第14話 ドアーズの紅茶の香り~桃の香りを添えて~

 新しいSAMに配属された72中隊の面々は再教育課程を開始し、エレーナ教官の下1週間の座学教育課程を修了し、実機を使用しての実地訓練へと移行していた。

 この日はエレーナとレイラ以外のメンバーにとって初めて触る記念すべき日となった。外観は今まで光学キャビンが乗っていた所にパラボラアンテナが付いた程度にしか変わりがないが、中の操作盤は似ても似つかないほどスイッチやらランプやらが増えていて、初めて見るメンバーは目を真ん丸にして見回している。


「ヴぉぉぉ! 何か色々増えているぞ!!」

「ホントにこれ同じSA-2なんスか!?」

「でも私達はやる事変わらないだろ?」

「......SA-2Eにはクラッター軽減装置SDCがついてる......嬉しい......」

「3人はともかくアンジェラはそうだな、コンソール的には変わりはない。やる事も同じだ。ニーナとキーラは、新しい機能としてカメラからの映像を映すブラウン管カラーモニターが付いている。レーダーにくっついているから、追跡している目標が見えるぞ。今までレーダーの上に載っていた光学キャビンの代わりだな。ソフィアは仕事が増えているから後で説明するよ」


 追跡担当官の3人が操作するコンソールに増えた新しい機能としては、レーダーが使えない場合において、目標を目で見て追跡できる光学照準用カメラがある。

 これは火器管制レーダーの仰角用レーダーと連動しており、目標をロックオンするとそれに応じて目標を映し出してくれる優れものだ。

 今迄は、光学キャビンと呼ばれるレーダーの上に載っている"犬小屋"と呼ばれていた箱の様な物に人が乗り込み、光学照準器で直接照準していたので、ほとんど使う機会はなかった。


「ヴぉー......これからはあたしがIADSみたいなことができるのか......」

「そうだぞ。今迄は画面を見ている事しかできなかったが、これからはもっと皆の為にできることが増えると言う訳だ!」

「そうなのか......あたし、頑張るよ!」

「うむ、頑張れ。私もできる限り傍に居るよ」

「......エレーナ......ありがとう」


 ソフィアの事を気遣い、耳元でエレーナが囁く。あの夜からソフィアは明るいソフィアのままだが、何時また落ち込むかもわからない。それに新しい機材で即配備となるのでエレーナは彼女の事が心配だったのだ。

 エレーナの優しい言葉を聞き、小麦色の頬を染め目を瞑りお礼を言うソフィア。傍から見るとまるで恋人同士のやり取りだ。


「......こほん」

「ヴぉ!?」

「ん? レイラどうしたんだ?」

「......さぁ? どうしたのかしらね?」


 レイラは顔も向けず咳払いを出すと、何事も無かったのように火器管制パネルを一つ一つじっくりと見て、かつての記憶を呼び起こしていた。


「? レイラはどうだ? 操作方法は覚えているか?」

「ええ。まるでここが実家のようにも思えるわ。全てが懐かしく、とても良く馴染む......懐かしい記憶ね......」

「......実家か......言いえて妙だな......」


 そう言いながらI-62V操作パネルを指でなぞるレイラ。I-62パネルよりもスイッチが多くなり、誘導設定も6つまで増えている。I-64Vパネルにも所狭しとスイッチ、インジケーターランプが増えている。新しい機能は数知れず、増設された6cm波長のナロービームレーダーによってステルス性を持つ目標への対処も容易になっている。

 また、新設されたI87V電算機とP-12、P-13レーダーの組み合わせにより、ジャミングをする目標の位置を割り出し、ミサイルを送り込む事も可能となっている。


「......だが、今の私達には帰る場所がある。大切な仲間が居る.......」

「......そうね......」


 エレーナは操作パネルの前に座るレイラの肩に手を置き、今の幸せを相棒と分かち合う。それに答えるようにレイラもエレーナの手に自分の手を重ね、幸せそうに目を瞑り、頭を少し寄せている。


