【短編】ねぇ、ちんちん見せてあげよっか?

夏目くちびる

第1話

 常々、思っていることかある。



 それは、挿すのは男なんだから、恋愛でアプローチを仕掛けるのも男であればいいのに、ということだ。



 けれど、男というのは実に不思議な生き物で。体は私たち女より強いのに、女と違って群れで動きたがるし、おまけに心がとても繊細だ。



 だから、少しでも強引なアプローチをかけると、すぐに引かれてしまう。というか、そもそも一人でいることの方が少ないし。



 最近の世の中のセクハラ問題も相まって、彼氏が欲しくたって女から何かをすること自体が間違ってるみたいな。つーか、男たちって普通に理想高すぎて、流石にハードル高すぎるとか。



 そんな風潮が、世に蔓延ってる。



 つまり、恋愛はもはや選ばれた人間にしか与えられない恵まれた娯楽として、世間に認知されてしまっているのだ。誰かと一緒にいるための資格すら、私のような一般ピーポーには許されないというのだろう。



 ……つまらない。



 一説によると、太古の時代に怖い動物から家を守るため、体の強い男が残り女が農業に出ていた事が原因と言われているけど、普通逆だろって思う。



 当時、お肉を食べる文化があれば、少しは変わったのかしら。



 それに、女の方が痛みに強いって、そんなの男の痛みが分からないんだから計れないでしょうが。いくらキンタ○へのダメージが酷いからって、生理も結構キツイんだから。



 おあいこだって、それぞれ苦しいって。そう、考えて欲しい。



 先祖様。あなたたちのお陰で、現代の日本人は少子化問題に苛まれているんですよ。



 ……まったく。



「ねぇ、コハルちゃん」



 そんな事を考えながら、教室の窓の外を見ていると、ふと隣の席のユキ君が声を掛けてきた。とある日の、中休みのことだった。



「なに?」

「次の数学の授業、ボクが当てられそうなんだ。ちょっぴりだけ、勉強教えてくれない?」



 言って、ユキ君はあざとく手を合わせた。



 私は、彼が少し苦手だ。顔はかわいいけど、どんな女とでもエッチをするって噂があるし、何より雰囲気が妖しい。



 先の語りをしておいて何だけど、私は純愛を求めてる。過激派と言ってもいいかもしれない。



 乱れた性感覚は好まないし、ちゃんと好きな人と誠実に付き合いたい。矛盾してるって思うかもしれないけど、そうじゃない。



 私は男の理想が高いんじゃなくて、恋愛の理想が高いのだ。



 でも、それって二人で何とかできること何だから、むしろ高い方がいいって思うの。むしろそこが低いと、長続きしないんじゃないかって思うの。そうでしょう?



「いいけど、私もあんまりわからないよ?」

「大丈夫、コハルちゃんが頭いいの知ってるから」



 なんの根拠にもなってないのに、ついつい許してしまう。こういう時、男の子ってズルいなって感じる。



「ねぇ、コハルちゃんって家で何してるの?」



 教科書にラインマーカーで黄色い線を引きながら、突拍子もなく訊く彼。



「なにって、別に普通だよ。映画見たり、勉強したり」

「ふぅん」

「あ。そこの問題、24ページの公式が使えるから」

「へぇ、そうなんだ」



 言いながら、テキストの横にメモ書きをしていく。物覚えとマメさは、彼の長所なのだろう。すぐさま、隣の応用問題を解いて私に笑いかけた。



「映画って、何が好きなの?」

「えっと、ロマンス……?」

「なんでボクに聞くのさ」



 クスクスと笑って、私を見るユキ君。なんだか、その解答を見ていると、まるで最初から解き方を知っていたみたい。



「ロマンスって、なに?」

「最近は、『ちょっと思い出しただけ』っていう悲しいお話を見た。私は恋愛経験がないから、あんまり共感出来なかったけど」

「あぁ、歌舞伎町前の街頭ビジョンでCMやってるの見たよ。面白そうだとは思ってたんだ」

「歌舞伎町……」



 私は、あまり新宿に行ったことがないから、ほんの少しだけ、ユキ君が歌舞伎町で何をしてるのか気になってしまった。



 きっと、悪い事をしてる。私よりも大人で、すごく悪い事。



「おすすめってある?」



 もう、彼はペンを持っていない。頬杖をついて、ニコニコしながら私を見ているだけ。



 ……もしかして、私のことが好きなのかしら。



「あれ、コハルちゃん?」

「あ、ううん。ごめん、ちょっとボーッとしちゃって」



 適当なことを言って、ほっぺの温度を確かめてから、先のユキ君の言葉を思い出した。



 あの。おすすめの映画、だよね?



