第33話 ロシアンティーの香り~古傷に思いを寄せて~③

「......う~ん?」

「......おや? 起きたのか?」


 エミリが眠気眼を手でこすりながら目を覚ました。


「......あら? わたくし寝てしまっていたのですね......」

「ああ。よく眠っていたぞ。お陰様でエミリヤの寝顔を堪能できたよ」

「......へっ?」


 目を開けるとそこにはエレーナの顔があった。それに体が顔のすぐ横にある。おまけに後頭部には柔らかい感触がある。それはつまり。


「......膝枕ぁ!?」

「ん? ああ。エミリヤがウトウトして倒れこんできたのでな。そのまま膝の上に移動させてもらった。レイラは拗ねて何処かへ行ってしまったがな」

「......ま、まだ夢を見ているのですわ! そうに違いないですの!」

「残念ながら現実だぞ? そんなに私の膝枕が嫌か?」

「げ......現実ですの......?」

「そうだぞ。あまりにもお前がうなされていたのでな......つい......」

「......ぁ......」


 すると先ほどまで見ていた暗い過去の夢を思い出し、険しい顔になる。


「......昔の夢を見ましたの......」

「......お前もか」

「......隊長も今日酷くうなされていたとレイラから聞きましたわ。慰めて差し上げようと意気込んでいましたのに......情けないですわ」

「何、気にするな。お前もつらい過去を持っているのは私達も良く知っているからな。甘えたい時は思う存分甘えて良いんだぞ?」

「......」


 その言葉を聞き、少し複雑そうな顔をするエミリヤ。


「......本当に、わたくしは人に甘えてもよろしいのでしょうか?」

「良いに決まっているだろう? 全く、何時もの勢いはどこに行ったんだ? 普段のお前ならドン引きするような事を平然と口にするではないか」

「......そう、ですわね......膝枕で満たされているから、と言った所ですわ......」

「......今のエミリヤはまるで出会った時のエミリヤのようで懐かしい気持ちになる。これからもそのままで居てくれないか?」

「......申し訳ございませんわ。例え隊長のお言葉でもそれだけはできませんの」

「なぜだ? 今のお前はとてもおしとやかで可愛いのに......」

「......理由は旧友と新しくできた同志との約束ですわ。ありのままの自分を受け入れてありのままを演じる。それが本当のわたくしという人間なのですわ......」

「......あの子との約束なのか?」

「......そうですわ」

「では何故私なのだ? 他にもいい人は沢山いるぞ? お前の男嫌いは並大抵のことではないのは知っている。だが同性にも良い人は沢山居るんだぞ?」

「......他の人等あり得ませんわ。あれを見てしまってからは隊長以外を愛する事などできませんわ」

「あれ?」

「わたくしたちが出会ったあの日から丁度一年がたったあの日ですわ。非番の日になったわたくしは彼女の元へ行きましたの」

「......ああ」

「わたくしは山の高さ、形をよく記憶していましたわ。なのであの場所を見つけるまでそう時間はかかりませんでしたの。そして、わたくしは辿り着きましたわ。あの時わたくしが隊長と出会い、彼女が事切れたあの場所。......ですがそこには既に誰かの手によって花が供えてありましたの」

「......」

「その花は供えたばかりの真っ赤な薔薇の花束と、美しいカーネーションの花束でしたわ。そしてそれを供えたのは隊長かレイラであると、見た瞬間に感づきましたの。カーネーションは元軍人の故人へ贈る花、真紅の薔薇は悲惨な死に方をした故人へ贈る花ですわ。この二つはロシアの風習。そしてあの場所で、軍人があの日亡くなったのを知っているのは隊長とレイラだけですわ」

「......やれやれ、見つけていたのか」

「そして何より、添えてあったメッセージカードに書かれた言葉を見て、これを贈ったのは隊長であると確信しましたわ」


 するとエミリヤは自分の胸に手を当て、昔の出来事を思い出すかのように物思いにふけりだしたようだ。


「そこには『同志スラーヴァへ。エミリヤは元気に暮らしているから安心して眠って欲しい。そしてこれからも我々が守る』と書いてありましたわ。そしてその裏には『過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ』とも書いてありましたの。......これはレイラは書かないような言葉ですわ」

