第12話 古い記憶の香り~祖国に思いを寄せて~

「さぁ、今日の寝床も確保した事だし、思う存分楽しむわよ、エレーナ」

「あ、あぁ。だが程々にしてくれよ、酒が回ってクラクラする......」


 顔を真っ赤にしたエレーナがすっかり上機嫌のレイラに手を引かれ、なされるがままショッピングモール内を散策していた。

 レイラの方はというと、目的なんてまるで忘れてしまったのかのように、ブティックやら時計店やら手当たり次第に連れまわしている。

 かれこれ3時間はショッピングモール内を歩き回り、すっかりグデングデンになったエレーナがベンチで腰掛け休んでいると、レイラがようやく本題を切り出してきた。


「はぁ~満足したわぁ......そろそろティーカップを買いに行かなくちゃね~」

「......ようやくか。流石に遊び疲れてしまったな......」

「何年寄りみたいなことを言っているの? アンジェラに笑われるわよ?」

「......それは仕返しか?」

「あら? 気づいた?」


 子供のような笑顔を見せるレイラ。戦闘服姿の時はまるでごっこ遊びを楽しむ子供のようだが、今日は格好も合わさりそこいらの大学生のように見える。


「さて、それじゃあ買いに行くとするか」

「酔いはもう大丈夫なの?」

「あぁ。火照りが治まって段々酔いも醒めてきた」

「そうなの? じゃああっちの雑貨屋に行きましょう?」

「......食器店じゃないのか?」

「そんなつまらない所で買っても味気ないわ。もっと可愛いものを選びましょう?」

「......やれやれ、わかったよ」


 そして二人は2階にある雑貨店へと移動した。その雑貨店は所狭しと物が詰められ、可愛い小物からキャラクターとコラボした商品、アンティーク風の時計等、様々な物が何の脈絡もなく並べられていた。


「......すごいな。ここには何でも売っているのか......」

「何でもではないわよ。可愛いものだけよ。見て、これなんか良くない?」


 レイラが手に取ったのは、赤いガーネット......のような物が付いたイヤリングだった。エリーナに見せながら優しく微笑むレイラに、その煌びやかな宝石のようなものはよく似合っていた。


「ああ。よく可愛いと思うぞ。レイラの蒼い髪によく似合いそうだ」

「......違うわよ」

「......え?」

「貴女によく似合うと思ったの」

「......私に?」


 そう言いながらエレーナの耳にイヤリングをあてがって見せる。


「ほら......やっぱり似合うじゃない......」

「......あっ......」


 急に接近してくるレイラの顔にドキッとするエレーナ。綺麗な空色の髪の隙間から、丸い眉が覗き、吸い込まれそうな深い青色の瞳が見る者を飲み込んでいく。


「わ、私はいい......」

「貴女はもっとお洒落をするべきよ。こんなに可愛いのに......」

「......っ!」


 意識してしまい、目線を泳がせる。だがその距離は近く、つい顔に目が行ってしまう。ふと目に入る柔らかそうな唇に目が留まる。それはとても瑞々しくて、薄くピンク色で......


「わ! 私の性格には合わん!! それに隊長としての威厳がある!! そんなものを身に着けていたらキーラに笑われてしまうぞ!」

「え~! そんなことないわよ」


 そっぽを向きレイラから遠ざかるエレーナ。その顔は耳まで真っ赤にし、緩んだ顔を引き締めるようにしかめっ面をしていた。


(危なかった......あんなにドキドキしたのは初めてだ......! 私はノーマルだ......! 私は普通の女なのだ......! 決してレイラをそんなやましい目で見てなど......!)


