第31話 ミローノヴィチ・エミリヤ・ルドルフォヴナ②
部屋へと戻ってきた二人は、碌な会話もせず、何時もなら勉強に勤しむカーミラもそそくさと制服から寝巻に着替えベッドに入っていた。
「......それじゃ、おやすみなさいですわ。スラーヴァ」
「......お休み。ミーシャ」
枕元に置いてある電気を消し布団を深々と被るカーミラだったが、全く眠くなる様子もなくただ呆然と布団に入っているような感じだった。
(......まだ触られた感覚が残ってる......)
布団の中で身を捩じらせ鳥肌を立てる。じっとする事によって先程まで受けた行為の感覚が蘇り、体を支配していく。
(......スラーヴァが眠れなくなるのも納得だわ......)
苦悶の表情で壁側に寝返りを打つとふと背後で布団がもぞもぞと動き出した。
『......ミーシャ......』
『......何ですの?』
『......あのね......体を触られる感覚が抜けないの......』
『......わたくしもですわ。あなた......こんな苦しみを毎日味わっていたのね......』
『............』
すると突然スラーヴァが抱き着いてきた。その体は小刻みに震え、とても儚くか弱いものに感じた。
『......どうしたんですの?』
『......温かい......』
『......そうですわね』
『......よく子供の頃にね......怖い事があると妹がこうやって抱き着いてきたのよ......』
『......』
『......今ならその気持ちが良く分かるわ.....』
『......そう。私は知らない感情ですわ』
『......ミーシャは誰かに抱き着いたこととか無いの?』
『......無いですわね』
『......こうされるのは嫌?』
『......嫌ではありませんわ』
『......良かった......私ね、人の温もりが怖くなっていたの......人の体温を感じるのも嫌になっていたのよ......あいつに抱き着かれた時を思い出すの......』
『......』
『......でもね、不思議と寝るときに人の温もりが恋しくなるのよ。乱暴なものではなく.......優しい温もりがとても欲しくなるの......』
『......そう』
『......だから、さ。もう少しくっ付いて居て良い?』
『......いいですわよ。私からもお願いするわ。スラーヴァとくっ付いているとあの感覚が不思議と薄れますの......』
『......そう言ってもらえると嬉しい......』
『......なら良かったわ』
『......でもね、もう少し甘えていい?』
『......いいですわよ』
『......あのね、あの肌と肌が吸い付くような感覚が残っているのが凄い嫌なの......だからさ......その......ミーシャの肌でその感覚を掻き消したいの......』
『......』
『......ごめんなさい......やっぱりあんな事あった後だものね......嫌に決まっているわよね......』
『......好きになさい。言ったでしょう? 貴女は私のものだって。逆を言えば私はスラーヴァのもですわ。好きに使ってくれて結構ですの』
『......ミーシャ......』
『......それに私からもお願いするわ......このままでは眠れそうにないもの......』
『......ありがとう』
『......お安い御用ですわ』
するとスラーヴァがスルスルと服を脱ぎ捨て、あざが残る体を露にする。それに合わせてカーミラも上着を脱ぐと傷一つない綺麗な肌が露になる。
『......ごめんなさいね。見苦しいでしょ?』
『......そんな事無いですわ。スラーヴァは奇麗ですわ』
『......私はとっくに汚れているわ。もう奇麗ではないの』
『だったら、わたくしも同じですわ』
『違うわ。貴女の肌は凄く奇麗だもの』
『......器が奇麗でも中身が汚れていては意味がないですわ。だから私も貴女も同じ......汚れた者同士せいぜい醜く慰めあいましょう』
『......うん』
そして二人は肌を重ね、静かにベッドに横になった。
『......温かい......』
『......そうですわね』
『......カーミラが息をしているのが良く分かる......』
『......そうですわね......』
『......私達......一つになったみたい......』
『......そう......ですわね.......』
『......もう離れたくない......離れるのが怖い......』
『......』
『......カーミラはどう?』
