第26話 領空侵犯の香り~届かぬ思いを乗せて~
「さて諸君! 今日から再び防空監視任務だ! 気を引き締めてかかるぞ!」
72中隊3班のメンバーは無事再教育課程を完了し、再び防空監視任務へと配属された。再教育課程で使用した陣地のまま、ビシュケクから西へ100キロ程のパンフィロスキーライオンの基地で防空管理任務に就いた。
エレーナが退院した頃には1班、2班共に再教育課程が完了していたので退院後連帯会議を経て、2日後には防空監視任務に任命されるという過密日程となっていた。
「しかし隊長さんよ? 何故こんなに急いで私たちを前線に戻したんだ?」
「そうですわね......まだ誘拐事件のほとぼりも冷めやらぬ内に実戦配備とは急すぎませんこと?」
「......全然休めなかった......」
「そうっスね......ワタワタして酒を飲んでたらいきなり実戦って感じッス」
「うむ、実は今回の急な我々の配備には理由がある」
みんながざわつく中エレーナが腰に手を当てソフィアの見る早期警戒レーダーを見つめながら説明を始める。
「カザフスタンで動きがあった。領空侵犯機が増えて来たんだ。今日も既に15回スクランブルしている。そして、これだ」
エレーナの見つめるPPIスコープには240度から310度方面に大量のノイズが映っている。これは明らかに故意的な妨害電波だ。
「ヴぉー......何も見えないぞ......」
「諜報部からの情報によると今日はカザフスタンで大規模な軍事演習があるらしい。その為我々も急遽防空監視任務に駆り出されたというわけだ。この演習にはタジキスタンも反応を示している。カザフスタンとキルギスの国境沿いに軍を陣地転換させる動きが確認されている」
「うーん、きな臭いわねぇ......前回のARM攻撃といい探りを入れているのかしら?」
「だろうな。わが軍の対応速度や軍の規模を確認する為だろう。そこで最小限の部隊だけで対応に当たるよう指示が出ている。しかしSAM連隊は別だ。動かせるSAMは全て動かして警戒に当たる」
《コオオオオォォォォォォ......》
すると上空を轟音を轟かせてキルギス空軍のMiG-21の2機編隊が飛んでいく。エレーナはその様子をドアの外に身を乗り出して確認すると再びソフィアのもとに戻る。
「なぁ隊長? もし領空侵犯されてまた攻撃されたらどうするんだ?」
「うん? 今回は流石に動かないだろう......わが軍のMiG-21も警戒に当たって上空待機中だ。もし領空侵犯してくればすぐに駆け付ける。それでも攻撃してくる素振りがあればやむを得ないので反撃する。だが先に仕掛ける訳にはいかない。"攻撃を受けた"という事実が無いと大義名分が立たん。警告も無しに攻撃しては我々の方が加害者になり開戦の口実になってしまう」
「しかしARMを先に撃たれてしまっては反撃の時間はありませんぜ? なんせ速度差がマッハ1位しかないんだ。こっちのミサイルが先に着弾しても私達まで吹っ飛んでちゃなんの意味も無いんじゃないか?」
「フッフッフ、その心配はいらん。こんなこともあろうかと我が中隊には秘密兵器があるのだ......」
「......あれ本当に効くのか?」
「うむ、実績もある信頼できるシステムだぞ? それよりも心配なのはレーダーホライゾンから飛び出す超低空を侵犯してくる奴らだ。この辺りはだだっ広いから手遅れにはならないとは思うが......」
「そうね、山のほうにばかり注意するのは危険だわ。気が付いたら50kmの至近距離に出現してくるのよ? それでは最短射程の15kmを直ぐに割ってしまってSA-2では対応できなくなってしまうわ」
「しかも西から来られると国境が近くて先制できない。国際法を守っていたら我々が真っ先に吹っ飛ぶことになる。その時は大人しくSAMを放棄するしか手がなくなってしまう」
「じゃあ奴らは何で平原から攻めてきやがらないんだ?」
「国境近くに機甲師団のシルカが配備されているからな、もし低空を侵犯してくれば奴らが撃ち落としてくれるさ。回避しようと高度を上げればこちらのもの、というわけだ」
「機甲師団ってのが気に入らねぇがしゃーねーな、ちゃんと守ってくれよな?」
