第3話 V-750VMUミサイルの香り~仲間達の思いを乗せて~
1班の仮想演習が終わり、2班の実弾演習は無事目標を撃破して完遂し、3班の実弾演習の順番が回ってきた。演習行程は2日間で行われ、2日目は3班の実弾演習と撤収訓練が行われる。
「演習目標はもう間もなく打ちあがる。電源を入れてくれ」
「了解よ。サブシステムよし、電源投入するわ......
「確認した」
電源等の操作盤をポチポチと押しているのはレイラだ。I-66パネルの電源投入ボタンを押して電源を入れていく。
きゅいぃぃぃ......とコイル鳴きが火器管制室に響き渡る。
エレーナは3班の小隊長であり、火器管制要員の指揮と通信を担当する。
火器管制官はレイラが担当し、ミサイルの信管の設定、誘導方式の設定、万が一の時のミサイル自爆の信号送信等々、様々な操作を担当する。
アンジェラは測距離管制官で火器管制レーダー(戦闘レーダー)の距離設定を担当し、レーダースコープを見ながら目標に距離設定を合わせる役目を担う。
キーラは方位管制官を担当し、火器管制レーダーの方位角を調整する。
ニーナは仰角管制官で火器管制レーダーの上下角を調整する。
アンジェラ・キーラ・ニーナの三名は追跡オペレーターと言われる火器管制レーダーを目標に指向する為の人員である。
「実戦モード切替」
「実践モードに切り替えるわ」
レイラはI-64操作盤の左下2番目にあるモード切り替えスイッチを押し実戦モードへと切り替える。SA-2は演習用のコンソールを使い、仮想演習が可能となっており、このスイッチで切り替えを行う。
「早期警戒レーダー送信開始」
『早期警戒レーダー送信開始しました』
エレーナは内線の受話器で早期警戒レーダーキャビンに居る管制官へと送信開始を指示し、ドアから外の早期警戒レーダーを確認する。回転を開始したのを目視で確認すると次の号令をかける。
「確認した。火器管制レーダーダミーロードチェック」
「ダミーロードチェック......確認したわ」
「早期警戒レーダー確認、火器管制レーダーは停波」
「火器管制レーダーは現在停波よ」
「よろしい」
「ヴォ!? 早期警戒レーダー電波送信確認! 画面表示しました!」
「おい、ソフィア! お前油断してただろ!?」
「ヴァーい、すいやせんした......」
そこで聞きなれない声が聞こえる。そこには黒髪でポニーテールの女の子が座っていた。彼女はヴァリーモヴィチ・ソフィア・レオンチェヴナである。彼女は活発な女の子で、成年になったばかりだ。昨日は無理やり酒を飲まされたらしく、グロッキーな彼女は一人トラックのキャビンで寝ていた。そのおかげでエレーナとレイラはティーカップを買いに行けず、今日もまたマグカップで紅茶を飲んでいる。
きめ細やかな黒髪のポニーテールがフルフルと振られている。どうやら二日酔いで頭が回っていないようだ。
「よし、戦況図と照らし合わせる。スコープから目を離すなよ」
「ヴぁい! 了解!!」
ソフィアは食い入るように早期警戒レーダーの画面を見ている。
そしてエレーナは、戦争映画でもよく見る、ガラスに表示された戦況図を確認し、予め飛んでいる飛行機の状況と照らし合わせる。
「戦況図は書き込み済みです。確認をお願いします」
「うむ、ご苦労だエミリヤ」
エミリヤと呼ばれた彼女はミローノヴィチ・エミリヤ・ルドルフォヴナ。彼女の担当は
「完璧だ......流石だエミリヤ!」
「あぁん、そんな褒めないでくださいませぇへぇぁはぁ......ジュルんふぁはぁ」
「......うん、それが無ければもっと完璧だ」
エミリヤは体を捩りながら、溢れた唾液をジュルリと吸い口元を拭った。そう、エミリヤはガチでアレな人だ。昨日も朝からエレーナに纏わりつき、ついにキレたエレーナが装填前のミサイルに括り付け放置していたので昨日のお茶の時間には参加していなかったのだ。
「ソフィア! 方位210に反応あるか?」
「ありまぁす! 現在方位212度! 距離25km!」
「よし! そいつが演習目標だ! 他に反応は?」
「150度に反応、距離55km! 20度に反応、距離70km!」
「150度は2701/130/91.....民間機か。20度は......5402/140/21.....これは