『......とても良いですわ。人の温もりってこんなに心地が良いものでしたのね......』
『......そう。良かった......』
『......わたくしは離れても怖くありませんわ......』
『......え?』
『......こうやってくっ付いてよく分かりましたの。肉体なんて所詮器でしかありませんの。人が人でいられるのは想いや意思があるからですわ。肉体は通じ合う為の道具でしかありませんの。だから、わたくしは貴女を想い、守りたいという意思を持つ事によって本当のわたくしで居られる。そう確信しましたの』
『......私を......想う?』
『そしてこの想いはとても強い力をわたくしに授けてくれましたの。だから離れていても大丈夫。独りぼっちの時も、どんなに辛い時でも、今を耐え忍べばまたスラーヴァに会える。そう思えばどんな苦難でも乗り越えられそうですわ』
『......分かる気がする。私もエミリヤの為なら、どんな障害だって乗り越えらそうな気持ちになる......また会えるならどんな事でもするわ......』
『......これが人を好きになるという事なのでしょうね。初めて人間らしい感情を抱きましたわ』
『今まではそういう風に考えた事なかったの?』
『そうですわね......今迄のわたくしは、人間らしいとは言えませんでしたわ。ただのうのうと生きてきた意思のない只の人形。勿論、生きていく理由も、やりたい事も無かったんですの。そんな人間など喋らない人形と大して変わりありませんわ......でも貴女を守ろうと思えばどんな事をされても頑張れる......どんな酷い状況でも乗り越えて人間でいられる......そんな気がしますの』
『............』
『......だからわたくしを守ってくれたのはスラーヴァですわ。貴女はわたくしに生きる目的をくれましたの。わたくしの阿保らしい人生を変えたてくれたのは貴女なのですのよ? だからこれからもわたくしの為に傍に居てくれるかしら?』
『......ミーシャからそう思われてるとは思ってなかった』
『......わたくしも思ってもいませんでしたわ。でも知ってしまったのですわ。人の温もりを......誰かの為に生きる喜びを......』
『......でもそのせいで一生の傷を負う事になったのよ?』
『......言ったでしょう? 私にとってはくだらない事ですの。そんな事より自分への素直な気持ちに気が付けた事の方が余程の収穫というものよ。だから......気にしないで頂戴』
『......でも......』
『でもではありませんわ。貴女はわたしに想われるのがそんなに嫌でして?』
『......そんな事ない......そこまで私の事を想ってもらえているなんて......凄く嬉しい』
『......そう、ならよかったですわ』
『......ねぇ、カーミラ』
『今度は何ですの?』
『朝までこうして居て良い?』
『......かまいませんわ』
『......ありがとう』
『......貴女は本当に仕方のない子ですわ。だから私が守ってあげるわ......』
『......ありがとう......』
『......だからもう寝なさい.....昨日だって貴女は碌に眠れていませんのよ?』
『......うん』
『......』
『......んん......』
すると目をつぶりそっと頬ずりをしてくるスラーヴァ。その顔を見て滅多に見せない笑顔がカーミラから零れ、スラーヴァの頭を優しく撫でる。
しばらくするとスラーヴァは安らかな寝息を立てて眠りについたようだ。その表情は何時もの悲しい表情ではなく、安心しきったようなとても落ち着いた表情をしている。それを見たカーミラも安堵の表情で見守っている。
『......やっとこの生活から逃れられるんですのね......やっとわたくしの人生がここから始まるのだわ......』
しかし、そのカーミラの希望はそう長くは続かなかった。
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卒業式を終え、宿舎の入り口に向かうと中年の男性二人が待ち構えていた。煌びやかな服装をしているわけでもなく、地味なコートに髭を蓄えたその姿はどこにでもいる中年の男性だった。
その男達は迅速に荷物を纏めてトラックに乗るようにとだけ言い放ち、入り口で煙草をふかし壁に寄りかかっている。推薦状を書いてもらっていた生徒達は自分の荷物を纏め、トラックの荷台に乗ると男達はそのままトラックは昼夜問わず走り続けた。
食事も与えられないまま2日以上荷台で揺られ続け、憔悴しきった彼女達がたどり着いた先は、地獄だった。
