第15話 V-759 5Ya23ミサイルの香り~新装備の興奮を乗せて~

 72中隊第3小隊はSA-2Eと対面してから3日が経ち、いよいよ実弾演習の日を迎えてた。各々が持ち場につき、皆興奮気味のようだ。それを落ち着かせるようにエレーナが声を掛ける。


「さて、いよいよ実弾演習の日がやって来た! 皆、気を引き締めろ!」

「了解ッス! カメラ! カメラ使って良いっスか!?」

「......了解。何時でも大丈夫です......」

「ヴぁい! 新機能......! ゾクゾクするゾ......!」

「あ~ヤバい、手の震えが止まらねぇ......酒が足りねぇからだな......」

「ちょっと!? これから演習なのですよ!? しっかりしてください!」

「あら~アンジェラは燃料切れみたいね」

「......お前らなぁ、これがSA-2Eになって初めての実弾なんだぞ......もうちょっと緊張感をだな......」


 どうやら鼓舞は失敗に終わったようだ。相変わらずの緊張感の無さにいつも通り「やれやれ」とエレーナが肩を落としている。だが何故かまんざらでもなさそうだ。


「よし! それじゃ始めるぞ! レイラ、電源を入れてくれ」

「了解よ。サブシステムよし、PVよし、UVよし、AVよし、RV/rkuよし、電源投入......電源全てよし」

「よし、確認した」


 I-66V操作パネルの電源スイッチを入れるレイラ。手順はSA-2Fとあまり変わらないが、増えたシステムの分確認ランプが大量に増えている。これらは異常を示す物なので通常時は発光しない。

 電源が入っている系統を示すランプと、PV、UV、AV、RV/rkuインジケーターと電源投入を知らせるランプのみが点灯している。

 SA-2E及び2Fは3系統の電源を接続するので3個の電源ランプが同時に点灯する。


「よし、では実践モードへ切り替えてくれ」

「実践モード切替、了解」


 I-64V操作パネルの中央上部にあるモード切り替えスイッチ2つの内右側を押し、実戦モードに切り替える。すると2つのボタンの真ん中にあるKC・БРランプの点灯がKCからБРに切り替わり、実践モードになった事を知らせている。

 ランプを確認した後、すぐ横にある ミサイルチャンネル切り替えスイッチ、БР.I・БР.II・БР.III全てを上に切り替え、実弾発射モードに切り替える。


「よし、確認した。早期警戒レーダー送信開始」

『早期警戒レーダー送信開始、了解』


 いつも通り一旦外に出て早期警戒レーダーを目視で確認するエレーナ。すると元気よく回転するP-18メートル波長目標補足レーダーが火器管制室からでもよく見える。P-18レーダーの管制官はレーダーが付いている車両のキャビンでP-18レーダーを操作し、その状況をソフィアが火器管制室の遠隔操作パネルで確認する。受話器で送信開始指示を受け、P-18レーダー管制官が回転を開始させた。

 今回の演習は前回同様、完全電源断の状態からスタートしたが、通常は早期警戒レーダーは監視の為、常に稼働し目標を走査している。


「確認した。火器管制レーダーダミーロードチェック」

「ダミーロードチェック......」


 レシーバースイッチはSA-2FではI-62パネルにあったが、SA-2EではI-66Vパネルへと移動している。時計の右下、カバーに囲まれているスイッチがそうだ。これを真ん中にすると停波、上に切り替えると受信、下にするとダミーロード(疑似負荷抵抗へ接続)となっている。これをレイラが下へと切り替える。


「反応よし」

「確認した。火器管制レーダーは受信へ切り替え。送信は停波。早期警戒レーダー確認」

「受信へ切り替え、よし」

「ヴぁい! PPIスコープ確認! 光点表示されています!」

「うむ、確認した」


 今度は油断せずちゃんと確認するソフィア。

 レイラがレシーバースイッチを上に切り替え受信へと切り替える。ソフィアはPPIスコープの光点を確認して報告を上げる。


「エミリヤ、戦況図は?」

「ぬかりありませんわ!」

「うむ、相変わらず完璧な仕事だ」

「デュフフフ......新しい下着の具合も完璧ですわぁ......」

「......お前も相変わらず変態で安心したよ......」

「はぁん......それは誉め言葉ですわぁ!」

「......はぁ......」


 戦況図を確認しながらため息を漏らすエレーナ。性格が残念ではあるが彼女の仕事は完璧である。正確に記録された戦況図は丁寧に書き込まれおり、綺麗に仕上げられていて見易い。


「......さて、演習目標を確認する! ソフィア! 目標は打ち上がってるか?」

「ヴぉー? まだ上がってませんね」

「了解だ。先に準備を終わらせよう」


 まだ設定された時間には達しておらず、演習目標が上がっていないので先に火器管制レーダーやミサイルの設定を済ませてしまう事にしたようだ。

 火器管制レーダーを使用する為、指揮車へと連絡をする。


「72中隊、エレーナです。火器管制レーダーの使用許可を申請します............確認しました。照射を始めます」


 受話器を戻し、SA-2Fとは少し違った手順で号令を出す。


「今回はIADSを使用せず、早期警戒レーダー管制官指示の元、目標を照準する! ソフィア、方位210度へ照準してくれ」

「ヴぁい! いよいよ新機能の出番かぁ~ワクワクするゾ!」

「うむ、頼りにしているぞ」


 そう言うとソフィアはPPIスコープの右下にある、火器管制連動スイッチを押し込むと、右上の確認ランプが点灯し、火器管制操作盤I-62V操作パネルのПЕРЕБРОСランプが点灯する。次にソフィアが中央下のつまみを回すと、PPIスコープ内の照準線がくるり、と回る。


「指向完了!」

「よし、それじゃレイラ、同期してくれ」

「わかったわ」


 次にレイラはI-62V操作盤の中央付け根にあるスイッチをВКУ-ЦУIIの方に倒すとPPIスコープと同期される。すると、火器管制室ごとレーダーが回転し、方位210度まで指向した。


「ヴぉ~! あたしの指示でレーダーが回転している......ちょっと感動だぞ......」

「そうだな、これからは低空から侵入してきたり、電波妨害を受け戦況図とIADSがあてにならない目標はソフィアの指示が大事になる。頼りにしているぞ!」

「ヴぁい! 今度こそ皆を守って見せます!!」

「うむ、その意気だ」


 満面の笑みでエレーナに意気込みを伝えるソフィアに、エレーナが同じく笑顔で答える。続いてレイラに向き直り再び指示を出す。


「それじゃレイラ、走査の準備をしよう。ワイドビームモードに切り替えてくれ」

「了解よ」


 そう返答し、I-64V操作パネルの右端にあるレーダー切り替えボタン3っつの内、右のボタンを押す。するとスイッチの上についているインジケーターがШирокий Луч(ワイドビーム)に切り替わる。

 SA-2Eからはレーダーモードが3つあり、SA-2Fの時から装備されるワイドビームレーダーを使用するモードと、SA-2Eから増設された、6cm波長のナロービームレーダーを使用するモードが2つある。

 詳しくは"よくわかるSAM解説!"にて解説していく。


「次はミサイルの設定だ。誘導УПР、電波信管、通常起爆」

「了解よ。誘導ウーペーユー、電波信管、通常起爆よし!」


 ハーフリード、近接信管、通常通りの起爆方法でミサイルの諸元を入力する。これらも大きく変わり、I-82V操作パネルの誘導方法切り替えがスイッチからダイヤルになり、I87Vコンピューターと接続する対妨害電波モードのI-87V-T/T誘導、УПР誘導、K誘導、地上攻撃用УПР誘導、地上攻撃用T/T誘導と選択肢が増えている。各誘導の詳細は"よくわかるSAM解説!"で補足していく。

 I-64V操作パネルの近接信管設定ダイヤルも増えており、通常起爆、スパイ気球攻撃用、チャフ誤作動回避用、USU(Universal Select Device)搭載信管チャフ誤作動回避用、USU信管低空目標用、USU信管対地目標用となっている。


「目標失探時直進」

「目標失探時直進、確認したわ」


 I-62Vパネル左端にあるВКЛ.СЛ-IIトグルスイッチを上にするとレーダーが目標を失探した場合ミサイルが直進する。下にするとミサイルは上昇能力の限界まで上昇するようになる。これも新機能だ。


「よし、後は演習目標が上がってからにしよう」

「了解よ」

「うーん色々増えているっすねぇ......訳が分からないっす......」

「あら、慣れれば弄る所は少ないわよ?」


 興味津々で覗き込むキーラにあっさりとした笑顔で返すレイラ。彼女にとっては慣れていたSA-2Eより、機能が少ないSA-2Fの方ができないことが多く、もどかしい思いをしていたようだ。


