いとおかし ~地球を見上げ、月人と大福を頬張る話~

埴輪

いとおかし ~地球を見上げ、月人と大福を頬張る話~

 月ではうさぎが餅つきしていると思っていた昔の人は、今や月では兎の耳──「うさ耳」をはやした地球人が、餅つきをしていると知ったら、どう思うだろうか。


 いとおかし。いとおかし。


 うさ耳といっても本物ではなく、何かと便利なセンサーらしい。餅つきだって、機械がズンドコこしらえているわけで、ただ、この「つきうさぎ」という何の捻りもないネーミングの大福を、可愛い月人つきひとの女の子と二人並んで、地球を見上げながらぱくつくというのは、十六歳という僕の年齢を思えば、僥倖ぎょうこうであろう。


「あなたは私のヒーローぴょん」


 パンパンと、大福の白い粉を払いながら、ユズルハがそんなことを言った。


 僕はヒーローなにがしより、語尾の方が気になってしまったけれど、手にした大福、その黒い断面と、ユズルハの白い顔を見比べつつ、考えをまとめようとした。


 ──まとまらなかった。


「僕、なんかしたっけ?」


 ユズルハは赤い瞳をきらきらと、微笑むばかり。──うん、謎だ。


 いとおかし。いや、いとあわれなり。

 

 月人のユズルハは、地球人の僕とは色々と違うのだろう。まず、見た目が違う。透き通るような白い肌。初めて見たときは心配になるほどだったけれど、月では見渡す限り美白な方だらけだったので、もう慣れた。僕も白くなったかもしない。気のせいかもしれない。じっと手をみる。うん、気のせいだった。


 もちろん、ユズルハもうさ耳だ。触らせてもらったこともある。作り物とは思えないぐらい、ふわふわで、柔らかくて、温かくて、「んぅ」とユズルハが身をよじったりするものだから、ドキドキしてしまって、何というか、もう──


 いとおかし。おお、いとおかし。


 地球人の僕は、留学生だ。月と地球は約38万キロ離れているし、月の重力は地球の六分の一だし、自由に行き来できるとはいえ、色々と大変なのだ。


 だから存外、みんな月には行きたがらない。結果、消去法的に僕の留学が決まり、現地で出迎えてくれたのが、同じ十六歳のユズルハだった。


 ユズルハは躊躇ためらうことなく僕の手をつなぎ、月の町を案内してくれた。空が黒い他は地球の町並みと大差もなく、重力制御のお陰で、歩くのも、走るのも、問題なし。これが食わず嫌いというものなのか。ただ、僕が初めて歩く街の光景よりも、ユズルハと繋いだ手に意識を集中していたことは、言うまでもない。


 銘菓「月の兎」を買い込んだあと、とっておきの場所だと案内されたのがここ、地球がよく見える公園だった。あの青い星からやってきたのだと思うと、感慨深い。


 いとおかし。いとおかし。


「ヒーローって、僕が地球人だから?」

 

 僕はふとそう思った。月人にとっても地球は故郷だ。それが遠い、遠い、昔のことだとしても。だから、地球人に特別な思いを抱いていても不思議はない。そうなると、僕も何か不思議な力を持っているような気がしてくるのだから、現金なものである。だけど、ユズルハはふるふると首を振った。あら、違うのね。


「地球人が、君だったことぴょん」


 ──どんな違いがあるのだろうか? 僕は大福を頬張る。うまし、うまし。 


「ねぇ、結婚してくれるぴょん?」


「いいよ」


 とはいえ、まだ学生の身だ。お互い、成年年齢にも達していない。遠距離恋愛には38万キロは離れすぎだし、僕が月に住むことになるであろう。移住の手続きについて調べなければならない。月で働くとしたら、ロボット操縦の資格もいるだろうし……考えなければならないこと、やらなくてはならないことは、盛り沢山だ。


 大福を食べ終え、ユズルハを見ると、白い顔が真っ赤になっている。「そういうところだよ」と、すっかり語尾も元に戻っている。何がそういうところなのかはわからなかったけれど、僕はそんなユズルハを前に思うのだった。


 いとめぐし。いとめぐし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いとおかし ~地球を見上げ、月人と大福を頬張る話~ 埴輪 @haniwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