猫の手
水定ゆう
猫の手を借りた男の末路
5時のチャイムが鳴る前。
とある広場のベンチに少年のような出立ちの人物が、座っていた。その隣には黒い猫が1匹寄り添っていて、そこに女の子がやって来る。
「あっ、猫のお兄ちゃん!」
女の子は全く警戒せず、ベンチに座る人物に近づいていきます。
「やぁ、今日も来たんだね」
「ねえねえ猫のお兄ちゃん。今日もお話聞かせてよ!」
女の子は目をキラキラさせています。
「そっか。君はそんなに奇怪な話が好きなんだね。いいよ、じゃあ今日はこんな話をしようか。これはある大企業に勤める男の話……」
男は大企業であるプロジェクトを任されていた。
しかしそのプロジェクトはなかなか上手くいかず、自分は上司達の出世役として、いいようにこき使われていた。
「くそっ!」
男は会社からの帰り道、薄明かりが差し伸べる電灯のすぐそばを通りかかると、落ちていたドリンクの缶を蹴飛ばしました。
「どいつもこいつも。俺がどれだけ頑張ってると思ってるんだ。なんで、なんで俺ばっかこんな辛い目に遭わないといけねぇんだ!」
男はむしゃくしゃしていて、辺りのものに辛い気持ちを当たります。
「何見てんだよ!あっ!」
ふと男は自分を
それだけでは飽き足らず、落ちていた缶を投げつけます。
「あー、ウゼェ。何もかもがウゼェ!」
舌打ちをして、怒りの矛先を向けるものがなくなってイライラしていました。
そんな時男はポツリと、心の穴を埋めるようにこう呟いきます。
「俺は、猫の手も借りたいぐらい忙しんだよ。はぁー、誰か代わってくれねぇかな」
そう呟いてしまいました。
すると何処からともなく、男は聞きなれない声を聞いてしまいました。
「だったら代わってやろうか」
男は首を傾げ、ただの気のせいだと思うことにしました。
「気のせいだな。俺は疲れているんだ。早く帰って、寝るか」
と言い、何も気づかずにただただ家路に着くのでした。
次の日、男は辛い現実を味わうのだと思った。
昨日は酒をがぶ飲みして、二日酔いが抜けず、朝っぱらから頭が痛くて集中できない。そのせいで一日休み、まだ酒が抜けきれていないのだ。それに聞こえて来る電車の音に苛立ちを覚え、自分の席に着くと、何故か机の上が整理されていた。
「おはようございます!」
すると普段は蛇を見るような目で見て来る後輩が、キラキラした目と明るい声で俺に話しかけてきた。
「あ、ああおはよう」
「昨日はありがとうございました。おかげで、会議は上手くまとまりましたよ」
何の話をしているんだ。昨日は休みだっただろう。
それに会議の資料ならまだ俺の手元に・・・あれ、ないな。
「おかしいな?」
「おかしい?何を言ってるんですか。さぁ、今日も一日頑張りますよ、えいえいおー!」
「え、えいえい?」
「おーです!」
「えいえいおー!」
俺は後輩に釣られて腕を振り上げていた。
何だこの状況は。上司も後輩も機嫌が良く、普段俺に声のひとつもかけてくれない奴らが集まってくる。
「もしかして、期待されているのか、俺は?」
そんな今の今までかけられたこともない、期待に応えたい。そう思った男はーー
それから男はビシバシ働いた。
時には辛いこともあったけど、仕事は順調で男は今まで味わったこともない有意義な時間を堪能していた。それからしばらくしてーー
男は上機嫌だった。
プロジェクトは無事終了。期待以上の成果を出し、昇進間違いなしだった。
男は目覚めも良く、起床する。
「ふわぁー、よく寝た。こんな気持ちのいい朝は久しぶりだな」
男はカーテンを開けようとするが、なぜか目線が低い。
おかしいなと思いつつ、カーテンを掴むと急に引き裂かれたようにカーテンがズタズタになる。
「な、なんだ!?」
さらに男は普段作らない朝食をせっせと作る。時間に余裕が出て証拠だ。
しかし口に含んだコーヒーが熱くて舌がヒリヒリする。
「あ、あちぃ!」
飛び上がる男。
しかし今までは余裕がなく、これが本当の自分なのだと言い聞かせすることにし、会社に向かった。
うきうき気分で会社にやって来ると、急に女性社員に取り囲まれた。
今までこんなことなかったのに。一体何故だろう。
「まぁ可愛い!」
「誰かと一緒に入って来ちゃってのかな?」
顔が近い。
女性に免疫のない男は、たじろいだ。しかし遠くの方から近づいて来る足音を耳にし、一斉に皆がそちらに視線を移します。
そこにやって来たのは、男でした。
しかしそれは男の雰囲気とはまるで違います。
「課長、今日もカッコいいですね!」
「ありがとう。でも君達のようが、よっぽど可愛いよ」
そう口説き倒します。
そんな様子を男はパニックに陥りながら見ており、しかし彼はそんな男に冷たい視線を落とします。
「まぁ、こんなところに猫がいるなんて」
「間違えて入って来ちゃったみたいなんですよ」
「そうですか。では、私が外に連れ出しておきますね」
彼は猫を抱き抱えます。
しかし猫は暴れ出し、男は言います。
「た、頼む。返してくれ!」
しかし彼は言いました。
ニヤりと薄い笑みを浮かべ、
「ずーっと、代わっててあげるよ」
猫の手 水定ゆう @mizusadayou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます