地獄の公爵、図書館へ行く
髙橋
前編
私は大学で司書課程の科目を履修し、図書館司書の資格を取った。
しかし、司書の仕事は求人がとにかく少ない。
現在は非正規職員の司書として、なんとか仕事をしている。
働きながら正規職員の欠員が出るまで待つしかないのだが、将来に対する不安は募る一方だ。
このままでいいのだろうかと悶々としつつ、今日も朝一番から職場の図書館へと入っていった。
開館の準備を進めていると、ひょっこりと奥の方から人影が見えた。
まだ開館時間前だというのに、おかしいなと思い人影をじっと見ていると、向こうも私に気付いたらしくこちらに近付いてきた。すぐに誰か分かった。
「館長、おはようございます。今日はお早いですね」
人影はこの図書館の館長だった。それにしても館長が開館時間前に来るとは珍しい。
「カンチョウ?何のことだ?」
「へ?あ、あの・・・」
私がポカンとしていると
「ここはどこだ?お前は誰だ?力天使の仲間か?」
館長はそこら中を見回しながら、聞いてきた。
朝早いから寝ぼけているのだろうか。
そういえば来週、図書館が主催する地域の子供向けに本を紹介するイベントがあり、その打ち合わせを昨日ずっとやっていたっけ。それを徹夜でやってこんなに寝ぼけているのだろうか?
「ええと・・・館長。ここは図書館ですよ。あと私は山田です。大丈夫ですか?」
山田がおずおずと答えると、館長は驚いたように周囲を見て、
「図書館だと?どこの軍団の所有物だ?王の直轄か?」
「いや・・・公立の市民図書館ですから、市のものだと思いますよ」
「市?それはどこの地方だ?それにしてもこんな蔵書を誇る施設が地獄にあるとは知らなかった」
地獄?いよいよ話がおかしい。酔っているのだろうか?しかし酒臭くはないし、口調もはっきりとしている。
「ヤマダと言ったな。ワシの名は、アガレス。地獄にいる31の軍団を指揮し、序列は2番目。王に次ぐ地位にある大公爵だ」
山田は呆気にとられていた。
館長は真面目を絵に描いたような人でこんな荒唐無稽なことを言う人ではない。
しかし、何が悲しくてこんな朝っぱらから、おっさんの悪魔ごっこに付き合わなければならないのか。開館の準備だってしなければいけないのに。
山田はとりあえず話を聞くことにした。
「それで、ええと・・・なんとお呼びすればいいでしょうか?アガレスさん?それとも公爵様?」
「公爵でいいぞ。それで、何がどうなっているのだ?」
「まず最初に。あなたが悪魔だというならそれを証明していただけませんか?」
山田がそう言うと
「ふむ、ワシが悪魔だと疑っているようだな。まぁよかろう」
公爵は少し考えると
「よし、ならばワシの力を少しだけ見せてやろう」
そう言うと、公爵は指をパチンと鳴らした。
するとあたりが一気にグラグラと揺れ出した。
地震だ!それもかなり大きい。山田は必死にテーブルにしがみつこうとしたが、転げ落ちた。
地面を這いつくばいながら、なんとか言葉を絞り出した。
「も、も、もう分かりました!止めてください!」
そう言うと公爵はもう一度指を鳴らした。途端に地震はピタリと止まった。
這い上がるように椅子に座りながら、山田が呆けていると
「ワシが悪魔だと分かったか?」
さすがに信じざるを得ない。どうにか口を開いて
「分かりました・・・。信じますよ。それにしても何で地獄の公爵が図書館の館長の体に入ることになったんでしょう?」
「ワシもこんなことは初めてだからな。だが、力天使の連中が何かしたのかもしれん。奴らとはしょっちゅう揉めているからな」
公爵は続けて
「まったく、力天使の奴らはいつだってろくなことをしない。しかし問題はだ!」
「公爵がどうやったら地獄に戻れるか、ですよね」
「その通りだ、お主は何か知らんのか?ワシがここに来て、ヤマダと会ったのも何か意味があるのかもしれん」
そう言われても正直、何も分からない。自分にそんな知識があるはずもない。
もしかしたらずっとこのままなんてことも・・・
「正直にお話します。私には戻り方は分かりません。ただ・・」
山田は言葉を続ける。
「公爵が今日ここに跳ばされてきたということには何か理由があるはずなんです。公爵と私がここで何かを成し遂げれば、そうすればきっと・・」
「ここでなんらかの目的を達成すれば、地獄に戻れると?」
「はい、その可能性はあるんじゃないでしょうか」
「ふぅむ・・・」
公爵は顎に手を置き、考えている。
「よし、やってみよう。猫の手でも借りたい状況だからな。この際、贅沢は言えん」
と言い、ガッハッハッと笑った。
「山田よ。一つよろしく頼むぞ。もちろん協力すればちゃんと礼はするぞ」
「悪魔のお礼ってなんか怖いんですけど」
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