第6話 Kh-58EMミサイルの香り~祖国からの愛を込めて~

「よし、落ち着いたところで今回の任務について確認する」


 作戦会議室で簡単なブリーフィングを終えた彼女達は、先行して設営に取り掛かっていた車両隊と合流し、迅速にSA-2Fを稼働させていた。

 全くの準備が無い状況から僅か1時間足らずでミサイル陣地を構築した彼女達はやはり優秀だ。これが1班や2班だと確認作業や報告作業が間に合わず、ここまで早く展開することは難しかったであろう。

 これも規律無視で臨機応変に活動する"不真面目"な奴らのお陰ではあるが、エレーナ的には良く思っていない。


「今回は防空網の穴埋めだ。54中隊のSA-3Bが使い物にならなくなったので、骨董品の出番が来たというわけだ。最も、SA-3Bも骨董品だがな」

「隊長! 自分S-300(SA-10)が欲しいっす!!」

「サンタクロースにでも頼んでおけ。それに空軍基地にS-200(SA-5)があるだろう?」

「ぶー。こんな骨董品じゃ巡行ミサイルだって碌に落とせないっスよ」

「冗談はさておき、現在我々が居るのは最北端の防空網の前線だ。ここを突破されるとマナス国際空港やカント空軍基地、ビシュケクパーク等の都市も危険に脅かされる非常に重要な場所だ」


 山岳地帯を背負い、平原が展開するこの地方はレーダーの死角が多々あり、防空網の弱点とされていた。そんな所のSAM陣地が1か所抜けてしまっては一大事である。


「そんな所にむざむざとドアを開放しておいては、招かざる奴らが押し寄せてくる。そこで我々が戸締りに来たと言う訳だ」

「そう言えば1班と2班の姿が見えませんわ、彼女達は今どちらへ?」

「彼女達は休暇を取り旅行に行っている。休暇は取り消しになったが戻るのに半日以上はかかるそうだ」

「そうなんですの......じゃあワタクシもこれが終わったら隊長と一緒にお城風の建物へ......」

「行かないぞ。だが、いい加減私も買い物に行きたいと思っていたところだ」

「お相手はレイラですかぃ? 隊長ぉ~」

「やめなさい、アンジェラ。エレーナがまた挙動不審になるわ」

「......それは庇っているのか? レイラ? というかアンジェラはいつの間に復活したんだ? お前本当に人間か?」

「......私も本を買いに行きたい......」

「そうか。一緒に来るか? ニーナ」

「......いえ、レイラが可哀そうだから良いです」

「そういう事言うとレイラが拗ねちゃいますよ~! そういう所っすよ? 隊長の悪い所!」

「......冗談だぞ? レイラ?」

「......あら? 私は何も言ってないわよ?」

「......ヴぁー......」


 何か気恥ずかしそうにしているソフィア。彼女は先程からこんな調子だ。大人しい彼女に皆が「珍しいこともあるもんだ」と興味津々に観察している。

 和やかに談笑する少女達。それはまるで大学生がクラスメートと馬鹿話をするような雰囲気にも似ていた。


「そういえば紅茶を持ってきていたのだな。そろそろ頂くとしよう」

「......どうしようかしら?」

「え。くれないのか......?」

「......仕方ないわね。いいわよ、飲んで」

「すまない、私が悪かったから許してくれ」

「......わかればよろしい」


 そう言いながら水筒からマグカップにお茶を注いでくれるレイラ。紅茶の香りがキャビンの中に広がり、そこに居る者全員が香りに魅了され、皆顔が緩みだす。


「はい、エレーナ」

「ありがとう、レイラ」


 マグカップを受け取り中を覗き込むと、そこには薄く赤い色の紅茶が、美味しそうに揺らめいている。


「では頂こう」


 そう言って口元まで運ぶと、華やかな香りがエレーナを包み込み、凝り固まった彼女の心をそっと解していく。

 香りを楽しみつつ、口に含むと、温かい紅茶が口いっぱいに広がり、冷え切った口を温める。その口当たりはとてもまろやかで、尚且つしっかりとしたコクが、ジャムを入れずとも十分に飲む者を楽しめる。

