天使と悪魔を両腕に宿す自称天才暗殺者の俺が恋したのは世界征服を目論む貧乳魔王とその巨乳秘書で、それをエイリアンに相談したらラグナロク始まったから異世界転生して穏やかスローライフを送りたいと思います!

くらんく

「世紀の大暗殺を始めようか。エディー、ミランダ」


 俺の語り掛けには誰も応じることは無く、先の見えない暗闇と心臓まで凍り付きそうな冷気に小さな声は溶けていった。


 俺の言葉は周囲にいる誰かに向けられたものではなく、生まれた時から俺の右腕に宿る天使と左腕に宿る悪魔に向けられたものだ。


 ずっと同じ時を過ごしてきた二人は妹のような存在であり、片時も忘れたことのない大切な家族だが、最近は反抗期なのかほとんど返事もしてくれない。


 だが、俺自身に届いていれば何の問題もない。本来は言葉にする必要さえないが、あえて口に出したのは自分自身にスイッチをいれるため。


 これから行う前代未聞の世界救済へのファンファーレとも言えるだろう。


 俺は闇を纏い、標的の住まう魔王城を目指した。


 第一の関門である魔獣の巣窟『迷いの森』は暗くて怖かったので、友人のスルトから貰った松明を使ったら森の木々に引火した。


 火の手に追われて右往左往していたら森を抜け出していた。背後には烈火が吹き上げており、そこに森の姿は無かった。


 流石は魔王城へと続く道。険しい道とは思っていたが、いきなり命が危ぶまれるとは中々手強い。気を抜かずに行こう。


 第二の難関は魂を喰らう『嘆きの湖』。噂には聞いていたがの湖は果てがないほど広い。これも『迷いの森』と同様に魔法による妨害を受けているのだろうか。湖に囲まれた魔王城がそこにあるのに無限遠点にあるような気がしてくる。


 ひとまず腕が疲れたので手に持っていた松明を湖に投げ捨て頭を捻る。しばらく考え、名案は浮かばなかったが明暗が変化しているのに気が付いた。


 湖が燃え、皆底から断末魔が聞こえる。文字通りの火の海になっていた。


 中央に佇む堅牢な魔王城もまた燃え盛る炎の一端と化していた。


 唖然とする俺。

 愕然とする少女。


 いったい誰だ……。

 俺の横に唐突に現れた少女は湖のほとりに座り込んでいた。


「私の城が……」


 すぐそばには空間に直接作られた扉があった。

 この扉から種間移動をしてきたのだろうと推察できた。


「父さまと兄さまがいなくなってから必死で仕事を覚えて、やっとの思いで世界征服できるとこだったのに……」


 まさか、彼女が魔王だというのか。

 裸足で座り込む彼女の全身は把握できないが、体つきや声や、綺麗な横顔からそう大人でないことがわかる。


 細い足首が顔をのぞかせるワンピースのような造りの寝間着は、ゆったりとしたサイズ感でありながらも彼女の体のラインを透かして見せる妖艶なものだった。


 決して主張の大きくないなだらかなボディライン。肩口の布がずれ落ちて露出された艶めかしい肌。


 そして彼女の頬を零れ落ちる涙の粒が、魔王城を焼き払う業火を映し、ルビーのようで綺麗だった。


 一瞬で恋に落ちた。


 鼓動の高鳴りが止まらなかった。


 ここに至るまでの動悸や息切れなんかじゃなく、彼女を見ていると胸が苦しくてたまらなかった。


 俺が暗殺しようとしていたターゲットがこんなに近くにいるのに、今にも死にそうな悲痛な表情をしているのに、彼女を助けたいと思っている。


「あの――」


 彼女の肩を叩こうとした時、すぐそばに開け放たれたままのドアからスッと白い腕が伸び、俺の手首を掴んだ。


「貴様、何者だ!」


 その人物が俺の目に映ったのは一瞬だった。


 俺が油断していたのもあるが、彼女は見事な体捌きで背後に回り、俺を羽交い絞めにしてみせた。


 一瞬だったが俺の目には、脳には、今の光景が鮮明に焼き付けられた。


 彼女は恐らくメイドなのだろう。その実力から見て魔王直属秘書といった所か。だが俺が見たのは実力だけじゃない。彼女の服装である。


 メイド服、ではなかった。だが、メイド服を連想させるような下着姿であった。


 黒の布地から溢れんばかりの放漫な胸が弾むように、あるいは沈むように、波打つように、彼女の動きに呼応して揺れ動いていた。


 もちろん胸に見惚れて捕まったわけではない。意志の籠った瞳と中性的な容姿、引き締まった手足と弾力のありそうな太もも。そしてレースのついたガーターベルトと腰の部分の蝶結びの装飾もしっかりと見ていた。


 彼女もまた崩壊寸前の魔王城から緊急脱出をしたのだろう。着替える時間もなかったのだ。足元に放置された大きなカバンには主人である魔王の家財道具が詰まっているはず。


 自らの事などよりも魔王を逃がすことに注力し、その財産を確保し、そして不審人物をこうして捕らえている。


 彼女の忠義に胸を打たれた。


 だがそれ以上に、彼女の胸に心を打たれた。

 

 俺の背中に押し当てられるそれの感触と温もりが知能指数を低下させる。何も考えられないし何も考えたくない。バランスを崩し体重を預けたことで思考放棄は加速した。


 一生こうしていたい。一生彼女とこうして過ごしたい。ああ、つまり俺は彼女を愛してしまったのか。でも困ったことになった。俺にはすでに愛すべき人がいる。そこで涙を流す少女を幸せにする義務があるんだ。


