神子乃ミコトは巫女である! ~あやかし調停士は、化け猫の手も借りたい~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第1話 アマビエ自画像盗難事件

 猿の手という呪物がある。

 しかし願いは、必ず歪んだ叶えかたをされ、わざわいとなって返ってくる。

 この世に都合のよいものなどない、という教訓を与える装置だと日景あきかげは言う。


 猿の手でこれならば。

 もしも猫の手を借りたら、どうなるのだろうか?

 よしんばそれが、化け猫の手だったら?


 あたし、神子乃みこのミコトは、このたび。

 嫌というほどその結果を、体感することになる――



§§



「アマビエ先生、原稿を盗まれたって、本当!?」


 一等地に居を構える出版社〝講妖社こうようしゃ〟を訪ねたあたしは、応接室に飛び込むなり叫んでいた。


「この状態で、嘘が言えると思う……?」


 ソファに横たわった名状しがたいものが、力の無い声で応じる。

 半魚人とか、人魚とかを、子どもがイメージのまま仕上げたような格好をしている彼女は〝アマビエ〟。

 現代でも――いや、現代だからこそ強い力を誇る〝あやかし〟である。


「アマビエの原稿といえば、国家防疫のかなめだろう。有事だぞ」


 遅れて部屋に入ってきたのは、影法師かげぼうしだった。

 黒ずくめの美男子と言えば聞こえがいいが、とにかく陰鬱極まりない顔をした男で、なんと残念なことにあたしの雇い主であった。


 真野しんの日景あきかげ


 価値観の違いから対立しがちな人間とあやかし、双方の調停を行う機関〝大社〟の一員だ。

 彼はおもむろにメモ帳を取り出し、何やら書き付けていく。

 この男は酷いメモ魔で、とにかく何でも書き写す癖があった。

 少し覗き込んでみると、『神子乃ミコト 今日の髪型はポニーテール』などと、至極どうでもいいことが記帳されていた。普通にキモい。


「日景さまの仰る通りよ。昨今の事情で、わたしの自画像は、とにかく需要が増えているわ」


 アマビエの似姿を書いた紙は、流行病はやりやまい退しりぞけるとされている。

 その効力は絶大で、現在では各種医療機関や空港における防疫で活用されていた。

 この出版社は、真っ先にそのことを理解し、アマビエ先生と契約を結んだ。

 結果、世に出回るアマビエ印の自画像は莫大な利益を生み、講妖社を大きく発展させた。

 ただ、自画像の効力をたもつには定期的な刷新さっしんが必要で、先生は毎度締め切りに追われていたのだ。


 その貴重な原稿が、今回盗難に遭ったというのである。


「犯人の目星はついてるの?」

「……私の担当編集だった飯塚いいづかちゃんがね。原稿を渡した日から行方不明で……」


 なるほど。

 現状、犯人の最有力候補はその飯塚なにがしか。

 背後でひたすらメモを取っている雇用主へと、あたしは確認を取る。


「まずは飯塚さんを探す。それでいい?」

「ああ。なにかあれば、ぼくを呼べ」


 日景は小さく頷き。

 それから少し思案するようにして。


「ところでミコト。君、メモ帳に書かれている外見より少しふくよかになったようだが、最近食べ過ぎてはいないか?」


 あのさ……


「中学生は成長期なんです! 黙ってろハラスメント朴念仁!」


 日景の頬を思いっきり張り倒し、絶句するアマビエ先生をおいて、あたしは勢いのまま人捜しに出かけたのだった。



§§ 



 とはいえ、飯塚某が潜伏していそうな場所など、心当たりはない。

 一応写真を借り受けてきたので、容姿は解る。

 疲れた印象の女性で、目元の泣きぼくろが特徴だ。


 とりあえず町中を駆け巡り、足で情報を稼ごうとするが、うまくいかない。

