ポチ君は私のヒーローになりたいと言うけれど。
タカテン
ポチ君がいきなり告ってきた!
「ボク、
呼び出された屋上で唐突にそう言った彼の瞳が一瞬、夢に出てくる男の人の顔とダブって見えた。
私は
顔もスタイルも成績も趣味も、どれもごくごく平凡な高校一年生。
ただひとつ変わっていることと言えば、高校生になってから朝起きた時に何故か泣いている、それぐらいなものだ。
そんな私に何故、彼が好意を抱いたのかは分からない。
彼の名前は安藤ポチョムキン。ハーフでもなんでもない日本人なのに、何でご両親がそんな名前を付けられたか理解に苦しむ。
しかもポチョムキンなんてゴツい名前を付けてもらったのにも関わらず、当の本人は身長が150センチにも満たない小柄な男の子だった。
顔も童顔で可愛らしく、ワンコのように人懐っこい。だからみんなからポチ君と呼ばれている。
「ポチ君、それって私が好きってこと?」
「う、うん! そう!」
興奮して、うんうんと頷くポチ君。本当にワンコみたいだなぁ。
「そうなんだ……」
これまで平凡な人生を生きてきた私だから、告白されるなんてもちろん初めてだった。
だから嬉しいんだけど、同時に困ったことになったなと戸惑う。
ポチ君、女子人気高いんだよなぁ。特に二、三年の先輩方の中には密かにポチ君ファンクラブを作るぐらいめっちゃ人気ある。
そんなポチ君と付き合うことになったらいろいろ嫌がらせを受けそう……。
「あ、あの、今すぐ返事しなくていいから!」
複雑な思いが顔にでていたのかもしれない。ポチ君が慌てて両手をぶんぶん振りながら言った。
「ボク、頑張るからっ! 東雲さんのヒーローになれるよう頑張るからっ! だから見ててね、東雲さんっ!」
不思議なことに。
私がポチ君に告白されたことは、あっという間にみんなへ知れ渡っていた。
ポチ君ファンクラブの人があの場を盗み見していたのだろうか。ファンクラブ、怖い!
「で、どうしてポチ君をフったの、姫子?」
「フってないよ、保留中」
「保留にする意味がわかんない。ポチ君、可愛いじゃん! 彼氏にして色々と目覚めさせてやりたいと思わないの、姫子!?」
ごめん。全然思わない。
てか、一体何に目覚めさせると言うのか?
休み時間だけでは足りず、体育の授業中もバレーの試合待ちをいいことにみんながポチ君の件を話しかけてくる。
隣のコートでは男子がバスケの試合をしていた。
ポチ君も試合に出てはいるものの、ぱたぱたとコートを駆け回るばかりで何の戦力にもなっていない。
さすがにバスケではヒーローになれそうにもなかった。
「お、ポチ君がボールを持った!」
「うん」
「姫子、応援してあげなよ!」
「え!? ファンクラブの人に殺されるからヤだ!」
「そんなこと言わずにさ。ポチ君、姫子にカッコイイところを見せようとしてるんだって。ほらほら、ポチ君、姫子に手を振ってる!」
おい、ボールを持ってるのに手なんか振っていていいのか、ポチ君?
「あ、ボール取られた!」
ほらー、言わんこっちゃない!
頑張って取り返そうとしてるけど、悲しいかな、ポチ君の身長では弄ばれるだけ。
自分の身長よりも高いところでボールを回されて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
その姿は健気なワンコを想像させる。飼い主に遊んでもらおうと必死になるワンコは……うん、まぁ、可愛いよね。
「がんばれ、ポチ君!」
だから思わずファンクラブの存在も忘れて私も周りの女の子と一緒になって応援したその時。
ぴょん、と。
ワンコなポチ君がまるでニャンコのように体をにゅーと伸ばしてジャンプ。指先が遥か頭上を行き交っていたボールを弾いた。
ボールの軌道が変わる。でも、そこには誰もいなくて、ボールはバウンドしながらコートの外――試合を見ていた私たちの方へ飛んでくる。
ボールを必死になって追いかけてくるポチ君も一緒になって。
「あ……」
そんなポチ君の瞳を私は知っているような気がした。
普段は優しい光に満たされた瞳。
そうだ、確かこの瞳は……。
次の瞬間、不意にごちんと何かが頭に当たって私はきゅーと変な声をあげて気を失った。
『君のために行ってくる』
もう何度聞いたことだろう。
軍服に身を纏った背の高い男の人が、そう私に話しかけてくる。
彼の手には五銭硬貨と十銭硬貨を縫い込んだお守り。どうか生きて帰ってきてくれますようにと願いを込めて私が作った。
戦況はきっと良くない。
お国は連日の勝利を高らかに謳っているけれど、日々苦しくなっていく生活と、次々と村の男の人たちに赤紙がやってくるのだから、さすがに子供の頃からドジでノロマと言われてきた私でも分かる。
だから多分、彼とももう会えないだろう。
幼い頃からずっと一緒で、まるで兄妹のように私を助けてくれた彼。
その優しい瞳の中が、私の心の休まる場所だった。生まれてこの方、彼の傍が私の終の住み処だと信じてやまなかった。
『だからどうか末永くお元気で』
彼がそっと私を抱きしめて、唇を近づける。
口づけを交わしながらも、私は涙が止められなかった。
すると彼が唇を頬に、そしてとめどなく溢れてくる涙を舌で優しく掬い上げる。
お願いだからもう泣かないで。
彼の心の声が聞こえたような気がした――。
「……あっ!」
目を覚ますとそこは見知らぬ天井……ではなくて、ポチ君の顔のどアップだった。
てか、近い近い、近すぎるっ!! ま、まさかキ、キス……された?