「いい加減にしてくださいバカ」


「とっとと起きろアホ」


 俺の知能を取り戻したのは愛すべき妹たちだった。

 

 右腕に宿る天使エディーと左腕に宿る悪魔ミランダ。反抗期真っ盛りの二人が俺をこの世に呼び覚ましてくれた。


「久しぶりにお兄ちゃんって呼んでもいいんだよ」


「何言ってるんですかバカ」


「黙ってろよアホ」


 反抗期特有の愛情表現だ、と思う。


「俺はどっちと結婚すればいいと思う?」


 今は普通の精神状態じゃない。二人にアドバイスを求めよう。


「やっぱり魔王の方じゃないですか?可愛らしいですし」


「いやいや秘書の方だろ。スタイル抜群だぜ」


 彼女らは天使と悪魔。意見が相容れることはほとんどない。


「どうして見た目の話をしているんですか?はしたない」


「そっちが可愛らしいとか見た目の話したんだろ!」


「可愛らしいというのは人となりの話です」


「その人となりを見た目で判断したんだろ!はしたないなー」


 このままでは収集がつかない。


「俺はどっちも同じだけ愛しているんだよ!」


「黙っててバカ!」

「黙ってろアホ!」


 二人はこういう意見なら合うのだ。  


「どちらも同じだけ愛しているなら、胸が小さい方が胸の体積差分だけ愛情が勝っているということです」


「どっちも同じだけ愛してるんならよ、胸が大きい方が胸の体積差分だけお得ってことじゃねえかよ」


 俺の両腕の天使と悪魔が、巨乳派と貧乳派に分かれて代理戦争をしている。こんな天の戦いは嫌だな。


 ふと我に返ると奇妙な状況が生まれていた。


 先ほどまで項垂れていた少女が立ち上がり、涙を流しながらもこちらに笑顔を向けて近づいてくる。


「お……兄……ちゃん?お兄ちゃん?お兄ちゃん!」


 抱きつく少女の勢いに押され後ろに退くと、俺を羽交い絞めにしている秘書が倒れかけた。


 そこで瞬時に体を捻り拘束を解くと、彼女と一緒に地に落ちる身体を何とか地面との間に滑り込ませて抱きかかえた。


 右手に魔王、左手に秘書を抱きかかえ、地面に体を打ちつけた。


「大丈夫かよ……」


 そう言うと魔王は、


「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんがいれば私、もう大丈夫だよ」


 と答えた。大丈夫ではない。とんでもない勘違いをしている。


 俺の言った言葉は元々、天使と悪魔へ向けたもので、わざわざ口に出したのは俺の落ち度だが、死んだ魔王の兄が蘇ったわけではない。


 一方秘書は、


「魔王様は兄妹で結婚できないということは、私が結婚……!?」


 と赤面しながら譫言を呟いていた。


 確かに舞い上がって結婚の話をしたが、そもそもの前提が間違っている。それに自分よりも舞い上がっている人物を見ると、冷静さを取り戻すことができる。


 この状況はおかしい。


「エディー、ミランダ、撤収しよう」


「了解しました」


「しょうがねーな」


 彼女らの力を使えば一度行った場所への移動が簡単だ。


 エディーは他の物を送る力。ミランダは自らを送る力。


 俺は魔王と秘書を連れて炎上地帯を後にして、とある街のホテルへ移動した。今は真夜中。二人をホテルで休ませて、俺はまた別の場所へ向かった。


 依頼主のところだ。


 そこは太陽照り付ける往来に席を置くカフェテリア。花柄のシャツを着た男がアイスコーヒーを飲んでいる席だ。


 男は背もたれを揺らしながら口から伸ばした1mほどの管でストローを咥えていた。彼はエイリアン。宇宙から来た。にわかには信じがたいが事実だ。


 彼は言っていた。断片的な未来の記憶。

 

 魔王が世界を滅ぼすだろう。この星は私たちがいただく予定だ。その前に焦土にされては困る。魔王を殺せ。世界を救え。

 

 自称天才暗殺者の俺に託された世界の救済。だが俺には殺せなかった。彼女を愛してしまったから。そこで俺はどうするべきか彼に相談した。


 恋愛相談した。


 すると彼から単純明快な答えが返ってきた。


「胸が大きい方に決まっているだろう!」


 すると背後から声がする。


「貴様には分からないようじゃな。人類というものが」


 靄の中から現れた謎の老人。杖をついているが只者でないことは分かる。


「お前がこの世界の神か!」


「いかにも。この星を貴様の好きにはさせん」


「やれるものならやってみろ!この世から貧乳を消してくれるわ!」


「ほざけ小童!慎ましさを学ぶが良いわ!」


 こうしてラグナロクが始まった。

 大地は割れ、世界が崩壊した。

 ついでに魔王城の延焼が世界を焦土に変えた。


「どうしてこうなった!俺はただ可愛い女の子と穏やかスローライフを送りたいだけだったのに!」


「できますよ」


「え?」


 瓦礫の影で頭を抱える俺に答えたのは1匹の猫だった。


 俺は幻覚でも見ているのか。


「できるもんならやってくれよ」


 この世界から逃げ出せるなら何でもいい。


 俺は現実から目を背けるように目を閉じた。


 一瞬、世界から音が消えた。


 再び目を開けると、広大な緑が広がっていた。


 転生に成功したのだ。


 「ワン!」


 ただし、犬として。

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