タクシー運転手は二度恐怖する

丸子稔

第1話

 深夜、繁華街のタクシー乗り場で客待ちしていると、サングラスを掛けた喪服姿の中年女が乗って来た。

 にぎやかな街並みに不釣り合いなで立ちに訝りながらも、無論俺は顔に出さず、そのまま車を発車させた。


 いつもなら、客を乗せるとすぐに話し掛けるのだが、今回はさすがに躊躇ためらわれた。

 かといって、このままだんまりを決め込む訳にもいかず、嫌々ながらも俺は声を掛けた。


「お客様、お通夜の帰りですか?」


「ええ。帰りにその辺の居酒屋で一杯ひっかけるつもりが、つい飲み過ぎて、こんな時間になっちゃったのよ。あははっ!」


 女は何も面白いことなどないのに、いきなり笑い出した。

 それをきっかけに、女は火の点いたように喋り始めた。


「ねえ、運転手さん。時代劇って観る?」


「そうですね。割とよく観る方だと思います」


「ほんと! わたしも好きでよく観るのよ。ちなみに、運転手さんはどんな場面が好き?」


「場面ですか? ……そうですね。私は身分を隠して旅をしている場面なんかが好きですかね」


「ああ、それは水○黄門のことを言ってるのね。ちなみにわたしは、圧倒的に立ち回りのシーンね。あの悪人が次々と斬られていくシーンは観ていてとても痛快だわ! ねえ、運転手さんもそう思うでしょ?」


「そうですね。私もその場面は観ていてスカッとします」


「本当は、その後の悪人が処刑させるシーンを観たいんだけど、さすがにそれは放送できないわよね。あははっ!」


「……そうですね」


 女のアブノーマルな部分がかいま見えたため、俺はいつもより若干スピードを上げ、目的地へと急いだ。


 やがて目的地に着くと、女は不気味な笑みを浮かべながら、車を降りていった。

 

──ふう。ようやく解放された。それにしても、気持ちの悪い女だったな。


 女が降りた後、しばらく女の座っていた場所を見ていると、座席の下に紙袋が置いてあるのが目に入った。

 俺は今ならまだ間に合うと思い、すぐさま後部席のドアを開け、紙袋を持ち上げようとしたが、慌てていたため紙袋がドアに引っ掛かり、中をぶちまけてしまった。

 そしたら……






 紙袋の中から出てきたのは、カッと目を見開いたちょんまげ姿の男の生首だった。


「ぎゃー!!」


 俺はすぐさまそれを投げ捨て、逃げるようにその場を離れた。

 

──なんだ今のは? もしかして本物なのか? さっき、お通夜の帰りだと言ってたし……いや、まさかそれはないだろう。あの女、さっき処刑させるシーンが好きとか言ってたから、多分あれはおもちゃだ。でも、そんなのを持ち歩いているのも変だし……。


 考えれば考えるほど訳が分からず、また気持ち悪さも手伝って、俺はもうそれ以上仕事をする気になれず、そのまま会社へ戻った。




 それから一ヶ月くらい経過したある日の深夜、大雨の中いつものようにタクシー乗り場で客待ちをしていると、サングラスを掛けた中年女が紙袋片手に乗って来た。

 女は喪服こそ着ていなかったが、そのサングラス姿から、この前乗せた女であることはすぐに分かった。

 俺はまずは様子見にと、「お客様、なんで夜なのにサングラスを掛けてるんですか?」と、訊いてみた。


「…………」


 この前、あれだけ喋り倒した女は、俺の質問に何も答えなかった。

 

──この前はあんなに流暢に喋ったのに、今日はだんまりを決め込むつもりか。まあ、そっちがその気なら、こっちもこれ以上踏み込むのはよそう。


 その後、お互い喋ろうとせず、車内に気まずい空気が流れた。

 雨が激しく降る中、俺はただひたすら運転だけに集中し、目的地へと急いだ。


 やがて目的地に着くと、女は料金を払い車を出ようとしたが、前回と同じように紙袋を足下に置いているのを、俺は見逃さなかった。


「お客様、忘れ物ですよ。たしか、前も同じようなことがありましたよね? あの時もおかしいと思ってたんですけど、今、はっきりと確信しました。あれ、わざと忘れたんでしょ?」


 そう言うと、女は驚いたような表情を見せたが、やがて観念したように「ふふ。どうやら、バレたようね」と言った。


「なんで、あんなことしたんです? というか、あれ中身はおもちゃだったんですよね?」


「当たり前でしょ。あれが本物の生首だったら、今頃大ニュースになってるわよ。それより運転手さん、わたしのこと憶えてない?」


 そう言うと、女はサングラスを外し、まじまじと俺の顔を見てきた。


「あっ! あんた、たしか……」


「ふふ。どうやら思い出したようね。そうよ。二ヶ月前、あんたに乗車拒否された女よ」


 二ヶ月前、さっき女を乗せた場所で客待ちをしていた時、無線で呼ばれたため、俺はそれを優先し、女が乗るのを断っていた。


「あの時、あんたに断られたせいで、わたしは大事な商談に遅れてしまったのよ」


 女は俺を逆恨みして、あんな、たちの悪いいたずらをしたようだった。


「その時も言いましたが、あなたが乗る前に、会社から無線で他のお客様を乗せるように言われたから仕方なかったんですよ」


「ふん。そんなの知らないわよ。とにかく、あんたのせいで、わたしは方々に謝りに行ったり、契約事項を一から見直しさせられたり、ほんと猫の手も借りたいくらい忙しかったんですからね」


「それこそ、こっちの知ったことではありませんよ。とにかく、その紙袋を持って早く降りてください」


「何よ、その言い方は! こっちは実際に猫の手を借りた挙句、商談に失敗したというのに。あんたなんか、地獄に落ちればいいのよ!」


 女は吐き捨てるように言い、雨が激しく振る中を傘も差さず、逃げるように走り去った。


──マジか。あの女、どうせまた、ろくなものを入れてないんだろうな。


 そう思いつつ、俺は手を伸ばし紙袋を手繰り寄せた。

 

──結構重いな。それに何か変なにおいがする。一体何が入ってるんだ……


 一瞬そのまま捨ててしまおうかと思ったが、怖いもの見たさがそれを上回り、おそるおそる中を覗こうとすると、突然『ゴロゴロッ!』と、雷鳴がとどろいた。


「うわっ!」


 驚いたはずみに俺は紙袋を落としてしまい、中身を車内にぶちまける形になった。


──これは、まさか……


 そこには、前足をもがれた猫の死体が転がっていた。 

 


 





 


 

 




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