第37話 甘い香水の香り~9M39ミサイルを添えて~③
「3番ジャイロオーバーヒートにより射撃不可!」
「何だと!?」
その報告を受け、急いで火器管制コンソールのEスコープを覗き込むと、命中予定位置を示す破線が最短射程の破線を割り、点滅していた。
「くそ、既に5分経過していたのか......! 視線速度は!?」
「300m/sよ!」
「早いな......到達まで1分ってとこか! 火器管制レーダー停波!! 総員バンカーに避難しろ!!」
「了解よ!」
「ああクソ! またかよ!!」
「今度は爆弾ッスか!? 推進剤タンクにでも当たったら一面火の海っスよ!?」
「着弾まで時間がありますわ! 落ち着いて走りなさい!」
「ヴォォォォォ!! みんな走れえぇぇぇぇ!!」
次々と火器管制室から飛び降り、火器管制レーダーの後方に用意してあった急造のシェルターへと駆け込む。これは先日のARM攻撃を受け、急遽用意された簡易シェルターであり、只のコンクリートの筒に扉を付けた代物であった。
エレーナが最後に火器管制室を飛び出すと、一人電算機キャビンへと向かう。
「おい、隊長! 逃げねぇのか!?」
「先に行ってろ!! 私も一矢報いた後直ぐに向かう!」
「......わかった! だけど急げよ! こんな所で死ぬんじゃねぇぞ!」
「ああ!」
電算機キャビンに到着し、置いてある木箱へと駆け寄ると、蓋を開け中から金属製の筒を取り出した。
「急がなければ......!」
続いて木箱の中から円筒と球体をくっ付けたような外観の熱電池を取り出し、筒の下前方の接続部に突き刺してロックピンで固定する。その後筒の前後についている保護カバーを取り除いた。
「っく!! やはり腕力が鈍っているな......!」
16kg以上ある筒を肩に担ぐと以前よりズッシリと重みを感じ、少し手が震える。それに負けじと右手でしっかりグリップを握り、まだギプスが外れていない左手で2つある照準器を起こすと、インジケーターに被さる保護カバーを回転させランプが見えるようにする。その後チャージングハンドルのノブを起こして180度手前に回すと熱電池が稼働を始めミサイルシステムに電力が供給され始めた。
「戦闘機とヘッドオンか......当たるか微妙なところだな......」
目標が高速目標であるため、グリップ右側面付け根の誘導モード切替ボタンを押して高速目標モードに切り替える。
「......! 来たか!」
発射体制が整った頃、遠くから微かに戦闘機のエンジン音が聞こえ、小さな動く点を見つけた。どうやら爆撃体制に入る為高度を上げているようだ。
照準を目標に向けると接眼側の照準器の下についているインジケーターランプが緑色に点滅すると同時に、耳元についているブザーから電子音が『プップップップ』と断続的に鳴り響き、とシーカーが熱源を探知した事を知らせてくる。
グリップ付け根左側にある目標選択スイッチを押すと反応が変わり、2機居る事を確認した後、目標を一つに絞って照準する。
「......早くロックオンてくれ......頼む......!」
だが鈍った左腕が言うことを聞かず、照準がぶれる。さらに目標が定期的にフレアを投下し、中々ロックオンが完了しない。
そうこうしているうちに仰角が上がり、ミサイルを上に向けていくと重心が後ろに傾き猛烈に後ろに引っ張られ、さらに照準が厳しくなってくる。
「クソっ! 駄目か......!」
エレーナが諦めかけたその時。
「貸しなさい!」
「え!?」
そう言ってエレーナからミサイルを取り上げたのはライーサ中隊長だった。
「どうして此処に!?」
「早期警戒レーダーで見てたのよ! そしてこうなる事も大体予測してたわ! 貴女は先にシェルターに避難しなさい!」
「そんな!? ご一緒します!」
「......相変わらず強情ね。どうなっても知らないわよ!」
ライーサはエレーナからイグラを取り上げると自分の肩で担ぎ、ピタッと照準を合わせて見せた。
