第34話 ペレクールの香り~ほろ苦い想いを込めて~
エミリヤの部屋で一夜を過ごしたエレーナは空が薄く明るみを帯びてきたころに目が覚めた。布団の中を覗くと、寄り添うようにエミリヤが心地よさそうに隣で寝ている。
「......全く、大人しくしていればこんなに可愛いのにな......勿体ない......」
よく手入れされた金髪を指で撫でると少し動いた。その反応が可愛らしくエレーナの口元がつい緩んでしまう。
「......エミリヤの事も......幸せにしてやりたいものだな......」
そう言いながら再びベッドに寝転んで思いにふける。
(この国を離れたくない......か......。あの事を知ってしまっても、まだ同じことを言うのだろうか?)
この国の裏事情。それはアンジェラを除く彼女達はおそらく知らないだろう。エミリヤとレイラは出たくはないと言っていた。無論、この国が故郷となるニーナ、キーラは反対するだろう。アンジェラもニーナが残ると言った以上、この国に留まるだろう。
(もう選択肢等無いではないか......)
結局エレーナはこの国を出ることは叶わない。本当はこの国から逃げたくて国を出る理由を模索してきたが、どうにも他の小隊員はこの国から出たくないらしい。今の生活の維持が一番良いと考えている。
(......後は私の戦う理由だけ......だな......)
「......レー......ノチカ......」
ふと布団の中から声が聞こえた。エミリヤが寝言を漏らしたらしい。
(......いや......戦う理由は此処にあるではないか......エミリヤが居る。レイラが居る。ソフィアが居る。アンジェラもニーナもキーラも皆大切な仲間だ......そんな彼女達がこの場所に思いを寄せている......そしてこの部隊を大切に思っている。ならば悩む必要等無いではないか......)
するとエレーナはベッドから立ち上がり、カーテンを開けると空が朱色に燃えていた。どうやら日の出が近いらしい。
「覚悟を決めよう......私の居場所はここにしかない......彼女達が......私の戦う理由だ......」
……
…………
………………
「それで、結論は出たのかね中尉?」
「はい」
いつも通り朝礼を済ませたエレーナは、テミルベックに呼び出され、執務室へと来ていた。部屋に入るなり、テミルベックは一昨日の質問の答えをさっそく聞き出した。
「......納得のいく答えが出たのかね?」
「......はい。私の部下を守る。その為に戦います」
「......部下を守る為......ねぇ......」
するとテミルベックは机の上に置いてあった煙草を手に取った。箱には
テミルベックはまだ開けてない封を切り、ボックスパージを開けた。
「......信念と呼べる程のものではないようだな......それでも良いのかね?」
「はい。私は私の為に戦うのではなく、仲間の為に戦います。守る為ならこの身が犠牲になっても惜しくはありません」
「......ふむ......」
テミルベックは煙草を咥え火を付けた。その時大きく吸い込んだが一気に険しい顔になる。そして部屋に煙草の香りが広がるが苦い香りが少し不快感を与えてくる。
「しかし......どうにも不安が残る......迷いは判断を鈍らせる。判断が全てを決めるSAM運用においてその迷いは致命的だ。......中途半端な意志ではその身を滅ぼし兼ねんぞ?」
「......重々承知しております......が、私は彼女達をこの地で守る......そう覚悟を決めたのです......」
「......そう......か......」
すると碌に吸わない煙草をまるで吸ったのを後悔するが如く灰皿で揉み消し、椅子から立ち上がるとエレーナの前まで歩み寄ってきた。エレーナの目と鼻の先に立ち、じっとエレーナの瞳を見つめている。その真っ直ぐな視線がエレーナの心に刺さり、見ていられず目を逸らした。
「......なん......でしょう?」
「......今のお前は瞳が曇っている。本当は決心等ついていないのだろう?」
「......」
図星を突かれたようにエレーナは黙り込む。
「......お前は優しい。誰かの為に戦い続けてきた。先の戦争では仲間の為に戦うという明確な決意が感じ取れた。情熱を持った瞳をしていた。しかし今の中尉はその燃え滾るような瞳を失ってしまっている。まだ迷いを捨てきれない目だ......」
