第5話 シッキムの紅茶の香り~アルコールの香りを添えて~
「非常呼集だ、レイラ」
宿舎のドアを開きながらエレーナがそう声を掛ける。手にはクリップボードを持ち、戦闘服を着こんでいる。
「あら、どうかしたの?」
窓際でベッドに腰かけ紅茶を嗜んでいたレイラは、サイドテーブルに紅茶を置きエレーナの方を見る。今日は彼女は非番で、隊長であるエレーナのみ、連隊会議に参加していた。
部屋の中にはベッドが二つあり、女物の服や小物が二人分ある。この部屋はエレーナとレイラの相部屋になっていて、二人は同じ部屋で寝泊まりしているのだ。
強めの紅茶の香りが部屋を満たし、妙な安心感を演出している。エレーナは何時も感じている香より少しまろやかに感じ、レイラが飲んでいる紅茶が気になり飲みたくなる衝動が沸き上がるが、それを抑えて状況を報告する。
「防空網を引き継いだ第84中隊にトラブルが起きた。どうも低電圧側変圧器の故障でレーダーのマグネトロンが吹っ飛んだらしい。原因は不明だ。開いた防空網の穴を我々72中隊が埋める」
「そうなの......怪我人は?」
「幸いにも怪我人は出なかったらしい。車両隊には既に命令を出した。後は火器管制要員だけだ。私はアンジェラ、キーラ、ソフィアを呼びに行く。お前はニーナとエミリヤを頼む。皆を連れ作戦会議室で集合だ」
「わかったわ。後でシッキムの紅茶を淹れて持ってくわ。新作よ」
「ん、何時もと違うとは感じていたが新作か。それは楽しみだ作戦会議を終えたら頂くとしよう」
「ええ。水筒に淹れていくから楽しみにしてて」
そう伝えながらエレーナはコートを羽織り、ボア付きの軍帽を被ると足早に扉の方へと歩いていく。レイラはベッドから立ち上がると、羽織っていたカーディガンをシュルリと脱ぐ。
「......すまない、今日も買い物には行けなさそうだ」
「......仕方ないわ。これも平和の為よ」
扉の前で振り向かずにレイラに声をかけるエレーナ。その声を聴き目を瞑り優しく微笑み俯くレイラ。背中を見せるエレーナは、どことなく寂しく見えた。
「では、行ってくる」
「ええ。私もすぐに行くわ」
ガチャリとドアを開け、部屋の外へと出ていく。パタンとドアが閉まり、トットットットットと、足早に足音が遠ざかる。
「......長い一日になりそうね」
窓の外の雪がちらつく白い世界を眺めながら、レイラはそう呟いた。
~~~~~~~~~~~~
「アンジェラ、キーラ! 非常呼集だ! すぐに第一種戦闘服に着替え......」
アンジェラとキーラの相部屋へ来たエレーナは、ノックもせずドアを開けると、目に飛び込んできた光景に絶句した。
「うおぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「よーし、よしよし、しっかり吐いてスッキリするっすよ!」
「あぁ......うっ! おぉぉうぇぇぇぇ......!!」
そこには桶を抱いて嗚咽するアンジェラが居た。先程まで酒だった物を、辛そうに桶の中へとぶちまけている。
「お......お前ら......昼間っから何を......」
「あっ! 隊長!! お疲れ様っす!! どうしたんすか?」
「......非常呼集だ、全員戦闘服に着替えて作戦会議室へ集合を......」
「うおぇぇぇぇぇぇぇ......!!」
「......なぁ、キーラ。アンジェラは大丈夫なのか? この後戦闘になるかもしれないんだぞ?」
「大丈夫ッス! ほら、姉貴! コイツを飲んで水分を補給するッス!!」
「あぁ......ありがとう、んぐッ......んぐッ...んぐッ......!」
「......ウォッカで水分補給する奴がどこに居る......もう知らん! さっさと作戦会議室に来い!! アンジェラが無理そうだったらお前だけでも来るんだ!!」
「了解ッス!!」
バタンと扉を閉め、さっさと隣の部屋に行くエレーナ。そこで寝泊まりしているのはソフィアだ。彼女とエミリヤだけは個室になっている。
ソフィアはどうも体質的な理由があって個室でないとダメらしい。エミリヤはただ単純に危険だから個室だ。
「ソフィア、緊急呼集だ。直ぐに第一種戦闘服に着替え......」
エレーナは、アンジェラとキーラの部屋に入る感覚でノックもせずドアを開けた。するとそこには窓に向かって仁王立ちしているソフィアが、ドアの音を聞き、首だけをエレーナに向けて八重歯を覗かせキョトンとしていたのだが......
「............ん?」
「............ヴぁ!?」
ソフィアが相変わらずの濁声で驚きの声を上げる。
エレーナはソフィアの事を見ながらその光景を理解しきれずに固まって考えている。何故彼女が固まっているのかというと......