目の前には軍用のテントの中でまるでボロ雑巾の様に寝転がる少女達の姿。傍らには小銃を抱え、まだ動けるものは拙い手際で小銃を分解し、可動部にグリスを塗っている。
『......これは何なんですの......?』
『同志カーミラ、同志ヤロスラーヴァ。以下二名は本日より
『......兵卒?』
『......何を......言っているの......?』
『貴様らはたった今から軍人になったのだ。ここでは人権など無い。逃げようとすれば容赦なく射殺されるものと思え』
『......は?』
『......冗談......よね......?』
『先ずは寝床を確保しろ。そこに寝転がる奴はもう息がないだろう。そこを使うといい』
『......ちょっと待ってください! 私達は志願した覚えはありませんわ! 辞退する事はできませんの!?』
『発言は許可した覚えはない。以後許可なく発言した場合罰を与える』
『......発言の許可を、同志』
『拒否する。さっさと寝床を確保し10分後テントの外で待機せよ』
『............』
『......返事はどうした?』
『......了解しましたわ......』
『結構。では取り掛かれ』
そう言い放つとその男はテントを後にした。取り残された二人は呆然と目の前に広がる地獄を見つめ、絶望の表情で立ち尽くしている。
『......これが......わたくしが抱いていた.......希望だというの......?』
『......嘘よ......こんなの絶対に嘘......』
すると銃の手入れをしていた少女がふと声をかけてきた。
『......諦めなさい。貴女達は選択を誤ったのよ......』
『......』
『......ここにいる人は皆国防省女子寄宿学校の元生徒よ。あなた達もこれからこの生活を嫌でも受け入れることになる。逃げようとは考えないほうがいいわ。生き抜くことだけを考えなさい』
『......逃げ出そうとしたら......どうなるのですか?』
『......そこで息絶えているのは逃げ出そうとした子よ。昨日脱走しようとして見張りに撃たれたわ。胆嚢を撃ち抜かれていたの......見た瞬間助からないと悟ったわ......そして30分と持たず息を引き取り、今は死体の回収を待っているところよ』
『......酷い......人間の扱いではありませんわ』
『......ここでは人権なんて無いと言われたでしょう? 私達は道具みたいなものなのよ......』
『......嫌だ......こんな所に居たくない......!』
『......でも逃げられないわ。早く荷物を置いて行きなさい。時間に遅れれば死ぬよりもひどい扱いを受けるわ』
『......っ! 逃れる術は......無いんですの?』
『......教官に気に入られることね。そうすれば歯を抜かれる事も指を切り落とされる事も無いわ』
『......そんな......ほかに方法は.....?』
『無いわ。諦めなさい。生き残る為には冷静な判断が大切よ......私達の中から選ばれた者だけがここから出られるわ。......私は選ばれなかったからここに4年も居るのよ......あなた達はそうはなりたくはないでしょう?』
『......わかりましたわ』
『......ミーリャ......?』
『......もうわたくしたちに選択肢は無いわ.......目の前に広がる光景がそれを物語っているもの......』
『......そんな......!』
『......大丈夫、スラーヴァはわたくしが守りますわ』
『......私は......』
『......貴女は無理にわたくしを守る必要はありませんわ。自分が生きる為に頭を使いなさい』
『......』
『......ほら、さっさと片付けて行きなさい』
『......はい......』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それからの生活は酷いものだった。食事といえば下士官の食べ残しをゴミ箱から漁り、雨水を溜めた桶の水で体を拭き、日中は訓練で体力を奪われた後に拷問を受け、意識が朦朧とする中座学で知識を叩き込まれる。もし不備があれば即座に制裁が加えられ、鞭で打たれ、ひどい扱いを受けた。
カーミラとスラーヴァは最早反抗する気力もなく、ただひたすらに生き抜くために訓練と勉学、そして奉仕に明け暮れた。擦り切れそうな精神環境の中、二人は必至でお互いに励まし、慰めあい、かろうじて生き抜いていた。
そんな日々を送る中、何人もの同期は自ら命を絶ち、もしくは奪われていった。30余名居た少女の内、最期まで残ったのはたったの5人だけだった。