「......正直に申しますと......そうです......人に逃げては駄目だ等と言いつつ、実は私が一番逃げたがっているのです......この国には問題が多すぎる......やはり、守る価値等あるとは思えません......」
「......それが迷いの原因か?」
「......はい」
「......では、その原因を取り除けば遠慮なく戦えるかね?」
「......取り除けるのですか?」
「......不可能ではない。だが入念な準備が必要だ。しかし我々にはもう時間がないのだ。今動かなければ我々の部隊は真っ先にカザフスタンの手によって壊滅するだろう」
するとテミルベックは執務室の窓の方に歩き出した。レースカーテンを
シャッっと開けると外を見つめる。
「......中尉。あれを見たまえ......」
「......」
そう言われたエレーナはテミルベックの横へと移動し、外を見てみると、基地の敷地の外に一面の田んぼや畑が広がっている。その真ん中に不釣り合いなZSU-23-4V1 "シルカ"自走対空砲とZIL-157トラックをベースとした2T210 TZM 弾薬輸送車が等間隔に並んでいる。
そして少し下がったところにBTR-60装甲兵員輸送車をベースとした9S482移動式防空指揮所が展開している。PU-12アンテナを天高く伸ばし、地面に打ち付けられたアンカーから伸びるワイヤーによって長いアンテナが保持されている光景は、田園風景に似合わない異様なものだ。
「あれは......機甲師団のシルカですね......」
「ああ。平原を低空で侵入してくる航空機に対応するためのものだ。だがよく見てみろ......」
「......?」
テミルベックは窓際に置いてあった双眼鏡をエレーナに手渡した。それを受け取りシルカを双眼鏡で見てみると、エレーナは驚きの声を上げた。
「......は?」
「......」
その瞳に映ったシルカには、本来装備されているはずのものが無かった。
「......ガンディッシュレーダーが......無い......?」
「......そうだ」
ZSU-23-4V1 シルカには高速で飛行する目標を捉える為の1RL33 RPK-2"ガンディッシュ"レーダーが標準装備されている。砲塔後部に搭載された丸いレーダーアンテナはシルカの象徴と言っても良い程目立つものだ。それが、無い。
「......あれでは戦闘機や攻撃機なんてとても追尾できないではないですか......!」
「ああ。無論、電算機が乗っていてもレーダーが無ければ光学照準のみでの射撃となろう」
「......彼らは......低空を侵犯してくる航空機を狙っているのですよね......?」
「......」
「......レーダーで目標を追尾せずどうやって音速で飛ぶ戦闘機や攻撃機を落とすというのですか?」
「......さぁな」
「......なんて事だ......!」
シルカには光学照準器もついているが、それは簡易的な物で高速で飛ぶ戦闘機に対応できる代物ではない。
「......何故対空指揮所があるのにレーダーを装備していないのですか......?」
「......中尉、わが軍の兵器稼働率を知っているかね?」
「......35パーセントの稼働率です......」
「その通りだ。そしてこの稼働率の低さは兵員不足によるものだ」
「......動かせる人が居ない......と言うことですか?」
「そうだ。ソ連の崩壊と共に旧ソ連兵の殆どは祖国へと帰国した。ソ連の装備や軍をそのまま受け継いだ我々キルギス軍であったが、多くの兵士が軍人を辞めてしまい皆祖国へと帰還する道を選んだのだ」
「......失踪した軍人が多かったとは聞いていましたが......」
「その結果、我が軍は運用ノウハウを持った人員が圧倒的に不足している。旧式とは言え装備はある。だがそれを動かせる人材がソ連崩壊と同時に霧散してしまったのだよ」
「......」
「だから君達のような知識を持つ若者が新たなる若者達を教育し、今のどうしようもないキルギス軍を変えて欲しいというのが私の夢なのだ」
「それで......私達を教官隊にしたいとおっしゃっていたのですね......」