目標は既に投下コースに入り、真っすぐ直線上に向かってきている。後は爆弾を投下するほうが先か、ミサイルを撃つ方が先かの勝負となった。
すると明滅していたランプが点滅を止め、煌々と輝き、ブザーが連続音に切り替わってロックオン完了を射手へと知らせた。
「......じゃあね、テミルベック......」
ライーサは力の限りを尽くし、トリガーを引き絞った。
《ズドッ! シュルシュルシュル...... バシュゥゥゥゥゥ!!》
火薬の炸裂音と共に弾体が射出され、15メートル程飛んだ後にブースターに点火し、勢いよくミサイルが飛翔していく。それと同時に2~30メートル先に発射筒からミサイルと一緒に飛び出した射出用のブースターが地面に落下し土埃が舞い上がる。
直後に目標がフレアを派手に撒き散らしながら機首を上げた。どうやら目視でミサイルの噴煙を確認し、回避行動に移行したようだ。
「よし、回避行動を優先したか......!」
「......いや、違う!」
ライーサの言葉にエレーナはハッとなる。目視できる程近くで見えたその機体は
目線を戦闘機からミサイル発射時の方へと戻すと、落下してくる点が四つ見えた。バリュート(爆弾を減速させる為のパラシュートのようなもの)を展開し、こちらに向かってきている。
「......まずい! 噴煙で投下する瞬間が見えなかった! 回避行動に移る前ですか!? それとも後ですか!?」
「......わからないわ! いいから避難するわよ!!」
ライーサは発射筒を投げ捨て、エレーナの背中を押しながらシェルターへと駆け出す。
「急いで! 高度が低いから直ぐ着弾するわ!」
「くそっ!! 間に合わない!!!」
シェルターまで後半分、と言った所で急に意識が飛んだ。
……
…………
………………
「......急いで頂戴! 血が止まらないわ!」
遠くでレイラの声が聞こえる。
「二人の事は私が送り届ける! レイラは指揮を頼んだ!」
「分かったわ!」
どうやら担架で運ばれているようだ。
「連隊長はどうしたんですの!?」
「さっきBTR-80が防空司令部に乗り付けてたッス! 奴らカンカンに怒ってるッスよ!」
「......私達で守れないの?」
「今は無理だ! 装甲車相手に今の装備じゃ話にならねぇ!!」
皆の声が聞こえる。どうやら無事のようだ。私はどうなったのだろう? 身体が動かない。意識も朦朧としている。連隊長も危ない状況にあるようだ。
「兎に角今は連隊長を信じなさい! それよりもこっちの方が緊急よ!!」
「ああ、クソッ! クソッ!! だから急げって言ったのに!!」
「それを言っても仕方がありませんわ! いいから荷台に乗せますわよ!!」
「畜生!」
荒々しくトラックの荷台に載せられた。どうやらこのまま病院に運ばれるようだ。
「中隊の指揮はどうなっていますの!?」
「指揮官は居ないわ! 兎に角基地を守る事だけ考えましょう!!」
「ああ! ソフィアが残って現状の把握に努めている! 早く合流しないとあいつも危ねぇ!! 急いでくれ!!」
「了解よ! それじゃ二人を頼んだわよ! アンジェラ!!」
「任せてくれ!」
するとトラックのエンジンがかかり、酷く揺さぶられ始めた。下には毛布が敷かれ、衝撃はそれ程でもない。
ふと頭が揺れ、横を向いた。するとそこにはもう一つ担架が乗っていた。
「......ぇ?」
そこには、真っ赤に染まったライーサ中隊長が横たわっていた。敷かれたベージュの毛布が血で赤く染まっている。
「中隊長......?」
返事はなく、ぐったりとしている。
「なん......で......?」
その光景を見て、昔の事を思い出す。
「はぁっ......! はぁっ......!」
動機が激しくなり、呼吸がうまくできない。
「タニューシェニカ......!」
今は亡き大切な人の事を思いながら、私は再び気を失ってしまった。
甘い香水の香り~9M39ミサイルを添えて~④へと続く
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