「『いま、会いにゆきます』とか、海外なら『ブルーバレンタイン』とか」

「クスクス、悲しい話ばっかり。コハルちゃん、人が幸せになるのを見るのって嫌いなの?」

「そ、そうじゃないよ。人聞き悪いこと言わないで……」



 確かに、私の好きな映画って全部悲しい話だ。



「でも、でもでも。普通は、幸せになるまでの話が面白いでしょ?幸せになってからの話には、ストーリーが見つからないでしょ?」

「ボクは、何もない日常を追体験するのもいいと思うけど」

「追体験なんて。私以外は、私じゃないのに。一緒にするなんて、出来ない」



 こういう時、なんで自分がモテないのか凄く分かる。共感性が欠けてるって事は、男の子と一緒に悩んであげられないって事だもの。



 だから、私の友達って私に頼るのかも。女は、悩みを解決する方法を端的に求めたがるし。



「でも、そうなるって分かってるモノを見るのはつまらないよね。分かるよ」

「う、うん」



 ……あれ。



「コハルちゃんは、ストーリーにライバルとかカウンター的な存在がいないと嫌になるタイプでしょ」

「あ、それ凄く分かる」

「それと、何でも一人で解決するのとか好きじゃないでしょ」

「出来ないことがあってくれると、楽しみやすいかな」

「刑事モノ、好きでしょ」

「うん、すっごく好き。『孤狼の血』とか、バディって憧れちゃうかも」

「クスクス、またバイオレンスな映画を」



 私、何でこんなにペラペラ喋ってるんだろ。



 というか、ユキ君って凄く映画に詳しいんだ。全然、私のおすすめなんていらないじゃん。



「ユキ君も、映画が好きなの?」

「コハルちゃんと話がしたくて、色々見たんだよ。ハマったのは最近」

「あざとい」

「そうかな。好きな人の趣味を調べるのって、別に普通だと思うけど」



 そして、彼はまたニコリと笑った。



 ……え?ちょっと、今なんて言ったの?



「……私のことが、好き?」



 確認しても、ユキ君は黙って私を見ているだけ。何だか、頭がボーッとしてきた。



 本当に、ズルい。



「コハルちゃんは、日常がつまらないと思ってるでしょ」



 おまけに、私のことを無視して。明らかに、ちゃんと聞こえていたハズなのに。



「え、いや。ど、どうだろ」

「ロマンスとかサスペンスが好きなのも、そうだからでしょ?」

「まぁ、うん。こんな事、あったら面白いなって思うけど」

「きっと、普通じゃ起こらないような、そんな事件?」

「うん、羨ましいよ」

「そっか」



 ドキドキと、心臓が高鳴っているのが分かる。私、一体どんな顔をしてるんだろう。



「ねぇ、コハルちゃん」

「な、なに?」

「ちんちん、見せてあげよっか?」



 その時、まるで私たちを引き裂くように、授業の開始を告げるチャイムが響いた。



 ユキ君は、何事もなかったかのように立ち上がると、自分の席に戻っていった。わざと、私の後ろを通って。神経を逆撫でするように、静かに妖しく笑ってから。



 ……濡れてしまった。



 間違いなく、ユキ君はビッチだ。私みたいな処女をからかって、いつもニコニコして、信じられないくらいエッチで。



 だから、私は苦手だって思うようにしてたのに。



 彼に惚れてるってわかったら、絶対に後悔するって気が付いていたのに。



 ズルいよ。



 ……私は、授業中もずっとユキ君の事を考えていた。



 何だか、変な気持ちになりながら。ちんちんを見せてくれるって事は、つまりそういうことなのでは?とか。もういっそ、ユキ君を食べてしまうような。むしろ、私が食べられてしまうような。



 そんな、エッチな妄想をしていた。



 最悪だ。私、あんなたった一言で、ずっと抱えていた一途な恋愛観を壊されて。全然、ユキ君の事しか考えられなくなって。



 勉強だって、ちっとも身に入らないし。次の休み時間も、次の次の休み時間も。お弁当を食べてる時も、友達と話してる時も。ずっと、ずっとユキ君の事しか考えられなくなっていた。



 酷いよ、こんなことするなんて。



 どうせ、私のことなんて全然見てないクセに。気のあるようなフリをして、私の思考を支配して。



 多分、「付き合って欲しい」なんて言ったら、「そんなつもりじゃなかった」って断られて。最後には、私だけが辛い目にあうんだ。



 ……でも、一番酷いのは、今彼を見ているこの瞬間が、何よりも幸せな事だと思う。



 これを失わなければいけないのが、きっと一番辛い。



 ずっと、悲しい映画ばっかり見てきたんだもん。フラレたら、死ぬほど悲しい思いをして、ずっと引き摺っちゃうんだって。自分にあったことはないけど、それくらいは分かっちゃう。



 だから、あれから話してくれないユキ君に、言葉を再確認する事が出来ないでいた。



 ビッチって、ズルいよ。



 だって、待ってるだけに見せかけて。多分、本当は私の気付かないところで私の反応を見てる。時々目が合うのも、そのせいだ。彼は、私がずっと見てるってこと、絶対に気がついてる。