「ああ。人材不足の結果、この有様だ。先の戦闘でレーダーを損傷し、レーダーを下した機体を装備した部隊がそのまま防空監視任務に就いている。そもそもの部隊数が足りていないからな。それと、使われていない予備のシルカと交換するよう申請したらしいが、大統領が却下したとの事だ」
「......え?」
「......彼らの任務は地上監視なのだよ。そもそも我々SAM中隊を守るものではない。真の目的は、封鎖されている検問所を迂回してくる密入国者を薙ぎ払う為に配備された部隊なのだ。地上目標を狙う部隊に対空レーダーは必要ないので交換する必要はないという呆れた命令を下したのだよ」
「......彼らの仕事は防空監視任務では......無い......?」
「その通りだ。防空監視任務に就いているシルカ中隊は皆、大統領府近辺やカント空軍基地に展開する機甲師団の護衛任務の為ここには来ていない。ここに居るシルカ中隊が狙っているのは、カザフスタンに潜伏する反アカエフ政権のレジスタンスを警戒したものだ」
「......では、我々は平原から接近する航空機に対しては丸裸ではないですか......!」
「そういう事だ。そしてあの機甲師団を指揮しているのは大統領直属の親衛隊だ」
「......国防省では無いのですか?」
「違う。もし国防省だったら私が怒鳴り込んでいることだろう。しかし国防省の奴らも困惑しているのだ。絶対的な力を手に入れた大統領が防衛省に目を光らせ口出しをしてくるから彼らも困り果てている。この無防備に姿を晒している間抜けな部隊も全て大統領の被害者に過ぎない、という事だ」
「......どこまであの大統領は足を引っ張る気なのですか......!」
「......そこで私はこの現状を打破したいと考えている」
「......どうやって......?」
「......実は昨日も領空侵犯があってな、奴らは撃たれないのを良い事に今度は高度をとって堂々と侵犯してきた。そしてこの基地を掠める様に単機で飛んで行った。恐らく空撮していたのだろう。お陰様で新しく配備されたSA-2Eもレーダーの付いていないシルカも全て暴露してしまった。次に奴らがどう出てくるかは明確なものだろう?」
「......対空兵器の......無力化......」
「......そういうことだ。だからこそ、今後の展開は容易に想像がつく。そこで一つ打って出ようかと考えている」
「......何をする気ですか?」
「何、本来ミサイルの発射判断は私に委ねられているのだ。その権限を行使するまでのことだ......」
「......まさか......!」
「奴らの化けの皮を剥いでやろうじゃないか」
「......」
「......さて、では部隊の準備に取り掛かってくれ。今日は忙しくなるぞ?」
「......本当にやるのですか?」
「......私には覚悟がある。そうでもしなければ、この状況を打破できないだろう?」
「......」
「......すまない、ことが終わった後、中隊のことを中尉に任せるつもりだったが......荷が重すぎたようだな......」
「それは......」
「......今後困った事があったらライーサ小佐を頼るといい。彼女は次期連隊長になれるよう手を打ってある。そう遠くない未来、彼女が君達を導くだろう」
「......連隊長はどうするのですか?」
「私は少し早い隠居生活を堪能させてもらうよ。隠れ家があるんだ。家族は今そこで暮らしている。私も合流するつもりだ」
「連隊長......」
「......話は終わりだ中尉。行きたまえ」
「......了解しました......」
……
…………
………………
執務室を出たエレーナは扉に寄りかかり、呆然としている。
「......本気だ......連隊長は......自分の立場を犠牲に領空侵犯機を落とそうとしている......」
それは彼女が先日まで抱いていた願望だ。あの挑発するように忌々しく飛んでいる領空侵犯機の撃墜許可が下りたのだ。本来喜ばしいことなのだろう。
(しかし......なんだこの焦燥感は......!)
もしテミルベックが大統領の意思に反し領空侵犯機を独自の判断で撃墜したとなれば、大統領は黙ってはいないだろう。
(連隊長が......あれだけの覚悟を背負っているのに......私は......!)
