第4話 グルジア紅茶の香り~喧騒を添えて~

「ヴァ!? もっかい言ってみろこのヤンキー女!!」

「あぁ~ん!? やんのかこのフェイズドアレイ女ァ!!」


 威勢よくメンチを切るソフィアとそれを真正面から受けるアンジェラ。ソフィアは口を三角にしてアンジェラを上目遣いで睨みつけ、アンジェラはソフィアを見下ろしながら腕を組んで仁王立ちしている。


 72中隊第3班の彼女らは演習を終えた後、防空管轄を84中隊に引き継ぎ、72中隊の車両群の撤収訓練を行った。バンカーへと車両を格納し、今日の仕事は無事終わった。

 そして打ち上げの為、行きつけのバーへと打ち上げに来ていたのだが......


「誰がフェイズドアレイだ!? だったらお前はブークだ! ブーーク!!」


 フェイズドアレイとはレーダーのアンテナの一種だ。その外見はとてもフラットでスリムだ。


「は?......ブーク......?」


 ブークとは、9K37"ブーク"中低高度防空ミサイルシステムのことだ。発射台を横に向けると前部のレーダードームが車体より出っ張って見え、SAM連隊の中では"あたまでっかち"という意味で侮辱する時に、偶にこの名前が出てくる。

 この場合、恐らくニーナの次に大きいアンジェラの胸部について言っているのだろう。ガタイが良いのであまり目立たないが、筋骨隆々の鍛えられた体についている大きなそれは、確かに不自然に見えた。

 ソフィアは右手で自分の胸の前に大げさに弧を描き、左手を頭の上に立ててパタパタとミサイルがそそり立つ動きを再現して煽っている。


「......なんだとテメェ!!」

「ヴァーーーー!! ヤッテヤルゼコンチクショウ!!」


 アンジェラの迫力のある声とソフィアの濁声が店内に響き、二人はついに取っ組み合いになる。

 が、他の皆は意にも介さず各々のグループで酒を嗜んでいる。

 テーブル席ではキーラが楽し気にニーナに語り掛けている。それを静かに聞くニーナは表情こそあまり変わらないが、少し嬉しそうだ。

 バーカウンターではエレーナとレイラが隣同士に座り、彼女たちの前には酒ではなくティーカップが置かれている。


「やれやれ、また始まった......」

「あらあら、相変わらず仲がいいわねぇ......」


 頭を抱えるエレーナ。横目でレイラが二人の事を見る。

 血気盛んな彼女達は酒の席になると必ず喧嘩になる。加減を知らないアンジェラの飲み方は、普段の気性の粗さも相まって暴走しがちだ。ソフィアは体の小ささもあり、舐められまいとつい反抗的になってしまうようだ。


「はっはっは! 賑やかで良いじゃないか。私はこういうのもいいと思っているよ、隊長さん」

「マスター。すまないな、私の部下が何時も迷惑をかける」

「いやいや、結構だ。寧ろ私も元気を分けてもらっている」

「そう言ってもらえると私も助かるが......」


 白髪のオールバックに、口髭まで真っ白なマスターが笑いながら腰に手を当てエレーナと親しげに話している。如何にもマスターなシャツとベストを着用したこのマスターは、エレーナ達が配属された時から世話になっている人だ。72中隊の中ではこのバーは有名で、1班と2班も昨日ここで打ち上げをしたらしい。


「昨日、ほかの子達もここに来たが彼女達は静かすぎる。若いのだから遊べるときに遊んでおいたほうが良いと思うのだが......」

「しかし、我々は軍人です。軍人は規律を守らなくてはなりません。風紀を乱すなどもっての......」

「ヴァー! ヒキョーだぞ!! 放せええええぇぇぇぇ!!!」

「うっせバーカ! チービ! 均質圧延装甲~!!」


 背後でアンジェラが体格差を利用してソフィアを押さえつけ完封している。


「............住民に迷惑をかける事などあってはならない......」

「ムギィィィィ!! お前なんてエクラノプランだ! 醜く水面を這いつくばってればいいーんだー!!」

「なんだとこのヤロゥ!! 何時もヴァーヴァー言いやがって!! お前はゾンビか!?」

「ヴォイ! 声を馬鹿にするな!! アタシの声は親父に似ただけだ!!」


「......Хватит ужеフヴァーチット ウジェー!!(いい加減にしろ) 静かに酒を飲むこともできんのか貴様らは......!!」


 とうとう我慢の限界が来てしまったエレーナ。長い銀髪を翻し振り向くと鋭い眼光で二人を睨みつける。すると二人の動きがピタリと止まる。


「あ、ヤバい、マジでキレる三秒前の顔だ」

「ヴォー......ちょっとチビったぞ......」


 ふん、と言って再び前に向き直すエレーナ。


「......久しぶりにあなたのロシア語を聞いたわ」

「......まぁ普段はロシア語を喋らないからな。今回はあいつらが悪い」


 普段はキルギス語を話すエレーナだが、彼女の両親はどちらもロシア人だ。家ではロシア語で会話する環境で育ったエレーナは、素が出るとポロっとロシア語を口にする事がある。