 以前貸しを作っておいた稲荷いなりの情報屋へと連絡しても「役立ちそうな話はないのじゃ。なにか解ったら知らせるコーン」などとつれない。

 二度と土産の油揚げは持参しないぞと誓いつつ、途方に暮れる。


「うーん、これは久しぶりに大変な仕事の香り……」


 疲れ果て、公園のベンチでウンウン唸っていると、足下にぬくもりを感じた。

 覗き込むと、そこには猫が一匹。

 いや――


「尻尾が二股ふたまた……」

「さすがは名高き〝大社〟の調停者ニャ。あっしの素性を看破するとは」


 あなたはひょっとして……猫又ねこまたさん?


「いかにも。この辺りの猫の元締めたる化け猫の又三郎またさぶろうとは、あっしのことニャ」

「……ちょっと、相談なんだけど」


 こうなれば駄目で元々だ。

 猫の手も借りたいほど追い詰められているのは事実なのだし、当たって砕けるしかない。

 あたしは、懐から飯塚某の写真を取りだし、又三郎さんへと見せた。


「このひと、見覚えない?」

「ニャー」


 化け猫さんは首をかしげる。

 どうやら、空振りだったらしい。


「ごめん。邪魔したわね」

「ちょっと待つニャ。この人間はなにをしたニャ?」

「…………」


 守秘義務というのがある。

 しかし、事情も説明せずに協力を仰ぐのは難しいだろう。

 とくにあやかしというのは、人間以上にことわりを大事とする。


「じつは――かくかくしかじかで」

「なるほどニャ。じつに都合がいいニャ」

「?」

「なんでもないニャ! えっと、そういうことニャら、お役に立てると思うニャ」


 どういうこと?


「あっしは先に述べたとおり、この辺りの顔役ニャ。だから一声かければ、あっという間にワールドネッコワークで子分達から情報が集まってくるニャ」

「ワールドネットワーク?」

広域猫情報網ワールドネッコワークニャ。そこのところ、よろしくニャ」


 又三郎さんはこちらの確認も取らず、「ニャーン!」と大声を上げた。

 すると、あちこちで呼応するように猫の鳴き声が聞こえてくる。

 それは波紋が広がるように大きく拡散し。

 やがて――


「見つかったのニャ!」



§§


 又三郎さんを抱えて現場に駆けつけると、橋の下に、ひとりの女性がうずくまっていた。


「飯塚さん、ですか?」


 問い掛ければ、乱れた髪の下から視線がこちらへと向く。

 目元には泣きぼくろ。

 間違いない、編集の飯塚だ。


「アマビエ先生の原稿、返してちょうだい。それには、日ノ本の医療がかかってるんだから!」

「ち、違います!」


 なにが違うと?

 あなたが盗んだのでは?


「誤解です。私は、この原稿を守るために逃げ回っていたんです」


 原稿を守る?

 いったい、誰から?


 携帯端末が着信。慌てて取り出すと稲荷の情報屋からメール。

 中身を確認すると、『猫を信じるな!』の文字。

 反射的に腕の中へと視線を落とせば。


「ニタァ」


 と醜悪に笑う、猫又がいて。

 又三郎が、あたしの腕の中からひょいっと飛び降りる。


「写真の提供、ありがとうニャ。おかげで、あっしも楽に見つけることができたのニャ」

「なにを、いって」

「知らなかったのニャ? 猫は気まぐれ、灰被りなもの。子分達をあつめるのにも、十分な時間だったニャ」


 ハッと顔を跳ね上げると、視線が合った。

 四方八方しほうはっぽう、橋の下のあらゆる場所から、爛々らんらんと輝く瞳がこちらを見ている。

 百や二百ではまったく足りない視線の数。

 それは、猫、猫、猫。

 家猫、野良猫の区別なく、ただひたすらに猫の軍勢が集結していた。


 思わず後じさり――即断――走りだす。


「な、なにを」

「いいから走って!」


 飯塚さんの手を取り、脱出を試みる。

 はめられた。

 初めから化け猫の狙いは原稿だったのだ。

 けれど、なぜ?

