第16話 ヌワラエリヤの紅茶の香り~リキュールの香りを添えて~
「......少し寒いな......」
何時ものバーの前で、エレーナが黒いトレンチコートを着て立っていた。バーの中からはお馴染みの喧騒が聞こえてくる。今日もアンジェラがソフィアと口喧嘩をしているようだ。
「全く、紅茶に酒を混ぜるなんて酷い事をする......」
エレーナの顔を見ると、少し赤くなっている。レイラとマスターが徒党を組み、エレーナを酔わせ本音を聞き出すために、紅茶のリキュールを差し出してきたのだ。
お酒を出したことはエレーナには黙っていたのだが、幸いにも最近酒の匂いを嗅いでいたので今回は直ぐに気づき、半分程飲んだ所で「なぁ、これ酒じゃないか?」と聞いた所、「ジンジャーよ」とレイラが答えた事で判明した。
「しかし相変わらず酒に弱いのは如何ともし難いな...... ティーカップ半分でこの様だ......顔が火照って鼓動が早くなっている......」
そう言いながら自分の顔に手を当てるエレーナ。彼女はほろ酔い気分位に酔っていて、際どい質問を投げかけるレイラとマスターから逃げるように「酔いを醒ましてくる」と言って店の外に出てきたのだ。
「......あら? エレーナじゃない......」
「......ん?」
頬に手を当てうつ向いているとふと声を掛けられた。声の方を見ると、小柄な女性が立っていた。ボア付きのコートを羽織り、ボア付きの帽子がよく似合っていた。癖毛の長い茶髪を垂らしてポケットに手を突っ込んで歩いてきている。
「ルフィーナか。どうしたんだ、こんな所で?」
「私のアパートはこの近くなのよ。あなた達、相変わらずバカ騒ぎしているのね」
ルフィーナと呼ばれた彼女はローベルトヴィチ・ルフィーナ・エドゥアルドヴナ。エレーナの同僚で、同じ72中隊の第1小隊隊長である。真面目な性格で、自分の考えを強く持つ性格だ。連隊内ではエレーナに似ていると評価されていた事もあり、この二人は仲がいい。
「ああ、みんな新装備に浮かれ気味なんだ......」
「......そう。あなたたちは良いわね、もう実弾演習まで進んでいるのだもの。私の班はようやく模擬演習が様になって来たところよ。やっぱ経験者が居ると大違いね......」
そう良いながらバーの入り口まで来ると柱に寄りかかるルフィーナ。吐く息は白く、手に持ったビニール袋の中には酒瓶が入っている。
「仕方ないだろう? 2Fと2Eでは機能が違いすぎる。
「......」
その言葉を聞きながら俯くルフィーナ。なにやら浮かない顔をしている。悩み事があるようだ。少し沈黙した後、ふとエレーナに話しかける。
「......あのね、エレーナ」
「......ん?」
「......今日の演習の後FCOの子がね、一人で泣いていたの。模擬演習で初めて疑似ミサイルを外したのよ、あの子......原因は対妨害電波モードで高度の設定を忘れていたからよ」
「そうだったのか」
「それで私が励ましてあげないといけないかな、って思って今日は個人的に私のアパートに呼んだのよ。あの子達あまり飲み会で本音を言わないから......」
「......なるほど、それで酒瓶を持っているのか」
「......貴女は部下がそうなった時どうしていたの......?」
「私か? そうだな......」
その問いを受け、思いにふけるエレーナ。ソフィアとの一件を思い出し、何かアドバイスできないかと考えているようだ。
「......お互いの事を良く知って理解し、打ち解けあいながら励ました、と言ったところだろうか? 上手く言えないが......」
「......そう。あなた達仲が良いものね......私には真似できないわ」
「そうなのか? お前の班だってよく打ち上げをするじゃないか」
「あれは最早流れみたいなものよ。本音を聞き出したくて始めたのだけれど、結局皆気を使ってそこまで飲まないし、私も無理に彼女達の思っている事を知ろうとは思わないわ」
「そうか......やはりウチの班とは大違いだ......」
すると背後からガタゴトと大きな物音がする。聞こえる声からすると、どうやらアンジェラがまたエミリヤに関節技を仕掛けているらしい。相変わらずの賑やかさが、静かな夜の町並みに響き渡る。エレーナはバーの方を見ると、微かに微笑んだ。それを見てルフィーナは顔を曇らせる。
「......やっぱり、私には隊員と打ち解ける事は難しいわ。せっかくアドバイスしてくれたのに、ごめんなさい......」
「ん? いや。却ってすまんな、力になれなかったようだ」
「いいのよ......」
「......」
「......」
「......私は本当は怖いのよ」
「......何がだ?」
「あの子達が居なくなるのが怖い......」
「......」
「だから、感情移入しないように程々の距離を保っているのよ......」
「......そうか」
「......だから貴女が羨ましいわ。さて、それじゃ私は行くわ。あの子を待たせてしまうもの」
「......あぁ。頑張れよ! 何時でも相談に乗るぞ!」
「ん......エレーナも程々に飲みなさいよ」
そう言いながら、ひらひらと手を振りながら暗闇に姿を消すルフィーナ。その後ろ姿を見送りながらルフィーナの言葉を思い出す。
「居なくなるのが怖い......か......」
その言葉の意味を考え、少し切なそうな表情を浮かべる。
(考えても居なかった。いや、考えないようにしていた。もし彼女達が居なくなったら、私はどうなってしまうのだろうか?)
