八千代さんは俺を七代離さない

ムネミツ

第1話 八千代さんは俺を七代離さない

 「来い、猫切ねこきりっ!」

 夜の廃ビルの一室で俺が叫ぶ、すると虚空を裂いて一振りの黒鞘の太刀が現れる。

 これが我が家の家伝の呪具、妖刀猫切ようとう・ねこきり化け猫殺しの太刀だ。

 鞘から抜かれた刀身には、紫色のエネルギーが炎が燃えるように放たれている。

 「せいっ!」

 俺は太刀を振り、自分に迫る雑霊を切り捨てた。

 呪具である猫切に染み付いた怨念のオーラで、斬られた雑霊は消滅する。

 俺は雑霊を切り捨てながら廃ビルの中を進み、ターゲットのいる部屋のドアを蹴破った。

 「ヒャ~~~~~ッ!」

 俺のターゲットである、首つり自殺をした花嫁姿の悪霊が叫ぶ。

 「うるせえ! お前よりも、猫切の方がヤバいんだよ!」

 俺が猫切を霊に向ければ、霊は怨念に怯えて逃げ出した。

 「馬鹿が、地縛霊が自分の死に場所から逃げれるかよ!」

 俺はそう言って、哀れな花嫁姿の悪霊の背後から太刀を振り下ろした。

 「ヒャ~~~~~ッ!」

 遭遇した時と同じ断末魔の叫びを上げて、悪霊は紫の炎に包まれて消滅した。

 「……討伐完了」

 ターゲットが消滅した事を確認すると、俺は猫切を鞘に納めた。

 悪霊が消滅すると、俺がいる廃ビルは一般人にが気分を害するような気持ち悪い空気から一気に無機質なただの廃墟へと戻った。

 「……お見事でした、お坊ちゃま♪」

 「ひいっ! や、八千代さんっ?」

 俺は背後に感じた気配に振り向くと、そこにはメイドキャップを被り白の割烹着を付けた黄色の着物を着た和装メイド姿でクレオパトラのようなおかっぱ頭をした褐色に金の瞳の豊満な美女である八千代やちよさんがいた。

 「はい、八千代でございますよ♪ 許婚でもある私に驚かないで下さいまし♪」

 「いや、いきなり背後に現れられたら驚くわ!」

 そして、八千代さんに驚いている猫切を持つ俺の名は小倉志郎おぐら・しろう

 着ている服は、青梅市にある都立退魔高専とりつたいまこうせんの制服である呪法じゅほう学ラン。

 髪型は黒のソフトモヒカンで体はそこそこ鍛えてる、顔は悪くはないが人間の女子にはモテない呪具使いだ。

 「……よよよ、坊ちゃまを愛しお仕えする健気な私めにご無体な」

 ウソ泣きの真似をしつつシレっとふざける八千代さん。

 「いや、そういう態度だから信じられねえっての!」

 健気な人なら俺をからかったりはしない。

 「まあつれないお方♪ でも、猫だけに七代お慕い申し上げます♪」

 「いや、俺という存在は一世一代しかいないって」

 「心配ご無用でございます、私とお坊ちゃまは来世でも必ず結ばれるようにお互いの魂が呪の力で結ばれておりますから♪」

 「待って、その術といてくれない?」

 俺がモテないのはあんたのせいか!

