機長と乗客と猫ちゃんはお肉が食べたい
ゴオルド
孤島にて
旅客機はぐんぐんと上昇を続けていた。
「だめだ、原因が分からない」機長は両手で顔覆った。
なんてことのないいつものフライトのはずだった。東京を出て、ハワイに向かう旅客機は、しかし太平洋上空で操縦不能となり、急きょ宇宙を目指し始めた。
「機首が上がりすぎていて、このままでは墜落してしまいます。墜落した時のダメージが少しでも軽減できるよう対策を考えましょう」副機長が言うことはもっともだったが、しかし機長は希望を捨てていなかった。
「ちょっとリセットボタンを押してみたら、うまいこと再起動してコントロールが戻るかもしれない」
「は? 機長、そんな、昔のファミコンじゃないんですからリセットて」
そのとき、客室乗務員から連絡が入った。
「乗客の皆様にお食事を提供する時間なのですが、機長にも最後の晩餐をお出ししたほうがいいでしょうか」
「もちろんだ。食事を抜くのは体に良くない。くそう、猫の手も借りたい忙しさだ」
そう言いながら機長はコクピット周辺をごそごそとかき回している。この旅客機の取扱説明書を探しているのだ。
「まあ、猫の手ですか……」
「機長、こんなときに食事なんかしなくても良くないですか。というか、これから説明書でリセットボタンを探そうっていうときによく食欲ありますね」副機長の声をかき消すように、客室乗務員が大声をだした。
「お客さまー、お客さまの中に猫の方はいらっしゃいませんかー」
そんなわけで、たまたま乗り合わせた白猫がコックピットに連れてこられた。
「にゃー」
「こいつは助かる!」
「何がですか機長!?」
機長は自分の膝の上に猫を座らせると、「実はこの飛行機、操縦不能なので、手伝ってください」と猫に頼み込んだ。
猫はかすかに頷き、コックピットを縦横無尽に駆け巡った。そうやって肉球であっちこっちのボタンを押していった。
「おっ、コントロール戻ったぁ!」
「絶対嘘……って本当だ、どういうこと!?」
操縦可能となった飛行機は、だが燃料が残り僅かであったため、近くの孤島の砂浜に緊急着陸したのだった。
機長と猫と副機長と6人の客室乗務員、そして150人の乗客は、孤島に降り立った。
白い砂浜にくじらのように横たわる飛行機の前に立ち、陸地――草木が密に生い茂るジャングルを見つめて、機長は、「暑いな」とつぶやく。
「にゃー」
猫も同意しているようだ。
「助けが来るまで何日かかるかわかりませんし、飲み水を確保した方がいいと思います」と副機長。
「飲み水を探すってことは、あのジャングルの中に入れってこと? あの見るからに虫とかヒルとかいそうな茂みに入れって?」
「まあそうですね」
「やだ」
「にゃにゃ」
副機長はため息をついた。
「じゃあ、私と客室乗務員で水探しに行ってきますから、機長は無線で救助要請しておいてください。猫ちゃんは、えっと、自由行動で」
猫は椰子の木の根元にきちんと座りなおして、了解とでも言いたげに「にゃっ」と短い返事をかえした。
ジャングルに分け入ってみると、どういうわけか無数にバナナの木が生えていた。しかもたわわに実がなっている。副機長が一本もいで食べてみたところ、甘くておいしい、慣れ親しんだバナナの味がした。
「これは野生のバナナじゃなくて、品種改良されたバナナだ。ということはここは無人島ではないようだな」
副機長たちは大量のバナナを浜に持ち帰ったが、機長は猫と一緒に椰子の木陰でお昼寝していたので、まず乗客たちにバナナを配った。
「案外すぐに助けが来るかもしれません」
副機長の知らせに乗客たちは歓声をあげた。
そのとき、ジャングルのほうからガサガサと草をかきわける音がして、副機長は振り返った。このバナナを植えた現地の人であろう。勝手に食べてしまって申しわけないことをした。謝ろうと一歩踏み出した副機長の前にあらわれたのは、青白い毛が生えた身長5メートルぐらいの大男だった。毛皮を腰に巻き付け、顔はイノシシのような鼻と牙が生えている。手には電柱ほどの太さの
