第1章 兵士は眠り、兵役は続く

第1話 セイロン紅茶の香り~推進薬の香りを添えて~

「あぁ~寒い! 骨の髄まで冷えるな......」

「そうね~」


 そう言いながら二人の少女が白い陶器製のマグカップを持ち、電源車のラジエーター排気口で暖を取り話している。

 白い都市迷彩の戦闘服に、白いボア付きのコートを着込む彼女たちはキルギス共和国軍241連隊・第72中隊の地対空ミサイルSAM要員である。50名居る中隊の人員殆どが女性で構成されたこの中隊は、士官学校を出て直ぐに連隊に配属され、即実践投入された部隊だ。先の戦闘で実戦を経験しているが、休戦協定が結ばれた現在は前線で束の間の平和を味わっている。


「いい加減雪も見飽きたわ。早く春にならないかしら。私、花見をしてみたいわ」


 マグカップを両手で握りしめ白い息を吐く彼女はマトヴェーエヴィチ・レイラ・ルキーニシュナだ。ロシア式の名前なのでマトヴェーエヴィチが祖父の名、レイラが名前、ルキーニシュナが父親の名前だ。皆はレイラと呼んでいる。

 空のように明るい青色の髪が特徴的で、同じく青い瞳が見る者を吸い込むように透き通る。おっとりとした口調と優しい目で見る者を癒やし、丸い眉が少し気が抜けた雰囲気を纏う。


「そう言えば、レイラはまだ花見をした事がなかったのだな。だが春が来るのはまだ先の話だ。今は忘れて温かい紅茶を楽しもう」


 彼女はラヴレンチェヴィチ・エレーナ・ゲルマノヴナ。キリっとした顔立ちで、目尻が上がったその目は冷酷に人を見つめるが、綺麗な赤い瞳はどこか魅力的な光を放ち、綺麗な銀髪も相まり人を魅了する。

 彼女もまた長髪で、同じく帽子の間から垂れた雪のように白い髪が風に揺られてユラユラと煌めき、雪と同化し神秘的に見える。


「しかし、この紅茶は美味いな。飲み口がいい。ジャムはそんなに要らないな」

「そうでしょう? セイロン産のルフナよ。何時もと違うでしょう?」


 無邪気に笑うレイラの笑顔は、何時もエレーナの心を癒してくれている。


「ああ。何時ものダージリンは私には渋すぎる。香りはダージリンの方が上だが、あれはジャムが無いと飲めん。だがこれはグビグビいけるな」


 セイロンはイギリスの植民地であったスリランカの事だ。セイロン島は紅茶の名産国でルフナに限らず多様な茶葉を生産している。

 エレーナはマグカップを覗き込むと、黄金色の紅茶がキラキラと輝き透き通っている。雪が一粒紅茶に迷い込み、すっと紅茶に飲み込まれた。それに映るエレーナの顔はとても穏やかで、気持ちが安らいでいるのが伺える。

 

「そう? 良かったわ。あなたの為に取り寄せたのよ?」

「気を遣わせたようですまないな。そこまで気を使ってくれるとは思わなかったよ」

「あら~? そんな事ないわよ。隊長である貴女のほうがいつも気を使ってくれているじゃない。これはほんのお礼よ」

「そうか。ありがとう、レイラ」

「どういたしまして、エレーナ」


 フフフ、と笑う二人の背後でブーンと変圧器の出力が上がるのが聞こえる。冷却ファンの回転数が上がり、ボア付きの帽子から垂らす長髪がサラサラと靡いて混ざり合い未だに晴れぬキルギスの空に小さな空を作り出す。


「始まったな。高圧側の電源が入ったって事はレーダー照射が近いな」

「そうね。2班の彼女達は優秀だから安心して見ていられるわ」


 そう言いながら二人は変電機から離れるように歩み始める。

 発電機が乗った車両は煩くて近くで話等出来ないが、変圧器が乗ったこちらの車両はコイル鳴きが聞こえる程度でフォォォという冷却ファンの音だけが辺りに響く。


 ザクザクと雪を踏み抜きながら、小高い丘の上を歩く二人。丘の下の平地にはミサイルの発射台が3基展開しているのが見える。無骨な発射台の上に乗る巨大なミサイルは、雪が降る静かな空気に似合わない物々しさを醸し出しながら遠くの空を見つめている。


「今は演習を頻繁に行っているだけだが、何時実戦になってもおかしくはないな」

「でもタジキスタン側の最前線はずっと向こうよ。私達が居るのはカザフスタン国境沿いの後方。まだまだ実戦は遠い存在だわ」

「それもそうだな。なぁ、レイラ。今日の演習が終わったらティーカップを買いに行かないか? マグカップでは紅茶を飲むには大きすぎる」

「あら、嬉しいわ。いいわよ、一緒にデートに行きましょ」

「やれやれ、デートとは。そこまで大袈裟な事では......」


《ゥゥウウウウウウウウウウウウウウ......!》


 静まり返る平地にサイレンが鳴り響く。沈黙が支配する雪の世界を、耳をつんざくように耳障りな警報が切り裂く。


「早いな、もう目標を捉えたのか」

「言ったでしょう? 2班は優秀なの。К3信号起爆の撃墜率100%ですって」

「そうなのか? それは凄いな。最近は奴ら超低空を飛ぶか高度を取る時もチャフや妨害電波ECMばかりバラまいてかなわんからな。せめて高度が分かればなんとかなるがARMが......」