再び頬に手を当てると、今度は冷たくなっている。いつの間にか酔いは醒めていた様だ。夜の寒さを肌で感じ、ブルッと身を震わせる。
「えぇい、考えるのはやめだ。暖かい紅茶を飲んで温まろう......」
そういいながらエレーナは再びバーへと入っていった。
……
…………
………………
「あ、隊長お帰りっす!! 酔いは醒めたんすか?」
「あぁ。......所でエミリヤはどうしてひっくり返って気絶しているんだ?」
「アンジェラにマニューバキルされたッス!!」
「いや、その過程をだな......まぁいいや」
扉を開けて中に入ると、エミリヤが派手にひっくり返り、大きく股を開いていた。どうやらジャーマンスープレックスホールドを食らったようだ。
マニューバキルとは、戦闘機で格闘戦をする時、相手を誘い込むように誘導し、地面等にぶつかるよう仕向ける戦法だ。どうやらエミリヤは反撃を試みて返り討ちにあったらしい。
投げた張本人は酔いつぶれて円卓に突っ伏している。それを尻目に相変わらず仲が良さそうにキーラとニーナがSA-2に新しく付いたカメラの事を話している。
「ただいま」
「あら、お帰りエレーナ」
「もう酔いは醒めたのかね?」
「すっかり醒めたようだ。......というかお前らのせいだろう。謝罪を求める」
「ふふ、ごめんなさい」
「まぁまぁ、偶には良いじゃないか。ほら、これはお詫びだ」
「お、今日の紅茶は何だい? マスター」
「今日はヌワラエリヤだ。花の香と緑茶に近い渋みが特徴の茶葉だ。1~2月が旬なのだが、丁度その頃に収穫された茶葉が手に入ったのでな、隊長さんに飲んでほしかったんだ」
「それは貴重な物を頂いた。では早速飲ませていただこう」
「うむ、ストレートで飲むのには良い茶葉だぞ」
「そうなのか。いただきます」
目の前に置かれたティーカップを見てみると、淡いオレンジ色の紅茶が透き通り、フルーティーな香りが漂うが、他の紅茶と違い、独特の優雅さを放っている。
一口飲むと、しっかりとした旨味が口に広がり、渋みが強めに下を刺激してくる。だがそれは心地よいと言っても良いもので、苦いと感じるギリギリを責める訳でもなく、これまた優雅に渋みを味合わせてくれている。
コクン、と飲み込むと爽やかな青い香りが余韻をもたらし、なんとも癒される。
「う~ん、これは落ち着く味わいだ......」
「うん、気に入ったようだね。少々他の紅茶とは毛色が違うからどうかと思ったのだが、良かったよ」
「そうだな、これは是非、本を読みながら頂きたいものだ」
「あら、それじゃ私が今度淹れてあげるわ。それに今度、新しい茶器が届くのよ? それを使って飲んでみましょう」
「ん? 新しい茶器? それはどんなものなんだ?」
「ふふふ、それは来てからのお楽しみよ」
「そうなのか......それは楽しみだ」
「うんうん、この子は隊長さんに美味しいお茶を飲んでほしくて、わざわざ私に頼んできたのだよ。相変わらず愛されているな、隊長さんは」
「そうだったのか......ありがとう、レイラ」
「どういたしまして、エレーナ」
仲良く見つめ合い、少し頬を染めながら話す二人はとてもいい雰囲気を放っている。見つめあい、お互いがそこに居る事を心から喜んでいる、そんな風に見えた。
「......隊長、この紅茶は何ですか?」
ふと間を挟むようにニーナが割り込んできた。どうも嗅いだ事のない香りに興味をそそられ、気になって確認に来たようだ。
「ん? マスターから貰ったんだが、ヌワラエリヤという茶葉らしいぞ」
「......そうなんですか......不思議な香り......少し飲んでいいですか?」
「あぁ、構わないぞ............はっ!!」
何気なく飲んで良いと言ったエレーナだったが、ふと今日の出来事を思い出す。そう言えば、ニーナは間接キス等には動じないらしいから、この後の事は容易に想像できた。