 なぜ猫がアマビエ先生の自画像をほしがる……?


「逃がすわけないニャ! ものども、かかれー!」

「「「にゃー」」」


「うわぁ!?」


 降り注ぐ毛玉の雨。

 無数の猫が、あたしたちへと躍りかかる。

 最初の数匹を弾き飛ばすことは出来た。

 けれど猫は肉食獣。

 その身体のほとんどは筋肉であり、ただの女子中学生が太刀打ちするにはあまりに強大で。


「降参するべきニャ! いまなら〝大社〟の人間だけは見逃してやるニャ! あ、でも……腕の一本ぐらいなら、食っても許されるかニャ?」

「――――」


 恐怖が/

  /怒りへと反転する。


「ふざけるな! あたしは神子乃ミコト! 人間とあやかしのあいだを取り持つプロなんだぞ!」


 むなしい叫び。

 事実としていま、あたしはひたすらに無力であり。

 無力だからこそ、が響く。


「まったく、わがままだ。だが、無鉄砲とは若人わこうどのみに許された特権。理不尽に対し、己を守る本能だ」


 響く、響く。

 闇の中から。

 草葉くさばかげから。


「これを害するは、可能性の門を閉ざすこと。決して許されることではなく、ゆえに」


 陰々滅々いんいんめつめつとした、あいつの声が!


「──呼べ」


 あたしは。


「この名を呼ぶ者がいる限り──ぼくは、必ず来よう」


 すがるように、叫んでいた。

 「たすけて、日景ー!」と。


「――君との縁を記述した」


 侃乱からん孤乱ころんと音を立て、下駄の甲高い音をたて。

 影法師が、姿を現す。


「げ、げぇえええ!? あなた様は――」


 彼を見て、驚愕の悲鳴を上げる又三郎。

 なぜならば!

 彼こそは!


「では、調停の時間だ。王の審判を降す」



§§



 真野しんの日景あきかげ

 本名を――神野悪五郎日影しんのあくごろうにちえい

 昔語りに名高いあやかしの頂点、日ノ本最強の魔王。

 あたしは、とある事情から彼の巫女として活動しているのだが、それは今回のお話とは関係ないので置いておこう。


 あれから。

 アマビエ先生の原稿は、無事入稿され、この国の防疫は守られた。

 必死で原稿を守った飯塚さんには特別賞与が出るらしく、彼女を疑っていたアマビエ先生は何度も謝罪を繰り返していた。

 化け猫たちとも、なんとか調停を成立させることが出来た。


「というか、まさか又三郎さんたちの目的が、猫のおやつチュールだったなんて……」

「アマビエの絵、その原本は裏マーケットで法外な値がつく。マタタビよりも強いブツを求めて、彼らが動くのも道理だっただろう」


 社殿の掃除をしながらため息を吐くあたしに、日景はまたメモを認めながらうつむきがちに続ける。


「……猫は七大しちだい祟るという。今回のことで、君が祟られなければいいのだが」

「それは、大丈夫でしょ」

「なぜ?」


 純粋な疑問を口にした日景に。

 あたしは悪戯っぽい表情で、こう答えた。


「だって……あんたがあたしを、守ってくれるんでしょ?」

「――――」


 筆をピタリと止めて、彼はしばらく考え込み。

 それから、メモ帳へとなにやら走り書きをする。

 あたしはそれを覗き込み――彼は、あたしがメモを覗くことを、一度も止めたことはなかった。


神子乃みこのミコトは、真野日景の巫女である。ゆえに、これを絶対に守ること』


 あたしは、掃除を再開する。

 その記述に満足し、また明日から仕事頑張るために。


 彼の巫女であること。

 調停者としての役目は、まだまだ始まったばかりなのだった――

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