頭に猫を乗せた勇者のちょっとした伝説

日諸 畔(ひもろ ほとり)

ユーリとレオン

 猫がいた。


 魔王討伐隊の選考会は、散々な結果に終わった。戦士としても魔術師としても、中途半端な実力と判断され、その場で輝く未来をお祈りされてしまった。

 勇んで村を出たユーリは、肩を落とすしかない。応援してくれた皆に申し訳が立たないのは、とても辛いことだ。


 選考会場から宿までの道、下を向いて歩いていたユーリの視界にそれはいた。

 片手で軽く抱えられる程度の大きさ。毛はそんなに長くなく、色は白地の黒ぶち。なんの変哲もない猫だ。ユーリはその猫から目を離すことができなかった。

 ユーリは猫が好きだった。


『ねぇ、ボクの手を借りてみないかい?』


 金色の瞳がユーリを見つめる。声は聞こえない。しかし、明確に意味を持った言葉が頭に流れ込んでくる。


「えっ?」

『ボクと組んで、魔王討伐しない?』


 白地に黒ぶちの猫は、ユーリの心に語りかけていた。どうやら彼は、魔王を討伐したいようだ。そこまでは理解できた。


「え、猫、だよね?」

『そう、猫だよ。ボクの言葉がわかる人を探してたんだ』


 猫は満足げに喉を鳴らした。

 ユーリはとりあえず、その滑らかな毛並みを撫でたいと思った。


『ボクは元々魔力の強い猫でね、でも自分じゃそれを扱いきれないんだ。猫だからね』

「そうなんだ」

『だから、ボクの力を使える人を探してたんだ』

「なるほどー」


 街の広場に設置された腰掛けに座り、ユーリは猫の話を聞いていた。正確に表現するなら、流れ込んでくる意志を受け止めていた。

 膝の上に彼を乗せて、背中を撫でながら。


「それで、僕を選んだということかな?」

『そうそう、人は多いのに通じたのは君が初めてだよ』

「でも、僕、討伐隊の選考に落ちちゃって……」

 

 今でも試験官の冷ややかな視線が忘れられない。ユーリはますます肩を落とした。


『じゃあ、ボクを頭に乗せてみて』

「え? うん……」


 意気消沈していたユーリは、言われるがまま猫を頭の上に乗せた。柔らかくてほんのり温かい。


『いっくよー』

「う、うわわわわわ」


 猫の掛け声と共に、ユーリの身体にこれまで感じたことのないほどの魔力がみなぎってきた。この魔力があれば、討伐隊への入隊は簡単なものだと思える。それどころか、魔王の討伐も夢ではない。


『こういうこと。わかったかい?』

「うん、わかった。凄いね君は」

『レオンって呼んでもらえるかい? 相棒』

「うん、よろしく、レオン」


 結果的に、討伐隊に入ることは叶わなかった。理由はふたつ。

 そもそも二度目の選考は受け付けていない。そして、猫はダメ。と、いうことだった。


『失礼だよね、あいつら!』

「まぁまぁ、落ち着いて」


 ユーリは頭上で暴れるレオンをなだめる。肉球で頭を叩かれるのは、実はそんなに悪い気はしない。


『よしわかった。ボクらだけでやろう!』

「ええー!」


 レオンの発言に驚くと同時に、ユーリの頭に疑問が沸き起こった。


「ねぇ、なんでレオンは魔王討伐したいの?」

『だって、先代の魔王が猫嫌いだって言うもん』

「え? それだけ?」

『それは重要だよ! おかげで魔族の土地では猫が暮らせなくなったし』

「そうなんだ」


 確かに、自分の仲間たちが迫害されるのは辛いだろう。そして、戦う力があるのに使えないのなら、もっと辛い。

 ユーリは頭上の友達と共に行こうと決めた。


「わかったよ、二人でやろう」

『あと、戦うけど殺しはしたくないからね。猫だって魔族だって人だって生きているから』

「うん、わかった」


 ユーリはますますレオンが好きになった。


 数年後、頭に猫を乗せた勇者は、魔族と人類と猫の和解を成立させる。その偉業は、長きにわたり語り継がれる伝説となった。

 ただし、和解のきっかけが三代目魔王の発した「うむ、ねこはかわいいのぅ」という一言だったのは、当事者以外は誰も知らない。

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頭に猫を乗せた勇者のちょっとした伝説 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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