戦況図に書かれた数値の意味は、7201/80/51を例に説明すると、72が探知したSAM中隊番号であり、01が探知した中隊がそれぞれの中隊ごとに探知した目標に付ける認識番号、80が高度(80×100=8,000m)、51の5が目標の識別番号(5は訓練目標、0=ジャミング目標、1=友軍戦闘機、2=IFF信号を出している自国非武装飛行機、3=領空侵犯機、4=軍事協定を結んだ国家の防空システム監査用目標、6=位置、高度が規定違反と判断された自国の飛行機、7=実際には存在しない仮想目標、8=敵と認められた目標(実弾発射目標)、9=IFF未確認目標)最後の1が編隊の構成機数となっている。
目標を確認したエレーナは連隊指揮車へと繋がる内線の受話器を取る。
「72中隊、火器管制レーダーの使用許可を申請します............確認しました。照射開始します」
受話器を置き、レイラの方に向き直す。
「火器管制レーダーを送信開始、
「了解、トランスミッター送信開始、IADSとリンクするわ」
IADSとはSAM連隊が各SAM中隊に目標を支持する統合型防空システムだ。このシステムのおかげで各SAM中隊は同じ目標を取り合いすることなく適切に対応できるのだ。
レイラはまずI-66操作盤のトランスミッター送信ボタンを押し火器管制レーダーを照射する。続いてI-62操作盤の真ん中、一番付け根あたりにあるトグルスイッチを右に倒す。するとIADSからの指示を元に、自動で火器管制レーダーが火器管制室ごと回転し、目標の方角へと指向する。
レーダー画面に目標が表示されると、レイラはレンジモード切替スイッチを110kmから55kmへ切り替えレーダーで標的を確認する。
「目標を捕捉たわ」
「よし! キーラ! ニーナ! アンジェラ! 目標の追跡を開始しろ!!」
「了解ッス!」
「了解......」
「りょーかーい!」
ここから先は追跡オペレーターの3人がそれぞれのレーダーインジケーターを見ながら、それぞれ一つづつ付いているハンドルを回し、レーダーを手動で調整しながら目標を捉え続ける。キーラが方位(レーダーの横の角度)を、ニーナが仰角(レーダーの縦の角度)を、アンジェラが目標までの距離を追跡する。
「方位追跡完了ッス! 早く打ちましょうよ! 待ちきれないッス!!」
「仰角追跡完了......」
「距離追跡も完了だぜ! あぁ~酒が足りねぇ......飲んで良いですか!?」
「お前らなぁ......まぁいいや。確認した!」
「ああ! 隊長が無視したッス!! バツとして今日の打ち上げ隊長の奢りッスからね!!」
彼女たちを無視したエレーナが再び戦況図と早期警戒レーダーの画面を見比べ目標を確認すると、再び受話器を取る。
「72中隊、目標追尾完了しました。射撃許可を申請します」
一気に火器管制室内の空気が変わる。空気が張り詰め、各管制官が息を飲む。ハズなのだが、この班は全然緊張感が無い。主にキーラとアンジェラのせいだがもう一人、ずっとハァハァ言っている奴が居る。此奴のせいもあるだろう。
「あぁん。私、忘れられてますわぁ......こういうのも......イィッ!!」
「......確認しました。射撃を開始します」
受話器を置くエレーナ。深く深呼吸をすると発射を周囲に警告するため警報の号令をかける。
「警報」
「警報を鳴らすわ」
レイラがI-66操作パネルのトグルスイッチを上に倒すと警報が鳴り響く。
《ゥゥウウウウウウウウウウウウウウ......!》
そこからは騒がしい者共をフル無視して怒涛の号令ラッシュが続く。
「ミサイルの発射体制を
「発射体制H、確認」
「安全スイッチ解除」
「安全スイッチ解除了解、確認」
レイラはI-66操作パネルのミサイル発射体制ダイヤルを一番右に回すと、全ミサイルのジャイロのスピンアップが開始され、準備中のランプが点灯する。ミサイルは、今自分がどの方向を向いているかジャイロを使って確認する。これはどのミサイルにも搭載されている装置だ。
今回使用するミサイル、V-750VMUは30秒でスピンアップが完了し、5分でオーバーヒートする。ミサイルのジャイロがオーバーヒートする前に発射しなくてはならない。
そして同じパネルにある、蝋で固められたワイヤーにより固定されているスイッチ3つを、蝋を引き剥がし全て上に切り替え、安全装置を解除する。
「ミサイルランチャーを
「ランチャー指向中、完了したわ」
「火器管制レーダーとランチャー同期開始」
「ランチャー同期開始、同期作動中......インジケーター点灯を確認」
I-66パネルのスイッチをパチパチと指示通りに切り替えていくレイラ。右端のランチャー同期ダイヤルを回しLにすると、IADSの指示した目標へランチャーが自動的に向く。IADS同期スイッチ横にあるランチャー同期スイッチを押し込むと、信管や誘導方式等のミサイルの設定が同期され、その状況をすぐ上にあるインジケーターで確認する。
