300回目のタンポポコーヒー
和登
300回目のタンポポコーヒー
ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ…
一定のリズムでなり響く電子音、ヒビの入った白い天井、わずかだがカビくさい
身体を起こそうにもこの上なくだるくて動けない。右腕は何かの管が繋がれていたが、何もされてないはずの残りの四肢も思うように動かせなかった。
「目が覚めましたか、博士」視界の外から声が聞こえる。
ああヒーロ、目は開くが縛られたように動けないんだ
「300年ぶりに起きたのですから、返事ができているだけでも丸儲けです」
なるほどな。まだ眠いが、ここで二度寝しては寝過ぎたな。コーヒーを貰えないか?
「それは私の得意な機能の一つです」
ヒーロの気配が消えたが程なくして香ばしい匂いと共に戻ってきた。身体を起こしてもらった博士は目覚めの一口を味わう。…少し変わった香りがするし、苦味が結構ある。舌がまだ冬眠から覚めていないのだろうかと首を傾げた。
「自家製のタンポポコーヒーですよ。博士が起きた時のため、準備していたのです」博士お好みの豆は、残念ながら今の気候では作れないのですと付け加えた。
博士は数日で歩けるまで回復し、白く殺風景な冬眠室から出ることになった。出るまでの食事は南国を思わせる果物が多く、ヒーロによれば近所に自生しているとのことだ。バナナは食べられるかなと訊くと食べられる品種は流行病で全滅して以降見ていないとのことだった。
外に出るまでの道はわずかな灯りで薄暗く、飾り気がないものの埃っぽくはなく掃除が行き届いていることがわかった。ヒーロは眠る前の命令を従順にこなしていることがわかる。
玄関と外界は分厚い扉に阻まれていて複数のロックを外した後にようやく開けることができた。開けて数歩、苔むした地面を進み深呼吸をする。鼻腔に潮風が流れ込み、その急な湿っぽさに博士は少しむせた。見上げると青々とした分厚そうな葉っぱをつけた背の高い植物の隙間から強めの日差しを感じ、半袖でも大丈夫そうな暖かさだ。
「世界の変化と同様に、この地域も海面上昇と一緒に平均気温も上がりました。暦の上は冬ですが、もう花も咲くんですよ」そう言ってヒーロの指差した先にはタンポポ畑が広がっていた。さっき飲んだのは咲きたて出来立てかと聞くと「あれは去年のです。コーヒーにするまでには手間がかかるはご存じのはずですが」と返された。
暗くなり博士たちは海を見下ろせる丘まで来て焚き火をしていた。
「博士が眠ってからは大きな争いこそなかったのですが各地の発電所が破壊されたり維持できなくなって以来ここに人は来なくなりました。200年以上前のことです。それからは植生が変わったり海面上昇の影響でここから海が見えるようになったりした程度です」ヒーロからは寂しいとかの感想はなく、ただ「長かった」という事実が残されているのを博士は理解した。
博士は口を開く
こうしてまた地上に立つことができた感動をいまも噛み締めているよ。自己修復、自律思考、自己進化を目指して作ったヒーロ、お前は私の救世主と言っていい。ありがとう。
「私も博士の期待に応えられて光栄です。凍ったままでいたらどうしようもないと考えていた所でした」とヒーロ。それはおっかないな
そうだな。せっかく世界に残った知性だ。私が教えたとっておきの機能をもって、文化といこうじゃないか。目覚めたばかりでもこれだけは自信があるぞ。
6等星まではっきりと見える夜空の下
小さいが暖かな火の元に二人はいた
さあヒーロ、一緒に踊ろう
これからは一緒に世界を巡ろう
おわり
300回目のタンポポコーヒー 和登 @ironmarto
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