「......懐かしいな。あの言葉はレフ・トルストイの言葉を借りたものだ」

「それを見つけたわたくしは感謝の気持ちで一杯でしたわ。そしてそのお礼をずっと言いたかったんですの。でも隊長はお見舞いに行ったことを一切わたくしには言いませんでしたわ。なのでわたくしも何か考えがあるのかと思い、ずっと言い出せなかったんですの」

「......部隊は違えど同じ同志だった者を弔うのは当たり前だろう?」

「それでもわたくしが感謝の気持ちを持ち、一生この人に尽くそうと思うのに十分すぎる理由になりましたわ」

「そんな大層な事はしていないと思うのだが......」

「......実はもう一つ、わたくしが隊長に尽くす理由がありますの。それはわたくしの胸にぽっかりと開いてしまった穴を埋めるためでもありますわ」

「胸に空いた穴?」

「そうですわ。今までそこにはスラーヴァが居ましたの。ですがあの日から私の胸からスラーヴァの温かさというものが居なくなり、そこには冷たく深い穴が残されていましたわ。......わたくしはその穴に酷く苦しめられましたの。ですがあの日から1年後のあの日、その空いた穴に微かな温もりを感じたのですわ」

「温もり......か......」

「それからわたくしはその温もりを手に入れようと躍起になりましたの。でもそこには大きな壁が立ちはだかっていたのですわ」

「......」

「それはレイラでしたの。わたくしでは決して入り込めない、深く、強い絆......それにわたくしは絶望しましたわ。でも諦めなかった。絶対に手に入らない温もりを、微かでも良いから、どれだけ遠くにあっても良いから、その温かさを感じたくて堪らなかったのですわ」

「......そこまで私の事を想ってくれていたのか......」

「......ですが届かないものはどう頑張っても届かないんですの。その事を実感する度に、わたくしの胸の穴がわたくしを幾度となく締め付けましたの。そして足掻き続けるわたくしはとても滑稽に見えましたわ......それを何とか誤魔化したくて、おちゃらけた態度で誤魔化し続けてきたんですの。そうしながら隊長に近づく事によって胸の苦しみは幾ばくか楽になりましたわ......」

「............」

「......ですから、わたくしはありのままの自分を受け入れる為、周囲を騙して演じてきたのですわ......でも疲れましたの......」

「......それはどういう意味だ......?」

「......わたくしは本当の自分が分からなくなってしまったのですわ。かつてのわたくしが本当のわたくしなのか......今の演じていると思っていたわたくしが本当の自分なのか......わからないんですの......」

「......思い出す方法はないのか?」

「......隊長とお付き合いして、わたくしの穴を満たして本当の自分を確かめるしかありませんわね」

「......それは......」

「......できないのでしょう? それは痛いほどそれは実感しておりますの。だからわたくしは現状で満足するしかありませんわ。今更これ以上を望もうとは心の中では思っておりませんの」

「......それで満足......できるのか......?」

「......」


 するとエミリヤは顔をエレーナの腹部に埋め、切なそうな声を漏らす。


「......できるわけ......ありませんの......」

「......」


 その頭をエレーナはそっと撫でる。


「......本当は温もりが欲しい......あの時スラーヴァがくれた......人の温かさというものをもう一度感じたい......そしてそれは貴女でなくてはならないのですわ......」

「......」

「......わたくしの......大好きなレーノチカ......」

「......」

「......」


 静かな庭のベンチでエミリヤのすすり泣く声だけが聞こえる。それをやさしく撫でるエレーナの顔はとても悲しそうな顔で、その瞳には曇りが見えていた。


「......わたくしらしくもありませんわね......」


 そう言いながら顔を離し、エレーナに顔を見られないよう背けながら体を起こすエミリヤ。


「さ、せっかくスーシキを持ってきたのですわ。頂きましょう、隊長......」

「......すまない、私がお前を救ってやれるのは難しいかもしれない......」


 サモワールに掛けられたスーシキを手を伸ばしたエミリヤが一瞬止まる。


「......救ってもらおうなどと、おこがましいことは思ってはおりませんわ。これはわたくしの傲慢な考えですもの......」

「......だが私がお前を守りたいと考えているのも嘘ではない......お前は私にとって大切な仲間だ......掛け替えの無い人物だ......」

「......」


 エミリヤは縛られたスーシキの紐を解きながら、その言葉を静かに聞いている。


「......傲慢なのは私も同じだ......お前が居ないと私は満たされない......だからせめて一緒に居て欲しい。これからも......永遠に......」

「......でもレイラが居ますわ......」


 手に取ったスーシキを両手の指を絡めて握り、手のひらでスーシキを締め付ける。


「......それでも......私はエミリヤに傍に居て欲しい......」

「......」


 パキッ! という音と共にスーシキが割れた。手のひらに砕け散るスーシキを見つめながら、エミリヤが固まっている。


「......でも隊長はレイラを愛しているのでしょう? ......こんな形で二人の想いを踏みにじる訳にはいきませんの......だからわたくしは諦めたいのですわ......」

