3.俺の彼女だろ?

「今日は一緒にいてくれてありがとう!またデートしてね笑」


 まるで営業のようなメッセージを、彼に送る。まだ大丈夫、つまらなくて平凡で平和な毎日の続きに戻れる。私はそう思っていた。


「次のデートを楽しみに、仕事にテニスに頑張ります!」


 彼の返信も、似たようなものだった。大人の恋愛とは、婚外恋愛とは、こういうものなんだろうな、と思う。きっと何となく始まって、何となく終わるのだろう、と。


 でも彼と私の距離は近すぎた。私は整骨院への通院以外に、同じビルのスイミングや体操教室に、子供達を通わせていたのだ。習い事の待ち時間には、差し入れを持って顔を出していた。

 お互いの感情を把握し合った後の恋愛の加速スピードは速い。そして現代の文明の利器も、それを手伝った。



「俺の彼女だろ?」



 彼からのLINEに、私は喜び戸惑う。心のどこかで望んでいたのに、現実となると怯む。でももう止めることはできなかった。


「俺といたら何してても楽しいから安心してね!」

 

 彼は過去にも婚外恋愛をしていた。私とは、『三回目の浮気』だった。過去使われて来たであろうそのセリフに、私は少し苦笑いを浮かべる。




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 次のデートの約束は、1ヶ月後だった。夫が海外出張の予定だったからだ。私が夜に外出することはほとんど許されていなかった。友人との飲み会の時は、いつも出張中に設定し、実家の母に泊まりに来てもらっていた。


 私は朝まで一緒にいたい、といった。彼はそのつもりだと答えた。私は彼と結ばれるであろうその日のために、準備をした。婦人科に行き、ピルを処方してもらった。上下セットの下着を買うのは何年ぶりだろうか。私は確実に浮ついていた。その瞬間への想いは募るばかりだった。


 

 しかし好事魔多しとはこの事か、夫の海外出張がキャンセルになった。私は絶望的な気持ちになった。でも、せめてデートはしたい。確実に不機嫌になり口を聞かなくなるであろう夫に、外出許可を乞う。私はそれまで、そのストレスを抱えるくらいなら、黙って言う事を聞いていようと努めてきた。でも、その日はどうしても譲れなかったのだ。それほどに私の中で切望していた。それと同時に、婚外恋愛の結果がどうなるかも、想像はついていた。自分自身が許せなくなることを、私は知っていた。私は嘘が下手だった。私には、両方うまくやることなんてできるはずがない。


 それでも、その日結ばれることを、私は選ばずにいられなかった。





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その日、彼は約束の時間を大幅に遅刻してきた。夏休みの宿題を、夏休み最終日に徹夜でやって結局間に合わない、そんなタイプだった。計画的に仕事をこなすのが苦手なのだ。


 一時間、カフェで過ごす。苛立ちなど無く、ただ待ち焦がれていた。そして現れた彼は、人混みの中でも頭一つ分背が高く、すぐに見つけられた。完璧なフォルム。私が待っていた人は、こんなに素敵な人だ。それだけで自尊心が満たされた。


 食事をした後、どちらからともなくホテルに向かい、私たちは結ばれた。私はそれはきっと涙が出るほど幸せなんだろうと想像していた。……でも、そうではなかった。行為自体に不満がある訳では無かった。ホームで、またね、とお互いの帰路についた後、私は泣いていた。それは幸せな涙ではない事だけは確かだったが、理由は分からなかった。


 


 スマホを開くと、友達からLINEが来ていた。モエちゃん、と呼んでいた彼女は、私が結婚してから唯一親友と呼べるような関係だった。十歳近く年下で独身だったが、テニススクールで知り合い、家が徒歩五分圏内だった事で仲良くなった。子供達も懐いていて、夫が出張中はしょっちゅう子連れで飲みに行ったり、自宅に遊びに来てくれていた。彼女には、経緯を全て話していた。今日、結ばれるであろうことも。


 彼女は、私からの幸せ報告を待っていた。


「なんか、よくわかんない。でも、あんまり幸せな気分じゃない」


 私は素直な気持ちを伝える。心配するモエちゃんは、駅まで迎えに行こうか、と言ってくれたが、少し頭を冷やしたいから、と断った。

 駅からの自宅までの足取りは重かった。何が引っ掛かるのか分からなかった。期待しすぎたのかなぁ。


「そんなこと言ったら、たっちゃんが可哀想だよ!」


 モエちゃんの言葉に、それもそうだな、と思う。生娘でもあるまいし。じゃあ、この感情は何だ。



 手慣れてる感が嫌だった?別の家に帰ること?罪悪感?


 

 答えはおそらく、思いつく全てだ。

 そして私はその感情に蓋をした。







 

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Mixed doubles sick @sorasho

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