 だいっキライ。



「ねぇ、コハルちゃん」

「……なによ」



 放課後。家に帰ろうとすると、ユキ君に声掛けられた。



「何怒ってるの?」

「別に、怒ってない」



 誤魔化していないと、すぐにニヤけてしまって。尻尾を振るみたいに喜びそうだから、ちょっと顔に力を入れてるだけ。いつも、この目が怖いって言われるけど、私は全然怒ってない。



「一緒に帰ろ?」

「……うん」



 歩いてる途中、ユキ君はずっと私の肩に触れそうな位置を歩いて。ゆっくり、ゆっくり。時々、水滴みたいにくっついては、私がもたれ掛かりそうになった瞬間に離れて。



 絶対に、意識してるハズなのに。全然、なんてことのないようにお話をした。



「コハルちゃんも、そう思うよね」



 それとも、彼は本当になんとも思ってないのだろうか。女に触れる事くらい、少しも特別なことじゃなくて。全然意識なんてしてないから、ずっと変わらないでいられるのだろうか。



「……ねぇ」



 だから、私は訊かずにいられなかった。いつも、彼が歌舞伎町で何をしてるのかを。



「別に、ただのお小遣い稼ぎだよ」



 説明してくれたけど、聞かなければよかった。多分、それって所謂ママ活ってヤツだ。



 もしかしたら、もっと過激なことも。



「……っ」



 お母さん。好きな男の子が、知らない年上の女とイチャついてるって知って怒るのは、変なことでしょうか。



「そんなの、絶対にダメだよ」



 私は、我慢が出来ませんでした。



「なんで?だって、大学生だってみんなやってるよ」

「みんなって、全然みんなじゃないよ。普通は、コンビニとかでアルバイトするじゃん」

「そっかな。でも、若さがお金に変わるなら、別にしたっていいと思わない?」

「……思わないよ、それって普通じゃないもん」

「じゃあ、何が悪いの?」



 何が悪いって、別にユキ君じゃなければどうでもいいって思う。売春なんて、やりたければやったらいいって思ってたし。そういう映画も、面白いなって感じる。



 ママ活の存在を知った時、私が男だったら、きっと同じ事をしたって思った。



 だって、男は女と違って子供を生まなくていいし。どれだけ使ったって、別にそれで精子が枯れちゃうワケじゃないし。極論、感性を鍛えてるんだって言われたら、私が映画を好きな事と何も変わらない。



 でも、病気とか、違法とか。確かに、法的にダメだって言える根拠もある。世論を振りかざせば、私の正当性は証明されるって分かってる。



 そんなの、分かってるの。



「でも、そういう事じゃないんだよ」

「じゃあ、なに?」



 理由なんて、シンプルな一つだけだ。



「……私が、相手の女に嫉妬するから」



 口にしたとき、スッと胸に支えていたモノが落ちた気がした。



 なるほど。告白って、こんなにスッキリする事だったんだ。



「……クスクス、嫉妬しちゃうの?」

「うん、イヤ」

「そっか、嫉妬しちゃうか。そっかそっか」



 まったく。先に私を好きだと言ったのは彼なのに、どうしてこんなにモヤモヤさせられなきゃいけないのよ。



「……うん」



 ホント、男の子ってズルい。



「コハルちゃん、言ってたよね。普通の日常が、つまらないって」

「うん」

「なら、ボクがを辞めたとして、どうやってつまらない日々を過ごせばいいと思う?」



 言われ、何で私がユキ君を好きになっていたのか、少しだけ分かった気がした。



「私と一緒に、映画とか見たらいいでしょ」

「それだけ?」

「あと、おでかけとか。全然、知らないけど」

「それだけ?」



 ……。



「……そのママたちより、気持ちよくしてあげる」



 本当に、何言ってるんだろう。



 そう思っても、もう遅かった。ユキ君はケラケラと笑って、涙まで流している。そんなに笑われると、もう恥ずかし過ぎて何も言えません。



 でも仕方ないでしょ、処女なんだから。



「あ〜あ。コハルちゃんって、面白いね。ボク、別にそういうのがして欲しくてやってるんじゃないのに」

「う、うるさいなぁ」

「あははっ。……でも、ありがと。寂しくないように、してくれるんだよね」

「……うん」



 答えたその時、突然ユキ君が私に抱き着いた。



 少しだけ高い身長で、私を抱えるように。強い体で、弱く甘えるように。



「ねぇ、ちんちん見せてあげよっか?」

「また、今度でいいよ」



 こうして、私はユキ君と付き合うことになった。



 ただ、ここでカッコなんてつけないで、すぐに見せてもらえばよかったと、本当に後悔する事になったのはまた別の話。



 どうして、男の前でカッコ付けちゃうんだろう。私は、3ヶ月経った今でもまだ、ユキ君を抱けずにいるのだった。

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