「ち、違うよっ! ボク、眠ってる東雲さんにキスとかしてないよっ!」
「で、でも今、顔がすごく近かったんだけどっ!」
「だって東雲さん、寝ながら泣いてたから。だからボク、お願いだから泣かないでって懸命に涙を舐めて――」
言ってからしまったとばかりに両手で口を押えるダメワンコ。
うん、ポチ君じゃなかったらマジでキモいからね、それ。
それよりポチ君、人の顔を舐めるってキミ、本当にワンコなの?
「……あのね、ボク、もう東雲さんが泣くのを見たくないんだ」
「え? 私、ポチ君の前で泣いたことなんてないと思うんだけど……」
「うん。でも夢の中で東雲さん……ううん、正確には東雲さんそっくりな女の人なんだけど、その人がいつも泣いていて……」
「夢の中?」
「夢の中ではね、ボクはこんなチビじゃなくて立派な兵隊さんなんだ! それで戦争に行かなくちゃいけないから東雲さんとお別れの挨拶をするんだけど、東雲さん、いつも泣いてばかりで……」
……あ。
不意にポチ君と夢の中の彼が重なる。
背格好はまるで似てないけれど、ただひとつ――その優しい瞳がまったく一緒だった。
まさかこれって同じ夢を共有しているって事?
そして夢の中のあの男の人は、まさか前世のポチ君!?
「夢の中ではね、ボク、東雲さんを守るために戦争に行くんだ。だってボク、東雲さんのヒーローだから」
「…………」
「でも、東雲さんは泣いてばかりで。ボクは笑って欲しいのに」
「……笑うのは無理だと思うよ。だって好きな人と永遠のお別れになるんだもん」
「そうだよね。だからボク、だったら現実の東雲さんのヒーローになろうって思ったんだ」
「え?」
「だって夢の中ではどうしても笑顔にしてあげれないんだもん。だったら現実で笑顔にするしかないじゃん」
ポチ君がふんすふんすと鼻息を荒くして、真顔で言った。
だからね、私、言ってやったんだ。
「無理!」
「えー!」
「ポチ君にヒーローは無理だよ。だってポチ君なんだよ?」
「そ、そんなことないよっ! ボクだって頑張れば――」
「いやいや、無理無理。ポチ君にヒーローは絶対無理!」
ポチ君は分かってない。
確かに私たちは白馬の王子さまとか私だけのヒーローとかを夢見るけれど、本当に欲しいのは……。
「あのねポチ君、私はポチ君に無理してヒーローになんてなってほしくないんだよ。うん、ヒーローなんかにならなくていい。ただ、一緒に私の傍にいてほしい。夢の中の私もそれが一番の願いだったと思う」
そう、ヒーローなんかいらない。
欲しいのは一緒に寄り添ってくれる人。守ってもらう為にその人を失うより、たとえ短い人生でも一緒に最後を迎えてくれる人だ。
あの時代、きっと多くの女の人がそう願ったのではないかと思う。
「……えっと、東雲さん?」
「なに、ポチ君?」
「それってボクと付き合ってもいいってこと?」
「さて、それはどうだろう? ポチ君、女子から人気高いからなぁ。嫉妬で色々と迷惑を被りそう」
「えー? なにそれー? さっきのボクに一緒にいて欲しいって、ボクが好きって意味じゃないの?」
「うーん、寝ている人の涙をぺろぺろ舐めちゃう変態ワンコだからなぁ、ポチ君は」
「あ、あれはだから、泣いている東雲さんを励まそうとして!」
ポチ君がワンワンと抗議してくる。
その姿に私はどうしても笑顔を堪えきれない。
うん、ポチ君にはこういうのが似合う。
そしてそんなポチ君と、私はずっと寄り添えあえたらいいなと思った。
ポチ君は私のヒーローになりたいと言うけれど。 タカテン @takaten
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます