第27話 真実の香り~キルギスの影を添えて~

 防空監視任務を終えたエレーナは、今日の出来事が何だったのか確かめる為に、夕暮れに染まる司令部の廊下を執務室に向かってツカツカと歩みを進めていた。

 連隊長の居る執務室の前まで来ると、深いため息を吐いた後にドアを3回ノックすした。


「72中隊第3小隊長エレーナです」


 声を張り上げ名乗ると中から疲れた声で「入れ」と返ってきた。「失礼します」と声を掛け扉を開くと、書類が山積みになった机にテミルベック連隊長が座っていた。火が付いた煙草を灰皿に置いたまま、書類を読みふけっているようだ。

 エレーナが入ると視線を向けた後、書類を置いてタバコを手に取り話し始めた。


「おお、中尉。防空監視任務ご苦労だった」

「はッ! 労いの言葉感謝いたします」

「......それで、大体想像はつくがなぜここに来たのだね?」

「はッ! 今日の防空監視任務においての防衛省の対応についてお聞きしたいことがあります」

「......だろうな」


 エレーナはテミルベックを真っ直ぐと見つめ、毅然とした声で質問を投げかける。その様子をじっくりと見たテミルベックは、彼女が静かに怒りに燃えている事を直ぐに悟った。


「何故軍を上げて領空侵犯機を見送ったのですか?」

「あれは領空侵犯機ではない。防除用の大型レシプロ機だ」

「いえ、間違いなくあれはMiG-25かMiG-31でした。25㎞まで接近した際双眼鏡で確認しました」

「報告は受けている。恐らく見間違いだろう。空軍も同じ意見だ」

「私は自分の目に自信があります。決して見間違いなどではありません」

「人の目というのは脳によって補正されている。完ぺきではない。ましてや25㎞も先の目標だぞ? 目視での確認は不確かだ」

「......認められません。あの時我々は危険に晒されていたのですよ? 25kmと言う距離は中距離ミサイルにとって命中予定位置が最短射程を割り込むギリギリの距離です。もしあのまま距離を詰められたら我々はなす術もなく爆撃されていたのかもしれないのですよ? 連隊長もそれはご存じではないのですか?」

「......無論、知っている」

「では何故! 撃墜命令を出さなかったのですか!? 我々は下手をすれば死んでいたのですよ!?」

「......」


 エレーナは声を荒げて連隊長に迫る。テミルベックはその声を目をつむり、机に肘をついて口の前で手を組み聞いている。その顔は疲れ切っており、目の下には軽く隈ができている。


「......すいません。連隊長は苦しいお立場なのでしたね......つい感情的になってしまいました......」

「......いや、かまわない」

「......何か理由があったのですか?」

「......」


 テミルベックはしばらく黙り込んだのち、残り少ない煙草を吸い込み「フー」と深く息を吐く。そしてゆっくり目を開け、エレーナに話しかけた。


「......いいか、ここから先は軍務につく私ではなく、私個人として話をさせて貰う。だからお前は聞かなかったことにしろ。いいな?」


 エレーナを睨みつけるような鋭い視線を送り、念を押すように言う。その真剣な眼差しを受け、エレーナもより顔を引き締め返事を返した。


「......はい」


 その返事を確認した連隊長はゆっくりとその口を開き、話を始めた。


「......今回の"見逃し"案件はたった一人の男の仕業なのだよ」

「......カザフスタンの思惑ではなかったのですか?」

「勿論それもある。今回のカザフスタン領で行われた大規模な演習は通告がなかった物だ。そして例の領空侵犯機だ。あれは強行偵察だと言っていい。カザフスタンは偵察衛星を持たないからな、強行偵察でSAM陣地と火器管制レーダーに使われているレーダー波を調べに来たのだろう。当然そんな奴に我々の使用するレーダー波を教えてやる必要もないからな、火器管制レーダーの使用は拒否させてもらった」