「......く、悔しいですわ......あの二人の間には......入れない......」


 部屋の一番奥、レイラとエレーナの後ろでエミリヤが何やらプルプルとしながら呟いている。


「おい、アナーキン! お前も私と同じであんまり変わってないんだろう?」

「誰がアナーキンですか!? ......そうですわね、戦況図なんてどれも似たような物ですわ」


 エミリヤは先日の"穴あき"発言からアンジェラに"アナーキン"と呼ばれていた。


「ほぇ~えらい違いッスねぇ......」

「......でもやる事は同じ。私達は目標を捉え続けるだけ......」

「違いねぇ。私達はやるべき事をやるだけだ。だから酒飲んで良いか? 隊長?」


 いつも通り仲良く座る3人。相変わらず馬鹿な事を言うアンジェラ。この3人を

見ているとまるで似ていない兄弟のようで場を和ませる。


「仕事が終わるまで我慢しろアンジェラ。それに3日後には実弾演習が待ち構えている。それが終わったら、また打ち上げに行くから楽しみにしておくといい」

「マジッスか!? また飲み放題ッスか!?」

「うぉっし! 俄然やる気出てきたぜ......隊長! 模擬戦闘はまだか!?」

「......私はアイスティーが飲みたい......」

「ヴぁー!! 次は色々なお酒を飲んでみるゾー!!」

「......何か嫌な予感がしますわ。今回わたくしの扱い酷くありませんか!?」

「あらあら、相変わらず皆仲が良いわねぇ」

「ふっ......相変わらず個性的な奴らだよ」


 腰に手を当てやれやれ、と言ったように笑うエレーナは今日も変わらない日常を満喫しているようだ。心なしかSA-2Fの頃よりも、その表情は丸く見える。


「さて、それじゃ模擬演習を開始するぞ! まずは各々操作してみるといい!!」

『了解!!』

「ヴぁい!」


 ……


 …………


 ………………


「車両群もそんなに変わりは無いようだな......」


 ひと通り模擬訓練を終えたエレーナ達は、次の1班の模擬演習の為場所を明け渡し、休憩時間へと入っていた。その時間を利用し各々新しいSAMを散策していた。

 エレーナは電源車の方へと歩いていくと、入り口のドアに腰掛け、本を読みふける人物を発見し、声をかけた。


「やあ、ニーナ」

「......隊長。お疲れ様です......」


 短く挨拶をすると、ニーナは本を閉じ後ろに置いていた手提げ袋を手繰り寄せる。エレーナはドアの横にもたれかかる様に身を預け、隣に立った。電源車は車高が高い為、座るニーナと同じ目線になる。