そして2年にも及ぶ訓練を生き抜いた彼女達の元に見知らぬ中年の男が2人現れた。その人物は煌びやかな服装をしているわけでもなく、地味なコートに髭を蓄えたその姿はどこにでもいる中年の男性だった。
その人物は、一番好成績を収めていたカーミラとスラーヴァの2人を連れて訓練施設を後にした。
次に2人が連れてこられたのは何の変哲もない、ビシュケクの街並みの一角にある小さなビルだった。
『両同志、これまで貴官は諜報員として必要な訓練を受けてきた。ここではその能力を十二分に引き出すためとある施術を受けてもらう』
『......はい同志少佐......』
『......わかりましたわ、同志少佐』
虚ろな目をした二人はまるで人形のように返事を返した。息を吹きかければ、そのまま消えてしまいそうな程にか細い二人の覇気はもう限界が近く、あらがう余裕など微塵もなかった。
『貴官らに新しい名前が与えられる。これまでの名前は忘れよ』
『新しい......名前......』
『......同志カーミラはミローノヴィチ・エミリヤ・ルドルフォヴナと名乗れ』
『......エミリヤ......それが......わたくしの新しい名前......?』
『同志スラーヴァはアダーモヴィチ・エレーナ・キリーロヴナと名乗れ』
『......エレーナ......』
『うむ。では奥の部屋へ行くがよい。命令があるまで待機しろ』
新しい名前を得た二人は言われるがまま施術室の前まで行くと、廊下に置かれた椅子に腰かけ次の命令を待っていた。
『......名前......変わっちゃったね......』
『......そうですわね』
『......新しい呼び方......考えなくちゃね......』
『......何でもいいですわ......』
『......エミリヤだから......ミーレチカと呼んでいいかしら?』
『......かまいませんわ......貴女は何て呼んで欲しいんですの?』
『うーんじゃあレーノチカとかどう?』
『......レーノチカ......いい響きですわ......』
『じゃあこれからよろしく、ミーレチカ』
『......よろしくお願いしますわ。レーノチカ......』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
施術を受けた後、彼女達は意外にも人間らしい生活を送ることを許可された。普通の食事。温かいシャワー。ビル内に彼女達と暮らす男達も二人には手を出そうとはせず、久々の平穏な日常が再び彼女達にもたらされた。普通の人間と違うことといえば、奥歯に仕込まれた自害用のリシンが仕込まれた義歯だけだった。
地獄のような日々からここに移り半年が経過した頃、彼女達はすっかり人間らしい感情を取り戻していた。
『ねぇ! ミーレチカ! 凄いわ! アラ・トー広場ってこうなっていたのね!』
『あまりはしゃがないで欲しいですわ。任務で視察に来ているんですのよ?』
『え~良いじゃない! 今まで散々ひどい目にあったんだからこれくらい許されるわよ!』
『まったく、幼稚なんですから......』
『見て! 馬に乗ったオジサンの像があるわ!』
『......勇者マナスの像ですわ。全く、貴女はもう少し勉強してはいかがかしら?』
『そんなのつまらないわ! せっかくビシュケクに居るのだもの、いっぱい遊びましょうよ! あら? あっちに見覚えがある像があるわ!』
『......レーニン像ね。如何にもソ連領といったところですわ』
『ほんとこの像どこにでもあるわね......気に入らないから落書きしてやりましょうか?』
『やめなさい。侮辱罪で粛清されますわよ?』
『む~。じゃあバザールに買い物に行きましょう! またミーレチカにヴァレニエを作ってあげるわ!』
『全く、何度も言いますけどわたくしたちは視察に来ているのですわ。遊びじゃありませんのよ?』
『アラ・トー広場は十分見たわ! ほら、次はあっちの路地に視察に行きましょう』
『......相変わらず貴女は聞く耳を持ちませんわね』
『大丈夫よ! いざという時のルート確認は怠っていないわ! 仕事はきちんとこなさないと怒られちゃうもの!』
『......できればもっと静かにやってほしいものですわ』
『静かにジロジロ見るほうが不自然ってものよ! そうだ! 今日帰ったら一緒にヴァレニエを作りましょう! 私が作り方を教えるわ!』
『......あまり興味がありませんわね』
『いいじゃない! ちょっとは乙女らしい趣味を持ちなさい!』
『......わたくしには似合わないですわ』
『そんなことないわよ。ミーレチカは可愛いもの! もっと女の子らしくするべきよ!!』