「そうだったのですね......」

「しかし、あれでは「撃ち落としてください」と言っているようなものだ。だが奴らは我々が撃てないのを知っているからあんな大胆な事ができたのだ。......そして実際に我々は奴らを撃てなかった......」

「......何故です?」

「......防衛省には圧力が掛けられていた。あの領空侵犯機は防衛省も知らなかったらしい。通達があったのは奴らが国境を超える僅か数分前との事だ。そしてその通達の内容は......「戦闘機が来るが落とす事は禁ずる。これに反したものはいかなる処分も辞さない。これを民間機をして扱い黙認せよ」という非常に直接的なものだった。

「......何ですって? 見逃す判断をしたのは......参謀本部では無かったのですか?」


 その発言を聞いて目をまん丸にする。彼女はてっきりカザフスタンが演習のどさくさに紛れ強硬偵察を行い、日和った軍部が開戦を恐れ手出ししなかったものだと考えていた。しかし、そうではなかった。参謀本部はこの事を知っていた。そして動くなと誰からか脅されていた。そんな事ができるのはこの国には数人程度しか存在しない。


「......見逃せと言ったのは、大統領だ」

「......は?」


 エレーナは衝撃を受けた。攻撃するなと言ったのは、この国を一番に考えて居るはずの大統領本人から発せられた言葉だった。その意図が理解できずに固まる。


「何故......そのような命令を......?」

「......お前は大統領についてどれだけ知っている?」

「......良くは知りませんが、あまりいい評判は聞きません。市民は私腹を肥やしてばかりの大統領にうんざりしている......と......?」


 するとエレーナの顔が疑念の表情に変わる。


「おや、気が付いたかね?」

「......まさか......大統領はカザフスタンから個人的に謝礼を......?」

「......うむ。今回の騒動の裏でアスカル・アカエフ大統領は莫大な資金を受け取っている。それだけではない。彼はとある確約を得たらしい......」

「確約......?」

「......亡命政権の受け入れだ」

「......何......?」

「彼は革命派の政治家だ。初代大統領に選ばれてから、保守派を冷遇し反感を買っている。更に閣僚を身内で固め、それはもうやりたい放題だった。不正に資金を着服し私腹を肥やしているのは有名な話だが、土地や利権を強引な政治的手法で手に入れていたため、国内外問わず批判されている。そんな彼は野党から激しく追及され、閣僚諸共逃げる為に安息の地を手に入れたかったのだろうな。その為に今回の暴挙に及んだと言ってもいいだろう」

「......そう......だったのですか......」

「カザフスタンはその序でに我々の有する軍事力を削ぐ算段なのだろう。あいつらは中央アジアの覇権を手に入れようと必死だからな。アカエフ政権なら強引に攻撃しても戦争にならないと言う事をよく知っている......だから好き勝手にやっているのだろう......」

「......そんな......」

「......これがこの国の真実だよ。アカエフ大統領は好き放題やられても何も気にしてなんかいない。彼は軍事力をただの手札としか見ていないからな。それも国としてではなく、自分が優位に交渉するための手札だ。そして今、我々は捨てられるようにその手札を切られているのだ.......」

「......何故......何故そのような大統領が未だにその地位にいられるので......? キルギス共和国は......議員内閣のはず......そんな汚職まみれの大統領等、認められないはずでは......?」

「無論、大統領は議員の投票によって決まる。しかし1995年の選挙で彼は不正を働き再度その地位を手に入れた。しかもより自分に権力が与えられるよう憲法まで変えている。だからこの国は彼の思い描いた"都合の良い国"に出来上がりつつあるのだよ」

「......」


 エレーナは衝撃のあまり口を開け、絶望の顔を浮かべている。頬を冷汗が伝い、唇は僅かに震えていた。


「......だが民衆も黙ってはいない。だから反政府派がクーデターを企てたりしているのだが、アカエフはこれを認めず親衛隊やキルギス国家保安庁を使い弾圧している。国家保安庁という組織は、独立前はKGBだった。......彼らのやりかたは、お前なら良くわかるだろう?」