そう考えるとエレーナの胸は酷く締め付けられた。
「エレーナ」
ふと声が掛けられた。項垂れた顔を上げ、声のするほうに顔を向けるとライーサが居た。彼女もまた複雑な心境なのか浮かない顔をしている。
「中隊長......」
「......貴女も聞いたのでしょう?」
「......はい」
「......私は中隊を率いる責があるの。もし命令が出れば私は躊躇なく撃墜命令を貴女に下すわ」
「......」
「......あの人の事を私は良く知っているわ......だからこそ私はあの人の意思を尊重したい。だから私は貴女に命令を下すわ」
「......どうして......連隊長といい......中隊長といい......そこまでの覚悟を持てるのですか......?」
「......連隊長は貴方の部隊を愛しているのよ......」
「......え?」
「あなた達の事は我が子のように見えると、口癖のように言っていたわ」
「そう......だったのですか......」
「だからこそ......あの人は危険な現状を自分を犠牲にしてでも変えようとしているのよ......」
「しかし......私達と連隊長では釣り合いが取れません。部下である我々等切り捨ててしまえばいいのに......」
「......それができないから連隊長は覚悟を決めたのよ」
「......」
「ねぇ、エレーナ」
「......何でしょう?」
「......私からもお願いできるかしら? あの忌々しい領空侵犯機を落としてちょうだい......」
「......中隊長はよろしいのですか? その......連隊長がいなくなってしまうかもしれないのですよ?」
「......」
「......」
「......私はね、彼に惚れているのよ......」
「......え?」
「連隊長の優しいところが好き。自分が正しいと思う命令を迷いなく下せるところが好き。興味が無いようで遠くから見守ってくれているところが好き。テミルベック連隊長のそんな所が大好きなのよ......」
「......ライーサ中隊長......」
「でもね、私には届かない存在なの。彼には家庭があるわ。だからこそ、私は身を引くことしかできない。だからせめて、連隊長の望みを叶えてあげる事でこの思いを断ち切ろうと思っているの......」
「......そうだったのですね......」
「それに、惚れた男の為に尽くせるのは女冥利につきるというものよ? 例えそれが原因で二度と会えなくなったとしても、ね......」
「......そう言うものなのでしょうか?」
「そう言うものよ。だからお願い。彼が連隊長としての最後の願いを叶えてほしいの......」
「............」
そう伝え頭を下げるライーサの目には涙が溜り、今にも決壊しそうになっている。連隊長が退役すれば、彼は家族の元へと戻るだろう。そうなれば、この儚き恋心を抱く少女はもう二度と、思いを寄せる人に会うことは叶わなくなってしまうだろう。
「それが......中隊長の覚悟なのですね......」
「......そうよ......これは......私の想いを断ち切る為でもあるの......」
とうとう床に一粒の涙が滴り落ちた。それを見てエレーナも覚悟を決め口を開く。
「......わかりました。お二方の覚悟はしかと私が受け取りました。私も覚悟を決めます」
「......ありがとう」
顔を上げると涙を拭きながら笑顔を作って見せるライーサ。普段の毅然とした態度ではなく乙女のようなその表情に、エレーナも自然と顔が綻ぶ。
「......中隊長も案外純情だったのですね」
「......それはどういう意味よ」
「いえ、可愛いところもあるな、と思いまして」
「貴女......普段私をどう見ているのよ......」
「姉貴肌と言いますか、結構遊んでいる方かと思っておりました」
「酷いこと言うわね。これでも一途な乙女なのよ」
「失礼しました中隊長殿」
「......エレーナってこんなだったかしら? もっと冷徹な隊長だったと思っていたのだけれど......」
「......そうですね。隊員に感化されたのかもしれません」
「まぁあの娘達に囲まれればねぇ。そう言えばもう誰か抱いたの?」
「ぶっ!! なんて事を言うんですか!?」
「エミリヤだっけ? あの娘ガチなんでしょ? そろそろ抱き合って裸の付き合いをしている頃かなーって思ったり?」
「............」
「え、マジなの......!?」
「ち、違います! 決してそのような行為には......!」
「でも裸で抱き合ったんでしょ?」
「............」
「......衝撃の事実だわ......仲が良いとは思っていたけれど、こういう事って現実に存在したのね......!」
