猫だってバズりたい

ひなた華月

私とミーちゃんの日常


『ご主人。あたしも動画配信者になりたいニャ』

「……はい?」


 仕事終わりの深夜、自室でカップラーメンを食べている私の膝元でそう言ってきたのは、一緒に暮らしている猫のミーちゃんだった。

 あまりに唐突なことだったので、私は一旦お箸を机に置いて、ミーちゃんを抱きかかえる。


「えっと、ごめんミーちゃん。もう一回言ってくれる?」

『だから、あたしも動画配信者になってバズってみたいんだニャ』


 クリクリの丸い瞳で私を見てくるミーちゃんだったけれど、いつもご飯をねだってくる甘えん坊な顔とは違って、実に真剣な眼差しだった。

 どうやら、彼女も本気で私に提案してきたらしい。

 このまま、白と茶色の模様が入ったモフモフの毛並みに顔を埋めたいところだったけれど、その誘惑を抑えて、私は彼女に言った。


「ミーちゃん、悪いんだけど私にも分かるように説明してくれる?」

『説明も何も、今言った通りだニャ』


 すると、ミーちゃんは少しだけ呆れたような顔を見せたのち、私の前に座って話し始める。


『あたしの姿をご主人が動画にして、全世界に配信してほしいんだニャ』

「……どうして?」

『それは、あたしが世界デビューする為に決まってるニャ』

「世界デビュー……ね……」


 ミーちゃんの話を聞いて、私は思わず首を傾げてしまった。


『う~ん、なんか不満そうだニャ、ご主人。もしかして、動画の編集が面倒くさいと思ってるのかニャ? それなら安心するニャ。今はアプリで簡単に編集もできるし、加工をしなくてもあたしの可愛さは充分に伝わるはずニャ』


「ううん、そうじゃないけどさ……」


 もちろん、そういう技術的な部分でも心配なところはあるんだけど、それよりも肝心なことがある。


「ミーちゃん。あのね、ミーちゃんの声が聞こえるって、私だけなんだよ?」


 私がミーちゃんの声が聞こえるようになったのは、残業続きの仕事に追われて、家に帰ってくるのが次の日になっているような多忙な日々を送り始めた頃だった。

 最初にミーちゃんの声を聞いたときは、ついに私が仕事の忙しさに現実逃避を始めたのではないかと思ったのだが、それからもしっかりとミーちゃんの声が聞こえるし、彼女も私の言葉を理解しているようだったので、今ではすっかり私の話し相手になってくれている。


 ただ、もしかしたらミーちゃんは他の人間ともお話が出来ると思っていて、それで動画配信者になりたいなんて言い出したのではないだろうか?