 その上品な味わいを堪能し、ゴクンと飲み込むと、じわりと胸を温め全身へと広がっていく。


「......おぉー。これは良いものだ」

「でしょ? テミ茶園のシッキムの茶葉よ。その中でも一番まろやかな秋に摘まれたオータナムという茶葉なの。気に入ってもらえてうれしいわ」

「そうなのか......高かったんじゃないか?」

「まぁ、ちょっとね」

「え~そこで値段聞きますぅ? わかってないなぁ隊長!」

「そうっすよ隊長! 愛には値段なんて関係無いッス!!」

「......ちょっと黙ってろお前ら」

「あら、そういう所もエレーナの良い所よ」

「んふぅ。私、また忘れられている......この扱い......堪らないわっ!!」

「エミリヤ......後で私が話を聞いてあげるから頑張って......」

「......ヴぉ~......」


 ぶーぶーと不満を言う二人。あらあら、といった具合で頬に手を当てるレイラ。紅茶の香りと二人の惚れ気に和やかになる室内。何時もの3班の姿がそこにはあった。


「......ヴぉ? 光った......? いや、見間違いか?」

「ん? どうした? ソフィア」

「いや、反応が一瞬あった気がするんですが......今は反応がありません」

「方位は?」

「260度、距離80kmです」

「山の向こうだな......」

「何とも言えないわね......」

「うーむ......国境ギリギリだな......」


 早期警戒レーダーのPPIスコープをソフィアの肩越しに覗き込むエレーナとレイナ。210度の方には既に反応がなく、民間機と思われる反応が遠くにあるだけだ。


「エミリヤ、戦況図はどうだ? 260度に何か居るか?」

「いえ、そちらの方角には何も居ませんわ。飛んでいる軍用機は先程スクランブルしたタジキスタン国籍の戦闘機と国籍不明機だけですわ」

「随分南だな......」


 戦況図を見てみると、遠く離れた南の国境付近でタジキスタン軍と思われる戦闘機と中国側から飛来するIFF未確認目標が記録されていた。軍用機と思われる反応はそれだけである。


「確認する必要がある。レイラ、火器管制レーダーの準備をしておけ。まだ送信はするな」

「了解したわ」

「アンジェラ、キーラ、ニーナ。準備しろ」

「ガッテンっす!」

「よしきた!」

「......準備完了」


 追跡オペレータの3人に声を掛けながら内線の受話器を取るエレーナ。


「72中隊、エレーナです。不審な反応を早期警戒レーダーで探知しました。確認したいので火器管制レーダーの使用許可を申請します......いえ、今は反応ありません......はい、お願いします」


 ガチャンと受話器を戻し、許可が下りるのを待つエレーナ。


「......うーん見間違い......? でも残像は見えた......ような気がする......?」


 レーダースコープに穴が開きそうなほど見つめるソフィア。どうも自信がないらしく、ブツブツと呟いている。

 この世代のPPIスコープは光点がすぐ消滅するので、瞬間的に映る物は見逃しやすい。特に近距離の目標は光点も小さく、見逃しがちになる。レーダーレンジをこまめに切り替えないと、見逃した目標に対応できない場合がある。


《ピョィィイイィン!!》


 内線の耳障りな呼び出し音が鳴り響く。手回しの発電機で鳴らす呼び鈴は音程が安定せず、独特の音色を奏でる。


「はい、72中隊エレーナ......了解しました。火器管制レーダーを照射します」

「許可が下りたのね」

「あぁ。これから260度の方位を火器管制レーダーを使い確認する! レイラ、照射を頼む。手順は任せる」

「分かったわ」


 操作盤の状況を確認するレイラ。一つ一つ指差し確認をして間違いがないか確認し、その間にエレーナがドアの外に出て外観に異常がないか、ほかの人がレーダーに接近していないか目視でレーダーを確認する。


「外は大丈夫だ」

「こちらも大丈夫よ」

「では照射開始してくれ」

「了解。照射を開始するわ」


 トランスミッターのスイッチを入れるレイラ。すると各レーダースコープにノイズとグランドクラッター(地面に反射したレーダー波)が表示される。


「ではまず方位260度方面を確認する。キーラ、向けてくれ」

「了解っす!」


 そう言ってキーラが大皿程の大きさのハンドルをぐるぐると回すと、火器管制室ごとぐるり、とレーダーが回転する。SA-2のレーダーは火器管制室の上部にレーダーアンテナが乗っているので、レーダーが指向するときは部屋も一緒に回る。


「ニーナ、仰角を下から徐々に上げて走査しろ。距離は70km辺りにおいておけ」

「分かりました......」

「うっす! 70km辺りに置いときます!」


 ニーナがレーダーを上下に動かし反応がないか確認する。火器管制レーダーの仰角用ワイドビームアンテナは、横方向に幅があるので上下させる事によってある程度の捜索は可能なのだ。


「反応ありません......」

「そうか。キーラ、方位を255度に向けろ」

「了解ッス!」

「ニーナ、もう一度走査してくれ」

「了解しました......」


 ハンドルをぐるぐる回しながらレーダーを操作する2人。食い入るように画面を見つめながらひたすら走査を繰り返していく。


「......ヴぉ!? 映った!! 映ったぞ!! 方位245度!! 距離50km!!」

「何だって!?」


 突然報告を上げるソフィア。飛び跳ねながらその濁声を室内に響かせる。火器管制レーダースコープをニーナの横で見ていたエレーナが、急いでソフィアの横に移動し早期警戒レーダーのPPIスコープをのぞき込む。


「......今は反応がないな」

「いや、確かに見たぞ! 間違いない、何かいるゾ!!」

「分かった! 目標は領空内! 山の陰に潜む領空侵犯機と思われる! エミリヤは連隊に報告! キーラ! 245度だ! ニーナ! 仰角走査!! アンジェラ! 距離設定を40kmに設定!!」

