私だけのヒーロー
玄栖佳純
第1話
私にはヒーローがいる。
中学生くらいの頃に出会ったヒーロー。
ヒーローに会ったということは、それなりの怖い思いをした。
それは、学校帰りに行った海。寄り道は禁止されていたけれど、なぜか行った。
仲良しのAちゃん(仮)と、たまたま居たBくん(仮)。Aちゃんとは一緒に行ったけど、Bくんはたまたま。学校からそんなに遠くない場所に海があったから、クラスメートにたまたま会うのもそんなに珍しくはない。
私も入れて、その3人で海岸にいた。
でも、その日はなにか変だった。
まるで、呼ばれたかのように、私たちはそこにいた。
少し温かくなってきた3月。三寒四温と言うらしいが、昼は温かくて、それで海に行きたくなった。
Bくんはそれほど仲良くもない。でもクラスが一緒だったから、遊ばないわけでもない。特別仲良しでもないけれど、特別仲が悪いわけでもないという微妙な関係。
でも会ったからと、なんだか一緒に行動していた。波打ち際に行き、水に濡れないように波と追いかけっこのようなことをしたりと、それなりに楽しく遊んでいた。
波打ち際で穴を掘って、そこに水をためて遊んだりしていると、だんだん夢中になって少しずつ日が暮れていたことに気づかなかった。
「きゃっ、冷たい!」
という声が聞こえてきて、Aちゃんが海水に浸かってしまっていた。
「あ~あ」
私もBくんも海水に浸かったAちゃんを見て、そんな声を上げていた。
「早く出ておいでよ」
海の中に入って靴が見えなくなるくらいのところにいたAちゃんに私が言う。
「出たいんだけど、足が抜けない」
見るとAちゃんが少しずつ沈んでいる。
ふつうならそんなのありえない。
この辺りの海で、波打ち際の近くでそんなに沈むことはない。
波が来て、足元の砂がえぐられて少し沈むことはあるけれど、それは波が引いては返す場所での話。海水がなくなればそんなことは起きない。
でもAちゃんは海水の中にいた。
「早く出てきて!」
海水から出てくれば大丈夫。
私はそう思っていた。
でもAちゃんは出てこない。
「早く!」
私は砂浜から手を伸ばす。
日は沈み、辺りが暗くなっていたけれど必死に手を伸ばした。
暗い海に足を踏み入れることはできず、波が来ない場所から手を伸ばした。
「ムリ!」
Aちゃんが叫んだ。
「ここから出られない!」
青ざめたAちゃんの顔。
それを見て私も青ざめた。
足がすくんで動かない。
私は砂浜のところにいたけれど、Bくんがジャブジャブと海に入ってAちゃんのところまで行く。
「ねえ! 危ないよ!」
私はBくんに言った。
でもBくんはざぶざぶ入って行く。
そしてAちゃんのところまで来た。
「僕、ひとりじゃ無理だ。キミも来て!」
Aちゃんのところまで行ったBくんが叫ぶ。
私は入れなかった。
暗い海が怖かった。
私は二人が少しずつ海に沈んでいくのをただ見ていた。
「走って!」
後ろから声がして、ぐいっと私が見ていた海と反対の方向に引っ張られた。
その声に導かれるように、私は走り出した。
海を背に、明るい街灯の方へ。
そして、走って走って走って、駅まで着いた。
息を切らして座り込んでいると、AちゃんとBくんのことが気になった。
「助けに行かないと」
そう言って、海に戻ろうとした。
すると腕を掴まれてそれを止められる。
「あそこには君しかいなかったよ」
「でも、私は二人と遊んでたのに……」
「ずっと見ていたけど、君はひとりで遊んでいた」
そう言われ、何が何だかわからなかった。
それから電車に乗って、この辺りで一番大きな繁華街がある駅で降りて、人込みを歩いた。大人の人と一緒だったから特に何も言われず、私は街中を歩いていた。
人の声がうるさい。
街の音がうるさい。
そう思いながら、ぐるぐる歩いた。
たくさん街中を歩いて、家の最寄の駅まで戻って来た。
「巻いたと思うから、家に帰っていいよ」
そう言われてぼんやりとしていた。
何を巻いたんだろう?
その人が言っている意味がわからなかったけれど、質問することはせずに家に帰った。
次の日、学校に行くとAちゃんもBくんも教室に居たけれど、前日に海には行っていないと言う。
あのまま海に入ったらどうなっていたんだろう。
そう思うとゾッとした。
下手をすると私は暗い夜の海にずぶずぶ沈んでいたかもしれない。
あの時、助けてくれた人は、顔ははっきりと覚えていないけど、若いお兄さんだったように思う。
その人が誰だかわからない。
でも、彼は私を助けてくれた私だけのヒーローなような気がする。
私だけのヒーロー 玄栖佳純 @casumi_cross
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