後編
とりあえず今回のことに関係しそうな本をありったけ持ってきて、何か手がかりはないかと二人で手分けして読み始めた。読みながら公爵から話を聞いた。
「まったく、世にも不思議なことがあるもんだ。まさかこんな形で地獄から人間界に来ることになろうとは」
「ここに来る前は何をしていたんですか?力天使と揉めてたと言っていましたが」
「その通り。あの石頭どもめ。何千年経っても変わらぬわ」
そう言いながらも公爵は、のん気にSF小説を読んでいる。
「すごいな、ヤマダ。おもしろい物語がいくつもあるではないか。人間の創造力というのは、なかなかに素晴らしい!このような話を思いつくとはな!」
まったく。地震を起こすところを見ていなければ本当に悪魔なのかとても信じられない。
「目的忘れないでくださいよ、帰り方の手がかりになりそうなことを探しているんですからね」
「分かっている、分かっている!」
と公爵は陽気に返してきた。少しでも心配していたのが馬鹿らしくなってきた。
ふと公爵の方を見ると、公爵は一冊の本を凝視している。本の山から引っ張り出すと夢中になって読み始めた。
「何か気になる本でもありました?」
と山田が尋ねても、夢中になって読み進めている。ものすごいスピードだ。
あまりに熱心に読み続けるので、山田はそれ以上声をかけられなかった。
公爵は本を読み終わるのと同時に、
「これだ!」
と叫んだ。あまりの声の大きさに山田は腰を抜かしそうになった。
「ど、どうしたんですか?」
「ヤマダよ、感謝するぞ!おかげで良い考えを思いついた」
「本当ですか!?それはいったい?」
「ハッハッハッ聞きたいか?それはな・・・」
その時、公爵の体が光り出した。
「おお、どうやら戻る時が来たようだ。ヤマダよ、本当に世話になったな」
「そんな、私は何も・・・」
「いや、お前はワシをあの本まで導いてくれた。
お前には良き本を選ぶ才がある。それは素晴らしい才だ」
山田は公爵の言葉を聞き入っていた。
「これからもその才を活かし、人々を最良の書物まで導いてやれ」
公爵は続けて
「本来、悪魔と人間は関わることはない。だがお前はワシに協力してくれた。
ワシは言ったことは守るぞ、ヤマダよ。今にお前にも良い兆しが訪れるだろう」
公爵の体の光が一気に強くなったと思ったら、パっと霧散した。
「さらばだ、ヤマダよ」
そして公爵の体は全身の力が抜け、机に突っ伏した。それっきりピクリとも動かない。
山田が固唾を呑んで見ていると、うーん、という声とともに上半身を起こした。
しばらく目をしぱしぱさせ、顔をこすると目の前の山田を見て
「あ、あれ山田君、なんでこんな所にいるんだい?」
館長が素っ頓狂な声をあげた。
どうやら公爵は無事戻っていったようだ。
「なんでって仕事に決まってるじゃないですか。館長。もう何時だと思ってるんです?」
そう答えると、館長は慌てて腕時計を見て
「うわぁ、参ったな。もうこんな時間か。昨日打ち合わせが終わった後、会議室で少し休んでいたんだけど、そのままぐっすり寝入っちゃったみたいだ。
それにしても会議室にいたのに、なぜここにいるんだろう?」
「さぁ?寝ぼけたんじゃないですか?それよりいいんですか?お時間の方は」
「そうだ、まずい!」
と言い、荷物を取りに会議室に走っていった。すぐに慌ただしく会議室から鞄を持って出て来ると、すれ違いざま山田に言った。
「そうそう、君に伝えておくことがあったんだ。実は今度、司書の木村さんが他の図書館に異動することになってね。副総括責任者としてやってみないかってオファーがあったそうだよ。
それに伴い、正規の司書の枠が一つ空くんだけど、山田君やってみる気はあるかい?」
まさに夢のような申し出だった。
「はい、是非お願いします!」
二つ返事でOKした。
「良かった。改めてこれからもよろしく頼むよ。正式な辞令はまた後日出すから」
信じられないが、公爵の言う通りになった。良い兆しがあったのだ。
館長は続けて
「それとこれ、返しておいてもらえるかな?昨日、休憩がてらにこの本読んでたら眠っちゃったみたいなんだ」
と言って山田に本を一冊差し出した。
タイトルを見るとアンブローズ・ビアスの「悪魔の辞典」
「いやぁ、こんな本読みながら眠ったもんだから変な夢を見たよ。僕が地獄巡りをしている夢でね。でもなんだか妙にリアルな夢だったなぁ」
そう言うと館長は小走りで出ていった。
山田はそっと入り口の札を開館中へと変えた。
日はもう高く上っている。いい天気だ。
とりあえず私は公爵と読んでいた本を片付けようと館内に戻ると、公爵が最後に手に取ったあの本が目に入った。
タイトルをみて思わず吹き出してしまった。
「部下のまとめ方・上司との接し方」
悪魔も中間管理職は大変らしい。
公爵はこの本を読んで何を思いついたのだろうか。
悪魔なのに妙に親しみやすい人物だった公爵。しかし悪魔とは本来そういうものなのかもしれない。いつの間にか近くにいて、甘言を囁き、人を堕落させる。
それでも私が会った悪魔は私に本を選ぶ才能があると言ってくれた。
「どうです公爵?猫の手でも役に立ったでしょう」
山田はそう言うと、仕事に戻っていった。
地獄の公爵、図書館へ行く 髙橋 @takahash1
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