この基地は国境から僅か1キロ程しか離れていない関係で対空機銃や機甲師団所属の短SAMは大目に配備されている。しかし数が足りず、山がある南の方位はキルギス領に向いている事もあり対応できるのはSA-2Eしかない。そして前回その穴を突かれてしまっていた。この問題は連隊会議でも問題視されていたが稼働できる対空兵器が足りず、未だに対策がなされていない。
「......ヴぉ?......妨害電波に隙間ができたぞ?」
「ん? 新しい反応はあるか?」
「いや、無いぞ」
「ふむ、飛んでいるのは輸送機と爆撃機だろう。給油の為帰投したか。しかし今時バラージで電波をばら撒くとは、余程見せたくない物を飛ばしているのだろう」
「勘弁して欲しいぞ......これじゃ探知もへったくれもないぞ......」
「だがARMを撃つ気だったら意地でも領空侵犯してくるさ......じゃないとこちとら火器管制レーダーすら照射できないからな。それにカザフスタン領に入ってから撃たれたのではこちらも落とせない」
「そうねぇ、この基地は国境が近すぎるわ。カザフスタンとの戦争になったら真っ先に攻撃されるわよ?」
「だろうな。せめて前のSAM陣地があったカラバルタ近郊位まで後退したいものだが......」
エレーナとレイラが基地の立地に不満を述べていると不意にアンジェラが口を開いた。
「しかしなんだ、こんな形で前線に戻されるとは思ってもいなかったが、また皆でこうやって仕事ができるのは嬉しいな......」
「アンジェラ......」
「そうですわね。何だかんだありましたが誰も欠けなかったのは奇跡ですわ」
「そうッスね......しかもSA-2Fの時よりみんな仲良くなっている気がするっす!」
「ふふふ、色々と変わったものねぇ? アンジェラ」
「......勘弁してくれよレイラ、私は今まで通り私だぜ?」
「......私も変わった......」
「お? ニーナは何が変わったんスか?」
「......大切な人を守りたい......その為に私はここに居る......それが変わったとこ.......」
「おぉっ!? ニーナ好きな人ができたんすか!?」
「......」
するとニーナの表情は変わらないが頬が僅かに赤くなった気がする。
「おお!? この反応は間違いないっす! 相手は誰っすか!?」
「......それは言えない......」
「何でっスか!? 後でこっそり教えて欲しいっす!」
「......おい、キーラ、あんまりニーナを困らせてやるな。ただでさえあんな事があったんだ。無闇に聞き出そうとするのは......」
するとエレーナの声を遮るようにソフィアが叫びを上げた。
「......ヴぉ! 反応があったぞ!? 方位245度、距離100km!」
「何? 領空内ではないか! 間違いないか!?」
「ヴぁい! 間違いないぞ! まだ反応があるから確認してくれ!」
「よし! 確認した! 前回と状況が似ているな......」
「だが反応は継続中だぞ! ......これ墜とせるんじゃないか!?」
「ああ! よくやった! 早期発見できてえらいぞソフィア! 連隊に報告する! レイラ! レーダー照射準備だ! 火器管制の電源を入れろ! 火器管制レーダーの受信をオンに、送信は停波だ!」
「了解よ!」
にわかに慌ただしくなる火器管制室。前回のSAM陣地では基地から離れた場所に展開していたが、今回は再教育課程も兼ねて連隊本部敷地内にSAM陣地を構築している。もし攻撃を受ければ連帯本部にも被害が及びかねない。その事にエレーナは焦りを感じていた。
「こちら72中隊エレーナ! 領空侵犯機らしきものを探知しました! 火器管制レーダーの使用許可を申請します! ......はい! お願いします!」
ガチャンと受話器を置くと直ぐに早期警戒レーダー画面をまた見に行く。
「どうだ!? まだ反応があるか?」
「いや、今は消えたぞ!」
「山の切れ目から探知したんだろう。クソっ! 空軍は何をやっているんだ!?」
「エレーナ! 火器管制は準備完了、何時でも送信できるわ!」
「確認した! 早期警戒レーダー管制官指示の下照準を行う! ソフィア! 方位230度にマーカーを指向して火器管制レーダーと同期しておけ!」
「ヴぁい!」
「レイラ!