「誤解です! やましい意味じゃありません! 落ち込んだエミリヤを慰めようと......!」
「やっぱりそうなんじゃない! エレーナだけはノーマルだと信じていたのに!」
「違うと言っているじゃないですか!! バーじゃないから油断していたぞクソっ!! そういう中隊長こそオジサン好きじゃないですか!!」
「良いじゃない。オジサンは良いわよ。落ち着いてるし見栄を張って威張り散らしたりなんてしないもの」
「くっ......妙に納得してしまった......! 負けた気分だ......! でも不倫じゃないですか!!」
「手を出してないからセーフよ」
「......本当ですか?」
「......」
「ちょっ目が泳いでるじゃないですか!?」
「か、彼が意識無かったからノーカンよ!」
「一体何をしたんですか!? 教えてくださいよ!!」
「秘密に決まってるじゃない! 何でそんなことエレーナに言わなくちゃならないのよ!!」
「不公平です!!」
各々の想いを胸に、二人の少女は騒がしく廊下を歩んでいく。それを扉越しに聞いていたテミルベックは再び煙草に火をつけ天井を見上げる。
「やれやれ、相変わらず美味くない煙草だ......嬉しくもない贈り物をよこしやがって......あの小娘め......」
手に持つタバコのパッケージの裏には
それを握りしめながら、テミルベックは笑みを浮かべながら煙草をくゆらせる。
――――――――――――――Σ>三二二二>
よくわかるSAM解説! 第16話「SA-2Eにおける対電波妨害策」
「やぁ! みんな! 解説者のエレーナだ」
「なんだかやけに久々の気がするな! 私もここの所解説できずにモヤモヤしていたところだ!」
「では、早速ではあるが時間も押しているので解説に入ろう」
「今日の解説ではSA-2Eで電波妨害を発する目標にミサイルを発射する方法を解説していく」
「まずバラージで電波妨害を受けるとどうなるかを見ていこう」
「早期警戒レーダーの画面では、PPIスコープ上に電波妨害の電波が大量の線状になって表示される。その線は中心部から外縁部まで伸び、電波妨害をする目標の方位は分かるがどの距離にいるのかが分からなくなる」
「そしてその陰になる他の目標もこれに重なり表示されなくなってしまう。その為、電波妨害を大量に受けると単体の早期警戒レーダーは役にたたなくなる」
「IADSや戦況図も早期警戒レーダーの情報を元にしている為、複数の早期警戒レーダーを使用して妨害電波で作られる死角をカバーしないといけない」
「目標を捉える為には早期警戒レーダーが使い物にならない為、目標の正確な位置は火器管制レーダーを使用して目標を探すか、専用の測角・測距レーダーを用意する必要がある」
「SA-2Eの火器管制レーダーは妨害電波を受信すると、同じく線が大量に表示されるか、直線状にノイズで埋め尽くされ目標までの距離が分からなくなる」
「しかし、その反応はある程度の幅で直線状に伸びている。その為少し精度は落ちるが大体の目標までの仰角、方位が特定できる」
「だが直線状に伸びる妨害電波の反応のせいで目標までの距離はわからない」
「こうなるとミサイルを誘導する際スリーポイント以外の誘導方法が使えなくなる」
「К誘導も使えなくなってしまう為目標が低空に逃げるとミサイルの近接信管が地面に反応し起爆してしまう為低空を飛ぶ目標は迎撃できなくなる」
「何故なら目標迄の距離が分からないから電算機が使用できず、K3信号起爆も使えないため電波信管での起爆になるからだ」
「その為、UTU信管が生まれたのだ。これによって探知範囲を100mに制限して地面に反応しにくくできる」
「しかしスリーポイントでは高機動で回避運動をする戦闘機に撃つには射程距離は短くなってしまう上、妨害電波によって下がった命中精度も相まって回避されやすくなってしまう」
「射程距離ギリギリになってしまうと燃焼を終えたミサイルは運動エネルギーも少なく曲がり切れなくなってしまうのだ」
「そこで登場するのが戦況図とI-87V電算機だ」
「先ずは方位、仰角の反応をロックオンする。そして戦況図から高度を読み取りI-87V電算機に目標の高度を入力する。するとI-87V電算機がレーダーの仰角、方位の変化を検知し、視線速度を割り出し目標位置の変化を割り出す」
「つまり目標までの仰角、方位、高度が一度でも分かれば、そこからどれだけの方位、高度が変化したのかで目標の速度がわかるというわけだ。後はI-87V電算機が目標の速度を参考にどれだけの距離を移動したのかを計算し、目標までの距離を割り出してくれる」
「これで目標までの大体の方位、仰角、距離が分かった。後はI-87Vモードに切り替えて目標をロックオンし、フルリードやハーフリードの誘導方法で誘導が可能になる」