「......」

「......だから......諦めを探しながら生きていたのですわ。そしてもうすぐこの呪縛から逃れられそうでしたの」

「......そうなのか?」

「......ええ。エミリヤがカーミラわたくしに戻る時。......その踏ん切りがそろそろつきそうでしたの......」

「......どういう意味だ?」

「......まだ秘密ですわ」

「......そうか」

「......さ、隊長の分のスーシキですわ。どうぞ召し上がってください」

「......あぁ......」


 そう言いながらソーサーに割ったスーシキを入れ、エレーナに差し出した。エレーナはその欠片を一つ手に取り、紅茶に浸して口の中に頬張った。


「......懐かしい味だ」

「ええ。昔から紅茶のお供はスーシキと決まってますわ」

「......なぁエミリヤ......」

「......何ですの?」

「これからも傍には居てくれるよな......?」

「......そう......ですわね」

「......」


 何となく歯切れの悪いエミリヤの言葉を聞き、少し不安になりながらも、それを誤魔化すように紅茶を啜るエレーナ。結局、二人の会話はこれ以降止まってしまった。


 ……


 …………


 ………………


 それからレイラが戻り、お茶会はお開きとなった。その後もなんとなくエレーナとエミリヤの二人は気まずそうに距離を置き、そのまま浮かない顔で一日を終えようとしていた。エミリヤも結局いつも通りに床に就き、浮かない気持ちで布団をかぶっていた。