「ん......こくん」
「あ......」
微塵の躊躇もなく、同じティーカップに口をつける。しかも、今エレーナは左手にギプスをしているので、右手でしかティーカップを持たない。そしてニーナも同じく右手で手に取り口にしたので全く同じところに口をつけている。それはつまり......
「間接キスだとぉぅ!?」
「うぉっ!? マスター!?」
「あらあら、ニーナは大胆ねぇ」
「......? 何でそんなに驚いているの?」
「......ニーナ、あのな、あんまり他人のコップに口を付けるものでは......」
「?? 隊長のだから別にかまいません。それに隊長も私の水筒に口を付けましたし......」
「ナ、ナンダッテー!!」
「......エレーナ? 詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」
「ちょ、待て! 誤解だ! 決してやましい話ではなく、これは信頼の結果であってだな......」
「信......頼......?」
「ktkr詳しく」
「ぁあ! 違う! いや、違くない!! そうだ!! 仲間の信頼だ!! だよな!? ニーナ!?」
「......え?」
「......ギルティね」
「ふぉぉぉぉぉおおおお!!」
「違うと言っているだろ!? 何で毎回こうなるんだーー!!」
頭に?マークを浮かべるニーナ。背後にワイバーンを浮かべ威圧するレイラ。ハッスルするマスター。そして頭を抱えるエレーナ。
いつもと変わらない日常を彼女達は送っている。
彼女たちは今日もどこかで平和にお茶を飲んでいる。
――――――――――――――Σ>三二二二>
よくわかるSAM解説! 第十話「ミサイル回避機動とその対策」
「やぁ! 皆! 解説者のエレーナだ! 前回はすまない、レイラにずっと正座をさせられていてな......理由は聞かないでくれ......」
「気を取り直して解説を始めよう。今日は戦闘機のミサイル回避機動についてだ!」
「以前、ミサイルを打たれると戦闘機は180度旋回して遠ざかるという話をしたのを皆は覚えているか?」
「そう、ミサイルというのは射程があり、ある程度距離があれば振り切れる」
「しかしSAMから近く、ミサイルを振り切れない場合だって当然ある」
「そのような時どう回避するか? というのを見ていこう」
「まずミサイルは戦闘機に向かう際、命中予定点に回り込むように飛翔する物が殆どだ」
「では、目標が急降下をしたらどうなるだろうか?」
「もし目標が地面に突っ込むような機動をすると、命中予定点が地面の中になる」
「すると命中予定点を目指すミサイルは、目標に到達するより先に地面に接触してしまう」
「これを利用しミサイルを無力化する事ができたのだ」
「さらに、超低空を飛ぶのも有効だ」
「近接信管の感度は標準で約300mの所に物体があると反応する」
「そして地上が近づくと当然、地面が電波を返してくる」
「すると電波信管が地面からの反射波を感知して起爆してしまうのだ」
「ではこの機動をする戦闘機にどう対処するかを見ていこう」
「SA-2には誘導方式と起爆方式という設定がある」
「誘導方式はスリーポイント、フルリード、ハーフリードがあると以前説明した」
「これらの誘導方式の中で、命中予定点に先回りするように飛ぶのはスリーポイントとハーフリードだ」
「よって、急降下する目標に対してはフルリードを使うか
「フルリードは照準をただ追いかけるだけだからな、目標が地面の中に潜らない限り、ミサイルが地面に突っ込むことはない。が、低空飛行を続ける目標を狙うとミサイルも低空飛行をしてしまう。そして地表には障害物や起伏がある」
「そこでК誘導を使うのだ」