『嫌ですわ。女の子らしくしたって何のメリットもないですもの。鬱陶しい野郎共に纏わりつかれるのも虫唾が走りますわ』
『エミリヤは可愛いものね。今日は何人に声をかけられたの?』
『6人ですわ......本当に嫌になりますの......』
『ふふふ、ミーレチカは男が大嫌いですものね』
『それは貴女も同じでしょう?』
『当たり前よ! コンクリートに詰めてイシク=クル湖に沈めてやりたいわ!』
『それには同感だわ』
『でしょ!? やっぱり持つべきは女の子の友達よ!』
『......裸で寝床を共にする友達というのも変なものね』
『う~んそれもそうね......じゃあ付き合っちゃおうか?』
『......とうとう脳細胞まで破壊されましたの? 女同士で付き合うなんて普通じゃないわ......』
『......私は本気よ?』
『......何を急に真面目になっているんですの......』
『だって、男と付き合うなんてありえないもの。それにミーレチカの事は本当に愛しているわ』
『......急に何を言い出すんですの......』
『......何時もミーレチカは私を守ってくれた......傍にいてくれた......もう私にはミーレチカが居ない生活は考えられない......』
『......』
『......私はミーレチカが好き......』
『......』
『......ミーレチカは私の事好きじゃないの?』
『......好きに決まっていますわ......』
『......じゃあ付き合おうよ』
『......こんなのおかしいですわ』
『おかしくなんてない。気持ちが通じ合えばそれで良いじゃない』
『......そんな単純なものではないんですのよ?』
『恋なんて単純なものよ。それに、私達は普通じゃないのよ? 今更普通にはなれないわ』
『......普通になれないのは同感だわ』
『だからさ、私は自分に素直になる事にしたの......本当の私を手に入れたいの.....』
『......素直に......ねぇ......』
『......お願い。私の気持ちに答えてほしいの......』
『......』
『......』
『......わかりましたわ。わたくしも素直になりますわ』
『っ! それって......』
『ええ。レーノチカにわたくしの恋人になっていただきたいですわ』
『......っ!』
『......ちょっと、何で言い出した本人が泣き出してるのよ......』
『......だって......受け入れてくれるなんて思ってなかったから......嬉しくて......』
『......全く......レーノチカにはかないませんわ』
『......うぅ.....』
『ほら、帰ってヴァレニエを作るんでしょう? 泣き止んだらバザールに行きますわよ』
『......うん......』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『同志エミリヤ。新しい任務を言い渡す。同志エレーナと共にバザールに潜伏する目標を暗殺せよ』
『......暗殺任務ですか』
『うむ。これが初めての殺しか?』
『......はい』
『ではいい経験となるだろう。毒殺は直ぐには死なんからな。殺害結果は確認した後写真に収めるように』
『......了解しましたわ』
『これが暗殺対象の写真だ......』
『......わたくしと同じくらいの子ですわね』
『ああ。何か思うことはあるかね?』
『......ありませんわ。死体等これまでも何体も見てきましたわ。今更見たところで何も思いませんの』
『よろしい。行動をもってその愛国心を示したまえ』
『了解いたしましたわ。同志少佐』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『......ちょっとミーレチカ? 本当にやるの?』
『......勿論よ』
『......私達と同じくらいじゃない......』
『......それでも命令は絶対ですわ。私達は機関によって生かされているのよ? それを忘れてはいけないわ』
『それでも......あんなに痩せ細って......もう一人の子なんて死にそうじゃない......』
『......』
『ねぇ、見逃せないの?......見なかった事にすればきっとバレないわ』
『......やらなくては駄目ですわ。下手をすればせっかく手に入った幸せな暮らしが台無しになるんですのよ?』
『......嫌よ......きっとあの子達も私達が苦しんできた事と同じような苦しみを味わっているはずよ......あの子達の罪なんてとっくに清算できているはずよ......』