「あんまり仕事の話をしないの。何の為の紅茶の時間?」

「......すまない、どうも私は職業病のようだ......」


《シュゴゴゴオオオオオオオオオオオォォォォ......!!》


「おっ、打ったな」

「......」


 サイレンの耳障りな音に交じり、轟音を上げて、電柱よりも長く直径65cm程もある巨大なミサイルがマッハ4.5と言う猛烈な速度で飛翔してゆく。これからあの巨体は30km近く飛び、遠く離れたB52想定の演習目標を撃破するのだ。

 固体燃料ブースターの燃焼炎が白い世界に彩を与える。雪交じりの雲は厚く低いため、液体燃料ブースターに切り替わるころにはその姿はもう見えなくなった。


「......火薬の匂いがするわ......紅茶とは合わないわね」

「そうか? 私はこの匂いが好きだな。滾るものがある」

「......そうかしら?」

「しかしあんなものが最大43kmも飛ぶとはな、感無量だ」

「......あら? でももっと後方から400km以上飛んで来るミサイルもあるのよ?」

「あれは別格だ。ほぼ弾道ミサイルみたいな対空ミサイルではないか」

「それもそうね。大袈裟過ぎて実戦では役立たずだものね」

「......なぁ? もしかして機嫌悪いか?」

「ん~? どうして? 私はエレーナとのデートが楽しみで最高にハイって奴よ?」

「......そうなのか? 私にはよくわからんな」

「じゃあもっと私を知って頂戴。小隊長殿」

「そうか。努力するよ」

「お願いするわぁ」

「そう言えばティーカップは何処で買えばいい?」

「そうねぇ、ビシュケクパークまで行っちゃう?」

「遠いな。今自由に乗れるのはウラル-4320しか無いぞ?」

「え~!? トラックで行くのぉ? 私普通の車が良いなぁ......」

「しかし私のラーダは修理中で......」


 何もない雪原にサイレンが鳴り響く異様な環境に二人の少女は姿を消してゆく。

 彼女達は今日も、どこかで呑気にお茶を淹れていることだろう。



――――――――――――――Σ>三二二二>



 よくわかるSAM解説!


「やぁ、みんな! 今日からSAMに関する解説をするエレーナだ。よろしく頼む」

「今日はSAMとは何か? という基本的な事から開設するぞ!」


「SAMとは、Surface to Air Missile の略称で、地対空ミサイルのことだ」

「地上から発射する航空機を攻撃するミサイルで、様々な大きさ、規模の物がある」

「小さい物は人が担いで打てる短距離ミサイルから、大きな物はミサイルサイロと呼ばれる固定建造物から打たれる長距離ミサイルまであるぞ!」


「私達のSAM中隊に配置されているのはS-75、西側の表記だとSA-2ガイドラインと呼ばれている物だな」

「現代では旧式化が進んでおり最早骨董品ではあるが、ろくな対策をせず呑気に飛ぶ爆撃機を脅かす程度には脅威となる」

「特に配備される世代によっては大きく能力が変わる。今私たちが配備されているのはSA-2Fだから後期のSA-2だ。使用するミサイルはV-750SMで、なんと、カメラによる目視誘導も可能な程進化している!」

「......まぁ大体は厚い雪雲に阻まれてレーダー画面での追尾になるのだが」

「と、とにかくだ、誘導方式が変更されたり射程が伸びたり警戒レーダーに探知されなくなったりなど、同じ発射システムでもミサイルだけが新しくなる場合もある」


「SA-2本体は移動式の早期警戒レーダー、探知・測高レーダー、戦闘レーダー等の装備の他に、固定式発射機とミサイル、電源車、通信車、補給車、整備車等によって構成されている」

「もはや移動式のサイロみたいなものだ。その他にもレーダー網等色々あるが今回は割愛する」

「先ほど私達がいたのは電源車だ。レーダーに必要となる膨大な電気を作る巨大な発電機と変圧器で構成されている。莫大な熱を放出するのでいい暖房......コホン。重要な装備となっている」

「これらの装備は連隊規模で運用するものと、中隊規模で運用するものに分かれていて、私たち中隊が主に扱うのは早期警戒レーダーと戦闘レーダーと固定式発射機だ。」


「発射プロセスとしては早期警戒レーダーと、連隊の探知・測高レーダーが目標を探知し、その情報が戦局図として連隊内で共有される。その情報を元に目標を戦闘レーダーで捕捉し、指揮車から発射許可が下りれば、我々はミサイルを発射し、目標まで誘導する、というプロセスだ。目標を破壊したら再び目標の探知に戻る」

「ちなみにSA-2Fは手動で目標に照準を合わせて手動で目標までミサイルを誘導している。起爆信号は自動で送信されるか、手動モードで起爆する」

「起爆信号は電気信管と触発信管があり、電気信管は弾頭に搭載されたレーダーが目標を探知すると起爆する、いわゆる近接信管(VT信管、VTヒューズ、マジックヒューズ)と呼ばれる物だ。これは知名度が高いから、詳しくは自分で調べてみるといい」

「触発信管は文字通り、触れれば爆発する。が、そもそもミサイルを遠く離れた飛行機に直接当てるのは困難を極めるので、ほぼ全て近接信管モードで発射する」

「まぁチャフ散布層やグランドクラッター等があり近接信管では対応できない場合が多々あるのでそれはまた後日説明しよう」


「とまぁSAMは奥が深いので、諸君も興味があったら是非私の講座を聞きに来るか、自分で調べてみるといいぞ!」

「次回からはレーダーの仕組みを解説していく」

「では諸君、また会おう!!」

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