「何を読んでいたんだ?」

「......Мояマヤ жизньズィーズン(私の人生)」

「自伝か。著者は誰だ?」

「......トロツキーです......」


 手繰り寄せた手提げ袋を漁りながらニーナがこれまた短く返答する。手提げ袋から直接飲むタイプの水筒を取り出すと、体を前に向け何かを飲み始めた。


「トロツキーか......そういえば彼もシベリア送りを経験していたのだな......」

「そうですね......そして脱走し英国へ逃げた......」

「それからどうなったのだ?」

「......まだ読んでいない......」

「......そうか」


 ふと会話が止まる。爽やかな風が吹き、ニーナの綺麗な黒髪が揺れ、真っすぐに切りそろえられた前髪が揺らいで白い肌がチラついている。

 何時も瞼を少し閉じているように見えるその濃く赤い目は、遠くを見つめて何かを考えているようだ。落ち着いた表情からその感情を読み取るのは難しい。


「......隊長と一緒......」

「ん? 何だ?」


 ニーナがボソッと何か呟いたが風の音で良く聞こえなかった。


「............トロツキーも隊長と一緒ですね......」

「......あぁ。そうだな。彼もまた、私と同じで祖国から逃げた身だな......」


 再び沈黙が訪れる。相変わらずあまり表情を変えないニーナだが、言いたいことが言えなかったのか少し残念そうに見えた。

 エレーナは目を閉じ風の音に耳を澄ませているようだ。

 そう長くない沈黙の後、突然ニーナが動き出す。


「......隊長。これ、飲んでみてください」

「うん? これは何だ?」


 突き出されたのは水筒だった。ネジ式の蓋が外され、直接飲めるように角が樹脂で保護されているタイプの水筒だった。その中から微かに紅茶の香りとミルクの香りがする。


「ドアーズの紅茶です......今日はミルクティーにしてみました」

「ドアーズか。初めて聞くな」

「......でも良くブレンドにされています。もしかしたらどこかで飲んでいるかもしれません......」

「そうなのか? 意外とポピュラーなのだな。では飲んでみるとしよう。コップを貸してくれないか?」

「......コップ?」

「ん?」


 首を傾げるニーナ。頭には?マークが出ているようだ。


「......それは直接飲む水筒......コップは要らないです......」

「それはそうだが......」


 水筒に目線を落とすエレーナ。そこには中が見えずとも角に少し溜まるミルクティーがゆらゆらとその水面を揺らしている。

 先程確かにニーナはこの水筒に口をつけ飲んでいた。そこにエレーナが口を付けるということは、つまり間接キスとなる。


「......ニーナは気にならないのか?」

「......?」


 本当にわからなさそうな不思議な顔を見せるニーナ。困り顔もまた可愛く、エレーナの心を激しく揺さぶってくる。


「その、これに口をつけて飲んで良いのか?」

「......? かまいません......? 何故そのような事を聞いているのですか?」

「......いや、何でもない......気にしないでくれ......」

「???」


 何故か意識しないニーナに動揺するエレーナ。


(いや、まて、これはただニーナが私を信頼してくれているだけだ。深い意味はない。だからこれは早く飲んであげないと失礼になってしまう......だがしかし、これは中々......緊張するというかなんというか......ドキドキするな......)


 水筒を握りしめじっと見つめて葛藤するエレーナ。その手は震え、頬には汗が伝っていた。何故そのような状況になっているのかニーナは分からず再び首をかしげる。


「......早く飲んでください.....」

「あ、ああ。わかっている......」

(ええい、ままよ!!)


