第25話 ダージリンの紅茶の香り~蒸留水の味に添えて~
「皆には心配をかけた! そのお詫びに今日は私の奢りだ! 思う存分飲んでくれ!」
『お~!』
今日はエレーナの退院祝いをする為バーに3班が全員集合していた。エレーナの声に何時ものメンバーが呼応するように反応する。
「......皆に心配をかけた。申し訳ない......」
「良いのよニーナ? 仲間なんて迷惑かけてなんぼのものよ? その代わりほかの仲間が困っていたら貴女も助けるのよ?」
「ヴぉお! そうだぞ! あたしも皆に迷惑をかけたから、ニーナ気持ちも良く分かるぞ! だからあたしも皆を守ると決めたんだゾ!」
「レイラ、ソフィア......ありがとう......」
ニーナが申し訳なさそうに謝るとレイラとソフィアが宥め、ほかのメンバーもうんうんと頷いている。
「姉貴! まだ自分は許してないっスからね! 今日は鬱憤を晴らすのに付き合って欲しいっす!」
「わぁったよ! 申し訳ない事をしたとは思ってるんだから許してくれよぉ」
「じゃあ今日は自分と一緒にどれだけ飲めるか勝負ッス!!」
「つまりいつも通りって事じゃねぇか......」
「オホホホホ!! 私もいましてよ!?」
「エミリヤお前ぇ! どっかに消えていたかと思えば、急に元気になって戻ってきやがって! 良いだろう! 飲み比べといこうじゃねぇか! 二人纏めて正々堂々と勝負してやるぜ!!」
「ヴぉい! あたしも混ぜろ! 何時もやられてばかりだと思うなよ!?」
「お前もか!? フッフッフ......3人相手か......相手にとって不足はない! 良いだろう! 全力で相手をしてやるから掛かって来いやぁぁ!!」
「全く、お前らは相変わらずだな......」
すっかり落ち込んでいたエミリヤも、何時の間にか普段の元気な姿を取り戻していた。悩み事もどうやら解決したようで、元気な姿で仲間の輪に加わっている。いつものメンバーがいつものように飲み勝負を仕掛け、円卓を囲み騒がしくワイワイと酒を飲んでいる。
「......皆いつも通り......よかった......」
「そうねぇ......いつも通り過ぎて拍子抜けするくらいよ」
「本当にそうだな......エミリヤも復活したようで何よりだ」
「全く、一時はどうなるかと思っていたが、また元気な皆を見られて嬉しいよ。隊長さんも仲間の為に頑張ったんだね。お疲れさま。これは頑張ったご褒美だ」
そう良いながらマスターがティーカップを差し出してきた。中にはいつも通り薄紅色の紅茶が入っている。
「マスター......すまない、今回はマスターが居なければどうなっていた事か......感謝の念に堪えない......是非お礼をさせて欲しい」
「いやいや、私は大した事はしていないよ。皆がいつも通り私のバーに来てくれれば、私はそれだけで満足だよ。お礼をしてくれるというのなら、これからも皆でバーに顔を出してくれるかね?」
「......ああ」
「......うん? 隊長さん珍しく元気のない返事だね? 何か悩み事があるのかい?」
「いや、そういう訳ではないが......どうも最近我々を見る周りの目が気になってな......」
「......と言うと?」
「我々は市民からどう思われているのかが気になってな......」
「ふむ、つまり今回の誘拐もあって市民からは憎しみの目で見られていると考えているのかね?」
「......ああ」
「それは違うぞ、隊長さん」
「......え?」
「この辺りの住民は君たちの事を知っている。君達が命懸けで私達市民を守ってくれている事に感謝をしているさ。君達はあまり外に出ないだろう? 出たとしてもこの店と近くの商店だけだ。だが商店の店主も君達を応援している。だからこそ君達を見守りたい。出来る限りのお礼をしたい、そう思っているよ」
「......そうなのか?」
「だがビシュケクまで行くと違うのも事実だ。世間では女性は男性に尽くすモノとされ、異端な者達は排除される。そんな中君達のような"仲の良い女の子達"が行けば好奇の目に晒されるだろう。そうなれば、何時かは望まぬ形で君達に牙を剥くだろう」
「......やはりそうなのか......」
「......そんな状況をテミルベックは変えたいと考えているのだろう。だから君達を教官隊にしようとしているんだ。彼は少々強引な所もあるからいずれ身を滅ぼしかねないと私は忠告しているのだがね、中々聞く耳を持たないのだよ、彼は」
「......連隊長......」
「だから君達は頼もしく後輩達に教育する姿をテミルベックに見せてあげてやってくれないか? これは私からの頼みでもある。彼は私の親友だ。どうか彼の夢を叶えてやって欲しい」