「まぁ、これを飲んで落ち着いてくれ。上質なグルジア産の茶葉が手に入ったんだ」


 そう言ってマスターが新しいティーカップを差し出す。ティーカップの中には濃い色の紅茶が入っていて、見慣れない花が一つ、浮いている。

 エレーナは「ありがとう」と声をかけティーカップを手に取り香りを楽しむ。


「......ん? 嗅いだことのない香りだ......」

「お、気づいたかね? 紅茶の茶葉はダージリンを使っている。中国種の多いグルジア産だが、クローナル種のこれは中々面白い香りがしたので仕入れてみたんだ」

「甘い香りがする......」

「前にそこの嬢ちゃんに貰った、軍の支給品の紅茶は同じダージリンの茶葉だったが、あれは香りが抜け渋くなっていた。同じダージリンでもこれは美味しいから飲んでみるといい」

「そうなのか? ではいただくとしよう」


 そう言って紅茶を口に含むエレーナ。次の瞬間驚きの顔に変わり、次第に強張った顔の表情が優しくほぐれていく。


「甘い......そして花の香りが鼻に抜けていく......」

「そうだろう。そしてそれは紅茶そのもののボディー(コクの事)だ」

「......信じられないな。本当にダージリンなのか?」

「その通りだ。カモミールの花が浮かべてあるが、その香りは紅茶の香りだ。どうだ? 支給品とは比べ物にならないだろう」

「ああ。全然違う。これなら何杯でもいけそうだ」

「ふふふ、エレーナも紅茶の良さが分かってきたかしら?」

「そうだな、紅茶は良いものだな。心が安らぐ......」

「じゃあまた私がおススメの紅茶を淹れてあげるわ」

「......それは楽しみだ」


 見つめながら可愛らしく笑うレイラ。その笑顔につられエレーナの鋭い眼光が丸くなる。口元には小さく笑みがこぼれ、普段キツい表情が次第に可愛らしくなっていく。


(......これは良い光景だ。この顔を見るために私は店をやっているのだ)


 マスターも優しい顔をしながら満足そうに腕を組んで目を瞑る。その光景は、はたから見ると喫茶店ごっこをしている親子のようにも見えた。とても和やかな光景がそこにはあった。


「うぅぅ......そうだったのか......お前は......お前って奴は......」

「ヴぁぁぁ......アンジェラだって......そんなの悲しすぎるよぉぉぉ......」


 うわーんと背後から鳴き声が聞こえる。振り向くと何故かアンジェラとソフィアが抱き合いながら号泣している。さっきの喧騒と違う騒がしさが店内に響き渡る。


「やれやれ、忙しい奴らだ......」

「......ふふ、いい顔になったわ......」


 先ほどまで睨みつけていた二人に優しい目線を向けるエレーナ。その横顔を見つめ、頬を染めながら嬉しそうに微笑むレイラ。その顔はどうにも色っぽく見えた。


(これは......? もしかして......来るのか!? あの波動が......!?)


 マスターの目が光る。その眼光の先には色っぽく微笑むレイラの姿が......


《バン!》


 突然バーのドアが勢いよく開かれた。そこに居たのは、ミサイルを背負い、両腕ごとロープでぐるぐる巻きにされたエミリヤの姿があった。


「ゼェ......ゼェ......やっと......辿り......着きました......わ......」


 そのままドゴッと倒れこむエミリヤ。ミサイルの下敷きになり地面に突っ伏しピクリとも動かなくなる。


「......この嬢ちゃんは何でミサイルに括り付けられているのかね?」

「あぁ、演習が終わった後シャワーを浴びていたら、何故かこいつが私の下着を漁っていたのでな。ここに来る前に、その辺にあったSA-8の展示用模擬ミサイルに縛っておいた。しかし、まさか動けるとはな。弾体は80kgはあった筈なのだが......」

「あらあら。エミリヤは力持ちねぇ」


 紅茶を飲みながら冷静にそう答えるエレーナ。頬に手を当て困り顔で見ているだけのレイラ。そして状況に困惑して固まるマスター。


(この子達は一体どんな訓練を受けていたのだろう......?)



――――――――――――――Σ>三二二二>



 よくわかるSAM解説! 第三話「レーダーの仕組み②レーダー幅と測距方法」


「やあ諸君! 前回はすまなかったな! 酔っ払い共にお灸をすえていたので来れなかったのだ」


「さて、今回は前回に引き続きレーダーの仕組みについてだ」


「まずレーダー波には幅というものがある。そしてその幅はレーダーの目的によって決められている」

「索敵に使う早期警戒レーダーは敵を見つけるのに使うレーダーだ。その目的は広範囲を索敵することであり、より広い範囲を探す必要がある」

「そこで、早期警戒レーダーは上下方向の範囲を広く、横の範囲を狭く設定し、レーダーその物をクルクルと360度回転させ目標を探している。上下方向を広くすることによって、低空から高空まで一気に索敵するのだ。回転を止めたレーダー波を横から見ると"<"のような角度で照射しているが、上から見ると"―"になる。これを回転させると、レーダーを中心に"><"上から見ると"○"になり、全周囲を捜索可能になる、というわけだ」