「......何も......変わっていない......」

「......そうだな」

「これでは......祖国と何も変わらないではありませんか......」

「......」

「......」


 次第にエレーナの表情が悔しさと怒りに支配されていく。ギリギリと歯を食いしばり、真っ赤なその瞳は憤怒の炎で燃えているようにも見える。


「......そう言えば、今回の演習でカザフスタンが派手に妨害電波を発していた理由だが......」

「......」

「ロシア空軍が今回の演習に秘密裏に参加していたようだ。以前にカザフスタン領をロシアのAWACSが飛んでいただろう? 今回はAWACSも飛んでいたが、もっと違う物が飛んでいてそれを隠す為に妨害電波をばら撒いていたと思われる」

「......違うもの?」

「ああ。そしてそれは恐らくロシア軍偵察機とロシア政府専用機だ」

「政府......専用機......?」

「そうだ。恐らくカザフスタンには今、ロシア政府の"誰かさん"が来ているのだろう。そしてキルギス共和国の近くまで超特急で政府専用機で来た......何か匂わないかね」

「......湾岸戦争が終結し、タジキスタンとの小競り合いが休戦している今、キルギスにロシアが秘密裏に接触しようとしていると?」

「......はっきりとは分かってはいないが、その可能性は高い。そして明日からアカエフ大統領は休養を取るため大統領府を離れる予定だ......」

「......」

「......それだけではないぞ。アカエフ大統領は先々月に怪しいスーツ姿のアメリカ人と密談しているのが目撃されている」

「......え?」

「知っての通りキルギスは三つ巴外交を繰り広げている。そしてその背後にはとある思惑が隠されているのだ。それはアメリカの次の戦争が関係している」

「......アメリカの次の戦争......? アメリカは湾岸戦争に飽き足らず、まだ戦争をする気なのですか......!?」

「ああ。アメリカはアフガニスタンで近々戦争をする気だ。そしてその戦争が起きた際、戦争で使う全ての航空燃料の中継基地にカント空軍基地とマナス国際空港を利用するつもりらしい。そしてそれをアカエフ大統領は認め、その見返りを受け取る算段のようだ......」

「......東側だけでなく西側からも汚い金を受け取る気ですか......?」

「そのようだな。さらにだ、戦争になればマナス国際空港にはアメリカ軍が駐屯する事になっている」

「......なんですって? 東側とも緊迫した空気になりつつあるのにアメリカ軍の駐屯を認めればそれこそカザフスタンやロシアを刺激してしまう......」

「その通りだ。そんな話が進む中での先日のARM攻撃と今日の急な演習と領空侵犯だ。これは明らかな警告でもあり、好き放題できることを良い事に我々の軍事力を削ぐ気なのだろう......最終目標は、キルギスへのロシア軍の駐屯と、キルギスをカザフスタンの傀儡政権にする、と言った所だろう。そうなったらアカエフはカザフスタンに大金を抱えて亡命するだろうな」

「そんな......!? 我々は戦争にすらならずに敗北を喫すると!? アカエフ大統領にさんざん利用された挙句、国ごと見捨てられるというのですか!?」

「......先の戦争だってタジキスタンの内戦が飛び火したものだ。公式には戦争なんて無かった事にされている。精々タジキスタン正規軍に抵抗する反乱軍をキルギス軍が助けた、という事ぐらいにしか歴史には残っていないのだぞ? もっとも、タジキスタン軍と戦闘になったという事自体がロシアの機嫌を損ねていたのだ。我々は恨まれるべくして憎まれていたんだ」