「......眠れませんわ......懐かしい感覚ですわね......」


 一人部屋で寝るのはとうに慣れていたはずだった。しかしこの日は例えようのない孤独感が彼女を支配し、忘れたはずのあの感覚が再び襲ってきた。


「......忌々しい感覚ですわ......」


 身をよじり、必死に掻き消そうと体を摩る。しかしその感覚は中々抜けず、次第に鼓動が早くなっていく。辛そうに苦悶の声を漏らしながらモゾモゾと布団の中でもがき続ける。


「......こんなに酷いのは......初めてですわ......」


 何とも耐え難い不安が込み上げてくる。誰かに慰めてもらいたい。その気持ちが溢れそうになった時、不意に背後から抱きしめられた。


「......はっ?」


 その腕は力強くエミリヤを抱き寄せ、背中に温かく懐かしい感触が広がっていく。


「......大丈夫か?」

「......隊長?」


 そこにはエレーナが居た。軍用のパジャマに身を包み、力強くも優しくエミリヤの事を抱きしめていた。


「どうして......ここに?」

「......廊下を歩いていたらお前の苦しそうな声が聞こえてな......」

「......お恥ずかしいですわ......」

「......辛いのだろう?」

「......」

「......甘えてもいいのだぞ?」

「......でも、それでは踏ん切りがつきませんわ......」

「......いいじゃないか。今のままでも......」

「......え?」

「寂しければわたしが慰めてやる。私が欲しければ私を求めればいい。何故抗おうとする?」

「でも......いずれ決着をつけなくてはいけませんわ......」

「だがお前の考えている決着は間違っている。お前はただ逃げているだけだ」

「逃げている......だけ......?」

「ああ。それに今結論を出せばお前は間違いなく潰れる。そして偽りの自分へと戻ってしまうのだぞ?」

「......偽りの......自分......?」

「そうだ。お前は今の自分が演じている自分だと思い込んでいるようだがそれは違う。今のお前こそが自分自身そのものなのだ。お前はこれから嘘をつこうとしているんだ」

「......」

「だからお前の親友の言葉通り、お前は素直に生きるべきだ。変わる必要なんて無いんだ。今日のお前の話を聞いてよく分かった」

「......違いますわ......わたくしはエミリヤなんかじゃない......わたくしはカーミラ......一人ぼっちのちっぽけな少女なのですわ......」

「......じゃあやっぱりエミリヤはエミリヤだけじゃないか」

「え......?」

「カーミラとかいう人間は私は知らん。お前はエミリヤだ。他の誰でもない。それで良いんじゃないか?」

「......」

「だからこれからも変わらずにエミリヤで居て欲しい。それが私の願いだ」

「......でも隊長は以前のわたくしに戻って欲しいと言っていましたわ......」

「だがそれも私が知るエミリヤという人物だ。そしてその戻ってほしい姿が今のお前なんだ」

「......そう......なんですの?」

「ああ。これ程までに素直に悩んでいるエミリヤが、私の望むエミリヤだ。だからこれからもエミリヤにはエミリヤで居てほしい」

「私は......」

「素直にエミリヤになればいい。ただそれだけなのだ.......何を迷っている?」

「......」

「それとも......やはりスラーヴァじゃなければダメなのか......?」

「......!」


 その言葉を聞いて何かに気が付いたようだ。


「そう......でしたのね......わたくしはまたスラーヴァに縛られようとしていたのですわね......」

「.....そうだな」

「......結局は......今でもその呪縛から逃れられずに......わたくしは隊長を諦めてスラーヴァに恋をしようとしている......」

「そしてそんなお前が一人になったらどうする?」

「......わたくしはまた後を追おうとすると?」

「......そうするだろう?」

「.......否定できませんわ......」

「だからこそ私はエミリヤには変わってほしくない。だから迷えるエミリヤを私は守りたい。でなければお前は壊れてしまう。そんな気がするのだ」

「......」

「......だから私に甘えながらで良いから生きていて欲しい。それが私の望みだ」

「......でもレイラが認めませんわ」

「......認めたよ」

「......え?」

「彼女はさっき私にこう言ったのだ。『彼女を愛してあげなさい』と......」

「......レイラが?」

「ああ。その真意は正直私にもわからない。だが彼女はその後に『私も貴女を愛し続けるわ。だから問題ないのよ』とも言っていた」

「......どういう事ですの?」

「......さあな。言っただろう? 私にもよくわからない。だがお前を愛してやる事はできるようだ。私にもお前を救ってやることができるかもしれない......」

「......本当ですの......?」

「ああ。だからお前も正々堂々と私に甘えてもいいのだぞ?」

「......」


 するとエミリヤは体を翻し、エレーナの方を向くと今度はエミリヤの方から抱き着いてきた。


「......お?」

「......本当に甘えますのよ?」

「......ああ。いいぞ。思う存分甘えるがいい」

「......では......服を脱いでくださいまし......」

「......へっ!?」

「......実は......わたくしの体に昔の感覚が戻っていますの......だから......隊長の温もりで忘れさせていただきたいのですわ......」

「......ちょっと待て......」

「......やっぱり、汚れたこの体では嫌ですわよね......」

「そんな事はないぞ......だが裸同士で抱き合うのか......?」

「......甘えても良いんですのよね?」

「そうは言ったが......」

「では......お願いしますわ......」

「......ええい! 分かった! 発言には責任を持とう! ちょっと待ってろ......」


 意を決したようにエレーナが自分のパジャマのボタンを外し始める。顔を真っ赤にしながら一つ一つボタンを外していく様子を見ながら、エミリヤも上着を脱ぎ始めた。だがその顔は何時もの調子ではなく、どこか切なく見えた。それを見て、エレーナもやましい意味ではないと気が付き、赤くなりつつも冷静を保ちながら服を脱ぎ捨てた。


「......これでいいか?」

「......ええ」


 短く受け答えをすると、ベッドに横になる前に急に抱き着いてきた。


「ちょっ......! まだ心の準備が......!」

「......温かいですわ......」

「......」


 すると密着したエレーナの頬をエミリヤの涙が濡らした。それに気が付いたエレーナは、恐る恐るエミリヤを抱きしめた。温かいエミリヤの肌には所々古傷が残り、かつての辛い過去の名残を感じさせる。


「......確かに......温かいな......」

「......この感覚......ですわ......わたくしが......ずっと探していたあの感覚......」

「......満足か?」

「......いいえ。まだまだですわ......」

「......そうか」


 結局二人は布団にも入らず、座ったまま裸で抱き合っていた。とても柔らかく、アンジェラやニーナ程ではないがそこそこの柔らかい胸がエレーナの控えめな胸に押し当てられているが、不思議とやましい気持ちにはならなかった。寧ろ安心するかのような、まるで赤子が母親に抱きしめられているような、そんな感覚のようだ。