「ちょ......ちょっと待て! 何でお前は素っ裸で仁王立ちをしている!?」
「ぎょえぇぇ~!! 何でノックしてくれないんですか!!!」
耳まで真っ赤になったソフィアが必死になって手で体を隠し、蹲る。何故か彼女は何時でも小麦色に日焼けをしているが、その秘密はこれのようだ。雪の照り返しによって冬でも体が日焼けをしていたのだ。
「ヴぁぁぁぁ......あたしは部屋では裸族なんですぅぅ!!」
「服を着んか馬鹿者ぉぉぉぉ!! はしたないぞ!!」
「だって、服着ると蒸れて汗疹になるし......」
「だからと言って全裸になる奴があるか!! いいから戦闘服を着て作戦会議室まで来い!! 良いな!?」
「......ヴぁい......」
そう言って急いでドアを閉めるエレーナ。
(随分綺麗な肌をしていたな......)
彼女の肌はきめ細やかで、スリムなボディラインと相まって、とても奇麗に見えた。小麦色の肌が健康的で、美しい黒髪がよく似合っている彼女は、独特の魅力があった。
「......ってそうじゃない! 私の班は何でこうも変人ばかりなのだ......」
少し顔を染めながら、自分を正気に戻すように首を振り、自分の隊員への不満を口にするエレーナ。廊下をツカツカと歩き出し、作戦会議室へと歩みを進める。
「何であいつ等は、ああなのだ......理解に苦しむ......」
彼女はまっとうな人間だ。そう自分に言い聞かせている。しかし他の人達から見た彼女の評判は、「堅物で冗談が通じない気難しい軍人」という評価の声が多かった。
「......思えば休暇は何時もレイナとばかり居るな。あいつらは休みはどう過ごしているのだろうか?」
エレーナはあまり休みに執着せず、寧ろ好んで仕事をするタイプだ。自分の仕事にプライドを持ち、強い使命感を持っている。休みとなると、息抜きにレイラとお茶したり、基地内を散歩したり、買い物に行く程度の事しかしない。
「だがプライベートを詮索するのは無粋というものか......まぁその内わかるだろう」
そう呟きながら、エレーナは歩み早に作戦会議室へと向かう。
――――――――――――――Σ>三二二二>
よくわかるSAM解説! 第四話「ミサイルの誘導方法」
「やぁ皆! いつも静かに講義を聞いてくれて助かる。 解説者のエレーナだ!」
「さて今回はミサイルの誘導方法と誘導装置について解説をしていく」
「ミサイルというのは皆が知っている通り目標に向かって飛行する爆弾だ」
「だがただ真っすぐ飛んでいるだけではない。操舵装置によってミサイルの向きを調整しながら目標めがけて曲りながら飛んでいく」
「そしてそれを操作するのが誘導装置だ」
「この誘導装置は色々なものがある。簡単なのは熱を探知してその熱源に向かっていく赤外線誘導というものだな」
「だが熱は遠距離からは探知できない。間に空気が挟まるから遠くでは熱が減衰して感知できなくなってしまうのだ」
「よって中、長距離ミサイルはレーダーやラジコン電波を使って誘導している」
「まずは我々が配属されているSA-2で使われている指令誘導から説明していこう」
「指令誘導とは、簡単に言うとラジコンみたいな物である」
「地上のレーダーで敵をロックオンし、地上のコンピューターや電算機がミサイルを操縦して目標まで送り込む」
「よくビームライディングと混同されがちだが、ビームライディングは指令誘導の一種だ」
「ビームライディングとは照準する目標に細いレーダー波等のビームを照射し、ミサイルがそのビームから外れないように飛行するものだ」
「西側だとTOW対戦車ミサイルがそうだ。ミサイル後部の発光部を誘導装置が検出し、ビームから外に出ないようミサイルを自動で操舵してくれる。操舵情報は有線で誘導装置からミサイルへと送られるため、ミサイル内に目標を検出する機構や誘導装置は入っていない。あるのは操舵装置とロケットブースターと弾頭、信管だ」
「TOWは有線であるから射程が短い。ワイヤーの長さは4,000mしか無いからだ」
「だが妨害電波に強い。有線だからな。無線は電波干渉によって妨害され易い」
「SA-2の指令誘導では、ビームを発射しない。火器管制レーダーが目標との方位、仰角、距離を捉え、電算機が目標との命中予定位置を割り出し、そこに向かうようにミサイルを操縦する為だ」
「ビームライディングはそれらの複雑なレーダーを搭載しないシステムだ。単純であるがために携行しやすいが、命中精度に難があり、目標を捉え続けないといけないなど制約も多い」
「対空ミサイルではそれらの制約は致命的となる。目標が高速で移動しているからだ」
「ではSA-2の実際の誘導プロセスを見てみよう。まず火器管制レーダーが目標をロックオンする。すると追跡要員が頑張って目標をレーダーで追跡する。そして火器管制官がミサイルに信管の設定を入力する。ミサイルが発射されると、ミサイルは自分の位置を教える信号を出す。そして地上の誘導装置からミサイル誘導信号が来る。その信号を元に、ミサイルに搭載された航法装置がジャイロによって自分の姿勢を確認し、誘導信号の方にミサイルが向くよう羽を操作する」
「後は目標が近くになれば、電波信管が目標を探知して起爆するのだ」
「ビームライディングと違うのは、誘導信号だ。SA-2では、信号の中をミサイルが泳ぐのではなく、「上、下、右、左」と言った操作指示を受け取りミサイルが操舵するのだ」
「だからミサイル内部に航法装置が必要になってくる」
