夢のような出会い、私は彼に恋をした。
神凪
まるでフィクションのような
「
「ごめーん! 今日用事あって! ごめんねみっちゃん!」
「あ、そなんだ。またね!」
今日はちょっとだけ、一人で行きたい場所がある。
あたし、
「新刊きちゃ……!」
ライトノベル。活字があまり得意ではないあたしでも読むことができる活気的な書物。絵も好き。かわいい。
「夏川さん……!?」
「えっ?」
「あ、いや……」
確か、クラスの音村くん。地味で目立たないけど、成績が優秀なことをあたしは知っている。ただ、音村くんからすれば髪とか染めて遊んでいる女に見えるだろう。そんなことないよ。
「……夏川さんも、そういうの読むんだ」
「あー…………うん、まあね」
あまり知られたくはなかった。別にラノベが悪いわけじゃない。ただ、あたしが悪いのだ。
どうにもそういうオタクとかいうのに偏見を抱いてしまっている自分がいるから。
「じ、じゃあ! またね!」
「あ……」
逃げるようにあたしはその場を去った。会計をして、店を出る。
「はぁ……やってしまった」
多分、ものすごく気分が悪かったと思う。音村くんの方もあたしみたいなのは多分嫌いだろうけど、それでもあんなに露骨に避けるのは良くなかった。
ややセンチメンタルになりながら歩いていると、三人の男に声をかけられた。
「ねぇ、ちょっと遊んでかない?」
「えぇ……いや、遠慮しときます」
典型的なナンパ。実際にこんなナンパに合うことがあると思うだろうか? いや、ない。
思わず頭の中で反語で自問自答してしまうくらいには戸惑ってしまう。顔は自分でも悪くないとは思うし正直スタイルもかなり良い方ではあるけど、よくいるレベルでもある。だから、初めての経験だった。
「いーじゃん。どうせ暇っしょ?」
「いや、暇じゃないんで」
「ちょっとくらいいーだろ? お、何買ったの?」
「や、やめて! 見ないで!」
咄嗟に背中に隠してしまった。それを見た男たちはにやりと口元を歪めてあたしが隠したものを取ろうとした。
そんなとき、後ろから声をかけられた。
「な、夏川、さん……!」
「音村くん!?」
「こ、こんなところに、いたんですか。い、行きましょう!」
「えっ、あ……」
音村くんはあたしの腕を掴んで走り出した。決して早くはないけれど、全力で。正直あたしよりも遅かったけど。
「はぁ……はぁ……だ、大丈夫……ですか?」
「う、うん。ありがと」
「それは……よかったです……」
あたしの方は大丈夫だけど、音村くんの方こそ大丈夫だろうか。体力がなさすぎではないだろうか。ちょっと心配になる。
お世辞にも周りから見ていたら格好のいい助け方じゃなかったと思う。だけど、あたしにはその不器用な助け方が、むしろ好感が持ててしまった。
「……好きです」
「えっ?」
「音村くんのこと、好きになりました。今、ここで」
「えっ、いや、その……ご、ごめんなさい!」
「あ、待って…………行っちゃった」
でも、良く考えれば当然だ。あたしはかなり馬鹿っぽい。一応これでも平均以上はキープしてるけど、それでも音村くんからすれば見た目と相まって話したくない女ではある気がする。
「……なら、勉強すればいいんじゃん?」
きっと音村くんの魅力をみんなは知らない。だいたいの人が仲良くもない女が絡まれていたら無視してしまうだろう。
それをあんなに不器用に助けてくれた。惚れずにいられるだろうか? いや、ない!