「また、横幅が狭いため探知した方位がわかる。レーダーを回転させ反応があった角度が目標の居る方位だ」

「だがこのレーダーでは目標の方位がわかるが高さがわからない。地面から高空まで一緒にレーダー波を照射しているからだ」


「高さを知るには仰角という、レーダーから見た目標の上下角度と距離が必要だ。この仰角と目標までの距離を元に高度を計算する」

「火器管制レーダーで使用するレーダーは、レーダー幅が上下、横方向共に狭いレーダーを使う。これによって目標の仰角がわかるようになる」

「色々な方式があるが、SA-2では、横方向に若干広いレーダーと上下方向に若干広いレーダーを二つ組み合わせている。"—"と"|"を組み合わせて"✛"を作り、十字の中心の"・"を知ることによって目標までの正確な方位、仰角を知ることができる」

「作中では、追跡オペレーター3人のうち、ニーナが"―"を調整し、キーラが"|"を操作していた。彼女たちが調整していたのが、火器管制レーダーの横に長いレーダーと縦に長いレーダーである。2人はそれぞれ1つずつのレーダーを操作していたのだ」


「これで目標の正確な方位、仰角が分かった。残るは距離だ」

「距離を知るにはレーダーの電波を使う」

「この方法にはいくつか種類があるが、一番わかりやすいのは"パルス・ドップラー・レーダー"だ」

「これは非常に単純で、電波を単発で発射して、反射して戻ってくるまでの時間を計算して距離を割り出す」

「身の回りで例えると、やまびこが近い。"ヤッホー"と叫んだ時間から、"ヤッホー"と返ってくるまでの時間で距離を計算できるのだ。音速は一定の速度で伝わるように、レーダー波も一定の速度で飛ぶからだ」

「だがやまびこは複数帰ってくるのを思い出してほしい。あれと似たような事がレーダーでも起きるのだ。レーダー画面に映るこの反応の事を虚像という」

「オペレーターはこの虚像を反応の位置や動きで判断し、正確な目標を選定する。虚像に照準を合わせても、そこには何もないのだ」

「レーダーは断続的、又は連続的に電波を照射するが、前回照射した分の電波が、次の照射した電波の反応と被る場合がある。これが、虚像の原因だ。この反応は強いため、しばしば管制官を惑わす」


「パルス・ドップラー・レーダー以外にも方法がある。例えば周波数変調だ。こちらの方法では、レーダーを連続的に照射するが、レーダー波の周波数に変化をつけ、反応した周波数を発した時と返ってきたときとの時間差で距離を測定する」

「やまびこで説明すると、"あーかーさーたーなーはーまー"と連続で叫び、"なー"と叫んだ時に"あー"と返ってきたら、"あー"と”なー”の間の時間で距離が計算できると言う事だ」

「実際には連続して発音をしているので、"まー”で計算する時は"さー"と聞こえているので、後は"まー"と"さー"の時間差を計算する」

「もしくは、"まー”と言った時にストップウォッチを押し、やまびこが"まー”と返すまでの時間を計っても同じだ」

「距離が変わればこの時間差は変わってくる。極端な話、近くなったとすると、"あーかーさー"の時点で"あー"と返ってくる」

「レーダー波の場合はこの音階の代わりに周波数で判断している」

「この原理を利用することによって、連続的に電波を照射していても自分の発している電波に区別をつけることができ、時間を計算できるようになる」


「他にも、電波は波なので、上に触れた時を1、下に触れた時を0とすると、波は1010101010......と揺れていることになる」

「この揺れ方を逆にすることもできる。すると1010だったのが0101になる。これを組み合わせて1001010と送信しても同じ波に区別をつけることができる」

「これを位相変調と言う」

「これはデジタル通信と混同しがちだが、正確には違う。この辺はかなり複雑なので、ここでは説明を省く。中途半端な説明は誤解を招くからだ」


「これらを活用して、火器管制レーダーと早期警戒レーダーは目標までの距離を探知する事が出来るのだ」


「詳しくはここで解説するには時間が足りないので割愛するが、気になった方は自分で調べてほしい」


「さて、これで目標までの距離が分かった。後は仰角、距離を組み合わせて計算すれば高度が計算できる」

「実際にレーダーから目標を捉えるには方位、仰角、距離が重要となってくる。なのでSA-2では、それぞれに担当の管制官をつけ、一人一つずつ追跡させる事によって目標を正確にロックオンできるのだ!」


「さて、では今日はここまでにしよう。時間がいくらあっても説明しきれないな」

「次回は一旦気分を変えてミサイルをどうやって目標まで誘導するかを解説しようと思う」


「私はこの後レイラとお茶をするのでこれで失礼する」

「皆はまっすぐ帰るのだぞ! ではまた次回!」

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