『......』
『......お願い......殺さないであげて......』
『......レーノチカは甘いわ。やらなければ私達の命に係るのよ?』
『......それでも......私の命よりあの子達の命のほうが大事だと思う......』
『......はぁ......わかりましたわ。見逃しましょう......』
『......ありがとう............』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『只今戻りました』
『うむ。ご苦労。首尾はどうだ?』
『申し訳ありません。バザールを捜索したのですがそれらしい人物を見つけられず本日は未遂に終わりました。明日もう一度捜索しますわ』
『了解だ。では今日はもう休みたまえ』
『......はい。失礼いたしますわ』
『......』
何となく上官からの目線が刺さるような気がして、少しエミリヤは不安を覚えた。
部屋から出ると外にはスラーヴァが待ち構えていた。
『......どうだった?』
『何もありませんでしたわ。......明日こそは見つけ出しましょう』
『......うん』
結局その日は何事もなくビルの一回にある食堂で夕食を済ませ、いつも通り二人で仲良く寄り添い就寝した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『......ん?』
夜寝ていると、ふと目が覚めた。しかし、そこはビルの部屋の中ではなく、バンの荷室のようなところだった。
『......ッ!』
その状況に焦りを感じ、エミリヤは飛び起きた。横を見ると無造作にスラーヴァが横になって寝ている。しかも二人とも戦闘服に着替えさせられているが、これは7702部隊の物だ。GRUの部隊のものではない。
外を見ると空が少し明るみを帯び、辺りは雪がチラつき薄く雪が積もっている。どうやら山間の平地にバンは止められているようだ。
(まずいですわ......! やはり.....バレていたようね......)
スラーヴァの体を揺らしながら状況の整理をする。どうやら夕食に睡眠薬を盛られていたようだ。一階の食堂はGRUとは一切関係のないもののはずだ。だがどうやらそう思っていたのはエミリヤとスラーヴァの二人だけだったようだ。
『レーノチカ......起きなさい......』
『......う~ん......何か頭がズキズキするわ......』
『しっかりしなさい。先ずは状況を確認して頂戴』
『......ここ何処? 何でこんな所に居るの?』
『分からないですわ......でも大体想像がつくわ......』
すると突然バンのハッチが開かれた。
『お目覚めかね両同志』
『......同志少佐? これは一体どういうことですの?』
『君達は失格だ。今回の試験で君たちを見させてもらっていたのだよ』
『......え?』
『......やはりそうでしたのね......』
『だが私も鬼ではない。そこでお前たちにもう一度希望を与えてやろう』
『......希望?』
『ここにはとある犯罪者が潜伏している。事もあろうに祖国を脱出しようとしている者だ。そいつは軍事機密を持っているのでな、抹殺命令が出ている』
『......それが私達の任務ですか?』
『ああ。そこでこの抹殺命令をお前たちに頼みたい。もしそいつを殺して連れてくればお前らは再びいつも通りの生活に戻れるだろう』
『......っ! 本当ですか!?』
『ああ。約束しよう』
『だが奴は武装しているかもしれない。そこでお前達に武器をやろう』
そう言うと少佐と呼ばれたその男はトカレフを取り出した。
『弾薬は2発入っている』
『......何故2発なのですか?』
『何、いずれわかる。それから奥歯には発信機が仕掛けられているからな。どこに逃げようとお前らを見つけられるのを忘れるな』
『わかりましたわ』
『うむ。では健闘を祈る』
『......待ってください。わたくしたちは戦闘服だけしか着ておりませんわ。防寒着等は......』
『あるわけないだろう? 訓練の成果を思う存分に活かしたまえ』
『そんな......!』
『......』
『......では取り掛かりたまえ。先ずはこのまま1キロ直進しろ』
『......了解しましたわ』
『......こんなの自殺行為よ......』
『......良いから行きますわよレーノチカ』
そうして二人は雪の積もる山へと姿を消していった。
ミローノヴィチ・エミリヤ・ルドルフォヴナ③へと続く
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