞわっ、空間の扉が開いた感触がした。

 そして出てきたのは猫、猫、猫……

 茶色も三毛も白黒もいる。

 とにかく猫がいっぱいだ。


「凄い。猫、オキスデルシスを食べているよ」


 エルダの言う通りだ。

 猫精霊、オキスデルシスを倒すというか食べている。


 オキスデルシスの大群もあっという間に全滅した。

 倒したというより食い散らかされたという感じだ。

 オキスデルシスの頭部分、背骨、内臓、尾ひれ等があちこちに散らばっている。


「何と言うか……」


 口ごもったエルダの言いたい事はよくわかる。

 しかしアリアは満足げだ。


「これで道は開かれましたわ。それでは地底湖に参りましょう」


 猫精霊は俺達の周りだけでは無く、階層の全域くまなく敵を倒した様だ。

 オキアルデスの頭、骨、血が散らばった中を地底湖に向かって歩いて行く。


 地底湖が見えてきた、これで依頼達成だ。

 そう思った瞬間、俺は見てしまった。

 地底湖の岸近くに浮かんだあるものを。


「えっ!」


「まさか!」


「嘘だろ!」


 念の為に鑑定してみる。


『黄金の古代魚の残骸』


 間違いない、これが依頼で持ち帰る筈だった黄金魚……だったものだ。


「どうやら猫精霊が食べちゃったみたいね。黄金の古代魚も一応魚の魔物だし」


 頭と尻尾部分は残っている。

 しかしエラより後ろ、尾の手前までは骨だけ状態だ。

 どう見ても生きていない。


 猫精霊を使ったのは間違いだった。

 しかし今それを責めても意味はない。

 皆それはわかっている。

 結果、居心地の悪い沈黙があたりを支配するわけだ。


完全蘇生リカバー!」


 そうか、その魔法があったか。

 俺達はアリアの蘇生・回復魔法に一縷の望みを託す。

 しかし……


「ごめんなさい。魔法で生き返らせるのは無理みたいですわ」


 駄目か、でもそれならば。


「古代魚ってこのまま放っておくとこの場所で再出現リポップしないのか」


「確か1週間は出なかった筈だよ。お手上げだね」


 でもまだ望みは無い訳でも無い。


「他に黄金の古代魚がいる場所は?」


「他の場所では発見されていないよ」


 エルダが言うならそうなのだろう。

 しかし、そういう事は……


「依頼、失敗か」


「そのようですわ」


「だね」


「……」


 はあっ、思わずため息がでてしまう。


「でも一応この古代魚の死骸を持っていこうよ。何かになるかも知れないし」


「そうですわね」


 ◇◇◇


 『黄金の古代魚の残骸』は持ち帰ってギルドに提出した。

 しかしやはり依頼は失敗判定。

 ランクもC3にダウン。


「仕方ないよね」


「そうですわ。次に頑張ればいいだけですわ」


 前向きな2人と無口な1人の間で、俺は大きなため息をつくのだった。

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