「なんということだ......それでは戦闘で死んだ者達は浮かばれないではないですか......!」

「......公式には死者は発生していない。訓練課程での事故死は数十件報告されているがな」

「......っ!」

「......そう言えばお前らもタジキスタン内線の時にSAM陣地で被弾していたな」

「.....はい、その時も間一髪で逃げ出しましたが、危なく部下を失うところでした」

「それもあって今回の一件が納得いかないのだろう?」

「......私怨は持ち込まないようにはしているのですが......正直思う所はあります......」

「あの時は結局、タジキスタン軍は制空権を握れず、内戦に集中する為に撤退したのだったな。もしあの時ロシアが本格的にタジキスタンを支援していれば、キルギスは今頃タジキスタンになっていたかもしれない......」

「......ちょっと待ってください、そう言えばタジキスタンの内戦の時に何故キルギス軍は反乱軍に加担したのですか?」

「......それは反乱軍がアヘンやヘロインの密売ルートを握っていたからだ」

「......は?」

「アカエフ大統領の財源の一つが麻薬の密売だ。そしてこのキルギス共和国のオスはその麻薬密売ルートの重要な拠点になっている。アフガニスタンで製造された麻薬はタジキスタンを経由しキルギスのオスへとやってくる。反乱軍は重要な運び屋でもあったのだよ。だからアカエフ大統領は反乱軍を支援したのだ」

「......それじゃ......我々はアカエフ大統領の為に戦っていたというのですか......?」

「......」

блядьブリャーチ!(くそ!)」


 すると突然エレーナが机に拳を振り下ろし、激しい打撃音が響き渡った。エレーナは顔を真っ赤にして怒り猛っているようだ。ギリギリと歯を食いしばり、力いっぱい握りしめた拳は怒りで激しく震えていた。


「我々は極悪人の手先みたいなことをしていたのか......!」

「......極悪人、か......」

「......連隊長はそれを知ってて何故軍人を続けているのですか......?」

「......私はこの国を守りたいのだ」

「......こんな国をですか?」

「......こんな国でも私の故郷なんだ......私はここで暮らす人々を、皆が笑っているこの環境を守りたい。それだけの為に戦っていると言ってもいい位だ。そんな場所を見放して自分だけ逃げるなど、あり得ない」

「......! しかし!」

「......しかしなんだ? ......確かに、祖国から逃れてきた中尉にはわからない感情なのかもしれないな......」

「......いえ、そういう事では......ただ悪事に加担するような事など......ましてや部下の命を懸けるほどの価値がこの国にあるとはとても思えないと......思ってしまったのです......」

「......そうか」

「......」


 うつ向いたままエレーナがぶつけ様のない怒りで震えている。それを連隊長が見つめ、質問を投げかけた。


「......この話を聞いて中尉はどうする? 軍を辞めるか?」


 この問いにエレーナはピクリと反応し、しばらく考え込んだ。


「......"今は"辞めません。私には守るべき部下がいます......」

「ではその部下がいなければ?」

「......まだ......何とも言えません......」

「......そうか」

「......」


 うつ向いたまま浮かばぬ顔を浮かべるエレーナ。それを見て少し寂しそうに目をつぶる連隊長。ひどく長く感じる沈黙が執務室を支配する。その沈黙を破るように連隊長が口を開いた。


「......話は以上だ。中尉は自室に戻り休養を取れ。明日は臨時休暇にする。その間の防空管轄は84中隊が引き継ぐ。この基地は彼らが守ってくれるから安心して休んでゆっくり考えろ」

「......はい」

「うむ、では下がってよろしい」

「......失礼いたします......」


 その後、フラフラとした足取りで扉へと向かうと、元気なく扉を開けエレーナは執務室を後にした。その様子を見送ったテミルベックは深いため息をついて背もたれに寄りかかり、天井を見ながらふと独り言をもらした。