そういうと柄にもなく頭を下げるマスター。その光景を見たエレーナは驚いた様子だが、どうもあまり表情は明るくない。寧ろ何故か困り顔を浮かべている。
「......マスターの気持ちには答えたいと思っている。だが、もう少し待って欲しい。今の私にはその責は重過ぎる......今の私は仲間の事を守るのに必死なんだ......勿論マスターや連隊長には感謝しているし恩返しをしたいのだが、私にはまだ経験が足りないのだ......」
「......そうかね? 隊長さんは修羅場を潜ってきた人の顔をしている。十分に務まるとは思うのだが?」
「マスターは私を買いかぶりすぎだ。私はそんなに強い女ではないのだぞ?」
「ふふふ、そうね。エレーナは意外と弱いところもあるものねぇ?」
「......それはどっちの意味だ? レイラ?」
「さぁ? どっちかしらねぇ? はたまた違う意味かもしれないわよ?」
「何だそれは?」
「......大丈夫、隊長は私が守る。弱くたって平気......」
「ニーナ......ありがとう。では私もニーナを守ろう」
「......私はアンジェラがいるから大丈夫。だから隊長はアンジェラを守ってほしい」
「......そうか。了解だ」
「......ふむ? つまり三角形ということになるな?」
「......ん?」
「一人を巡り争うのも良いが、3人で仲良く巡るというのも......また良きかな」
「......おーいマスター?」
「結末は......そうだな、3人で結ばれるのも良いものだ。......しかし待てよ、この組み合わせは予想していなかった......」
「フフ、マスターも甘いわね。強気な女性と迷える子羊が二匹よ? 何も起きないわけがないじゃない?」
「......ハッ! 閃いた! ......これは!? この光景は!? ......そうか、桃源郷はここにあったのだ......私は今......天に召されようとしているのか......?」
「やれやれ、一体何の話をしているんだこいつらは......」
目を光らせるマスターとレイラに呆れ顔で嘆くエレーナ。それを尻目に紅茶を手に取り香りを楽しんでみると、何時ものダージリンの香りだ。しかし紅茶の色がどうにも薄い。何時ものダージリンの紅茶はもっと濃い色をしているはずだ。
「ん? これまた不思議な色だな......新作か?」
「おっと、気づいたな。賭けは私の勝ちのようだ」
「あらぁ? エレーナは気が付かないと思ったのに......」
「うん? 何の話だ?」
「それはな、蒸留水を使って淹れた紅茶なんだ」
「蒸留水?」
「そうだ。紅茶の色は水の質に左右されるんだ。硬水だと色が濃く、軟水だと色が薄くなるんだよ。味も変わってくるから飲んでみるといい」
「ほう、では頂いてみよう」
紅茶を口に含むと何時ものダージリンの味わいだが随分まろやかに感じる。渋みが軽く、コクや香りは何時もより際立って感じた。
「おお? 確かにダージリンにしてはあっさりした渋みだ......」
「うむ、一番まろやかにするには雨水が一番良いのだがお客さんに出すわけにはいかないからな。雨水に近い蒸留水を使っている。逆にもっと渋みが欲しければミネラルウォーター等の硬水を使うんだよ」
「ほー。水によっても違うとは......面白いな」
「紅茶には色々な楽しみ方があるのよ? 他にも淹れ方や蒸らし方によっても香り方が変わったりするわ」
「その通りだ......ああ、そう言えば新しい茶器が届いたから明日基地まで届けるよ」
「あら、届いたのね。待ちかねたわぁ」
「ん? 前に話していたやつか?」
「そうよぉ。美味しいヴァレニエ(果物のジャムのようなもの)も用意しなくちゃいけないわね」
「ヴァレニエと聞いて飛んできましたわ!」
そう後ろから声を掛けたのはエミリヤだった。手には何故かワインボトルが握られている。
「エミリヤ? お前いつの間に......」
「んふぅ......わたくしのヴァレニエを愛しの隊長に是非とも食べて頂きたいですわ」
「そう言えばエミリヤはよく厨房で料理やお菓子作りをしているな」
「そうですわ! 何時でも隊長の元へ嫁に行けるよう修行しておりますの!」
「理由はともかく女の子らしい趣味を持ってるなエミリヤは。少し見直したぞ」
「はぁあん! 隊長に捧げるヴァレニエ......どんな愛を込めるべきか迷いますわぁ」
「......変なものを入れるなよ?」
「......じゅるり」
「......やっぱヴァレニエはいらん」
「あぁぁあん! 冗談ですの! ちゃんと作りますわ!? だからそんな冷たい目でわたくしを見ないでくださいませ! ......でも冷たい目線もイイッ!」
「......はぁ......」
「エミリヤァァ......何油断してんだよォォ......」
「っは!」
