ゴキゲンマン is Always with me

ギヨラリョーコ

第1話


 ゴキゲンマンは常に僕と共にある。

 今は小便器の真横で仁王立ちしている。



 ゴキゲンマンは頭がスマイルマークの描かれた球体になっている、全身のっぺりと黄色い人型の何かだ。

 遠目に見ると特撮のヒーローみたいだ。実際そう思う時が結構ある。

 胸元にはくっきりとしたゴシック体で「ゴキゲンマン」と赤く書かれている。なのでゴキゲンマン。僕が名付けたわけじゃない。

 僕が高校のトイレで用を足している間に、ゴキゲンマンは無駄に俊敏な動きで左右に反復横跳びをしてから、僕の視界から外れるように後方に飛び退いた。

 ゴキゲンマンは常に僕と共にあるが、常に視界に入っているわけではない。1日の半分以上は視界の外にいる。

 僕以外の人にはゴキゲンマンが見えない、そしてゴキゲンマンと同じような存在がそもそもいないということを、僕がきちんと理解したのは中学生の頃だったと思う。

 けれどゴキゲンマンがいないという感覚は、まだ完璧には理解しきれていないと思う。何せ物心ついた時からゴキゲンマンは僕と共にあるので。

 ゴキゲンマンとは何なのか、それは僕にはいまいちわからない。ただこいつは僕と共にある。常に。



 トイレから出て教室へ戻る廊下で、ゴキゲンマンはいきなり僕の背後から飛び出し、僕の右手前方に躍り出るやタップダンスのように足だけで激しいステップを踏み始める。上半身が真っ直ぐのまま動かない。実に素晴らしい体幹をしている。

 タップダンスをしながらゆっくり僕の目の前に移動してくるゴキゲンマンに、相変わらずすごいパフォーマンスだなあと半笑いでいると、ふいに激しいタップ音が止む。

「長野」

 廊下の向こうから友達数人が歩いてきていた。みんな一様にニヤニヤとしているのが気になる。

「何廊下の真ん中でいちゃついてるんだよ」

「は?」

「田中さん本当にこいつでよかったの?」

 ゴキゲンマンは激しく足を踏み鳴らす。

 田中さんとは先週僕に告白してきた同級生の女の子だ。付き合うつもりはなかったのだが、推しの強さに断りきれずに曖昧な返事をしていたら付き合うことになっていた。

 正直言って後悔している。連絡もしつこいし誰と喋っていても割り込んできて友達とのコミュニケーションが邪魔されているように感じるのだ。

「まあ長野もちょっとぼーっとしてるから、田中さんぐらいグイグイいくタイプの方がいいんだって」

「あんまりイライラしたりしないし」

「な、大丈夫だって」

 友人たちはニヤニヤと僕とゴキゲンマンをちらちら見比べながらそんなことを言ってくる。

 ゴキゲンマンは再び素晴らしいタップダンスを披露してから、振り向いて悠々と教室の方に歩き去っていった。


 そういえば。

 一昨日から田中さんの顔を見ていない。

 そして代わりにゴキゲンマンがよくタップダンスを踊るようになった。

 さっきトイレにいたのはゴキブリだったかもしれない。

 教室のドアをくぐると見せかけて凄まじい跳躍力で僕の背後に戻ってくるゴキゲンマンを見ながら、僕は友達たちの言葉に曖昧に頷いた。

 ゴキゲンマンはやはり僕のヒーローだ。

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ゴキゲンマン is Always with me ギヨラリョーコ @sengoku00dr

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