「......後は彼女たちの判断に任せよう......もし残ってくれれば......若い者に後を託して老兵は後始末をして去るだけのことだ......」


―――――――――――――――――――――


「はぁ......」


 執務室から出たエレーナはドアに寄りかかり、重いため息をついた。今連隊長から聞いた話を思い返し、やるせない気持ちで胸が一杯になっているようだ。


「よう......」


 ふと声を掛けられた。声のほうを見ると、アンジェラが壁に寄りかかっていた。丁度廊下に出っ張る柱に隠れており気が付かなかった。


「アンジェラ......」

「......だから言っただろ? この国なんて守る価値がないんだよ......」

「......聞いていたのか?」


 すると頭を垂れてしかめっ面をするアンジェラがそっと頷いた。


「......アンジェラは正しかったのかもしれないな......今ならお前の言っていたことに同感しそうだよ......」

「ふんっ。今更遅ぇんだよ......お前は私達を引き留めたんだ......責任は取ってくれるんだろうな?」

「ああ......勿論だ......私には皆を守る責任がある......」

「......それを聞いて安心したよ。さて、じゃあ気分転換に一服でもしようぜ」


 そう言いながらアンジェラが歩み寄り肩を組んできた。あまり乗り気じゃないエレーナは目線をそらしながらやんわりと断る。


「......気分じゃないし、私はもう煙草は吸わないんだぞ?」

「んじゃ私の作った紅茶でも飲んでるんだな。いいから付き合えってんだ隊長さんよ」

「.....全く、仕方のない奴だ......」

「うんうん、今は忘れてスッキリしようぜっ!」

「やれやれ......なぁ、アンジェラ?」

「ん? 何だ?」

「私達は何の為に戦っているのだろうな......」

「......おい、それは隊長が口にしていい言葉じゃないぜ?」

「......それもそうだな。忘れてくれ......」

「良いから今は忘れろって! ほら屋上に行こうぜ!」

「強引だな。もう少し相手の事を考えてやらないとニーナから見放されてしまうぞ?」

「ふふん、マイペースなのが私の取柄だろ? そうだ! 今度は私が耳かきをしてやろうか?」

「やめとくよ。頭に風穴があきそうだ」

「相変わらず酷ぇなぁうちの隊長さんはよ。じゃあ膝枕をしてやる」

「......上で煙草を吸うなよ? 灰が落ちてきてはかなわんからな」

「なんなら火種が落ちるかもよ?」

「勘弁してくれ......」

「何、ちょっとしたお灸みたいなもんじゃねぇか」

「顔面にやるやつが居るか馬鹿者」


 肩を抱きながら二人の少女は談笑をしながら日が落ち暗くなった廊下を歩いていく。エレーナもマイペースなアンジェラにつられ、多少は笑顔を見せているようだ。



――――――――――――――Σ>三二二二>



 よくわかるSAM解説! 第15話「アクティブ・レーダーホーミングミサイル」


「やぁ! みんな! 解説者のエレーナだ。今日も解説を進めていくぞ」

「うん? 何だ? 私の様子がいつもと違う......?」

「......そうかもな、今踏ん張り所と言った所なんだ......だが私は元気だから安心してくれないか?」

「さ、そんな事より解説だ!」


「今日はアクティブ・レーダーホーミングについて解説をしていく」


「アクティブ・レーダーホーミングとはミサイルの誘導方法の一つだ」

「ミサイルが自分でレーダー波を照射し、自分で受信して目標を追尾する」

「その為火器管制レーダーは目標を捉え続ける必要がないというメリットがある」

「しかし前回セミアクティブホーミングの時に説明したように、ミサイルに内蔵されているレーダーは小さく利得も小さい」

「その為長距離では発射する瞬間のレーダー波をミサイルが受信できない」

「その為慣性航法装置や指令誘導を同時に使用する」


「だがこのミサイルはセミアクティブホーミングミサイルよりも更に高価なものだ」

「なので対地用途等の誘導精度を求めないミサイルにおいては未だに性能の劣るビームライディング等のミサイルが使われ続けている」