エミリヤがエレーナと話しながら身を捩らせていると、アンジェラに背後から声を掛けられた。振り向きざまにアンジェラはサイドから脇の下に頭を突っ込み、股下に手を滑り込ませる。流れるようなその動きにエミリヤは反応すらできなかった。
「うひょょ!? ちょっとアンジェラ! くすぐったくてよ!?」
「ふんぬ!!」
「ひょっ!?」
そのままアンジェラは肩に担ぐようにエミリヤを軽々と持ち上げ、その態勢のままホールドし、背骨折りを決める。くの字に折れ曲がったエミリヤは辛そうな声を上げている。
「ん”お”っほぉ”ぉ”......ア”ン”シ”ェ”ラ”ぁ”......く”、苦”し”い”て”す”わ”......」
「まだ私のターンは終わってないぜ......」
「な”......何”か”始”ま”る”ん”て”す”の”......?」
「大惨事対戦だ」
そういうとエミリヤ諸共倒れこんだ。
「しれっと戻って来てんじゃねぇぇぇぇ!!」
「でゅごはぁッ!?」
捻りを加えられ見事な回転を見せながら叩きつけられるその様子はまるで内藤哲也の繰り出すエボルシオンのようだ。
背中から床へと叩きつけられたエミリアは、何とも言えない悲鳴を上げ、ひっくり返って股を開いたままぐったりとしている。
「
「うおぉっ! 今の技は綺麗に決まったっスね!! 天高く掲げ地に落とすこの技は"ツィクロン"と名付けるッス!!」
「ヴぉい! ツィクロンだと落ちちゃ駄目だゾ!?」
ツィクロンとはR-36弾道ミサイルを衛星打ち上げ用に改造したロケットだ。R-36ならともかくツィクロンが地面に落ちると言うことは只の事故である。
「......エミリヤも見事な受け身だった。良いプロレスを見せてもらった......」
「......やれやれ......こいつらには何を言っても無駄だな......」
「あら? 今日は怒らないのね?」
とうとうエレーナも諦めて知らんぷりをしてしまった。ニーナが慣れた様子で席を立ち介抱する為エミリヤの元へと歩み寄っていく。
「おぉ~ん? 隊長さんよぉ? 随分乗りが悪いんじゃねぇか?」
「おい、酒臭いぞアンジェラ。せっかくの美味しい紅茶が台無しになるだろう?」
すると背後からアンジェラが抱き着いてきた。ヌフフと息を吐くが凄まじく酒臭く、その匂いだけでエレーナも酔いそうになるほどだ。
「なんだよ、つれないなぁ......あんときゃあんなに積極的だったのによぉ......」
「......ぴくっ」
「......あらぁ......?」
アンジェラの発言に反応する二人。特にレイラは怪しい笑顔でエレーナの方にゆっくりと顔を向けた。エレーナは嫌な予感がして過去の失敗を振り返り、冷静に弁明しようと口を開く。
「......ちょっと待て......その言い方は誤解を生むぞ? 私はただアンジェラの耳かきをしただけだ」
「耳かき......?」
「つまり......膝枕......だと......!?」
「......あっ」
「んふぅ......あんときは最高だったぜぇ? すっかり私は骨抜きにされちまったんだ......今度またやってくれよぉ?」
「おい、マテ! それ以上口を開くな!」
「おぉぉお! 桃源郷だ! 間違いない......まさか実在していたとはっ......!?」
「......見損なったわエレーナ......まさかとは思っていたのだけれど、そんなに節操なしだったなんて思っていなかったわ......」
「レイラ!? 誤解だぞ!? 今までだってそうだろう!? あれは友情表現だったんだ! 膝枕は不可抗力で......」
「友情表現......?」
「......感動したッ!」
「感動!? どういう意味だマスター!?」
「いやぁ......まさか私があんなに喘ぐとは思ってもいなかったぜ......今思い出してもゾクゾクしてくる......」
「ァァアンジェラァ!? ちょっと黙ってくれないかぁ!?」
「......辞世の句を詠みなさいエレーナ?」
「......わが生涯に一片の悔いなし! もう何時死んでも良いというものだ......」
「誤解だって言っているだろう!? そしてマスターは何故泣いている!? あぁあもう滅茶苦茶だ! 勘弁してくれ!!」
今日のバーも騒がしく、静かな町にエレーナの魂の叫びが木霊する。それを道行く少女の耳にも届き、その歩みを止め静かにほほ笑んだ。その手には袋いっぱいの酒瓶とおつまみが詰められている。「ほんと、馬鹿な子達ね」と呟くと夜道を再び歩き出した。
今日も彼女たちはキルギス共和国で賑やかに紅茶を嗜んでいることだろう。
――――――――――――――Σ>三二二二>
*今日の解説はエレーナが飲み会なので次の話までお待ち下さい*
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