猫は猫でも猫かぶり
冬城ひすい@現在毎日更新中
猫は猫でも猫かぶり
「あっはは~、いいよいいよ~! ゆかりの掃除当番はわたしが変わるから!」
「ホントにごめんね、黒香! 今度埋め合わせするから!」
オレンジ色の淡い陽光が差し込む中、パタパタと去っていく足音が響く。
それから教室には
ゆかりと呼ばれたクラスメイトにひらひらと手を振って笑顔を向けていた猫柳は教壇の上に立つとバン、と激しく黒板に手を打ち付ける。
「なんなのよ! いつもいつもいーっつもわたしに掃除当番押し付けて!! まあ、わたしもわたしで全部頼まれたことを引き受けちゃうから悪くないとも言い切れないんだけどさ……。今度会ったら甘いお汁粉缶を奢ってもらうんだから!!」
オレがいるのを分かっていてそれでも他のクラスメイトに見せるような顔――いや、仮面を取り繕おうとはしない。
「ねえ! あんたもそう思うでしょ?」
「オレに話題を振るなよな。猫かぶり」
つかつかと歩み寄ってくるとオレの読んでいた小説を取り上げる。
それからブックカバーを外し、タイトルを見て鼻で笑う。
「あんたってさ、いっつもこんなのばっか読んでんの? こういう清楚な女の子が好きなわけ?」
「別にいいだろ。現実は厳しいけど、小説の世界でなら主人公の男に自分を投影することができる。三次元は二次元には勝てないんだよ、猫かぶり」
「もしかしてわたし今ケンカ売られてる? 語尾が猫かぶりになっててめちゃくちゃ腹立たしいんだけど!」
「猫柳が猫かぶっているから猫かぶり。うん、いいネーミングセンスだ」
「いいわけないでしょうが!」
ぷんすこお怒りの猫柳は盛大なため息をつくと教室を後にする。
「あ、そうだ。例のごとくわたしのことばらしたら承知しないわよ? もっともあんたなんかの言葉を信じる人がいるのかもわかんないけど」
「そうだな」
オレの簡単な返事にふん、と一言残すと、今度こそ教室を後にした。
♢♢♢
「誰か今日欠席した
次の日のホームルームで担任の教師はそんなことを言った。
犬塚は唯一わたしの猫かぶり――もとい本性を知っているクラスメイトだ。
うん、ただのクラスメイト。
それ以上の関係はないし、それを望んでもいない。
「誰もいないみたいだな。なら、猫柳。お前が行ってくれ」
「分かりました」
「さっすが猫柳さん、頼りになるね」
「あんな何考えてるか分からない底辺陰キャに届け物なんて優しいよな」
うっさいわね。
わたしは表にはおくびにも出さず、心の内で他のクラスメイトを罵倒する。
あなたたちがあいつの何を知ってるってのよ。
そこまで思ってしまってからふと気づく。
なんでわたしがあいつを庇っているのだろう。
「……家に行って文句の一言でも言ってやろうかな」
♢♢♢
「……おい、猫柳。何してるんだよ」
「なにって……見ればわかるでしょ? 高熱の犬塚を看病してやってるの」
「いや……そこもおかしいけどさ、その――」
オレはベッドの横にちょこんと座るクラスメイトの猫柳を見る。
突然押しかけてきた彼女は一人暮らしのオレを見るや否や、適当な部屋に上がり込み、猫メイドの衣装を着て現れたのだ。
そして今現在に至る。
「わたしがせっかくこんなご奉仕特売ウルトラスーパーなサービスしてるんだから、ありがたく受け取りなさいよね!」
ほんのりと頬が赤らんでいるようにも見え、オレはふと不思議な欲求に駆られた。
「猫、もう少しこっちに寄ってくれ」
「え!? ……まあいいけど、風邪うつさないでよね」
そそと猫柳の身体が近づいてくる。
オレはそっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
猫耳のカチューシャは邪魔だったけど、彼女の髪はとてもさらさらしていて綺麗だ。
「な……な、なっ!!? ちょっと犬塚何するのよ!! 仮にも同級生の女の子なのよ!?」
「実は今日、すごく苦しかったんだ。ついさっきまで39度台の熱が出て……」
「っ」
「猫の手も借りたいって思った時、本当に猫が来てくれた。なあ、どうしてオレが猫――いや、猫柳のことを言わなかったと思う?」
オレは朦朧とする熱の中で、柄にもないことを口走る。
そんなオレの様子に気づいたのか、猫柳は冷たいタオルに変えながら答えてくれる。
「わたしの言ったとおりじゃないの? ボッチの犬塚が何を言っても他のクラスメイトは聞く耳を持ってくれないっていう」
オレは静かに首を振った。
「オレが猫のことを好きだから。猫が人を助けている姿に惚れたんだ。今だってこうしてなんだかんだ看病してくれている。口では猫かぶりなんて言ったけど、猫は優しい女の子なんだ」
「……○*><%$!!!??」
人間の操る言語を超越した言葉が聞こえた気がするがそこでオレの意識は途絶えた。
♢♢♢
「な、なんなのよ……っ!? わたしのことが好き? ばっかじゃないの!!? わたしはあんたのこと、なんとも思ってないし……? ただのクラスメイトよりも少しだけ気になるだけだし――」
そこでわたしは気づいてしまう。
なぜ犬塚にだけ気を許してしまうのか。
「……そっか……そうだったんだ」
ベッドの上で寝息を立てる犬塚の顔を見る。
いつもの放課後と同じ、淡い夕陽が影を作り出す。
「わたし、も好き、なのかな」
静寂に満たされた空間にそっと重なる影が二つ。
――――
ここで君たちが観測できる物語は終わってしまう。
この先、この二人の未来がどうなるのか、それは――。
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