「ビームライディング誘導のミサイルは弾体に炸薬と信管、推進剤、操舵装置しか入っていないからな、ほかのミサイルと比べると非常に安価に購入できるのだ」

「兵器にとってコストの安さは武器になる。調達数が多ければ多いほど戦いを優位に進めるからだ」

「だが撃ちっぱなしができないので発射母体は危険に晒される」

「コスト削減のために使用者が危険にさらされては元も子もないからな。その影響もあってか米軍等では打ちっぱなし方式に切り替わりつつあるようだ」


「さて、撃ちっぱなしという単語が出てきたが、これは非常に重要だ」

「打ちっぱなしとは読んで字のごとく、撃ったら母体はミサイルに誘導を任せて逃げられるんだ」

「戦闘機や攻撃ヘリコプター等は呑気にミサイルを誘導していては危険だからな、撃ったらすぐ回避行動をとる必要があるから撃ちっぱなし方式が使えるミサイルを搭載できる機能は必須と言っていい」

「だがセミアクティブレーダーミサイルとアクティブレーダーミサイルはECMに弱いという欠点がある」

「他にも以前紹介したビーム軌道もレーダーホーミングミサイルには有効だ」

「というのも火器管制レーダーと比べてミサイルに搭載されるレーダーは貧弱だ」

「その為電波妨害や欺瞞によって回避がしやすいという欠点がある」

「この電波妨害によりミサイルを無効化する事をソフトキルという」

「逆にチャフなどを使用し物理的に無効化する方法をハードキルという」


「ちなみにチャフ・フレアランチャーに搭載するECM欺瞞装置というのもある」

「これはRWRがミサイルを検知すると、使用されているレーダー波を瞬時に解析し、最適な欺瞞電波を発射するように設定された後にランチャーから射出される」

「射出された欺瞞装置は熱電池によって発電が開始され、欺瞞電波を放出し始めてレーダーミサイルの誘導を妨害し回避するというものだ」

「この装置は非常に小さく人差し指ほどの大きさしかない」

「その為チャフランチャーに搭載できる為機体の設計を変える程の大掛かりな改修をする必要がないというメリットがある」

「もちろん実績もあるぞ。試験では標的機にこれを搭載し、標的機に撃たれたシースパローミサイルを回避する事に成功している」

「現在航空自衛隊にも配備が進んでいるが、機体の改修が間に合わずあまり調達されていないのが現状のようだ」

「この装置は周波数を変えられる為、従来のチャフのように使われているレーダー波に合わせてランチャーに装填しなおす必要がない」

「今まではレーダー波に合わせてチャフも使い分けていたからな。この装置にすればわざわざ入れ替えなくていい上に飛行中でも設定を変更することによって予測外のレーダー波にも対応できる」

「従来のチャフではこうはいかないからな、この装置は非常に画期的なんだ」


「ミサイルもこの妨害に対応するために日々進化している。その中でもレーダーの反射を画像として処理することによって目標を見極める機能が最近のミサイルには搭載されている」

「これによって欺瞞はより正確に行う必要がある。なので事前に使われているレーダー波を調べる必要があるんだ」

「領空侵犯機がわざわざ毎日のように飛来するのはこのレーダー波を調べる為でもあるんだ」

「その為無線で警告を受けても引き返さず、火器管制レーダーを照射されるまで粘った後に引き返すのが彼らの仕事だ」

「威嚇射撃の前に火器管制レーダーで一瞬だけロックオンして相手のRWRを鳴らすことによって警告する為、その行為を受けてからのんびり引き返していくのだ」

「作中では連隊長の判断で警告すら行わず、火器管制レーダーの照射すら行わなかった。これはSA-2Eの新しいレーダーを隠す目的もあったのだ」

「もし火器管制レーダーを照射していれば、新しく配備されたミサイルシステムの周波数が露呈していたことだろう」


「さて、では時間が押しているので今日の解説はここまでだ。いつにも増して本編が長かったからな」

「次回の解説は"妨害電波を受けた時のミサイルの発射手順"についてだ」


「皆に心配をかけてすまなかったな。今日はしっかりと休むから安心してくれ」

「それでは、また次回」

「みんなもしっかり休むのだぞ?」

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