 まぁ、ミーちゃんがスパチャを読み上げて質問に答えたりするのを想像したらちょっと面白いけど。

 っていうか、ミーちゃんは何処から動画配信者のことなんて知ったんだろう……。


『ご主人。そんなのあたしも分かってることだニャ』


 しかし、ミーちゃんはあっさりと私の推測を否定した。


『ご主人、ご主人はいつも一緒にいるから気付かないかもしれニャいけど、あたしって、猫界隈じゃそこそこ毛並みも良くて可愛いんだニャ』


 どこか得意げなミーちゃんは、続けてこんなことを私に告げた。


『だから、あたしの普段の様子を撮影するだけで、再生数もうなぎ登り間違いなしだニャ』


 ニヤリ、と含みのある笑みを浮かべたような気がするけど、流石にそれは私の勘違いだと思う。


 ひとまず、大まかな話は大体私にも理解できた。

 ミーちゃんは、この1LDKの賃貸アパートから全世界デビューを目論んでいるらしく、それを私にも手伝って欲しいらしい。


『どうかニャ、ご主人? あたしと一緒に猫動画の天下を獲るニャ』


 ちょこん、と私の膝に手を乗せて交渉を始めるミーちゃん。

 その愛らしさは、確かに飼い主の贔屓目を抜いても人気が出そうなほど可愛くて仕方がない。


「……ねぇ、ミーちゃん」


 ただ、私はそんなミーちゃんを抱きかかえて、私と見つめ合うような位置まで持ち上げる。


「それって、本当にミーちゃんがやりたいこと?」

『……だから、そうだってさっきから言ってるニャ』

「本当に?」

『……本当だニャ』


 じぃー、と私がミーちゃんをみると、彼女は気まずそうに視線を逸らす。


「……やっぱり嘘ついてる」

『うっ、嘘じゃないニャ!』


 フニャー! とじたばた暴れたミーちゃんは、私から離れると逃げるようにベッドの上へと退避して、布団に隠れてしまう。


「ねえ、ミーちゃん」


 だけど、私は布団の中でモゾモゾとするミーちゃんに聞こえるよう話しかける。


「ミーちゃん。本当のこと教えて。どうして急に動画配信なんてしたいって言いだしたの?」

『…………』

「……教えてくれないと、明日のチュールあげないよ」


 そう言うと、ミーちゃんもそれはマズいと思ったのか、ゴソゴソと動いたのち顔だけちょこんと出してくれた。


『……ご主人の為だニャ』


 そして、観念したかのように、ミーちゃんは私に言った。


「私のため?」

『そうだニャ……。ご主人、またお仕事が忙しくなって帰ってくるのが遅いニャ。今日だってカップラーメンだけしか食べてニャいし、全然ゆっくり眠れてないニャ』

「ミーちゃん……」

『だから、あたしが動画を上げて上手くいったら、ご主人もお仕事をこれ以上頑張らなくてよくニャると思ったのニャ……』


 しゅん、と元気のない声でそう言ったミーちゃんは、そのままゆっくりと布団の中へと戻ろうとする。


「待って、ミーちゃん」


 だけど、私はそんなミーちゃんを止めて、布団から引っ張り出して抱きかかえてる。


「……ありがとう、ミーちゃん。私の為に色々と考えてくれてたんだね」

『ご主人……』


 最初はじたばたしていたミーちゃんだったけど、最終的には観念したのか、じっと大人しくなってくれた。


『ごめんなさい、ご主人。あたし、ご主人の力に何もなれてないニャ』

「ううん、そんなことないよ」


 私は、落ち込んでいるミーちゃんの頭の撫でながら言った。


「ミーちゃんがウチに来てくれて、私はすっごく元気を貰ってるよ。確かに仕事は大変だけど、家でミーちゃんが待ってくれてるって思ったら、すっごく頑張れるもん」


 ミーちゃんがウチに来てくれたのは、私が就職をして一人暮らしを始めた頃だった。

 そのときは、深夜の仕事帰りで身体も心もクタクタだった私の前に、路上に置いていた段ボールの中でこちらを見てくるミーちゃんと出会ったのだ。

 今時、こんなことがあるんだなんて驚きと怒りに似たような感情を持ったけれど、寂しそうにしているミーちゃんのことが放っておけずに、私はミーちゃんを自分のアパートまで連れて行って、一緒に暮らすことにした。


 それからの日々は、今まで辛かったはずの仕事が、ミーちゃんがいてくれると思えば、どんなに大変でも頑張ろうと思うようになれたのだ。


「だから、ミーちゃんは私と一緒にいてくれるだけでいいんだよ」


 そう言って、私は抱きかかえていたミーちゃんを優しく包み込む。


『……まったく、ご主人は甘えん坊だニャ』


 そう言って、ミーちゃんはふにゃあと身体の力を抜いて、眠たそうな顔をする。


『でも、ご主人。1つ約束して欲しいニャ』


 しかし、そんなリラックスをした状態のミーちゃんが、私に告げる。


『ご主人が大変なときは、あたしがご主人の力になるニャ』


 まさに、猫の手を借りたいときは任せるニャ、と、誇らしく宣言した。

 私はそんなミーちゃんの手を握り、ぷにぷにの肉球を触りながら告げる。



「大丈夫。もう充分、ミーちゃんに助けられてるよ」



 すると、ミーちゃんは嬉しそうな声で『ニャー』と甘えるような声で鳴いたのだった。



END

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