 顔に右手を当て、自分にそう言い聞かせるエレーナ。それをよそに「あんなに似合ってたのに~」と残念がるレイラ。

 身悶えするエレーナに、並べられた商品の一つがふと目に留まる。


「......おや、これは......」

「ん? 何か見つけたの?」


 顔にあてがう手の隙間から見えたのは、ガラス玉の中に、雪化粧をしたロシアの建物のミニチュアが入っている置物だった。


「これは......クレムリン(ロシア帝国時代の宮殿)か......」

「スノードームね。中は水かしら?」


 そう言いながらレイラが置物を手に取りクルクルと回すと、中に入った白い粒のようなものが漂い、上を向けるとゆっくりとミニチュアに降り注いだ。


「......すごい......綺麗だ......」

「......そうね......」


 その光景は、かつての故郷を思い出すかのような光景だった。晴れやかな軍事パレードが行われた赤の広場。どこまでも続く雪原。雪化粧をして整然と並ぶ街並み。フラッシュバックのように思い出し、懐かしい記憶に思いを寄せる。


「......これは......良いものだ......」

「......」


 スノードームを食い入るように見つめるエレーナを、レイラが横から見つめるが、その表情は何故か少し悲しそうな表情をしていた。少しの間、その顔を見つめると目を閉じ、ふと口を開く。


「......じゃあ私が買ってあげる。私からのプレゼントよ」

「......え? 良いのか? 結構高いぞ?」

「いいのよ。私が贈りたいの。贈らせて頂戴......」

「レイラ......わかった。その言葉に甘えさせていただくよ。ありがとう、レイラ」

「どういたしまして、エレーナ」


 ふふふ、と再び笑顔になる二人は、その後も暫くの間、仲良く肩を並べてそのスノードームを見つめていた。


 ……


 …………


 ………………


「納得いかないわ......どうして旅行命令書が無いと宿泊できないのよ......?」

「仕方ないではないか......それがルールというものだろう?」


 ひとしきり買い物を楽しんだ二人は、一旦荷物を預ける為ホテルへと向かったのだが、チェックインする際に身分証明書の提示を求められ、キルギス軍の従軍証明書を提示したのだが、旅行命令書が無い為認められず追い返されてしまっていた。


「まさか自国の軍人ですら旅行命令書が必要なんて思いもしないじゃない......」

「それもそうだな。それかロシア人である我々を怪しまれて、口実にされただけなのかもな......」


 通常同じ国であれば旅行命令書は必要ないのだが、独立して間もなく法整備が未熟なキルギス共和国では、ホテル独自の規則により厳格に規制が引かれていた。


「仕方がないわ......代行で帰りましょう......お金は出すわ......」

「いいや、ここは私に出させてくれ。今日はレイラに使わせてばかりだからな」

「あら、気にしなくていいのに。それじゃ、ちょっと電話してくるわね」

「ああ」


 そう言いながら公衆電話へと向かい、代行サービスの会社へと電話をするレイラ。エレーナは荷物を預かりベンチへと腰掛ける。


「しかし、たまにはこういうのも良いものだ......」


 今日一日のレイラとのデートを思い出し、感傷に浸るエレーナ。今思えば、殆ど外出をせず基地で過ごすエレーナは、真面に街を散策した事も無かった。


「これがずっと続けばいいのにな......」


 ふと街並みを見てみると、ソ連式のフルシチョフカの街並みがずっと続いている。薄く雪がかぶり、大通りは車で溢れかえっている。道行く人々は皆寒そうにコートを着込み、道端に避けられた雪溜まりを避けながら歩いている。