それから私は必死に勉強した。
「彩花、すっごい勉強してんね……」
「うん! ちょっとね!」
「なにー? もう受験勉強?」
「違う違う。いや違わなくもないけど。ちょっとね」
「男かぁー?」
「……うん」
「へっ?」
友人には言っていない。好きな人とか、そういうのを無闇に言うのは相手にも失礼だと思うから。
「なんか知らんけど、応援してる!」
「うぅ、ありがとー!」
詳細を話さなくても応援してくれる彼女が、とっても眩しく見えた。
それから、試験の日がやってきた。なんとも面白いことにものすごく解ける。未だかつてこんなにも解けたことがあっただろうか? いや、ない。
満点すら有り得るのではないだろうかと思う出来に、心の中でガッツポーズをしながら試験を終えた。苦手な数学すらも今回はできたと胸を張って言える。
そうして試験の返却の日。満点とはいかずとも九割以上を取れていた。だから、音村くんに教室に残ってもらうように伝えた。
でも、それでも音村くんには勝てていなかったらしいけど。
「ほー、音村か」
「み、みっちゃん!?」
「いーじゃん。いい趣味してる。そのままの意味で」
「えっ?」
「彩花が選ぶんだから、絶対良い奴だもん」
「みっちゃん……!」
好きな人を褒められるのは、嬉しかった。若干あたしの好きな人という補正がかかっている気がしないでもないけど。
「そんでもってあいつは多分私とか彩花みたいなのがめっちゃ嫌い」
「うっ……」
「だから、ちゃんと全部伝えなよー?」
「うん!」
放課後。教室にはあたしと音村くんの二人だけ。友人に背中を押されたのだ、ちゃんと全部伝えないと合わせる顔がない。
「もう要件はわかってると思うけど」
「……うん」
「好きです。あの日、助けられてからずっと。音村くんのことが好きでした!」
時が止まったような気がした。心音がうるさい。
音村くんは、俯いたまま口を開いた。
「ごめんなさい」
「そっ……か……あのさ、理由だけでも教えてくれないかな。あたし、ちゃんと音村くん好みの女になるからさ。あたしが軽い女に見えるから? 絶対音村くん以外……」
「そ、そんな! 違うよ。夏川さんはすごい人だよ。だから、僕なんか……」
「そーそ。音村なんかやめときなって、彩花」
「みっちゃん……!?」
さっきと言っていることが随分違う。音村くんのことは、彼女も評価してくれていた。
「なんでそんな事言うの?」
「だって、鈍臭いしオタクだし、勉強はできるかもしんないけどそれだけじゃん」
「そうですよね……」
「……えっ?」
こんなことを言われて、なんでそんなに認めてしまえるのだろう。悔しくないのだろうか。何も知らない彼女にこんなことを言われて。
「……みっちゃんは知らないかもしんないけどさ、勉強するってめっちゃしんどいんだよ? もうやってもやってもできないこと出てくるし、この一ヶ月くらいほんっとに勉強しかしてないけど音村くんには追いつけなかった。それってめっちゃすごいよね」
「うん、そうだね」
「そんでね、音村くんは確かに鈍臭いかもしれないけど、それでも困ってるあたしを助けてくれた。あたしみたいなの、音村くんは絶対嫌いなのに助けてくれたんだよ。それもめっちゃすごい」
「うん。そだね」
「だから、なにも知らないみっちゃんには音村くんをそんなふうに言われたくない」
「も、もういいよ夏川さん」
彼女はにっこりと笑って教室から出ていった。
「……正直、夏川さんがラノベ読んでるのって僕みたいな奴を知った気になるからだと思ってた」
「違うよ。面白いもん」
「うん。助けたのだって、帰るのに通りかかったから。それだけ」
「それでもあたしは助けてもらったよ」
「……ほんとは、夏川さんみたいに美人でみんなと楽しく話せる人に告白されてめちゃくちゃ嬉しかった」
「えっ?」
でも、あたしはフラれた気がする。ごめんなさいと聞こえたはず。
「でも、夏川さんはすごい人だから、僕なんかよりいい人がいると思ってた」
「そんなこと……ん? 思ってた?」
「うん。思ってた。夏川さんがそんなに僕のことを褒めてくれるから、ちょっと今調子乗ってるかも」
「そう? 褒めれてた? あたしの好きって気持ち、伝わった?」
「伝わったよ。だから、そのうえで伝えさせてほしいな」
「は、はい!」
音村くんは大きく息を吸って、思いっきり吐いた。
「夏川彩花さん。好きです。まだ自信は持ちきれないけど、夏川さんが好きだって言ってくれたから。だから、付き合ってください」
「……はい!」
未だかつてこんなにも嬉しかったことがあっただろうか? いや、絶対にない!
でも、何より嬉しかったのは告白をされたことよりもあたしの言葉で音村くんが自信を持ってくれたことかもしれない。
「僕も、夏川さんみたいになれるように頑張るよ」
「えっ? あたしみたいなんていいよ。音村くんはそのままがかっこいい」
「……それは、またちょっと調子に乗りそう」
「ちょっとくらい、いいんじゃないかな?」
「だ、だったら……彩花、って、呼ぶことにする」
「ええ!?」
あたしのフィクションのような出会いから始まった恋は実ったけれど、音村くんの魅力はしばらくあたしだけの独り占めにしても、文句は言われないだろうか。
夢のような出会い、私は彼に恋をした。 神凪 @Hohoemi
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