「К誘導にすると、ミサイルは一定以上の高度を維持し、命中予定点が近づくと下降するようになる。これによって地上の障害物等を回避するのだ」
「しかし、これだけでは不十分だ」
「急降下した目標は地面を這うように飛行を続ける」
「するとミサイルが地面に接近し、地面からの反射波を拾って目標の手前で起爆してしまう」
「なので、こういった目標に対しては電波信管ではなくК3信号起爆を使う」
「K3信号とは、ミサイルの起爆信号である」
「SA-2Eではミサイルの誘導チャンネルが4つある。2つがミサイルの操舵チャンネルで、1つが"К3信号"と呼ばれる起爆信号を送るチャンネル、もう一つがК4信号で信管の起動をする為のチャンネルだ」
「К3信号を使うと、火器管制からの指示で起爆できる」
「これを利用し、火器管制レーダーに映る目標の反射波とミサイルの信号が重なった瞬間に起爆するのだ」
「この信管のモードの事を"К3信号起爆"という」
「当然К3信号起爆では電波信管は作動せず、触発信管と信号起爆でのみ起爆する」
「このК3信号は電算機によって送られ、適切なタイミングで起爆してくれるようになっている」
「また、ミサイルの発射スイッチの下にある自爆スイッチもК3信号を使用する」
「これを利用し手動で"目押し"する事も可能だが、難度は非常に高いので通常は大人しく電算機に任せている」
「さて、これで急降下し低空を飛ぶ戦闘機に対応できるようになった。しかし、К3信号起爆にはまだモード切替スイッチがある」
「そのモードは二つあり、接近する目標に使うモードと、遠ざかる目標に使うモードだ」
「SA-2のミサイルは、接近する目標に対しては爆破した破片が後ろに、遠ざかる目標に対しては破片を前に飛ばすことができるようになっており、このモード切替スイッチはそれを切り替えているのだ」
「仕組みは至って簡単だ。弾頭には前後に信管が二つ付いている。その信管を両方起爆すれば爆風は真横に飛ぶ。前だけ起爆すれば、爆風は両方起爆時より5度後ろ向きに拡散する。後ろの信管だけ起爆すれば、爆風は両方起爆時より5度前に拡散する、というわけだ」
「まぁ実際飛んでいくのは爆風ではなくフラグメントなのだがこれについては次回説明しよう」
「ちなみに先ほど出てきたК4信号だが、信管の起動をミサイルの飛翔中に遠隔で指示できるようになっている」
「しかし、この機能を使えるのはUSU信管を搭載した新しいミサイルだけだ」
「よって、V-755 20DA 以前の古いミサイルにはこの機能を使えない」
「ちなみにSA-2FにはそもそもこのК4信号の機能は付いていないのでSA-2Fの誘導チャンネルは3チャンネルしか使用していない」
「さて、これでК誘導とК3信号起爆については終わりとなるが、近接信管の話がまだ終わっていない。詳しく説明するのはまた後日にするが、今日はUSU信管についてだけ触れておこう」
「USU(УСУ =Универсальное Селектирующее Устройство(ユニバーサル・セレクティブ・デバイス))信管とは信管の種類の一つだ」
「このUSU信管は電波信管の強度を設定でき、反応半径を300mから100mに変更したり、走査パターンを変更する事ができる」
「これによって、超低空であっても近接信管が使用できるようになる」
「しかし、障害物が多い場所や起伏が激しい場所ではК3信号起爆の方が間違いないだろう」
「さて、では今日はこの辺りで終わりにしよう」
「次回は"近接信管と炸薬及びフラグメントについて"だ」
「最近本編が長くて解説が短くなってしまってかなわんな......どうしたものか......」
「名残惜しいがこれで失礼しよう」
「ではまた次回! 寒いから暖かくして寝るんだぞ?」
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