「......ここは祖国に似ているな......」

「お待たせ......どうしたの?」

「......いや、ふと昔を思い出してな......」

「あら、あのスノードームを見つけて思い出しちゃった?」

「そうだな......」


 紙袋からゴソゴソとレイラが買ってくれたスノードームを取り出す。街灯に翳すとキラキラと輝き、まるで夜の祖国を見ているような気分に浸る。


「気に入ってもらえてうれしいわ......」

「......ああ。こいつは私の宝物だ......」


 遠い目をしてスノードームの向こうに祖国を見るエレーナ。満足そうな顔を浮かべ、とても幸せそうに見えた。今はレイラもその顔を見られて嬉しそうに笑っている。


「......そう言えば結局ティーカップを買わなかったな」

「だって可愛いのが無かったのだもの」

「結局、安物のマグカップを買ってしまった。しばらくはこれで我慢しよう」

「いいじゃない、また探しに来ましょう......」

「......そうだな。また来よう。必ず......絶対に......」

「......えぇ」


 二人は仲良く肩を寄せ合い、街灯にかざされたスノードームをしばらくの間見つめていた。



――――――――――――――Σ>三二二二>



 よくわかるSAM解説! 第七話「対SAM対抗手段」


「やぁ! 皆! 解説者のエレーナだ!! すまない、少し遅れてしまった。先にエミリヤが解説してくれたようだが、SAMに関しての解説ではなかったのでな、今日は豪華二本立てだ!」


「さて、今日の解説は対SAM戦術だ」


「戦闘機や爆撃機等の軍用機は、敵地上空では常にSAMの脅威に晒されている。当然、何も対策をせず呑気に飛んでいては敵地で生き残れない」

「そこで、軍用機は対抗手段を必ず積んでいる」

「一番有名なのはフレアと呼ばれる対抗手段だな」

「フレアとは、赤外線誘導のミサイルを妨害する、燃えながら落ちていくダミーだ」

「熱源を探知してそこに向かって飛ぶ赤外線誘導のミサイルは、他に強い熱源があるとそちらにロックオンが移ってしまう。それを利用して回避するのがフレアを使った回避方法だ」

「赤外線ミサイルが初めて実戦投入された頃は、太陽を誤認識してしまいロックが外れることがよくあった。そこで『ミサイルに追われたら太陽に向かって飛べ』等と言われていたこともあったな」

「しかし新しいミサイルは技術の発展と共に進化し、弾頭に搭載されたカメラで目標を識別し、それが本当に目標かどうかを見極めることができるようになっている」

「熱源だけではなく、機影を撮影して目標を認識しているのだ」

「この事により、現在の赤外線誘導ミサイルは回避がとても困難だ」

「だが赤外線誘導は前に説明した通り射程が短い。遠くからでは空気に阻まれ熱源を探知できないのだ。なので射程外まで振り切ることが一番の対抗策となっている」


「ちなみにフレアは見た目も派手で、航空ショー等でパフォーマンスで使用する事がよくある。特に輸送機や爆撃機のフレアは、その大きな図体を紛らわすため派手にフレアを焚く。その光景は圧巻だ。見た事が無い人は"エンジェルフレア"で検索してみるといい。AC-130のフレアはとても奇麗だぞ」


「さて、フレアと来たら次はチャフだ」


「チャフとは、フレアと一緒に搭載される対レーダー誘導ミサイルの対抗手段だ」

「一般的にチャフ・フレアと呼ばれる程、フレアと一緒に搭載するのが常識だ」

「チャフは金属片を空中にバラ撒き、レーダー波を誤認させる」

「ここで近接信管の話を思い出してほしい。そう、近接信管(電波信管)はレーダー波を使用して目標が接近したかどうかを判断して起爆する」

「そこでミサイルが着弾する前に航空機から金属片の詰まった筒や塊を投下し、爆薬で拡散させる。すると金属片にレーダー波が反射し近接信管が目標の遥か手前で起爆したり、金属片を目標と誤認識したりする」

「これがチャフと呼ばれるものだ」

「そして特定の高度に高密度で隙間無くチャフを散布する事を"チャフ回廊"と呼ぶ。このチャフ回廊にミサイルが突っ込んでいくと、そこで起爆してしまい、ミサイルは目標まで辿り着くことができないのだ」

「SAMはこれに対抗する必要があるのだが、これに関してはまた後日説明する」

「よくロックオンを回避する為にチャフを使用する、と言われるがそれも正解だ。しかし、ロックオンを回避するようレーダー波を撹乱させるには、レーダー波に応じた長さに金属片を合わせなくてはいけない。チャフが正確に航空機と同じ反射をしなくては誤魔化せないからだ。なので、事前に敵国の使用するレーダー波を調べておくことが重要だ」