「ヴぁ! 新しい反応探知! 方位角210度! 距離30km!」

「お、上がったな。火器管制レーダー送信開始」

「トランスミッターオン、電波送信開始したわ」


 I-66V操作パネルの電源投入ボタンの下にあるレーダー送信ボタンを押し込むと、SA-2Fの時と同じように各レーダースコープにノイズとグランドクラッターが表示される。今回は早期警戒レーダー指示の方位に向いていたので、直ぐに演習目標らしき反応が現れた。


「目標確認、同期を解除するわ」

「確認した。キーラ、アンジェラ、ニーナ、追尾しろ」

「了解......」

「まってました!」

「ウッス! 追尾するっす!」


 目標を火器管制レーダーで捉えたので、早期警戒レーダーとの方位角リンクを解除し手動追尾に入る。


「目標追尾完了ッス!」

「目標追尾完了......」

「目標を捉えたぜ!」

「確認したわ」

「こちらも確認した。レーダーモードをナロービームに切り替え」

「了解、ナロービームに切り替え完了よ」

「続いてLOROへ」

「LOROへ切り替えたわ」

「よし、確認した」


 レイラがI-64V操作盤のレーダーモード切り替えスイッチをポチポチと押し、ナロービームモードへと切り替えると、増設されたナロービームアンテナでの送受信に切り替わり、自動的に一定の幅を走査する。するとレーダースコープの反応が横に伸び、拡大したように映る。これはワイドビーム用の20度幅のレーダースコープに、7度幅のナロービームを映し出しているためで、横に引き伸ばされて目標が表示されるのだ。

 続いてLOROモードに切り替えると、一点集中で電波を照射し、表示も20cm幅に戻る。これは送信をナロービームアンテナで、受信をワイドビームアンテナで行う為20㎝幅で表示されるのだが、映っている目標以外には電波が飛んでいないので実質幅は意味をなさない。


「よし、追尾を自動に切り替えるッス! 方位ASッス!」

「......私も追尾をASに。仰角AS......」

「私はパスだ。眠くなるし、ハンドル持ってないと手が震えてな......」

「了解よ。方位AS、仰角AS、距離RS、確認したわ」


 SA-2Eには自動追尾モードがあり、方位、仰角、距離を電算機に追尾させることができる。これは条件が良い時にのみ使え、妨害電波や出力を上げてノイズが多い場合、ARM対策で電波を切っている場合においては今まで通り手動追跡になる。

 自動追尾をAS(キリル文字でAC)と呼び、手動追尾をRS(キリル文字でPC)と呼ぶ。これらの切り替え状況は各追尾オペレーターにしか分からないので、切り替えの都度火器管制官へと報告する必要がある。