 「無理でございます、私達は千代に八千代に添い遂げ続ける宿命ですから♪」

 八千代さんが俺に抱き着いて耳打ちする。

 俺は、八千代さんおそんな態度にドキドキしつつも勘弁してくれよと思った。


 翌日、俺は担当教官に呼び出されていた。

 「小倉君、ご苦労様♪ 流石は怪猫退治の末裔だ」

 机と棚の簡素な部屋で俺に語りかけるのは担当教官の碓井先生。

 黒のスーツの上に白衣を纏た、長い黒髪の綺麗な女性だ。

 「頼光四天王の末裔に言われると嫌味にしか聞こえないです」

 こっちは化け猫退治をした平家の落ち武者の子孫、先生は源氏の郎党の家系だ。

 「君はもっと素直になりたまえ、自分にも八千代さんにも」

 「いや、余計なお世話っすよ!」

 俺は八千代さんと先生の繋がりに恐怖した。

 「まあ、それはさておき実習に行って来てもらおうか?」

 「昨日もなんですが、またですか?」

 「若い内はどんどん化け物と戦ってスキルを積みたまえ♪」

 実習なら仕方ない。

 「場所は箱根の方だから旅費は出そう、一人だと大変だろうから八千代さんにでも

手伝てもらいなさい」

 先生が乗車券二枚と、宿の割引券を差し出す。

 「……先生、八千代さんとグルなんですか?」

 「勘の良い生徒は嫌いだよ♪」


 俺はいつかこの先生を倒すと思いつつも、乗車券などを受け取り教官室を出た。

 授業を終えて家に帰って来た俺を出迎える八千代さん。

 「八千代さん、手を貸してもらえないかな? 先生から言われたんで」

 「まあまあ♪ 何とありがたい、坊ちゃまと温泉旅行に行けるなんて♪」

 この人、というかこの妖怪は裏で何かしてるなと思いつつ俺は用件を告げた。

 「実はもう、坊ちゃまの分もお荷物のご用意はできております♪」

 八千代さんがどこからかトランクを取り出すのを見て俺は、最初から仕組まれていたかとため息を吐いた。


 かくして、俺と八千代さんは箱根に怪異討伐の実習へと旅立った。

 「現場は山の中か?」

 「ええ、山の中のお宿からの依頼だそうで大蛇の怪異が出たとか?」

 「マジかよ、まあやるしかねえけど」

 「ご安心ください、この八千代の内助の功で必ずや成功に導きましょう♪」

 俺には八千代さんの方が心配だった。

 宿に荷物を置いた俺達は、食事を済ませてから山へと赴いた。

 山道を歩いていると、黒い妖気が漂って来るのを感じる。

 「シャ~~~~~~ッ!」

 林の中から叫び声をあげて黒い大蛇の怪異が出て来た。

 「出たな、八千代さん!」

 「お任せ下さい!」

 八千代さんが札を空へ放り投げて結界を張る。

 「行くぜ猫切っ!」

 俺は猫切を抜き構えると同時に、大蛇の怪が突っ込んできて吹き飛ばされる。

 「がはっ!」

 衝撃で猫切を落として俺は倒れてしまった。

 「坊ちゃま! おのれ蛇の怪異如きがよくも!」

 八千代さんが怒り、その姿を黒猫の頭を持ったエジプトの女性のように変身させた。

 「女神バステトの血に誓い、貴様を滅ぼす!」

 変身した八千代さんが跳躍し、手から鋭い爪を生やして振るうと蛇の怪異は輪切りにされて消滅した。

 「ぼっちゃま、お怪我はございませんか!」

 「……八千代さん、何もんだよ」

 俺は気を失った。

 気が付くと、俺は柔らかい感触で目を覚ました。

 「……うぷ!」

 「あら、お目覚めですか坊ちゃま♪」

 目覚めた俺の上に八千代さんがのしかかっていた。

 「ちょ! どういう状況だよ!」

 「はい、怪異を退治してから坊ちゃまを宿までお連れしたのでそのご褒美をいただこうとしている所でございます♪」

 「いや、何を寄こせってのさ!」

 「勿論、坊ちゃまをいただきます♪」

 こうして、俺と八千代さんは結ばれた。

 猫の手を借りた結果が、猫の妖怪に押し倒されるとは思わなかったよ。

 「坊ちゃま、コンゴトモヨロシク♪」

 「いや、どっかで聞いたような事を言うな~~!」

 俺は八千代さんからは逃げられないと悟った。

 

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