「そして自分と同じ大きさ以上のレーダー波を反射する規模になるようチャフ

を撒くのだ」

「これによって、フレアと同じようにロックオンも逸らすことができる」

「ちなみに航空機だけではなく軍艦も同じようにチャフを使う」

「その大きな艦体を隠すため、チャフランチャーも大きく、拡散する金属片も容易に視認できるほど濃いものだ」


「これらのチャフ・フレアはチャフ・フレアランチャーに装填され、戦闘機、爆撃機、攻撃機、輸送機からヘリコプターに至るまでありとあらゆる航空機に搭載されている」



「次はジャミングについて解説していく」


「ECMとは、電波を撹乱し、レーダー波等の電波を妨害する事を言う」

「俗に言う"ジャミング"という奴だ。日本語で言うなら電子対抗手段だ」

「ECMには色々な方法があり、最も単純なのは強力な電波を目標へと照射し、電波をごまかすものだ。種類としては狭帯域連続波妨害と広帯域雑音妨害、周波数掃引妨害がある」

「狭帯域連続波妨害は、火器管制レーダーの照射を受けると、電波妨害装置がその周波数に応じて同じ周波数帯にノイズを送り、レーダーを妨害するものだ。この方式を"スポット"と言う」

「広帯域雑音妨害は、その国が使用するレーダー波の周波数全てに妨害電波を発射し、全てのレーダーを同時に妨害する。この方式を"バラージ"と言う」

「スポットは一定の周波数を照射する為、戦闘機に搭載できる程電波妨害装置が小さいが、バラージは全帯域に照射する為大きな出力を必要とする。その為電波妨害装置も大きくなり、搭載できる航空機は爆撃機や輸送機等大きな機体に限られる」


「しかし、最近のSAMはこまめに周波数を切り替える等の対策が施されている。その為、特定の周波数のみを照射するスポット方式は現在は使われていない」

「そこで代わりに使われているのが周波数掃引妨害だ」

「周波数掃引妨害は、スポットとバラージの"良いとこどり"であり、使用されているレーダーの周波数帯を判断し、そのレーダーに使われている周波数滞だけを全部妨害する方式だ。これを"スイープスルー"と言う」

「バラージのように電波をバラまかない為、装置を小型化しやすく、消費電力もバラージより少ない為、現在の主流方式となっている」


「SAMのレーダーがジャミングを受けると、その方角ではレーダースコープに大量の線が反応として表示される。そして距離も同じようにジャミング電波によって見えなくなってしまう」

「その為、その方向にジャミングをしている目標が居る、程度のことしかわからなくなってしまう」

「これでは、とても正確な目標の距離、仰角、方位は探知できず、ミサイルの誘導も不可能となってしまう」

「そこで、それに対抗するモードがあるのだが、長くなるのでそれもまた後日説明する」


「ちなみにECCMとはこのジャミング(ECM)に対抗する手段や戦術の事だ。長くなってしまうのでここでは説明を省く」


「他にもECMには欺瞞という方法がある」

「欺瞞とはあざむくことだ」

「レーダーの場合、方位や距離、速度を欺瞞する事によって妨害する」

「あたかも自分がそこにいるように、もしくは複数の目標が居るように架空の反射波をレーダーに向けて照射する事によって欺瞞できるのだ」

「もちろん、自分からも電波は反射するのでそれよりも強い反応を返す必要がある」

「その方式にも色々あるが、それはまた後日説明しよう」

「現代戦においては、この欺瞞や妨害は日常的に使われており、電子線の基本となっている」


「さて、相変わらず長くなってしまったな。皆、いつもありがとう。これからも私の話を聞いてくれると、その......嬉しいぞ!」


「じ......次回はステルスについて解説していく!」


「それでは、また次回!」

「今日は遅いから気を付けて帰ってくれよ!」

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