「誘導方式を
「誘導方式ウーペーユー、通常起爆切り替え、よし、電波信管インジケーター、確認!」
I-62操作パネルの発射スイッチの上にある三つのスイッチを真ん中のУПРに切り替えるとミサイルは目標の進行方向に先回りするように曲がりながら飛行する。
パネルの左下中央よりにある3っつの誘導方式切り替えスイッチを中央のPに切り替えると、通常起爆モードになる。スイッチを上に倒すと電波信管ではなく火器管制装置からの信号で起爆するようになる。下も火器管制レーダーからの信号で起爆するようになるが、使う条件が違う。上は離脱中の目標に、下は低すぎて電波信管が地面に反応してしまう場合に使う。
I-64操作パネルの電波信管のダイヤルを一番右に設定し、電波信管を使用するように設定し、その状況をインジケーターで確認した。
「ミサイルの発射エンベローブを確認」
「確認、目標射程圏内」
I-32操作パネルの中央にあるε пр.п βスイッチを左に切り替えると、同じパネルにあるレーダースコープに最大射程、最低射程、命中予定位置が表示される。追尾している目標の命中予定位置は射程圏内にあるようだ。
「ミサイル発射準備インジケーター確認」
「ミサイル発射準備......! よし!!」
「確認した」
発射準備インジケーターが煌々と緑色に光っている。これでミサイル発射のプロセスは完了した。
エレーナはまた深呼吸をし、最後の号令をかける。
「4番ランチャー発射!」
「4番ランチャー発射!」
号令を受け、レイラがI62操作パネルの中央にある、発射ボタンを押した。
《シュゴゴゴオオオオオオオオオオオォォォォ......!!》
轟音が聞こえ、ミサイルが飛翔していく。I-32操作パネルにミサイルの位置を知らせるマークが表示される。解放されている入り口のドアから、風に流されて固形燃料ブースターの火薬の香りが火器管制室に迷い込んでくる。
「ミサイル、飛翔中......」
「うむ、順調だな」
だんだんと目標に向かって進むマーク。誘導方式がハーフリードなので、目標の進行方向に先回りするため、少しミサイルが左に進んでいるのがマークから見て取れる。
「外さないッスよ!!」
「当然です......」
「当たり前だ!!」
目標を追跡するため、レーダースコープを食い入るように見続ける3人。流石にこの瞬間は静かになる。絶対に外さないというプライドが普段不真面目な彼女達から珍しく、ひしひしと感じられる。
「間もなく、着弾、起爆を確認!」
レーダースコープのミサイルマークが目標に接近すると、急激に大きくなりソロバンの玉のようなものが目標を包み込む。そして広がりながら目標を通過する。
「視線速度と高度確認」
「視線速度、急速に低下中、高度も落ちてるわ、撃墜よ!」
「よっし!」
「うおっしゃぁっ!!」
一瞬だけとは言え、張り詰めた空気が切れ歓声が上がる管制室。皆が喜びを体で表し、レイラがホッと肩をなでおろす。
「よし、警報解除」
「警報を解除するわ」
けたたましく鳴り響いていた警報が止み、再び日常が戻ってくる。いつの間にか重くなっていた空気は、再び気の抜けた空気へと戻っていった。
「全ての演習目標を撃墜した。皆ご苦労であった。引き続き演習終了時刻まで走査を続ける!」
「「了解」」
真面目な二人が私の声に呼応して返答したが、うるさい奴らがいエレーナの事を無視してガヤガヤと談笑している。
やれやれ、といった様子でエレーナは皆に声をかけなおす。
「今日の夜は打ち上げだ! たんまり飲みたい奴は私についてこい!」
「ひゃっほーう!! 今日は飲み放題ッス!!」
「ラム酒にウォッカにスピリタス!! 隊長! 今から飲んで良いですか!?」
「ヴァー! 今日こそはお酒に飲まれないのだー!!」
「あぁあぁああ隊長ぉぉぉ!! 今日こそ私のお部屋に!!」
「オ マ エ ラ まだ演習は終わってなーーーーい!!!!」
「「「「すいませーん!!!」」」」
エレーナの部下はなんだかんだ言って優秀だ。普段の素行の悪ささえなければ、恐らくキルギスの中で一位二位を争うだろう。そんな彼女達は今夜も、お茶会をする。
(私達は何時ティーカップを買いに行けるのだろう......?)
――――――――――――――Σ>三二二二>
*今日の解説はエレーナが打ち上げ中なので次の話までお待ち下さい*
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