「メリットは命中精度がビームライディングより高い事だ。ビームライディングは遠くに行くほどビームが拡散して命中精度が落ちる。ビームが拡散するとミサイルのブレ幅が大きくなり、フラフラと飛ぶようになるからだ。対してSA-2は電算機で正確に計算された誘導なので、ふら付かず高い精度が出せる」
「デメリットはシステムが複雑で大掛かりな事と、ミサイル内部に航法装置やジャイロが必要になる為高価なことだ」
「ちなみにSA-2ではミサイルの誘導電波にUHF電波を使用している。これはデシメートル波というもので、波長が1メートルから10センチの物を言う。身近なところではテレビ等がある。SA-2Fのレーダーは波長が10cmなので、デシメートル波を使用するレーダーと言える」
「さらに長距離ミサイルになるとセミアクティブホーミング等の誘導装置があるが、それはまた別の機会に説明しよう」
「さて、まだ終わりではないぞ。今まではミサイルの操舵方法だった。これからはミサイルがどういうルートを通り、目標までたどり着くかを説明する」
「ミサイルというものは一直線に命中位置まで飛んだり、先回りするように曲がりながら飛んだり、目標を捉え追従するように飛んだりする」
「これが今から説明する誘導方式というものだ」
「SA-2ではスリーポイント、フルリード、ハーフリードという誘導方法が使える」
「まずフルリードから見ていこう」
「フルリードは命中予定位置に真っすぐ飛んでいくモードだ。直進する目標には理論上最短距離で命中する誘導方式となる」
「しかし飛行機は旋回をする。ミサイルを打たれた目標はミサイルを回避しようと旋回し、遠ざかる動きをしたりする。ミサイルは射程距離があるから、ある程度距離があれば振り切れるのだ」
「その場合、もし目標が180度旋回したとする。すると命中予定位置はどうなるだろうか?」
「そう、目標を挟んで全くの反対側になる」
「すると旋回前の命中予定位置に向かって飛んでいたミサイルは、今度は遥か向こうの命中予定位置まで飛んで行かなくてはならなくなる。これでは無駄に飛行距離が伸びて射程外になってしまう」
「図で表すとこうなる」
目標直進時
発射時目標位置
――――〇――――――●目標命中
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SAM/
目標旋回時
―――●・・・・・・・〇発射時の命中予定位置
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SAM/
「では今度はスリーポイントを見ていこう」
「スリーポイントはレーダーの照準真ん中を目掛けて飛んでいくモードだ」
「火器管制レーダーは敵を真ん中に捉え続ける。射程を無限として考え、レーダーの照準の中心に向かって飛んでいったとすれば必ず目標に当たる。だが移動目標を捉え続けると、その飛行ルートは曲がり、無駄に距離が延びる」
「相手の速度が速いほどこの距離は伸びてしまう。先読みして回り込むことをしないからだ。そして最終的に目標を追いかける形になり、射程が足りなくなる」
「これでは直進する目標を打つときに、無駄に距離を進み射程が短くなってしまう」
目標直進時
発射時目標位置
――――〇―――===●目標命中
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SAM│
目標旋回時
―――●・・・・・・・〇発射時の命中予定位置
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)
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SAM |
「ではハーフリードを見てみよう」
「ハーフリードは、スリーポイントの軌道とフルリードの軌道の間を飛ぶモードだ」
「これによって、目標が旋回しても、フルリードよりも目標の命中予定位置に近く、直進する相手に打ってもスリーポイントより距離が近くなる」
「簡単に言うと、どんな軌道をする目標でも、スリーポイントやフルリードよりも"マシ"という事だ」
目標直進時
発射時目標位置
――――〇―――――=●目標命中
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SAM |
目標旋回時
―――●・・・・・・・〇発射時の命中予定位置
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)
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SAM |
「よって、様々な軌道を描く戦闘機等にはハーフリード、大型爆撃機や巡航ミサイル等の方向を変えない目標にはフルリード、電算機等が使用できない条件等ではスリーポイントを使用する」
「通常はハーフリードが殆どだと考えて構わないが、ジャミングを受けると距離がわからなくなり、仰角や方位も曖昧になる。これらについては別の機会に説明するが、距離が分からなくなると計算が必要なフルリードとハーフリードは使えなくなる」
「そこでスリーポイントを使うのだ。発信源に向かっていけば当たるからな」
「さて、今日はこの辺で終わろう。明日は忙しくなりそうだからな」
「次回は戦況図とレーダー網、ミサイルコンプレックスについてだ」
「全く、うちの隊員も皆のように静かであれば助かるのだがな」
「では諸君、また次回!」
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