「了解しましたわ!」

「分かりやした!」

「了解......!」

「ほいきた!」

「戦闘機だったら3分と経たず通り過ぎるぞ!! 急げ!!」


 急に慌ただしくなる室内。先ほどとは違い緊張感が辺りを包み込む。皆の頬を冷汗が伝っていく。


「実践モードへ切り替えたわ! 安全装置は!?」

「まだだ、すぐに外せるようにしておけ! 信管はК3信号、誘導Кだ!」

「了解!」


 パチパチとスイッチを切り替えるレイラ。滅多に上げない焦りの声に、エミリヤも少し驚いているようだ。


「さて、やっこさんはどこだ!?」


 ハンドルをひたすら左右に回すアンジェラ。何時でも探知できるようにそれらしい距離を行ったり来たりさせて落ち着かない様子だ。


「......! いた......! だけど小さい......!」

「何!? 距離は!?」

「待ってろ......うお!? 何だコイツ! 糞早いぞ!? 距離35km!!」

「何だと!?」


 その時エレーナは嫌な予感がした。先ほどまで50kmに居た目標が今は35kmで探知された。あまりにも移動速度が速すぎる。これだけ早く移動できる飛行物体は限られていた。


「早期警戒レーダーは!?」

「何も映ってないゾ!?」

「......! これは!?」


 予感が確信へと変わる。火器管制レーダーに映る小さい反応。早期警戒レーダーに映らず高速で接近する飛翔体。導き出される答えは一つ。


ARM対レーダーミサイルだ! レーダー停波! 総員退避!!」

「了解したわ!!」

「ヤバイですわ!! ソ連製だったら1分もかからないわ!!」

「ダヴァイ! ダヴァイ! ダヴァイ! 誰も残すな!!」


 急いで火器管制室から飛び出す。小さいテーブルに置いていたマグカップが落ち、割れて紅茶が飛び散り、床を赤く濡らす。


「畜生!! なんて日だクソッ!!」

「不味いッス!! 対艦ミサイル並みの破壊力ッスよ!?」

「つべこべ言わずに走れ!!」

「ヴァー......皆ゴメンよ......ゴメンよ......」


 口汚くアンジェラが叫び、キーラが不安の声を上げ、ソフィアが半べそをかいて謝りながら走っている。


「とにかく走れ! 戦闘レーダーから離れるんだ! 走......」


《ドッ!!》


 次の瞬間、激しい衝撃と爆炎が辺りを包み込み、巻き上げられた土煙によって視界が遮られる。爆音によって一時的に聴力が奪われ、耳鳴りが鳴り響く。


「......かはっ! はぁっ...... はぁっ......!」


 エレーナは最後尾を走っていたため、爆風をモロに受け、胸を圧迫されて呼吸が一瞬止まったが、何とか再び息を吸う事が出来た。耳が一時的に聞こえなくなり、自分の声がこもって聞こえる。

 顔を上げると、そこには吹き飛ばされ、ちぎれ飛んできたワイドビーム用レーダーアンテナがひしゃげて転がっている。


「うっ......! くっ......!」


 前進を走る痛みに耐え立ち上がりながら背後を振り向くと、今までエレーナたちがいた場所は、巨大なクレーターが2つ出来ていた。エレーナはその光景を以前にも見たことがあり、嫌な記憶が呼び起こされる。


「この威力...... Kh-58か...... 皆は......?」


 辺りを見回すと何人か倒れているのが目に入る。ニーナとキーラは近くに倒れているが、わずかに動いている。アンジェラは既に立ち上がり、何か叫んでいるが耳鳴りが酷く、籠って聞こえて何を言っているのかわからない。


「レイラ...... ソフィア...... エミリヤ......」


 姿が確認できない3人を探そうと、レーダーの残骸の方へ進んでいくと、陰にレイラとエミリヤが倒れている。動きがない。


「おい、しっかりしろ......」


 そう言いながらレイラの体を揺すると反応があった。生きているようだ。続いてエミリヤの方を見ると、目が開いている。自分の身に何が起きたのかわからず呆然としているようだ。パチパチと瞬きをしている。


「ソフィアはどこだ......?」


 エレーナの前を走っていたはずのソフィアが見えない。改めてアンジェラ達の方を見てみると、アンジェラが何かを抱えて叫んでいる。


「あ......」


 腕の中に抱えられていたのはソフィアだった。エレーナが近くに歩み寄ると、アンジェラが泣きながら何かを言っている。

 ソフィアは頭から血を流し、左腕が力なく垂れさがっている。


「おい、しっかりしろ......! 直ぐに医務室に連れて行くんだ......」


 膝まづくアンジェラの肩に手を置いて、前かがみになったエレーナの頭から血が垂れる。どうやら飛散した残骸が頭に当たっていたようだ。


「あれ、視界が......暗く......」


 膝から崩れるように倒れこみ、エレーナは気を失ってしまった。辺りには煙が立ち込め、平和だった日常が音を立てて壊れていく。



――――――――――――――Σ>三二二二>



 *今日の解説はエレーナが入院中なので次の話までお待ちください*

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