 これらを尻目に確認し、エレーナが射撃許可を取るため受話器に手をかけた。


「72中隊目標追尾完了。射撃許可を申請します.........確認しました。射撃開始します」


 ガチャン、と受話器を戻し再び定位置に戻るエレーナ。深く息を吸い、心を落ち着かせて再び号令をかけ始める。


「警報」

「警報を鳴らすわ」


 レイラがI-66V操作パネルのレーダー受信スイッチの右上にあるトグルスイッチを上に倒すと、何時もの耳障りな警報が鳴り響く。


《ゥゥウウウウウウウウウウウウウウ......!》


「ミサイルの発射体制をHに」

「発射体制をHに、確認」

「安全装置解除」

「解除するわ......安全装置解除、確認」


 I-66Vパネルのミサイル発射体制ダイヤルを一番右のH(全弾準備態勢)に設定する。これはSA-2Fから変わっていない。

 安全装置はSA-2Fと違い、封印テープとガラスで固定された安全装置の封印を解き、三つのスイッチを上に倒す。


「ランチャー同期開始」

「ランチャーを同期するわ......ランチャー指向中......同期完了」

「ミサイルの発射エンベローブを確認」

「確認......目標射程圏内」


 ここはSA-2Fと変わらない手順でテキパキと操作していく。これでミサイルの発射体制は整った。後は発射ボタンを押すだけである。


「隊長! カメラ使っていいっすか!?」

「ん? ああ、勝手に使っていいんだぞ。追尾管制官の判断に任せる」

「了解ッス! おっしゃ、カメラオーン!」


 そう言ってブラウン管の横にあるトグルスイッチを切り替えると、画質は荒いが青空と白い照準線、そして真ん中に黒い点のようなものが表示される。


「おおぉぉぉ! これはイイっす......マジで感動ッス......外だ......ここからでも外が見えるッス!!」

「おいおい、そこまで喜ぶ事でもねぇだろ?」

「いや......これはいい......もうレーダースコープは見飽きた......」

「あれ? ニーナもか......畜生! 何で測距にはモニターがねぇんだ.....」

「まぁ、測距はレーダーじゃないとできないからな。おとなしくレーダースコープを見ててくれ、アンジェラ」

「......うぃ~」


 テンションマックスでブラウン管に両手を添え大喜びするキーラ。ニーナも目を輝かせまじまじと画面を見ている。その光景を見てアンジェラが不満を口にするがエレーナに諫められてしまった。


「よし、ではミサイルを発射する! 最終確認」

「了解よ。インジケーターよし、目標射程圏内、方位角演習規定範囲内、全てよし」


 エレーナはレイラの報告を受けた後一呼吸置き、目を見開いて気合の入った号令を掛けた。


「4番ランチャー発射!」

「4番ランチャー発射!」


 号令を聞き、レイラがI62V操作パネルの中央にある、発射ボタンを押す。


《シュゴゴゴオオオオオオオオオオオォォォォ......!!》


 V-759 5Ya23ミサイルが奏でる聞きなれたミサイルの飛翔音。いつもと変わらないやかましいサイレン。そして漂ってくる火薬の香り。全く緊張感のない火器管制室にほのかな緊張感を演出してくれたが、それをキーラがぶち壊した。


「うぉっほぉ! 煙が見えたッス! ......でもミサイルは見えないッス!!」

「当たり前だ......ミサイルは先回りするから照準に映るわきゃねぇだろ......」

「でもでも、着弾する瞬間見れるッスよ!!」

「......楽しみ......」

「ミサイル順調に飛翔中......間もなく着弾」


 飛び跳ねる勢いでキーラが見つめるが、レイラは意にも介さずレーダースコープを見つめる。引き締まった顔のまま命中の報告を待つエレーナ。マニュアルで追尾しているアンジェラも今はおとなしくスコープを見つめて集中しているようだ。


「あ! 当たったッス!! 燃えてるっすよ!!!」


 命中の第一声を上げたのはキーラだった。


「こちらでも起爆を確認したわ。目標視線速度急速に降下中」

「うむ、文句なしの撃墜だな」

「よっしゃ~!!」

「あぁ......これ良いっす......これを待ってたんですよぉ......」

「......堪能した......」

「ヴぁー......あたしも感動したぞ......」

「ふぅ......」

「お疲れ様、レイラ」


 アンジェラの声を先頭に湧き上がる管制室。感動のあまり泣き出す始末のキーラ。満足そうにするニーナ。ソフィアも自分に出来ることが増え喜んでいるようだ。レイラは緊張感が切れ大きく息を吐き椅子の背もたれに身を預ける。エレーナはレイラの肩に手を乗せ労いの言葉を掛けると「ええ」と小さく返しスイッチを戻すレイラ。


「......阿保らしいですわ......」


 部屋の隅で戦況図に撃墜を示すバッテンを書き込みながら、そうエミリヤが呟いた。顔はやたらと冷めていていつもの様子とちょっと違う。


「でも、良いですわね......こういうのも......」


 書き込みを終え、ペンを置きながらそう言うと、微かに微笑んでいるように見える。彼女もまた、この職場に思うことがあるようだ。


「さて、全ての演習目標を撃墜した! 気を抜かず最後まで走査を続けるように!」

『了解!!』


 やっと興奮が治まってきた来た管制官達にエレーナが声をかけ、再び各々の仕事に戻る。仲の良い3人は談笑し、ソフィアも嬉しそうに微笑みながらPPIスコープを見つめている。エミリヤも壁に身を預け、穏やかな表情で戦況図の更新を待っている。レイラは一つ一つインジケーターを確認し落ち着いた顔で次に備える。


「よし! それじゃ撃墜を記念して今日の打ち上げはパーっとやるぞ!!」

『おおーー!!』


 今日は珍しく皆揃った返事が返ってきた。この部隊もすっかり一致団結してきたようだ。エレーナはそんな事を思いながら目をつぶり腕を腰に当てている。



 騒がしいSAM要員の彼女達は、今日もどこかで賑やかにミサイルを打っている。



――――――――――――――Σ>三二二二>



 *今日の解説はエレーナが打ち上げ中なので次の話までお待ち下さい*

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