「……」
「……」
「……」
副機長と客室乗務員と乗客たちはフリーズした。
ふわあ、とあくびをして、機長が目を覚ました。
「……ん? あれってドラクエとかに出てくるやつじゃん。ボストロールだっけ」
「違います機長、ボストロールはもっと人間っぽいやつです。イノシシっぽいのはオークですよ!」
「にゃー?」
猫も目を覚ました。
オークは棍棒を高く振りかぶったかと思うと、機長に向かって投げつけてきた。
機長と近くにいた乗客たちは素早く避けて、「棍棒を飛び道具にするなんて常識がない」とオークを非難した。
「ウガガガガァ!」オークは足を踏み鳴らして怒っている。
副機長ははっとした。
「あ、もしやバナナを植えたのはあなたですか。勝手に食べたことをお怒りなのでしょうか。本当に申しわけありません。後日、弊社のほうから正式に謝罪に伺うとともに弁償させていただきたく存じます」
頭を下げた副機長に対して、異議を申し立てたのは機長だった。
「バナナとか何それ初耳なんだけど。自分たちだけ食べたってこと? ずるくない?」
「シャー! がぶがぶ」
「機長ぉ、その話あとにしてくれませんか! あと猫ちゃんも噛まないで!」
「ウガガガガガガガガガガ!!」
オークは素手で機長に襲い掛かった。が、機長は懐から刀を取り出すと、オークに切りかかろうとした。だが、オークも簡単に切られたりはしない。さっと下がって刃から逃れた。
「やるな、おぬし」
「ウガガ……」
しばらくにらみ合う。猫も機長の頭によじ登ると、オークににらみを利かせた。先に視線を逸らしたのはオークだった。踵を返すと唸りながらジャングルへと戻っていった。
「ところで機長」
「なに?」
「レスキューの要請はしてくださいましたか」
「あ、忘れてた」
機長と副機長はコックピットに戻り、無線を使ってレスキューを要請した。猫は砂浜で客室乗務員にちやほやされるのに忙しくて、ついてこなかった。
「至急、救助をお願いします。我々はとある孤島におりますので」
「うーん……」
無線の相手はなぜか返答を渋った。
「その島はちょっとね」
「ちょっとね!?」
「なんかヤバイやついるでしょ。オークとかいうモンスターがさ。人を見ると襲い掛かってくるし、二次災害が発生するおそれがあるから助けにいけないんだよね」
副機長は頭を抱えた。「じゃあ、どうしたらいいんですか」
「オークを倒せばいいんじゃない?」と機長。
「ですね」と無線相手。
そういうわけで、機長たちはオーク討伐隊を結成することとなった。班に分かれて木を削って弓や槍をつくったり、薬草をつんで傷薬をつくったり、落とし穴を掘ったり、機長に戦い方を学んだりした。
初めのうちは、救援を呼ぶためにしぶしぶ戦っていた彼らだったが、バナナだけの食生活が何週間も続いた結果、「肉を食べたい」という欲望からオークを倒したいというふうに変わっていった。
すっかりジャングルに慣れ、上半身裸でネクタイをハチマキがわりにした機長が、皆に呼びかける。
「肉が食べたいかー!」
「おおー!」
「にゃー!」
「イノシシを食らいたいかー!」
「おおー!」
「にゃー!」
「倒すぞ、焼くぞ、煮付けるぞ!」
「やるぞ、やるぞ、やるぞ!」
「にゃっにゃ、にゃんにゃ!」
「いざ突撃ー!」
わあぁぁぁぁ!
そして、緊急着陸してから2か月後、とうとうオーク討伐に成功したのだった。
「やったあああああああ、お肉だあ!」
「にゃああああ!」
副機長「オークを食べるとかちょっとどうかと思います……」
<完>
機長と乗客と猫ちゃんはお肉が食べたい ゴオルド @hasupalen
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