最終話 幸せになるその日まで……ずっと

 衝撃的な報告だけ残し勇者クェンジーことケンジは「戦後処理があるので」と帰って行ってから一ヶ月ほど経った。

 ときおり届く報告によれば王国は北方の国々による分割統治ではなく、大まかに五つの地域に分けて、それぞれに領主を置き自治領として存続することになったという。


 ただし戦争を引き起こした王族と、積極的にそれを後押しした貴族たちは一部を除いて重い罪が科せられた。

 国王やストルトスをはじめとした戦争推進派は全員極刑に処されたとも。


 逆に戦争犯罪を犯してない兵士や国に逆らえず従った人々には重い罪は科せられないことになったという


 穏便な解決に至った理由の一つは、今回の戦争による被害者が少なかったことが大きい。


 初期こそ王国側にも侵攻を受けた側にもそれなりの死傷者や被害が出たものの、勇者クェンジーが参戦してからの被害はごく僅かにおさられることになった。

 というのもクェンジーはその有り余るチート能力を使ってあっという間に王国軍を一人の死者も出さずに無力化させていったからである。


「魔物とかなら躊躇無く倒せたんですけど、流石に人殺しは出来なくて……」


 最初に開拓村を訪れた彼からその話を聞いたとき、俺は心底ホッとしたのを覚えている。

 なぜなら俺は、彼が戦争の最中に強大な力を振るって王国軍の兵士の命を奪ったものと思っていたからだ。


「人を殺してたら日本に戻った後も一生後悔しそうだったんで……でもどうしても許せなくて再起不能にした奴らはいますけどね」


 異世界で力を得たら人を殺すことに躊躇してはいけないだの、人殺しをためらう主人公が嫌だの言う人がいるが、俺は現代日本で普通に生まれ育った人間なら当たり前だろうと思っている。


 だけどケンジはこの戦争の処理が終わった後、日本に帰るのだ。

 サイコパスでも無い限り、異世界であろうとなかろうと人を殺したという記憶は彼をさいなむに違いない。

 きっと俺と違って彼には日本に彼を待っている人もいるのだろうし、そんな人たちにもう一度会うためにも彼の手が血に汚れて無くて良かったと俺は心底安堵した。


「といっても俺はきっといつか決断しなきゃ行けない日もくるんだろうな」


 もちろん異世界には異世界のルールがある。

 そこで暮らし続けるならいつかはその壁を乗り越えなければならない日はくるだろう。


 元の世界へ戻る手段を失った俺はこの世界でこれから一生暮らしていかなくちゃ行けない。

 自分たちの生活を守るためには手を汚すことを躊躇わない決意が必要だ。


「責任重大だな」

「すみません。迷惑でしたか?」


 久々に顔を出したケンジが俺の顔色をうかがうようにそう口にする。

 今日、彼はこの開拓村の今後について、戦後処理会議で決まったことを伝えに来てくれていた。


 王国から追放同然の状態だったとはいえ、この村にはバスラール王国の姫であるリリエールがいるのだ。

 もし彼らがリリエールを差し出せと言うなら、俺たちは全力でそれに対抗すると村人全員が心に決めていた。


「本当だったらルリジオンさんが適任なんだろうけど……」

「俺様は神官だから忙しいんだよ。それにそういう雑事はリュウジの方が上手くこなせるだろ?」

「雑事って……自治領領主の仕事って雑事の一言で済ませられるもんなんですか?」

「知らねぇよ。そんなもんやったことねぇんだから」


 ケンジが伝えに来たのは俺がこの開拓村の領主に決まったことと、リリエールを正式にルリジオンの幼女にすることで王族としての地位を無くすことであった。


 そもそもこの村の住民たちは誰も彼も王国から追放されたり王国を見限った者ばかりである。

 しかも勇者クェンジーと同郷の俺が住んでいる上に、クェンジーからは俺の人となりがかなり上方修正されて伝わっているらしく、北方国家としてもそんな俺たちと敵対するのは避けたいという思惑があるのだろう。


