さようならのありがとう

碧海 山葵

ホットケーキ

同じ学科、同じアパート。


大学に入学してからできた

幼馴染のようなもの。


授業も一緒、帰る時間も一緒、

帰るアパートも同じ。


「今、なにしてる?」

そんな気軽なLINEを送れる唯一の人。


友人や恋人を通り越して

もはや家族。

そう、周りには紹介してきた。

でも意外とそうもいかない。


「高野は就職したらどこに住むんだっけ」

佐々木は何度目かの質問をしてくる。

「だから、大阪だって。

 何度聞くのさ。」

わかってる。

佐々木が寂しがってくれていることも

自分が想像以上に寂しくなっていることも。


出逢ってもう4年。

よくある、

最初の印象は最悪だったってやつ。


話しかけてもあんまり反応してこない。

なのに巻き込んでくる。

虫が出たとか

面白いことがあった、とか

嫌なことがあった、とか

ポツポツたくさん話しかけてくるように

なった。

野生の動物が懐くのってこういう感じなのかなって、撫でたくなった。


でも触れてしまったら

何かが壊れてしまいそうで

何にもならなかった。

ただ佐々木に彼女ができた時、

涙が止まらなかった。

それだけで十分だった。


毎週一緒にみていた

金曜ロードショー。


いつのまにか1人でみるようになった。


寂しくて

彼氏を作った。


あてつけのように報告した時の

佐々木の驚いた顔はたぶん忘れない。



それでもだんだん2人で

また会うようになった。


やましいことはない。

ただ2人でいると落ち着く。

それは絶対で普遍だった。


1年後、お互い恋人と別れた。


「今度大阪行くわ」

「え、ほんとか!

 楽しみすぎてお年玉状態だわ」

2人で歌う。

もーういーくつねーるとー…。

電話を発明してくれた人、ありがとう、

なんて2人で笑った。



2年後、私はおかしくなった。

気持ちが抑えられなくなった。

彼女はもうつくらない、

そういう佐々木に耐えられなくなった。


「私はあなたにとって

なんなの。」

聞いてはいけないこと。

頭ではわかっている。

でも止められなかった。


これまで溜まっていたものが溢れ出す。

佐々木がめんどくさそうにしているのが

わかる。


新しい環境、新しい同期、新しい生活。


絶対で、普遍は

幻だった。


「ごめん、ちょっともう無理だわ」

佐々木の声は透き通っていた。

何の迷いもなく

佐々木の人生から高野、私を排除した。


思い出せるなかで

一番幸せな記憶を引っ張り出す。


2人ともアルバイトがない休日の朝。

小さい部屋の小さい窓から差し込む

光を浴びながら、ホットケーキを焼いた。


部屋中に広がる甘い香り。

焼くのは私の役目、

焼けたのにバターとシロップを塗って

切るのが佐々木の役目。


そのあといつも散歩にいった。

海を見て

神社にいった。


木漏れ日が差し込む

境内の近くのベンチで

歳をとってもこんなことしてそうだな、

なんていいながら笑った。


「ホットケーキ、おいしかったね。

 でも、さようなら。」


かすかに佐々木が

ゆらぐような気配があった。


心のなかで

ありがとう、といい

電話を切った。


画面のなかで

佐々木が笑っていた。

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さようならのありがとう 碧海 山葵 @aomi_wasabi25

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