「ここで戦況図の高度の計算方法を思い出して欲しい。そう、早期警戒レーダーでは方位と距離は分かるが仰角がわからない。その為妨害電波を受けて距離が分からなくなると、早期警戒レーダーでは方位しか分らなくなるため目標の高度を計算する事が出来なくなってしまうのだ」
「そこで連帯規模の早期警戒レーダーには仰角を調べる為のレーダーが追加で装備されるようになった」
「SA-2F/Eを装備する連隊で運用されているP-18早期警戒レーダーには測角・測距用のPRV-11レーダも同時に装備されるようになった」
「このPRV-11レーダーは非常に強力なレーダー波をピンポイントで照射する」
「その為P-18早期警戒レーダーで妨害電波を発する目標の大まかな位置を確認した後、PRV-11レーダーで正確な仰角・距離を測定するのだ」
「この情報を元に戦況図に正確な高度を記載する」
「さて、ではこのPRV-11レーダーがなぜ妨害電波の中距離を測定できるのかその原理を見ていこう」
「PRV-11レーダーはようは強力なパルスレーダーだ。パラボラアンテナからピンポイントに照射されるパルスレーダー波は最大400km先の目標まで探知できる」
「そして目標から反射してくる反応も強力な物が返ってくる」
「すると妨害電波を上回る反射波が返ってくるので妨害電波の中に反射波の反応が浮かび上がる」
「そう、妨害電波を上回る反射波が返ってくると目標が見えるようになるのだ」
「この事をバーンスルーという」
「全帯域に妨害電波を照射するバラージにおいては、その帯域の広さ故に電波そのものの出力には限りがある為、ピンポイントに照射する強力なレーダーまでは妨害しきれないんだ」
「その反応を利用して距離を計算し、高度を導き出して戦況図に高度を記載する」
「火器管制レーダーでも同じことが可能だ」
「目標が接近してくると妨害電波の中に通常通り目標の反応が現れる」
「バーンスルーが表示されればその反応を追跡することによって通常通りミサイルの発射が可能になるのだ」
「しかし、バーンスルーを使用する方法は目標が近距離まで接近しないと使用できない。その為不用意に接近してきた爆撃機に使用する程度に留まる」
「戦闘機においてはミサイルを撃たれた後にスポットで強力な電波を照射してくる為、そもそもバーンスルーが表示される事は稀である」
「ではスポットで妨害電波を発する戦闘機の挙動を見てみよう」
「戦闘機は火器管制レーダーの照射を受けると回避行動をとり、遠ざかったりビーム機動をしたりする」
「回避行動を取る戦闘機がミサイルの命中予測位置が射程圏内であればSAMはミサイルを発射する」
「RWRがミサイルを検知すると、戦闘機は火器管制レーダーの電波を解析し同じ電波をスポットで照射し電波妨害を開始する」
「スポットで妨害電波を発しながら急降下をして超低空に逃げる」
「するとミサイルは地面に反応し起爆してしまう為回避が可能になるのだ」
「更にSA-8までの自動追尾システムだとこの挙動をされると自動追尾が上手くいかずロックオンが外れてしまう」
「目標が地平線上に突っ込むような挙動をすると命中予測位置が地中になってしまい追尾範囲外に出て追尾が不可能になってしまう欠点があったのだ」
「そもそもSAMというのは地上から打つものだ」
「その為ルックダウン性能なんて無い。だから地平線より下にはミサイルを誘導できないので初期の自動追尾システムはこの機動に対応できなかった」
「急降下する機動をするのはその欠点を突いたものでもあるのだ」
「他にもSA-2E(S-75M3-OP以降)には光学カメラが装備されている」
「このカメラを使用し目標を手動で追尾することによりレーダー波を照射せず目標をロックオンできる」
「しかし、ミサイルを発射するとミサイルの誘導電波を発しなければならない為その電波を探知してARMを撃たれてしまう」
「ミサイルの誘導電波というのは自分のミサイルが探知できる波長で送信するので当然ARMにも受信されてしまう」
「なので完全にARMを無効化する事はできないのだ」
「SA-2Fでは光学カメラが搭載されていなかったので、代わりに光学キャビンという"箱"を火器管制レーダーの上に乗せ、中に専属の光学測角管制官と光学方位管制官が入り光学スコープを使用してマニュアルで目標を追尾する」
「この光学キャビンは"
「カメラを使用した光学式の追尾システムは妨害電波を発する目標や超低空目標、ARMの脅威下においては有効なシステムなのでSA-2E以降も短・中距離ミサイルに装備され続けた」
「さて、では長くなってしまったので今回はここまでにしよう」
「久々の解説で楽しかったぞ! 皆も聞いてくれてありがとう!」
「次回はミサイルが発射される際のミサイルとランチャーの挙動を解説していく」
「ではまた次回!」
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