「......これだけ人の素肌に触れるのは初めてだが......とても心地が良いのだな......」

「......そうですわね......でも愛している人だからこその感覚なのですわ......」

「......そうか......」

「あんなに遠くにあった温もり......もう二度と手が届かないと思っていた温もり......それがこんなにも近くに......」

「......」

「......もう離れたくありませんわ......」

「......確かに、離れるのが惜しくなるな......」

「......こんな汚れた体なのに......そう言っていただけるのですね......」

「......エミリヤの体は奇麗だよ。私が保証する」

「......なるほど......スラーヴァの気持ちが良くわかりましたわ......」

「......よくこうしていたのか?」

「ええ......あのような行為があった日の夜は......必ず......」

「......どうだ? 私にその代役は務まりそうか?」

「......はい。寧ろあの時以上に満たされておりますわ......」

「......そうか。なら良かった......」

「......」


 そのまま二人は、しばらくの間抱きしめあい、お互いの感覚をその体にしっかりと記憶させていた。


「......なあ、エミリヤ」

「なんですの?」

「素直になった所で改めてお前の本心を聞きたい。エミリヤはこの国を離れたくないのか?」

「......」


 ピクリと体が動いた。少し暗い顔を浮かべながらその問いに答える。


「正直に言いますと、離れたくありませんわ。この地にはスラーヴァが居ますの。そしてビシュケクには今でも思い出が宿る大切な場所だと思っておりますわ。......隊長が離れたがっているのは何となく分かっていますの。隊長と一緒なら、この国を出れますわ」

「......そうか」

「......でも出てほしくはないですわ」

「......それは何故だ?」

「......隊長はお気づきかわかりませんが、この国には隊長を守ってくれる方がおりますの。連隊長然り、マスターもそうですわ。この環境に隊長には残っていただきたいのです。それにビシュケクも隊長が思っている以上に良いところなのですのよ?」

「......そうか」

「......ソ連が崩壊してからビシュケクからГРУGRUの部隊は撤退しましたわ。今なら堂々とビシュケクに行けますの。ですが行けなかったのですわ。一人で行くのは......怖かったんですの......」

「......では今度一緒に行ってみるか?」

「......良いんですの?」

「ああ。それに私も思い出というものが欲しくてな......そうすれば私の迷いも断ち切れそうなのだ......」

「......わかりましたわ......是非ともご一緒させていただきますの」

「よろしく頼む」

「......隊長とデートですの......デュフフ......」

「......お、やっと何時ものエミリヤが戻ってきたようだな......」

「ぐふふ。せっかく裸なのですからこのまま続きを......」

「......拒否する。それに、こんなに心地が良いのだ......しばらくこうしていてくれないか?」

「......そうですわね......焦らしプレイというやつですわね!」

「......全く、お前という奴は......」

「でも、こちらのわたくしの方がお好みなんですのよね?」

「......できればおしとやかなエミリヤの方が良いのだがな......」

「それこそわたくしらしくありませんわ。これこそがわたくしなんですの。ふざけたわたくしこそがエミリヤ。噓から出た実であっても構いませんわ。それこそがわたくしである所以ならば、わたくしは喜んで道化にでも何にでもなってやりますわ」

「......やれやれ、もう好きにしろ......」

「......ですが、ベッドの上では本当のわたくしが出てしまうかもしれませんの......その時は......また今日みたいに慰めてくれますの......?」

「......そうだな、また辛くなったら何時でも私に甘えるがいい」

「......ありがとうございます......」

「その代わり、私も甘えさせてもらうがな」

「隊長からの甘え......ハッ! 閃きましたわ!!」

「憲兵に通報するぞ?」

「それだけはやめてくださいまし」

「ふふふ......」

「んふふ......」


 すっかり気まずさや恥ずかしさが消し飛び、幸せそうな笑顔を浮かべながら仲良く抱きしめあう二人は、裸で抱き合うその異様な光景ではあるものの、とても儚くありつつも美しく見えた。同性愛に厳しいこの国で彼女達のような関係は決して認められないだろう。だからこそ、とても美しく映えるのかもしれない。



 今日も彼女達はどこか夜な夜な身を寄せ合って寝ていることだろう。

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