「了解よ!」
ソフィアとレイラが同期スイッチをオンにすると火器管制室がグリンと回り始める。
「ニーナ! 仰角10度! アンジェラ! 距離80kmに設定しろ! キーラは指示があるまで待機!」
「了解......!」
「よしきた!」
「了解っす!」
「ソフィア! 反応はどうだ!?」
「今だ失探中だぞ!」
「了解だ! エミリヤ戦況図は!?」
「駄目ですわ! 妨害電波を発している航空機しか更新されてませんの!」
「わかった! 引き続き更新を頼む! ......さっさと山から飛び出してきやがれ......今度こそ叩き落してやる......!」
「目標再探知したぞ! 方位235度! 距離80km!」
「よし! 目標はまだ領空内だ! マーカーを指向し続けろ!」
「ヴぁい!」
「ええい! 火器管制レーダーの使用許可はまだか......!」
指示を出しながらそわそわとするエレーナ。未だに受話器は鳴らず、目の前を獲物が隠れながら飛びまわり、まるでお預けを食らった飼い犬のような気分だった。
《プルルルルルル!》
新しくなった受話器から着信音が鳴った。エレーナは駆け寄り受話器を勢いよく取ると聞きなれた声が聞こえた。
「はい! 72中隊エレーナです!」
『エレーナ? ライーサよ。火器管制レーダーの使用は拒否するわ』
「......は?」
その声は中隊長のライーサだった。
「何故です!? 奴ら領空内を飛んでいるんですよ!?」
『今はカザフスタンを刺激できないわ。参謀本部から通達が来たの。領空内を飛ぶ侵犯機は事前通達がある民間機であり、手出し無用だそうよ』
「なっ......! そんな通達一切ありませんでしたよ!?」
『それはこちらも同じよ。なんでも手違いで通達が遅くなったそうなのよ』
「そんな! 侵犯機はどんな機種ですか!?」
『機種は大型のレシプロ機よ』
「......は? 奴は数分で20㎞は進んだんですよ!? どこに1000㎞/h近くで飛ぶレシプロ機が居るんですか!!」
『それでも駄目よ。攻撃を受けるまでは絶対に火器管制レーダーの使用は認められないわ』
「そんな......!? もし空爆や偵察だったらどうするんですか!? これが原因で大勢死ぬかもしれないんですよ!?」
『......これは上からの命令よ。手出しできないわ』
「......! くっ......わかりました......」
『......ありがとう。それじゃ引き続き監視を頼むわ。攻撃を受けそうだったら避難しなさい......』
「了解しました......」
エレーナは交信を終え、力なく受話器を戻した。
「......
「エレーナ!?」
次の瞬間エレーナが自分の座る椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。すると入り口から外まで吹っ飛んで行ってしまった。その後も怒りで震えるエレーナをレイラが駆け寄り落ち着かせる。
「落ち着きなさい! 今はそれどころじゃないでしょう?」
「......あぁ、すまない。少し取り乱した。ソフィア。目標は?」
「通信中にもう一度探知したぞ......方位210度......距離70㎞......」
「......今は?」
「現在は失探中だぞ......」
「......了解した。......奴はチャエクのSAM陣地を回避するために山を越えてくるだろう......その時また探知できるだろうから目を離すな......」
「......了解......」
「......畜生......」
その後、領空侵犯機は山を越え25㎞まで接近した後、引き返すようにカザフスタンの国境へと抜けていった。エレーナはその途中何度も射撃許可を申請したが、全て却下されてしまった。結局エレーナは指を咥えて見送ってしまった。
空軍のMiG-21も結局インターセプトすらしないまま領空侵犯機を見送っていた。
「......くそっ......」
「......エレーナ、気持ちは分かるけど落ち着きなさい」
「こんなの......納得できるか......?」
「......でも誰も攻撃されていないわ。何も無かったのは良い事よ?」
「......だが我々は奴らにレーダー網をおめおめと晒したのだぞ? 次にはきっとまた、死角を突いて領空侵犯してくる......」
「......それでも私たちにできることは何もないわ......上からの指示を待ちましょう」
「......いったいこの国はどうなっているんだ......?」
「......」
「......エレーナ......」
その後も防空任務についていたメンバーだったが、結局誰も口をきこうとはしなかった。何時も騒がしいSAM中隊は、今日は不気味な程静まり返っていた。
――――――――――――――Σ>三二二二>
よくわかるSAM解説! 第14話「セミアクティブホーミングミサイル」
「やあ、みんな......解説者のエレーナだ」
「今日はちょっと気分が優れなくてな......申し訳ないが聞きづらかったら許してくれ......」
「では解説を始めていくぞ......」