「ミストルティンもずいぶんレベルアップしたけど、俺自身はケンジと違って普通の人間なんだけどなぁ」

「普通……ですかね? 前に見たときよりもそのミストルティンとかいうチートアイテムの加護がずいぶんパワーアップしてるじゃ無いですか」


 ケンジは俺の胸元を指さして呆れたように告げる。

 そこにある胸ポケットからは小枝状態のミストルティンがちょこんと枝先をのぞかせていた。


「加護って……」

「僕のレーヴァテインの力と経験を吸収した上に、僕の知らない聖剣の能力まで引き出すんだもんなぁ。チートですよチート」

「いや、まさか聖剣もアドソープション出来るとは思わなかったんだよ」


 一月前、帰り際に俺は『試しに』と彼の持つ聖剣レーヴァテインをアドソープションさせて貰ったのだ。

 だが結果は俺の予想を超えていた。


「名前もなんか聖剣ミストルティンとかになってるし、アイテムスロットに固定されて消去できないしさ」


 聖剣となったミストルティンは、どうやらアドソープションした武器全てに変化することが可能らしい。

 しかも性能回復スキルのおかげでその武器が最高性能だった頃の能力を発揮することが出来てしまうのだ。


 ただし聖剣状態のミストルティンは俺以外は使うことが出来ない。

 他の形状であれば他人に貸すことも可能なのだが。


 現に今のミストルティンは最大で四つのアイテムに同時に変形できる。

 村の人たちと共同作業をするときは皆にそれを貸すことでかなりの効率化が計れるようになっているのだが、聖剣として使う場合はそれが出来ないのだ。


「とにかくそんな力を持つ人を相手になんて誰もしたくないんですよ」


 ケンジはそう言ってから俺がサインした書類といくつかの手紙を机の上から取り上げ、書類は丸めて卒業証書の入れ物みたいなものに仕舞うと椅子から立ち上がる。

 そして「短い間でしたが」と片手を差し出した。


 俺はその手を握り返すと改めて頼み事を口にする。


「元の世界に戻ったらその手紙の投函をたのんだよ」

「はい。任せてください」


 手紙の宛先は会社と住んでいたアパートの管理会社、そして例の占い師だ。

 占い師だけは住所がわからなかったので、俺がよく見かけていた場所をケンジに伝え、いたら渡してくれと頼んだ。


「それではルリジオンさんもお元気で」

「勇者様が無事帰れることを祈ってるぜ」


 俺に続いてルリジオンと握手を交わしたケンジはそのまま数歩後ろに下がると『それではさようならです。転移!』と呟く。

 すると彼の足下に小さな魔方陣が浮かび、同時に彼の体が淡い光に包まれたかと思うと光と共に消え去った。


「転移魔法まで使えるとか。やっぱりアイツはチート過ぎますよ」


 一度行ったことのある場所でイメージ出来る所にしか跳べないらしいが、あの力があれば便利だろうなとはおもう。

 だけどあれはアイテムでは無く彼自身の勇者の力なのでアドソープションは出来ない。


「でもまぁアイツもこれでいなくなったわけだし。この世界の勇者様はお前だけになるわけだ」

「からかわないでくださいよ。俺なんて此奴が無ければ平凡以下の男でしかないんですから」


 俺はそう応えながら胸ポケットからミストルティンを取り出した。


 あの日突然おかしな占い師にワンコインで押しつけられた小枝。

 俺を幸せに導く小枝はミストルティンとなり、たしかに俺を今も、そしてこれからも導いていってくれるだろう。


「これからもよろしく、ミストルティン」


 ミストルティンの枝先をつっつきながらそう口にし――


『はいマスター。私はいつも、いつまでも貴方様と共に』


 帰ってくるとは思わなかった声に思わず小枝を取り落としかけ――


『幸せになるその日まで……ずっと』


 その小さな幸せを逃がさないようにと優しく両手で抱きしめたのだった。



~Fin~



***あとがき&お礼***


最後まで読んでいただきありがとうございます。

駆け足となってしまいましたが、なんとかキリのいいところまでは書き上げることが出来てホッとしております。


駈けませんでしたが、もし評判が良くて続けることになっていればこの後さらに4年ほど月日が経ち、リリエールが正ヒロインの本領を発揮し出すという展開を考えていました。

ただやはり序盤の展開としては流れが遅すぎたのかなと反省しております。

その反省を生かした次作もしくは現在更新中の他の作品をよろしくお願いいたします。



★ 告 知 ★


今作の改稿版をアルファポリスの「次世代ファンタジーカップ」にエントリーすることにしました。

後半部分を改稿して加筆する予定ですので、できましたら応援よろしくお願いいたします。


『召喚勇者とミストルティン ~幸せ導くワンコイン万能アイテムで自由に生きていく~』

https://www.alphapolis.co.jp/novel/409404883/365622638

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【完結】異世界召喚されたけど幸せになろうと思います~無能勇者とミストルティン~ 長尾隆生 @takakun

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