 そしてついにエレーナは水筒に口をつけ、ミルクティーを口に含む。

 すると優しい味わいが口いっぱいに広がり、甘い味が口の中を駆け巡る。しかしそこには確かな紅茶のコクと風味が存在し、ミルクに負けじと主張してくる。

 余韻を感じる暇もなく飲み込むと、確かな紅茶の香りがスッと抜けていく。

 しかし、それらの中にほのかに桃の香りがする。これは紅茶では無さそうだ。これはニーナの口紅の香りだろうか......そう考えるとさらにドキドキしてくる。


「......お? 甘いな......だがちゃんと紅茶の味がする......それでいて飲みやすい......」

「......私の自信作......」

「そうか。美味いぞ、ニーナ」


 少し嬉しそうな顔になり、自慢げにふんす、と胸を張るニーナ。隊長に褒められて嬉しかったようだ。


「ミルクティーも良いものだな......これなら毎日飲んでもいい位だ......」

「......喜んでもらえて嬉しい......」

「......そうか」


 珍しく明らかな笑顔を見せたニーナに自分も嬉しくなりつられて笑顔になるエレーナ。先程までのドキドキは和らぎ、なんとか正気を取り戻したようだ。


「何時もレイラが淹れているのはストレートです。隊長は苦いのが苦手ですから、偶には私のミルクティーも飲んで下さい......」

「......そうだな。偶にはこういうのも大いにありだ」

「......はい」


 水筒を返すと嬉しそうに受け取り、しばらくその飲み口を見つめるニーナ。


「......また今度、私に紅茶を淹れてくれるか? ニーナ。部屋でお茶会でもしよう」

「......喜んでお淹れます。隊長......」


 目をつぶり、喜びを噛みしめるように思いに浸るニーナ。そしてゆっくり目を開けると、そっとその水筒に再び口をつけた。


 今日も彼女たちは、どこかで幸せそうに紅茶を飲んでいる。



――――――――――――――Σ>三二二二>



 よくわかるSAM解説! 第九話「SAM無力化方法」


「やあ! 皆! 解説者のエレーナだ! 今日は良い事があってな、少し上機嫌だ」


「さて、今日の解説を始めよう。今日は対SAM対策その2だ!」


「前々回と前回は打たれたSAMを回避したり、ステルス機能を使い発射を未然に防ぐ方法を解説してきた訳だが、まだ解説していないSAM対策がある」

「そこで今日はその方法を見ていこう」


「軍事関係に明るい人は、"ビーム機動"という単語を知っている人がいると思う」

「知らない人に説明すると、レーダーから見て90度横方向に、レーダーからの距離を保ちながら旋回飛行する事だ」

「この飛行をすると、パルスドップラーレーダーを搭載し、SDCと呼ばれる機能がついているSAMには映らなくなってしまうのだ!」


「では、その原理を見ていこう」


「パルスレーダーは、レーダーからパルス(レーダー波)を送り、目標との距離を探知している。しかし、レーダー波は地面など目標以外からも戻ってくる」

「これでは超低空を這うように飛んでくる航空機は地面の反射波により隠れてしまう。そこでこれを軽減するのがパルスドップラーレーダー・SDCだ」

「原理は簡単で、ドップラー効果を利用している」


「ドップラー効果とは、救急車等のサイレンが近づいてくるときは高い音で間隔が短く聞こえるのに対し、遠ざかるときは低い音で音が伸びて聞こえるあれだ」

「レーダー波も同じで、近づく目標に当たった場合は跳ね返って戻ってくる電波の波長が短くなるのだ。逆に遠ざかる目標だと戻ってくる電波は波長が長くなる」

「これを利用し、距離が変わらず波長に変化がない電波にフィルターをかけるのが"パルスドップラーレーダー"、"SDC"だ」

「動かない目標は当然距離が変わらない。そこで波長に変化が無い電波をレーダースコープに移さないようにすれば、移動している目標だけを映せるというわけだ」


「しかしこのシステムには欠点がある。そう、動かない目標は"映らない"のだ」

「例えばヘリコプターはホバリングをする。するとどうだろう? 空中で動かない為レーダー波の波長に変化がなくなり、SDCはこの反応をカットしてしまう」

「その結果レーダーに映らない」

「そしてこのSDCが見ているのは距離だけである。方位、仰角は見ていない」

「その為、レーダーから真横方向に移動しながら距離を保たれると、距離が一定なので動かないと判断してしまう」

「この距離で見る移動速度を"視線速度"という」

「視線速度が0の目標を映さなくするのがSDCである」

「これを利用し、レーダーから姿を消すのが"ビーム機動"というものだ」

「反応が無くなれば当然レーダーはロックオンできない」

「その為一度ロックオンされてもビーム軌道をする事によって回避できるのだ」


「当然現在のSAMは対応されているし、位相変調等を使うことによって視線速度低下による失探は回避できる」

「位相変調は電波に細かく区別を付ける事ができるので、いつ発射した電波がいつ帰ってきたのかを正確に把握できる。その為目標がどれくらいの視線速度で飛んでいるのか正確に分かるのだ」

「しかし、目標との距離が遠すぎる、もしくはステルス機の為反応が小さい場合は、位相変調は減衰しやすいので、十分な反射波が返ってこないしミサイルの誘導には少々反応が弱い」

「そこで通常時はパルスドップラーレーダーで探知し、目標が旋回して視線速度が0に近づくと位相変調へ切り替え、再び視線速度が出てくるとパルスドップラーレーダーに切り替える、といった対策がされる」

「ちなみに最近のSAMは対策済みなので、ビーム機動を使った戦術はベトナム戦争以降通用しないと思っていい」



「さて、次はSEAD、DEADについて解説していこう」


「SEADとは、"Suppression of Enemy Air Defence"の略で、レーダーをARM(対レーダーミサイル)等を使用し無力化する事だ」

「ARMは以前解説した通り、まず火器管制レーダーを照射される必要がある」

「その為、鈍重な爆撃機や機動性の低い攻撃機でARM攻撃をしようとするとミサイルの方が先に着弾する、もしくは相打ちになる危険がある」

「そこで先に機動性の高い戦闘攻撃機等にARMを装備させ、爆撃機等より先行して飛ばし、SAMを打たせて自分はミサイルを回避しながらARMを打ち込む」

「もしくは爆撃機よりもSAMに近いところを飛び、爆撃機に向かってSAMが打たれた瞬間ARMを打ち込み、ミサイルが着弾する前に無力化する」

「これがSEADだ」

「当然、誰かしらはSAMの脅威に晒されるため危険を伴う。なので機動性の高い戦闘攻撃機がよく使われていたのだ」


「次はDEADだ」

「DEADは、"Destruction of Enemy Air Defence"の略で、レーダーのみならず、ミサイル発射機等の設備も同時に攻撃する」

「攻撃方法は巡航ミサイルや、高高度より投下し、長距離を滑空するレーザー誘導爆弾等の長距離兵器を使用し、ミサイルが打たれる前に目標を無力化するのだ」

「さらに超低空を飛行し、目標の直前で高度をあげ、爆弾を投下し再び超低空に逃げる、という方法もあるが、対空機関砲の危険に晒されるので現在はあまり行われていない」

「実際超低空を飛ぶ戦闘機がシルカ等の対空機関砲に落とされる事は多々あり、リビア空爆の時や第四次中東戦争で猛威を振るった」


「今回は短いが終わりにしよう。本編が押しているのでな」

「......何? こちらが本編だと? ......嬉しい事を言ってくれるじゃないか、ありがとう!!」


「さて、次回は『急降下してSAMを回避する目標と超低空目標への対処方法』だ」


「それでは、また次回!」

「帰り道に気をつけてな! 送って行っても良いんだぞ?」

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