「今日はミサイルの誘導方法その①、セミアクティブホーミングについてだ」
「ミサイルというのは目標に向かう為に誘導しなくてはならない」
「SA-2では指令誘導という方法で誘導していて、これについては以前説明しているので今回は省く」
「指令誘導方式単体での誘導は主に短、中距離ミサイルに使用される誘導方式だ」
「では長距離ミサイルの誘導方式はどうなっているのかというと、セミアクティブホーミングが同時に使われている場合が多い」
「セミアクティブホーミングとは、地上のレーダーから照射されるレーダー波を使用して誘導する方式だ」
「地上から放たれたレーダー波は目標にあたって跳ね返り、その跳ね返ってくるレーダー波をミサイルが受信し、反射元まで向かっていくことによって誘導する」
「これにはメリットとデメリットがある」
「メリットは目標がどんな距離にいても正確に誘導できることだ」
「指令誘導だと地上のレーダーが目標をロックオンするが、レーダー波というのは拡散しながら飛んでいくものだ」
「つまり細い円錐状に伸びていく」
「その為長距離になればなる程誤差が増えていく。遠くなればなるほど、円錐の断面の円が大きくなるからだ」
「だが目標から返ってくる反射波は逆であり、目標に近づけば近づくほど収縮し、より正確になっていく」
「これを利用して高い精度が維持できるのがセミアクティブホーミングだ」
「また、セミアクティブホーミングにはジャミングに強いという利点がある」
「何故ならジャミングの発生源をミサイルのシーカーでロックオンし、その発生源に向かっていくことができるからだ」
「その為ジャミング装置はセミアクティブホーミングミサイルにとっては自分の位置を知らせてくれるビーコンでしかない」
「しかしこの誘導方式には欠点がある」
「ミサイルに搭載されるアンテナというのは小さい。ミサイルの直径までしか拡張できないうえに、アンテナ自体を目標に指向しなくてはならないため、狭いミサイル内部で可動範囲を広くとる必要がある。そのため小型にせざるを得ないのだ」
「小さいアンテナは利得が少なく、弱い電波を受信するのには向かない」
「その為火器管制レーダーでは目標をはっきりと捉えているのにミサイルのアンテナは受信できる電波が弱く上手くロックオンできない、と言ったことが起きる」
「そこで長距離では指令誘導と組み合わせる」
「地上の火器管制レーダーが目標を捉え、ミサイルが十分に反射波を受信できるようになる距離まで指令誘導で送り込み、受信強度が十分になったらセミアクティブホーミングに切り替える、といったような形で誘導するのだ」
「これによって理論上の射程は火器管制レーダーの射程と同じということになる」
「しかし、このシステムはミサイルが高額になりやすい。ミサイル全てにレーダーを搭載しなくてはいけないからだ」
「更に目標にレーダー波を照射し続けなくてはいけないため、複数の目標に対応するのは難しい。イルミネーター(レーダー波照射用アンテナ)の数までしか誘導できないのだ」
「これは指令誘導にも言えることだ。ミサイルの誘導チャンネルを複数持たせ、地上のラジコン操作コンピューターの数を増やせば単一目標に同時誘導できるミサイルの数は増やせるのだが、火器管制レーダーのロックオンしている目標にしか誘導できない。よって複数の目標に対応するには火器管制レーダーを増やす必要がある」
「セミアクティブも同様にイルミネーターが目標をロックオンして電波を照射しなくてはならないのでイルミネーターの数までしか同時に攻撃できないのだ」
「しかしセミアクティブでは工夫次第で同時対処目標を増やせる」
「途中まで指令誘導や慣性航法装置によって誘導し、目標に着弾する直前のみセミアクティブで誘導するようにしてやれば、時間差を開けてミサイルを連続発射し疑似的に複数目標に対応できるようになるのだ」
「イージス艦に搭載されているSM-2スタンダードミサイルはこの方式を使用して複数目標に対して同時誘導が可能としている」
「ちなみに指令誘導もセミアクティブホーミングも発射する母体が目標をとらえ続けなくてはならない」
「なので発射する母体が戦闘機だと大きな制約になる」
「そう、ミサイルが着弾するまで目標をレーダーで捉え続けなくてはいけないからだ。もしミサイルを撃たれたりして回避行動を余儀なくされるとミサイルの誘導は中断されてしまい、目標まで到達できなくなってしまう」
「SAMにおいては常に誘導電波を照射しなくてはいけない為、ARMの脅威にさらされる上、大掛かりなシステムになってしまうので陣地転換や欺瞞がしにくい」
「そこで使われるのがアクティブホーミングという誘導方式だ」
「これについては次回解説していく」
「さて、では今日はここまでにしよう」
「次回はアクティブホーミングについてだ」
「今日は酷く疲れたよ......私も帰ってゆっくり寝るから皆もしっかり休むのだぞ?」
「では諸君、また次回......」
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